第十二話
神祇官は各省の社の中でも南側に位置しているが、太政官は中央の本殿に近い場所にある。
太政官は現在竜田姫が長をしており、その下に数名の部下がいて季節が巡る時の準備を忙しくこなしている。
「神祇官から来ました。宵闇です。書類を届けにきました」
「ああ、書類かい。こっちの棚に置いておいて。ついでに番紅花にこれを持っていっておくれ」
「分かりました」
竜田姫は部下に指示を出し、一枚の手紙を宵闇に渡す。審議内容の書類のようだ。
「ああ、宵闇。審議内容ではないのだが、先日こちらに報告書を上げにきた武官の一人から西の方で農作業をしている人間たちから葉の生育不良が目立ちはじめていて不安が出ていると聞いたわ。もしかしたら悪しきものが生まれるかもしれないわねぇ」
「番紅花様に報告しておきます」
「頼んだわ」
悪しきものが影響を及ぼしているのなら早めに対処しなくてはいけなくなるだろう。私は書類を抱え、すぐに神祇官へと戻っていった。
「宵闇、おかえり。どうしたんだ?」
神祇官に戻ると、番紅花様がちょうど本殿から戻ってきたところだった。番紅花様は私を見るなり何か気づいたようだ。
「先ほど太政官へ書類を渡しにいったのですが、竜田姫様から西の方で植物の生育不良が目立ち始めており、人間たちは不安がっていると聞いたそうです」
「そうか。まだ春隣からは何もきていないが、そのうちこちらにも詳しいことがくるだろう。知らせがくればすぐに対応できるようにしておく」
「はい」
「宵闇、明日は少しやってもらうことがあるから今日はもう帰っていいぞ」
「わかりました。明日も宜しくお願いします。ではお先に失礼します」
「宵闇、また明日」
番紅花様の言葉で私は荷物を持ち、他の人たちと挨拶をしてから神祇官を後にする。
いつも夜遅くまで訓練と勉強をして寝に帰るだけの家に今日は少し早い時間に心が躍る。
私の家は小さな木造の家だ。天上人は酒も食事も趣味として摂取するが、食事を摂らなくてもなんら問題ない。
折角早く帰ってきたんだからたまには羽織紐《はおりひも》でも作ろうかな。
私は思い立ち、いくつもの引き出しが付いた小物入れから一つの翡翠《ひすい》を取り出し、削り始める。
人間界に降りた時に拾ってくる石を集めてこうして少しずつ時間を掛けて玉にし、穴を開け、装飾品を一から作っていく。滑らかな手触りにうっとりと笑みが浮かんでしまう。
誰かにあげるものでもないため、自分の納得のいくものを作りたい。集中していくつかの翡翠《ひすい》の玉ができた。
「今日はここまでかな……」
集中している間に外はすっかり帳が降りたようだ。私は布団へ入り眠りについた。
翌日もいつもと変わらず神祇官へと向かった。
「宵闇、待っていたわ!」
「そんなに慌ててどうしたのですか?」
私を見つけると、すぐに受付の人が声を掛けてきた。
「悪しきものが各地で涌き始めたの。番紅花様や名無し様をはじめ、各国の衛門府や神祇官からも人が出て対応中なの。
私はここで各所の連絡と取っているんだけど、人が足りないみたい。場合によっては白帝様と番紅花様が神降ろしの儀式を行うことになっているの」
「えっ。大丈夫なのですか?」
「残念ながら状況は良くないのかもしれない。本来なら新人の宵闇はここで待機していなきゃだめだけど、そうも言っていられないみたい。番紅花様からの指示で宵闇は衛門府の誰かと組んで東の朝生の森に向かって」
「わかりました」
私は詳しい話を聞く前に急いで衛門府に向かった。
一体どうなっているんだろう?
名無し様が駆り出されるほどの悪しきものが各地に涌いているなんて。何かが起ころうとしているのかな。
「宵闇、衛門府の方の力を借りにきました」
衛門府でも殆どの者が出ていて残っている人達も慌ただしく動いている。
「ああ、宵闇か。封印が出来る者が来てくれて助かる」
「火影様、番紅花様から『衛門府の方と東の朝生の森に向かうように』と言われてきました」
「……朝生の森か。あそこに向かえる者は限られる。俺が出るとする」
「火影様、ありがとうございます」
「準備は出来ているか?」
「はい。いつでも行けます」
「では行こう」
私は火影様の後ろに付いていく形で歩いていく。火影様はいつもよりも増して厳しい表情をしている。転移門までの道すがら火影様に気になることを聞いてみた。
「火影様、昨日までは何も起きていなかったのに今朝、神祇官に出てみれば各地で悪しきものが涌いていると報告がありました。何か悪いことが起ころうとしているのでしょうか」
「わからん。報告に上がってきただけでも数百はくだらない。各国も慌ただしく動いていて今は何も言えんが、そのうち分かるのかもな。俺達がやることはただ一つだ」
そう言ったところで転移門をくぐり、私達は東の朝生の森に転移した。




