第二話
時間も忘れて読みふけっていたら、クロノスはジェニファーを枕にして寝ていた。俺はジェニファーが死なないレベルでジェニファーを蹴り飛ばした。クロノスが頭を打ち覚醒する。
「んごっ!痛ったぁ!」
クロノスは夢から醒め、周囲を見渡すと、現実に直面する。その絶望の大きさに隠れて、俺がジェニファーを蹴り飛ばしたことには気が付かなかったらしい。
「クロノス、やってもらうことがある」
「なんだ?サル」
「ダンジョンマスターの権限を俺に移せ」
「は?」
「これを見てみろ」
≪リセットについて≫
ダンジョンマスターはその権限を配下に渡し、ダンジョンをリセットすることができます。ただし、リセットでは自身とその配下を除き、すべてのモンスター、構成物がリセットされます。
そして、初期に渡したDPの半分、500DPで再スタートできます。もう一度リセットする場合は、さらに半分、250DPでリセットできます。元ダンジョンマスターは戦力にカウントされず、ダンジョンが消滅しても生き残ります。
≪ーーー≫
「これは…!」
クロノスの目に希望の灯がともる。そして光明を得たような明るい顔で俺に告げた。
「僕は、ジェニファーにダンジョンマスター権限をわたーーー」
「ちょっと待て!」
「…なんだ?サル」
「俺に移さないのか!?なぜジェニファー!?」
「だって。ジェニファー死ぬの嫌だもん」
俺は、人生で初めて湧き出た感情に殺意という名前を付けた。心を落ち着かせる。つとめて穏やかな声で説得にかかる。
「ジェニファーはキューブの操作ができないだろ?それに俺がダンジョンマスターになったら、新しいジェニファーを用意するから」
「嫌だ!ジェニファーは短い間だけどずっと僕の傍にいてくれたんだ!」
それに…と、クロノスは続ける。
「…サルがダンジョンマスターになったら、僕の言うこと聞かず、バカみたいなダンジョン作るだろ?」
俺はこいつに考える脳みそがついていたことに驚いた。俺は適当に宥めすかす。
「信じてくれよ。俺はちゃんとクロノスの言うとおりにするから。このままだと共倒れだぞ」
クロノスがジト目で尋ねる。
「…本当に?」
クロノスの目をしっかりと見る。
「あぁ、神に誓う」
「神は僕なんだけどね」
「じゃあ、仏に誓う!」
「…」
クロノスは無言で考え込むと、苦渋の決断と言った様子で、また手品を使い、いやダンジョンマスターの権力を使い、キューブを呼び出した。
「キューブ!僕は、このサルにダンジョンマスター権限をわたす!」
築地慎吾にダンジョンマスター権限を渡しますか?
YES/NO
「イエス!」
俺の実感としては何かが変わった様子はなかった。試しにキューブを呼び出してみる。
「キューブ」
すると手元にキューブが生成された。DPを確認する。
500DP
「よし!」
俺はやっとスタートラインに立った。クロノスがはしゃぐ。
「やったぁ!なにはともあれまずジェニファーだ!おいサル!ジェニファー、スライムを召喚しろ!」
「しない」
「えぇ!」
端的に答え、チュートリアルと実際の機能を確認していった。
「まってよ!なんでしないのさ!?」
手を動かしながら答える。
「今は1DPも惜しい状況だ。不必要なリソースは割けない」
俺はチュートリアルに載っていた1000DP以内で召喚できるモンスターでピックアップしていたモンスターを召喚しようとする。
「わぁ!待て待て!」
クロノスが無理やりそれを止めた。
「これだからサルは困るんだよな」
何か言いたげなクロノスのために手を止める。
「なんだ?時間もないんだろ?」
クロノスは苦虫をかみつぶした顔で言う。
「教えない…!」
「は?」
「ジェニファー出してくれないと教えないぞ!」
駄々をこねる子供に付き合う時間もなかったが、一応は前任者の意見を聞いておくべきと判断した。まぁ、召喚の動作確認もしたかったから別にいいか。
「キューブ!スライムを1DPで召喚」
その言葉に反応したキューブが目の前にスライムを召喚した。
スライム(1DP)を1体召喚します
499DP
スライムは満足そうに飛び跳ねるとクロノスに向かっていった。召喚は問題なくいったようだ。
クロノスが嬉しそうにスライムを抱きしめた。
「ジェニファー!いや、ジェニファー二世!」
くだらないことをしているクロノスに尋ねた。
「それで?何が言いたかったんだ?」
クロノスは邪悪に笑う。
「教えなぁい!」
「そうか、キューブ!モンーーー」
「わわわ!待って待って!教えるから」
俺は冷淡な眼差しでクロノスを脅す。
「いいか。俺たちは今、生死を共にしてるんだ。くだらない判断は自分の首を絞めるだけだぞ」
クロノスはたじろぐ。
「わ、わかった。…サルのくせに」
ぼそっと言ったクロノスを無視して、話を促す。
「キューブにも得意、不得意があるんだ。例えば、僕みたいにスライムばかりを召喚し続けると、キューブはスライムの召喚が得意になる。一匹で1DPだったのが、0.5DPで召喚してくれるようになるんだ」
「ほう」
それは非常に有益な情報だった。というかこいつはこれを隠すつもりだったのか。俺は心のクロノスへのない好感度がすり減っていくのを感じる。
「スライム属以外を召喚すると、その効果は消えるから、モンスター召喚に判定されないガチャ以外なかったのさ」
「そういう事情だったのか」
「こういうのは裏チュートリアルだから、チュートリアルだけ見てても分からないんだよ。分かったら僕の言うことを聞きな」
俺はクロノスの意見を熟考する。
「というかよく考えればクロノスはもう既に自由の身なんだから逃げればよくないか?」
「そんなの絶対嫌だね!だって僕のダンジョンだ!」
「そうか、まあそれでも俺のプランは変わらない。キューブ、まずは洞窟の作成だ。確認だが、洞窟タイプを森タイプとかに変更はできないんだな?」
10000DPを使って新しいダンジョンを生成しますか?
YES/NO
「ノーだ」
やはり変更はできないか。ある程度生態系の整っている森や海辺なら作りやすかったんだが、ないものねだりをしてもしょうがない。洞窟の構想を練る。しっかり考えなければ。
「大広間一つとあとは狭い通路!」
クロノスがキューブに向かっていった。
「僕がダンジョンマスターだ!言うことを聞け!」
このっ!このっ!そう言ってキューブを振るがキューブはなんの反応も示さない。俺はクロノスがどうやって1000DPも溶かしたのかなんとなく悟った。
「人が通れるギリギリの狭い通路、出会い頭に大量のモンスターか」
クロノスがギョッとした顔でこちらを見る。
「な、なんで僕が作ったダンジョンを知ってるんだ?」
「なんとなくだ。キューブ!俺の指示通りに洞窟のデモを作ってくれ!」
キューブは空気中に映像を投射する。3Dで作られた立体プロジェクションマップに思わず感嘆の声を漏らした。
「おぉ…」
俺はそれを弄くり回しつつ、イメージを口頭で伝えていく。キューブは俺のイメージ通り正確な洞窟のデモ版を作った。
10DPで作れる洞窟は、奥行きが平均的な人の50歩分、高さは人2人分、横幅は人5人分。イメージとしては学校の廊下だ。どうやら長さを表す単位はメートルではなく、人単位で表すらしい。建築について素人な俺にとってはこっちの方がありがたかった。
この洞窟をカスタマイズするほどコストがかかる。道を広くするのも狭めるのも、DPがかかるし、天井を広くするのも、狭めるのも、DPがかかる。ただし、奥行きだけは短くすればするほど、かかるDPは減る。
後は入り口の高さよりも下に作れば作るほど、DPがかかる。入り口より上はそもそも作れないらしい。
長々と説明したが、つまるところ基本は学校の廊下の奥行きを伸び縮みさせて作ることを意識すれば良いわけだ。深さは階層に分けて、管理した方がやり易いだろう。
クロノスの考えが理解できないわけではない。侵入者が武器をかろうじて振ることができるくらいの狭さであれば、侵入者はストレスを感じるだろうし、なにより、集団で入った時、一列にならざるを得ない。
そして、大広間だとモンスターを配置しやすい。正面からしか襲ってこないモンスターより、四方八方囲まれる方が効果的だろう。どちらの利点も取って、大広間一つと狭い通路を選んだようだが…。
「クロノス、洞窟造りにいくらつぎ込んだ?」
「200DPだ!」
俺はクロノスの慎ましいDP遣いを意外に思った。
「今、お前、僕のことを馬鹿にしただろ!僕には優秀な部下たちを量産できるから問題ないんだ!」
そう言ってクロノスはジェニファー二世を掲げる。
「このジェニファー二世が!欲深く穢れたお前らサルを死を以て浄化するんだ!」
「…」
俺はそれに対して何のリアクションも返さなかった。クロノスが激昂する。
「やっぱり、馬鹿にしてるな!」
俺は慌ててそれを否定した。
「馬鹿になんかしていない!ちょっと考えてただけだ。別にお前は最善を尽くしたと思うぞ」
本心でそう告げたが、クロノスは信じない。
「ダンジョンの作り方として、それは選択肢として全然アリだ。最下級のスライムに絞って大量生産。規模の経済を活かして消費DPを逓減させる。素晴らしい着眼点だ。おそらくこの情報をいきなり手に入れる奴はなかなかいないだろう」
クロノスは頭にハテナを浮かべながらも、一応褒められて喜ぶ。
「…規模の経済?…逓減?ま、まぁ僕は魔神だからな!」
「ちなみに何匹で逓減、つまり徐々に減少していった?」
「ふ、ふん!1000匹召喚して、0.5DPになったぞ!」
「素晴らしい!他に何か情報はないか!?」
「あ!あと!スライムが進化したりしたぞ!」
「クロノスは天才だな!」
俺はそれを聞いて煽て半分、もう半分は本音で言った。
「だろー!?」
クロノスはない胸を張った。
「他に何か情報はないか?」
「あ、あと、子供は一人100DP、村の名手は500DPだった。そのDPも気づいたらなくなってたけど…」
クロノスは頭を振り絞る。が、それ以上の情報はないらしい。やっぱこいつただのガキだな。内心、クロノスのチョロさにほくそ笑みながら、有益な情報を得られたことに満足する。
しかし、1000匹もスライムを召喚したなんてイカれてるな。烏合の衆という言葉はこの世界にないらしい。子供が100DPなのに対してスライムは1DP。
子供二人くらいなら800匹も用意したら殺せるだろうが、500DPの村の名手からしたら、1DPのスライムなんて、何匹居ようが、文字通り足蹴にされて終わる。どうせ狭い通路で各個撃破されたんだろう。洞窟造りに戻る。
第一層のコンセプトは来るもの拒まず、去るもの追わずだ。流石に一本道にはしないが出来るだけ道は分かりやすく、分岐させ、行き止まりは作らない。300DPを使った。この層は後々拡張するのでこの程度で。
そして第二層に着手する。一部屋だけ造り、梯子で繋げて終了。80DP使用。残り119DP。迷わずDPを使っていく俺の一挙一動にクロノスがビクビクと反応する。
「ああ!サルにどんどんDPが使われていく…」
しかし、クロノスにも口が出せるほどの考えがあるわけではないようだ。
「キューブ!モンスターの召喚だ」
チュートリアルで、召喚するモンスターを改めて確認した。問題はなかった。ないはずだ…。迷いを振り切って、キューブに宣言する。
「ウィル・オ・ウィスプ(100DP)1体を召喚する!」
「えぇ!ウィル・オ・ウィスプなんてただの火の玉だよ!スライム以下じゃん!」
ウィル・オ・ウィスプ(100DP)を1体召喚します
19DP
目の前に青白い火の玉が召喚された。俺はそれに手を伸ばしたが、干渉できない代わりに、熱くもない。クロノスが閃いた。
「なるほど!そいつをボスにするのか!聖属性持ち以外には確かに無敵だ!」
「しない」
「えぇ!?」
チュートリアルで得た情報はしっかり頭に入っていた。こいつにはある特性がある。ここからは賭けの要素も含まれているが…。
「ウィル・オ・ウィスプ、頼んだぞ…!」
ウィル・オ・ウィスプはダンジョンに転移した。ウィル・オ・ウィスプは洞窟を彷徨い、ある物を見つけると、その中に入った。そのある物とは故・ジェニファーが殺した村の名手の死体だった。死体が歩き出す。
「よしっ!」
ウィル・オ・ウィスプは村の名手の死体をただの死体からゾンビに変えた。死体だけが洞窟内に埋もれて残っていたのは、リセットの範囲がダンジョン由来のものに限定されていたからだろう。賭けだったが、成功したようだ。クロノスが興奮気味に喋る。
「そうか!ウィル・オ・ウィスプは元々死者の魂だから、死体の中に入って操ることができるんだ!まてよ...。ゾンビのDPは、500DP!これはギリギリイケるかも…?ちょっと待って!このゾンビ、ハイゾンビだ!死体の質が良かったんだ!」
「ハイゾンビ?」
「ゾンビの一階級上だよ!そのDPは700!」
クロノスは興奮して飛び跳ねた。
「やった!やった!これならいけるよ!やったね!サル!」
こいつも中々可愛いところがあるじゃないか。呼び名だけが気になるが…。
「おい、俺の名前は慎吾だ。慎吾と呼んでくれ」
クロノスはキョトンとして言う。
「え?サルはサルだろ?」
クロノスは純粋な目でそう言った。
「それにこれはお前の手柄じゃないよ。全部お前に殺されたジェニファーの手柄でしょ」
この日、こいつとは未来永劫分かり合えないと知った。
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