第十話
side 築地慎吾
急にダンジョンバトルとか言い出すから、ちょっと焦ったがみんなは着々と準備していたらしい。まあ俺が直前にできることなんて元々ないに等しかったんだが、無事勝てたので良しとしよう。敵のダンジョンマスター、カザンはドラゴンのような見た目をしたドレイクだ。そもそもドレイクが土竜の亜種だから、ドラゴンとそう変わらない。
カザンは口をあんぐり開けて放心状態だった。カザンはうわ言の様に呟く。
「なんだ…これは…」
「まあ、ご愁傷様って感じだな」
俺がもし1000000DP渡されてたら、どうしただろうか。ダンジョンを顧みず、強いモンスターだけを召喚しただろうか。いや、しないな。
「…どういうカラクリだ!?」
カザンが急にキレる。クロノスがビクッと驚いた。
「てめぇ!クロノスを驚かしてんじゃねぇ!殺すぞ!」
初めてこんな口汚く罵ったな。まあ実際に殺すのは殺すのだが。
カザンがしょんぼりとしぼむ。
「慎吾!土竜相手に言いすぎだよ!ごめんなさいしな」
そうだな、確かに土竜相手に本気で怒鳴ったら可哀そうだ。
「ごめんなさい」
「よしよし!慎吾!偉いねぇ!」
「おかしいだろ!お前がレンタルモンスターを利用してモンスターを集めたのは分かった。それがあの融資の募集に関わっていることもな。ただ、10個のダンジョンを同時にあそこまでどうやって成長させたんだ!?」
俺はクロノスに褒められていたところを割り込まれ若干不機嫌になりながら答える。
「1個のダンジョンでやったことにいくつかプラスして同じことをしただけだぞ。何をそんなに不思議がっている?収益の話か?」
「あぁ、そうだ。こんなにいっぺんのダンジョンを経営できるわけがない」
カザン君はまだ負けを認めていないようにも見える。気持ちはわからんでもない。
「まぁ、冥途の土産に教えてやるか。まず収益についてだが、ダンジョン1つ当たり46000DPの利益が出た。だから合計で460000DPの収益だ」
「少ない!それだけじゃないはずだ!」
「ちゃんと聞けって。話してあげないぞ?狂霊の死体袋の利益と街の兵隊を撃退した分の利益を合わせて合計で290000DP」
「しめて750000DPの利益だ。これを使って各ダンジョンからそれぞれ7体ぐらいの最上位モンスターを呼んで、決戦に挑んだわけだ」
これに関してはクロノスが前日にDPの分配とモンスターの召喚をやってくれていたらしい。俺が例の計画に集中できるようにだそうだ。クロノスの頭を撫でてやる。
「それでも10000DPのモンスターが70体だろ!?計算が合わねぇよ!」
こいつなんかヒートアップしてないか?
「突然変異と【裏チュートリアル16】だ。これらを使えば、モンスターの補充をした際に余剰戦力が生まれるだろ?それを1か月間ためといて、粘性の気球は260000DP、その他は110000DPの戦力があったわけだな。後は【裏チュートリアル14】とモンスター間シナジー、属性の相性、その他諸々だ」
ちなみに属性の相性は、ダンジョンバトルに勝利した瞬間解放された。
≪【裏チュートリアル18】ダンジョンバトルを終了させる。相性の良い属性と対峙するときそのモンスターの戦力上のDPは1.2倍になる≫
モンスター間シナジーもそろそろ解放されてほしいが、別になくても戦力上のDPに表されてないだけで実際の戦闘ではしっかりと効果を発揮しているのが確認できた。やっぱり【裏チュートリアル】は後出しのつじつま合わせに過ぎないのだ。
ちなみに戦った場所は俺のダンジョンではなく、新しく造ったダンジョンで戦っていた。うちのゾンビーズは腫れ物扱いだ。
「結果として圧勝だったわけだが、その過程は地道に積み上げてきたモノだ。お前はどうせあぐら掻いて、何も考えずフェニックス(10000DP)を100体召喚したんだろ?お前はそんな馬鹿なことせずにダンジョンの収益を改善する方向にDPを使わないといけなかった。まぁそれでもうちの勝ちは揺るがないが良い勝負は出来たんじゃないか?」
「くそっ!くそっ!くそっ!こんなのあり得ない」
「それがアリエールなんです」
俺は1ヶ月前を思い出す。場面は粘性の気球にダイレクトメッセージを送った場面だ。
数十秒待って返信が来た。
「姿見せるのが怖いので、声だけで良いですか?」
俺は喜んでそれに答えた。こちらは姿をさらす。
「もちろんです。よろしくお願いします」
「にっ!にんげん!?人間がダンジョンマスター?嘘、なんで?」
「諸事情があり、ダンジョンマスターをやらせてもらってます。【魔王】築地慎吾です」
「…。粘液属のものです…。本当に10000DP分のモンスター、レンタルしてくれるんですよね?」
「はい。必ずレンタルいたします」
「…。その気持ち悪い敬語なんなんですか?」
「…すまない。つい癖で」
「…。そっちの方がいいですよ」
このスライム(推定)、自分は敬語のくせに!
「10000DP分のモンスターをレンタルする代わりにとある条件がある」
「…。そんなことだろうと思いましたよ。なんですか?」
「10分間、俺の質問に正直に答えてほしい」
「…はっ?なんですかそれ」
「答えてくれたらこの百骸(5000DP)をレンタルじゃなくてプレゼントする」
「…。何を企んでるか知りませんがダンジョンバトルなら双方の了承がないとできませんからね」
「そちらに害をなすつもりは毛頭ない。むしろ逆だ。俺は君とウィンウィン、両者得になる関係を目指している。この質問に答えるだけでダンジョン造りを根本から見直すきっかけになるだろう。嘘をついても構わないが君のためにはならないだろうな」
まあダンジョンバトルを使わなくてもダンジョンはつぶせるが…。こちらにメリットはないので当然しない。
「…。10分だけですからね」
「よし!じゃあスタートだ。近くに村は何個ある?」
「…。3個です」
「近くに他のダンジョンはある?」
「…。ないです」
「1日平均何人来る?」
「…。今は5人です」
「その内訳は?」
「...。男3人、子供1人、女1人です」
「君のダンジョンの殺害率は?」
「…。来た人間の4割くらい殺してます」
「このダンジョンができて何日たつ?」
「…。90日です」
村は3つ、殺害率が4割、村の男は60%。俺は頭の中でそろばんを弾いた。
「このダンジョンは現在赤字、だな?」
粘性の気球のダンジョンマスターは長い間黙っていたが、絞り出すようにして答えた。
「…。答えたくありません」
「分かった。なら質問を変えよう。ダンジョンの平均戦力は?」
「…。300DPくらいです」
「階層分けはしているか?」
「…。そんなのしてないです」
「現在の月の赤字は2000DPってところか」
粘性の気球のダンジョンマスターは黙り込んだ。こちらは相手の動揺が手に取るように分かった。
「…。なんでそれを知ってるんですか?」
ダンジョン拡張費2500DP、余剰戦力のモンスター召喚に2500DP、権限の拡張に10000DP。
「現在の貯蓄は見積もって5000DPだろ?」
「…。6031DP。それが今の全てです。だからどうして知ってるんですか?」
「村の数、殺害率、人間の構成比、平均戦力が分かれば、大体の予想はつく。平均戦力は徐々に上がったとして考えて、特別な計算をしているのは殺害率の推移だ。初月は5割、次の月は4割。3か月目で一気に3割まで落ち込んだんじゃないか?初月はそれなりに儲かった勢いで権限拡張し、2か月目からがくんと収益が悪化したんだろう」
「…。おっしゃる通りです。村人たちが次第にダンジョンに慣れ始めて、殺害率が0.3まで落ち込みました」
「あんたの種族と3か月生き残ったその実績を鑑みるに【裏チュートリアル3】はもう知ってるだろ?俺たちがモンスターを召喚するほどコストが減るように、村人も経験値で成長していくんだ」
「…。でも、どうすればいいんですか?強いモンスターを召喚して人を殺しすぎても、兵隊にやられるし、殺さないようにしてもいずれDPの採算が合わなくなる」
「それで最終手段として10000DPのモンスターを借りてジェノサイドか。うちのモンスター2体だけでジェノサイドは無理がある。総戦力も今は5000DPくらいだよな」
「…。そうです。村と全面戦争をするってなってもこのダンジョンでは勝てるかどうかも分かりません」
「あんたの現在のダンジョンタイプを教えてくれないか?」
「…。あんたではありません。メガスライム(5000DP)のスラ子です」
「そうか。俺は【魔王】築地慎吾だ。よろしくな」
「…。ダンジョンタイプは森です」
俺は手元の資料を確認しながら言う。クロノスのやつ、一言メモまで書いてくれているな。
「スライムは環境に合わせて柔軟に突然変異をする。俺の考えなら、スライムはもっと色々な環境に置くべきだ」
「…。今更そんなこと言われたって。そもそも場所はランダムで決まりますし。もう私にはジェノサイドするしかないんです。だからこの6000DPであなたのモンスターをください」
「百骸(5000DP)2体で村人全員は倒せない。アンデッドは粘液と共存できないから、ジェノサイドするときの戦力は10000DPしかない。それにそんなことをしなくても良い方法がある」
「…。良い方法?」
「ここを捨ててもっとDPが稼げる良い場所にキューブを移転させるんだ。権限を拡張してるなら分かると思うが20000DPでキューブを移転することができる」
「…。まさかあなたがその費用を負担するとでもいうのですか?」
「その通りだ。20000DPは俺が払う。そして2週間で10000DP、24日で月間召喚DP、100000DPのダンジョンを造った俺がスラ子の相談にのり、必要ならばDPも支援する」
「…。そんなことしてあなたにどんなメリットがあるんですか?」
「今、俺がダンジョンバトルをしているのは知ってるだろ?あんたにはその協力をしてもらう」
「…。この1か月であなたの戦力になり灼熱の坩堝を倒すためのジョーカーになれということですか」
「まさしくその通りだ。ただしこれはトランプじゃない。ジョーカーは最低でも5枚は持つつもりだ」
「…。あなたのやりたいことが分かりました。融資を募るふりをしてDPに困っているダンジョンマスターをあぶり出し、自分の傘下にさせる。そしてその傘下達を成長させてダンジョンバトルに勝つ。よっぽどダンジョン経営に自信がないとこんな作戦できませんよ」
スラ子の言っていることは概ね合っていた。普通に募集かけても話すら聞いてもらえない可能性があるから、ここは投資募集詐欺をした。これも俺の経験に基づく詐欺だ。馬鹿な経営者から甘い蜜を吸おうとする詐欺師を俺がどんだけ知ってると思ってる。
「【魔王】を自称してるからなそのくらいは当然だ。そして、スラ子の言っていることには間違っているところがある。俺の目的はダンジョンバトルに勝つことだけじゃない。俺はーーー」
スラ子が俺の目的を聞いて沈黙する。そして、その意味を理解すると愉快そうに笑った。
「…。面白い。そんなこというやつ初めて見ました。しかも人間で。ということは移転先はプルル王国ですか?」
「カエサル帝国だ。ダンジョンを成長させるとともに灼熱の坩堝のニーズを奪ってもらう」
「…。そこまで考えているんですね。それでも帝都の近くに新しくダンジョンができたとなるとダンジョンが人であふれかえりますよ」
「ジョーカーは最低5枚持つって言っただろ?困難は分割するんだ。傘下になったダンジョンたちで人間を奪い合ってもらう」
粘性の気球のダンジョンマスターは考える。俺はクロージングに入る。
「そろそろ10分経つがどうする?」
「…。分かりました。このチャンスにのらないと真綿で首を締められるだけですもの。私が傘下に入りましょう。ですが、それはダンジョンが移転されたと確認出来てからです。姿もお見せしますね」
そういってキューブから投射されたホログラムはでっぷりとした巨大なスライムを現した。
「了解した。キューブ!粘性の気球を指定した場所に移転してくれ!」
粘性の気球に指定した場所へ移転させる申し出をします
「…。イエスです」
粘性の気球を指定した場所へ移転させました
495720DP
「…。ここは、川…?」
スラ子はキューブで外の様子をうかがっている。
「ここは帝都から歩いて半日の場所にある川だ。川を選んだ理由は粘液属の環境ボーナスによる戦力アップもあるし、水属性という明確な属性があるのもそうだが、この川は自然発生したスライムがたくさんいる。捕獲してある目的に使うためのな」
「…。ある目的?戦力にはならなそうですけど」
「まあそれは今後のお楽しみにするとして、今、【裏チュートリアル3】はどこまで進んでいる?」
【裏チュートリアル3】は1DP→5DP→100DP→1000DP→5000DPと1000体召喚するごとに進んでいく。スライム(1DP)の場合、デカスライム(5DP)、ヘクトスライム(100DP)、キロスライム(1000DP)、メガスライム(5000DP)となるはずだが。
「…。キロスライム(1000DP)です。ヘクトスライム(100DP)で平均DPを調整しました」
「あとで俺のノウハウをまとめた資料を渡すが、平均DPはターゲットとぴったり同じにした方がいい。侵入者は平均DPが自分より高いと危険すぎると考え、平均DPが低いと簡単すぎるとしていかなくなる」
「…。そんな正確に判断しますかね?」
「もちろん実際には情報の非対称性で自分とは不釣り合いなダンジョンに挑むかもしれない。でもそういうやつは淘汰されていく。あくまでこれは俺が考えた侵入者の行動モデルだから、納得がいかない点があるのも当然だ」
「…。まあ魔王様に従いますよ。私ができることは前のダンジョンのモンスター達をリターンし、階層を広げ400DP基準のダンジョンを造ることですね。しかし私とあなたで何が違ったのでしょうか?」
「参考としてそれも資料に乗せておこう。俺の場合小細工が多かっただけだ。ダンジョンの知名度を上げるために1DPをばらまいたり、階層を分けていろんなニーズに対応するようにしたり、だがここまで良い立地ならそんな小細工も必要ない。勝手に名が売れて、勝手にダンジョンが大きくなっていくさ。その先に別の問題はあるがな」
「…。マニュアルがあるんですね。そんなのチュートリアルの時に渡してくださいよ」
スラ子が冗談めかして言う。
「ははっ。今それをやろうとしてるんだ。それに今までの失敗はマニュアル以上の価値がある。それでどうだ?傘下に入るか?」
「…。正直言って帝都の近くにダンジョンを構えるなんて、私1人でやっていく自信はありません。ですが他の方と競争しながら、助け合いながらなら、あなたの目的も叶うし、私も不安はありません。ウィンウィンってやつですね」
「それってことは…」
「あなたの傘下に下ります」
粘性の気球が傘下に加わりました
これも権限拡張で得られた権限だ。使途を限定したDPの受け渡しだったり、【裏チュートリアル】の共有化、等々いろんなことができる。ちなみに権限拡張で1個目に加えて2個目のダンジョンを100000DPで造れるようにもなった。
「これからよろしく頼む」
俺が手を差し伸べると、スラ子も触手を伸ばした。握手しようとするがすかる。そういえばホログラムだった。
「スラ子のリスタートの成功を祈ってるぞ」
「…。はい。チャンスをくれてありがとうございます」
「ああ。一緒に頑張ろうな。攻略されないために百骸(5000DP)をいつでも渡せるようにしとく。ピンチになったら個人チャットでSOSと送ってくれ。次は遅くとも3日以内に来るようにする。じゃあな」
3日が過ぎて、俺は16体のダンジョンマスターと出会った。ヴェルフィアから聞いた通り、ほとんどがロードかキングかクイーンだった。16体のうち3体が経営状態に不満はなく移転を希望しなかった。3体ともこちらの意図を理解して融資を取り下げてくれた。
そしてさらに3体は移転を希望したが、こちらの審査に通らなかった。こちらも丁重にお断りし融資は取り下げてもらった。
選ばれし10体のダンジョンマスターが追加で傘下に加わる…予定だった。しかしそのうちの1体が傘下に加わる直前で裏切り、20000DPを持ち逃げされた。こいつには後々ちゃんと制裁を下すことになる。
何はともあれスラ子に追加の9体が傘下に加わった。今日は初めて10人の傘下が集まる日だ。
「粘性の気球、亜人の背嚢、犬革の靴底、空洞の土人形、翼姉妹の踊り場、妖精たちの樹洞、騎士の仮面、巨人の胃袋、青蛇の毒沼、人狼の口腔。全員いるな」
今俺は今死体安置所となっているダンジョンの四階層にいる。ホワイトボードも買った。全員のサイズがまちまちだからダンジョンマスター部屋では狭すぎた。特に巨人の王、サイクロプス(10000DP)のサイクロンは顔しか出てない。ダンジョンに巨大な一つ目の生首が生えているという何ともシュールな光景だが、ここしかなかったんだ。
集まった面々は緊張しているのかどこか落ち着かない様子だ。俺は語り始める。
「今日は新しいダンジョンを開設して忙しい中集まってくれてありがとう。俺は狂霊の死体袋のダンジョンマスター兼、この集団、魔王軍のリーダー、【魔王】築地慎吾だ」
「お前たちの中にはまだ俺の実力を心の底から信じ切れていないものもいると思う。それを払拭するために、お前たちに俺の知識を伝え、これから隠されている裏チュートリアルをつまびらかにし、お前たちがこれから、どうするべきかをすべて教える」
面々の中には俺を試すような目で見ている者もいる。まあこの講義の後はそんな態度は取れないだろうが。
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