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 衛兵や使用人たちの目を掻い潜る。

 気配を消し、棚や壁、天井にまで張り付いて死角を通る。

 箱に入ったり、洗濯物を被ったり身を隠すためにあらゆるものを利用した。

 電撃銃はできることなら使わないに越したことはない。

 そんなこんなで地下室の扉を見つけたタンサ。

 地下の道はそれまでの明るく美しい様相とは対照的で冷たく、暗く、亡者の住処と言われても信じてしまうほどに気味が悪かった。

 どこに人がいるかわからない以上、恒星シレイを使うのは控えたほうが賢明である。

 そのため暗い道は暗いままであるが大して支障はきたさない。

 タンサのふた周り程度大きい木製の扉は蕾のように静かに閉じている。

 冷え切ったノブに手を駆けて、回そうとするが───

「ん?」

 何かが聞こえてきたため手を止める。

 扉に近づき耳を付ける。

 消え入りそうな、か細く、震えるささやきが聞こえた。

「これを使えば私は……本当にいいの?……いいえもう戻れない……ああ、でも……」

 か弱い声は一人で、自らの意思を回り回って繰り返していた。

(この声がもしかしてスピル……?)

 再びノブに手を伸ばす。そして、音を立てないように優しく慎重に少しずつ回してみる。

(ダメだ開かない。鍵が掛かってるみたい)

 ノブから手を離し、静かに距離を取る。

(鍵についてはバーバラに確認しよう)

 タンサは黙って地下室を後にした。


 室内にはそこら中に植木鉢が置いてある。

 それは現在の部屋の利用者のものだ。

 光を放っている花を目の前に座り、うつむいている。

「私にはこれが必要……私が人として扱われるためには……」

 その者の頭を悩ませるのは記憶に刻まれている優しい思い出。


 ───ある日の城内。

「バ、バーバラ様……本当にこ、こんな所に私が来ても……」

「良いに決まっているではないですか。あなたは私の友達なのですから」

 それはバーバラとスピルが出会ってから初めて王城に招かれた日のことだ。

 バーバラが自ら出迎え、城内を案内している。

「美しいでしょう? 整えられた内装は特にこのお城の自慢なんです」

「ええ、だからこそ私はここにいてはいけないような」

「そんなことあるわけないじゃないですか」

 城内には使用人や衛兵が並んでいて、姫と共にいる不釣り合いにも視線を向けてくる。

 それは肌に刺さるような感触だった。

「や、やっぱり私は……」

 視線に気付きフードを深く被り直す。

 しかし出口へ歩いていこうとするスピルの腕は取られた。

「少しくらい良いではないですか。あなたに来てもらえることを招待してからずっと楽しみにしていたのですよ」

 花びらを閉じ込めた宝石のような瞳に見つめられて、タジタジになる。特にその顔をこのように直視できるものはそういない。

 親でさえその顔からは視線をずらすというのに。

 その目で見られると断ることができない。

「で、では少しだけ……」

「ありがとうございます! さぁさこちらですよ」

 眩しい笑顔を向けると、腕を引いたまま歩みを進めた。

「これが我が城の庭園です」

「わぁ……!」

 視界いっぱいに広がる、色とりどりの植物たち。

 星全体の植物をそこへ集結させたような庭園は右から左まで、近場では見られないようなものばかりであった。

「凄い、凄いですバーバラ様! 書物でしか見たことないような植物がたくさん!」

 興奮気味に視線を移すと、姫は微笑みを向けていた。

 気恥ずかしくなり、ズレてしまったフードを被り直す。

「本当に好きなのですね」

「う、はい……」

「ここにある植物はどのようなものなのですか? 美しいから飾っているものばかりで詳しいことは知らないのです。教えていただけますか?」

「は、はい。え、ええっとこちらは……」

 恐る恐るだったスピルの緊張が次第に緩和されていく。

 スピルの言葉を聞きながらバーバラからも楽しい声があふれてくる。

 その瞬間は忌まわしい自らの姿のことを忘れることができた。

 自分のことを考えずに触れ合える相手がいること、それが世界に色を付けるほどに楽しいことをその時初めて知った。

 夢中になり庭園を歩き回るスピル。その後ろを追いかけるように歩くバーバラ。

 その思い出は確かに心に刻まれた。


「バーバラ様……私は……」

 そしてその思い出を抱きしめながら、地下室の部屋にこもり、顔を搔きむしるひとつの人影。

「……う、うぅ、かゆい、かゆい……」

 ぐちゃり。

「痛っ……!」

 じわり。

 にじむ。

 頬をつたう。

 それは生暖かくてむなしい。

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