三
カフェを出て、堂々とした門の前に辿り着いたタンサ。
そこでは街の中で一際目立つ、空まで届きそうなほどに高い塔がそびえ立っている。
「おや、どうしたんだい?」
鎧を身に纏った門兵に声を掛けられる。
少年に対して大きな警戒心を抱いている様子はない。
「初めまして。僕はタンサ」
帽子を取りお辞儀をして挨拶をする。挨拶とは友好の意。自らに後ろめたい精神がないのなら堂々とする方が双方心地が良い。
「初めましてボウヤ。何か用かな?」
「ここがお城?」
「ああそうだよ。この国で最も愛される、大切な御方が暮らしているんだ」
「よかった合ってた」
実は勢いよく飛び出したまではよかったが、城の場所を尋ねるのを忘れていたために、少しの間街を彷徨っていた。
そこから来る安堵である。
「それでどうかしたのかい?」
「お城に用事があるんだけど、入ってもいい?」
「ダメダメ、普段でも許可がなきゃ入れないのに……この頃は誰も入れないように言われてるんだ」
「それは噂のせいで?」
「知っているんだね。姫であるバーバラ様がお体を崩されているんだ」
「う〜ん、そっか。それじゃあ……他のお願いを聞いてもらえる?」
「できるかどうかはわからないけど、言ってごらん」
「スピルって人に用があるんだけど……会えるかな?」
その頼みを聞いた瞬間、門兵の表情が歪む。それは憎悪や怒りの類ではなく、生理的嫌悪感を抱いている様子だった。
「うっ……あの気持ちの悪い魔女か……でもそれは難しいな」
「どうして?」
「彼女は今、地下室に閉じこもって姫様の看病をしている。それに大層な人嫌いだ。誰とも話をしない、それどころか目を合わせることもしないんだ」
その話を聞いて頭を悩ませた。
(そっか困ったな。お城に入れないし、スピルにも会えない。バーバラに頼まれたと言っても信じては貰えないだろうし……)
「それじゃあ諦めるよ」
ガックリと肩を落としてあからさまに落ち込む素振りを見せる。
「すまないね。姫様を一目見たくて遠くから来たんだろう?」
「そんなところかな」
「またきっと元気なお姿を見せてくれるさ」
「うん、じゃあね」
タンサは門兵に手を振ってその場を後にした。
(一度バーバラの所に戻って、どうするか相談してみようかな?)
「元気の良い子だ。もうあんなに遠くに」
遠ざかる背中を見つめながら門兵は呟いた。
街から花畑を抜け、洞窟に戻った。
「ただいま!」
「おかえりなさいませ……随分とお早いですね……やはり難しいお願いだったようですね」
帰還の挨拶に対して返ってきたのは諦めのような言葉だった。
当然タンサにはその心境は理解できない。
「何言ってるの?」
首をかしげてその真意を確かめた。
「引き返してきたのでしょう? 見送ってからまだ少ししか経っていませんもの」
「まさか! ちゃんと話を聞いてきたよ」
胸を張って誇らしげに答える。
「ほ、本当ですか? ここと街を往復すれば、国の走り自慢でも日が傾くくらいの距離があるはずなのですが」
「その人はすっごく足が速いと思うな。けど僕と比べたら可哀想だよ」
「なんと、頼もしいお言葉ですね」
竜の瞳には少年らしい絶対的自信が微笑ましく思えた。
タンサは改めて現状をバーバラに相談した。
「なるほど、事情は理解できました」
「どうすればいいかな?」
「それでしたら、森から城への秘密の抜け道がございます」
抜け道の場所を丁寧に説明するバーバラ。それを復唱しながら頭に入れる。
「それでこの道をこっち……うん、わかった!」
「くれぐれもお気を付けください。森には獰猛な獣も生息しております」
「大丈夫だよ。そういう調整もしてあるから。ああ、それと……」
続けて街で聞いたスピルの噂についても語った。
「……そうだったのですね。教えていただきありがとうございます」
噂を聞いた竜の瞳に映っていたのは悲しみと怒り。
それからは口を閉ざしてしまった。
「それじゃあ行ってくるね」
タンサは森から城への道を歩き始めた。