二
花畑を越えた先の街は、その残像さえも上書きできるほどに美意識の高さを感じる所であった。
色鮮やかに並んでいる建物たちは、決して目にうるさくなく、統一感を感じさせた。
人工感のある幾何学的な形を装飾するように花が並んでいて、まるで街全体がひとつの城の庭園のようだった。
目に映る人々は自己主張を控えた上品な格好、振る舞いで、自分を一番に目立たせる品のない装いはしない、とでも考えているかのような印象を受ける。
「なんだか街全体でオシャレしてるみたいだ。あっちもこっちも飾りみたい」
そのあまりに優雅な街に恐縮していると、後ろから声をかけられる。
「やあボウヤ。この辺りでは見かけない子だね」
振り向くとエプロンを身に着け短めの髪を上げた、清潔感のある中年男性が立っていた。
警戒させないようにと視線を合わせる様子から、悪意は感じられない。
「初めまして。僕はタンサ」
それは帽子を取りながらお辞儀をする美しい挨拶だ。
「お、礼儀の良い子だな。俺はチャティ、よろしく。それで君はキョロキョロしてどうしたんだい? 迷子かな?」
「迷子じゃないんだけど、人を探してて」
「そうかそうか、まあ外で話すのも寂しいものだ。うちに寄っていきなよ。すぐそこのカフェなんだ。お茶をごちそうしよう」
「でも僕お金持ってないから」
「お金なんかいいさ」
タンサは少し申し訳なさそうにしながらも、誘いに乗ってカフェに入っていった。
内装は整えられていて、見た感じ掃除も行き届いている。
客足を遠のかせる要素は特に感じられない。
だというのに案内されたカフェは驚くほどに静かで客が誰もいなかった。
「ちょっとここで待っててね、すぐ淹れてくるから」
椅子を引いて座らせると、チャティは暗い厨房へと向かった。
タンサはその様子をおとなしく眺める。
厨房に立ったチャティはジョウロを取り出して、角に置かれた花に水をあげた。
すると花びらが、ゆっくり、じんわりと明るく輝いて行き、次第に厨房全体を照らした。
それからポットを取り出して、大きな花びらを広げている水色の花の下に運んだ。
そして花のガク辺りをつまんで力を込めると、透き通った水が溢れ出し、みるみるうちにポットの中を満たしていった。
満たされたポットを赤く茎の短い花の中心に置いて、ジョウロの水で花が根を張っている植木鉢の土を湿らせた。
少し待つと水が湯気を発していき、次第に沸騰し始める。
それからポットを持ち上げて次は茶葉をその中に加えた。
透明のお湯は魔法のように姿を変え、曇りのない空を映し出す海のような色になった。
「もう少し待っててね」
緑色の葉が装飾されたカップを取り出して待っている机の上に置き、閉じきった蕾を入れた。そこへ今作ったお茶で、入浴させるようにカップを優しく満たしていく。
「うわぁ〜! すっごい!」
その様子に思わず身を乗り出して声を上げた。
初めは蕾だった花びらが少しずつ開きだし、ついには満開になり、マグカップの底を飾っている。
「さぁどうぞ」
「わぁ、いい香り」
息を吹きかけてお茶を冷ましながらすすった。
甘い香りがふわりと広がり、頭の中いっぱいに花畑の景色が広がるようだった。
「すっごく美味しい!」
「そうかそうか、それはよかった。このお茶はこの花が大事なんだ。ここから出る蜜がお茶の渋さを抑えてくれるんだよ」
ほっと一息ついている向かいに座ってチャティは「それで……」と話しかけた。
「人を探しているって言ってたけど、誰なんだい?」
「えっと、スピルっていう人を探してるんだ」
『スピル』その単語を聞いた途端その表情は優しげなものから一変して、目つきが鋭くなった。
「何故探しているんだい? 君はあの醜い魔女の仲間なのか?」
「えっ?」
それは明らかに敵意を持っている表情だった。タンサは慌てて弁明をする。
「ち、違うよ。スピルが持っているあるモノを取り返しに来たんだ」
「……そっか、君は魔女の被害者だったのか。疑ってすまない」
「僕じゃないけど。それはよくって、スピルのことを知ってるの? 魔女って?」
「この国の姫様のことは知ってるかい?」
「ん〜、まぁなんとなく?」
「姫のバーバラ様は満開の花のように可憐で、誰にでも愛らしい笑顔を絶やさないお優しい方なんだ」
「へぇ~そうなんだ」
「醜い魔女はいつの間にか現れて、バーバラ様と共に行動するようになった。バーバラ様はそんな魔女にも分け隔てなく接していた。花が咲くような笑顔で」
その話にお茶を飲む手も止めてすっかり夢中になった。
「ところが少し前のことだ。恐ろしい噂が流れた」
「恐ろしい噂?」
「お城の近くの森に一頭のドラゴンが現れたという噂だ。ドラゴンは我々にとってとても不吉な存在なんだ」
(森の近くのドラゴン……バーバラのことだ)
「そしてその噂と同時期に、バーバラ様のお姿を見たものはいない。恐ろしい呪いに罹って、誰も部屋に近づけないように、と魔女が指示を出したからなんだ。それから空模様も良くないし、あまりにも怪しすぎる。あの魔女が何かしたに違いない。街中皆がそう思っている。それでも俺たちには何もすることができないんだ。おかげで街の皆はどこか元気がなくなって、うちもこのとおりガラガラだ」
「そうだったんだ。それでスピルはどこにいるの?」
「バーバラ様の看病をしているということが事実ならば、お城にいるだろう」
その情報を聞くと、タンサはお茶を飲み干し立ち上がった。
「わかったよ。それじゃあお城に行くね、ありがとう! ごちそうさま!」
「あ、ちょっと……」
止める間もなくカフェを出て駆けていった。
慌てて追い掛けようとするが、既にその背中は声を掛けても届かないほどに小さくなっていた。
「もうあんなに遠くに、お城には許可がないと入れないんだけど……大丈夫かな?」




