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 それはそれは、とても美しい星だった。

 足の踏み場も無いほどに、視界いっぱいに広がる花畑。

 それが頭に思い浮かべることのできる色を遥かに超えて、鮮やかに敷き詰められている。

 燃えるような赤い花があれば、凍るように青い花もある。

 太陽のように眩しく輝く花もあれば、月のように優しく煌めく花もある。

 花たちに香り付けされた風は、まるでそれぞれが色を持っているようだ。

「すごいなぁ。どこもかしこも綺麗で目が回りそうだ。これで空が晴れてたらもっと綺麗なんだろうけど」

 空一面を覆い隠す雲を眺めながらそう呟いた。

 それを除けば、視界全てが『美しい』で埋め尽くされる空間を見渡しながら歩き回った。


 一面の花畑を抜けると、森が広がっていた。

「ん? なんだろうこれは」

 不自然な光景がその目に入る。

 森に入っても花の絨毯は続いているのだが、それが広範囲にわたり押しつぶされている。

「大きな生き物がここを通ったみたいだ」

 危険が襲ってきてもいいように電撃銃を取り出した。

 これはシレイが作った特製の護身武器だ。

 非常に特殊な電撃の力で対象を瞬く間に気絶させる。電力の調節も可能で気絶させない程度に留めることもできる。

 しかし、シレイの発明の素晴らしいところはそこではない。

 なんとこの電撃銃で撃たれても無傷、無後遺症なのだ。

 その者のこれからの人生を奪うことなく制圧してくれる優れものだ。

 ただしとても痛い。不健康な人間が足つぼマッサージを受けるよりも痛い。予防接種よりも痛い。

 ちなみに正式名称は『シレイに一目惚れ』である。

 話を戻すが、タンサの使命は惑星探索であり、現地民との争いは可能な限り避けたいところだ。

 可能ならば友好な関係を築きたい。たとえ襲われることがあったとしても、命を奪うことは回避しなければならない。

 それを実現してくれる素晴らしい護身具である。

 電撃銃を手に取り、慎重に辺りを見回しながら大きな獣道を辿っていく。

 するとたどり着いた先は洞窟の入口につながっていた。

「この中に入ったんだ」

 それはあまりにも大きく、入っていきながらまるでこれから咀嚼される豆粒にでもなったような気分になった。


 タンサはカバンから明かりを取り出す。その名も『恒星シレイ』。対象のそばをフヨフヨと浮かび、自動追尾しながら全方位を照らしてくれる球体だ。明かりをつけながら両手を空けることができる。

 これもシレイ特製の発明品だ。名前の由来はもちろん発明者の名前で、彼女が自らの輝きを表現したものである。

 シレイには自尊心と自己愛が大いに盛り込まれている。

 恒星シレイを視界を遮らない位置に浮かべて、洞窟の中に足を踏み入れた。

「ちょっと怖いな……中は寒くて不気味だ」

 肌が粟立つのを感じながらも、好奇心に駆られて足を進める。

 奥に行くに連れて冷たく、ジメジメと湿っぽくなっていく。

「流石に危ないかも。引き返そうかな」

 踵を返そうとしたその時。

 ズイッと目の前に大きな影が現れた。

 それはあまりに大きく、視界を埋め尽くした。

 だがそれはその大きな影の一部で、よく見ると顔であった。

 ギョロギョロとした大きな目が睨みつける。

 丸呑みされそうなほどの大きさの口に、ギラギラとした牙が剥き出しになっている。

 皮膚はすべて、緑色の鱗で覆われている。

 悪魔を連想させる大きな角が頭頂部から二本誇らしげに生えている。

「ド、ドラゴン……⁉︎」

 電撃銃を構えて引き金を引く。

 しかしその竜の大きさに対して電撃は小さすぎた。シレイに一目惚れは安全を考慮して出力を制御している。

 竜が蚊に刺された程度に感じているその無反応さに電撃銃をしまう。

「効かないなら仕方ない。だったら……」

 次の手段として構えた途端、

「お待ち下さい」

 そのような声がどこからともなく聞こえてきた。

「え……?」

 困惑して手を止める。

 声の主を探して顔をあちらこちらへ向けるが人の姿はない。

 視界にいるのは相変わらず目の前の恐ろしい竜だけだった。

「も、もしかして君が喋ったの?」

「はい。驚かせてしまい申し訳ありません」

 腕を下ろして警戒の意思を無くしたことを見せた。

 何故、初めて来た惑星の言語が通じるのか。

 それはシレイの発明品『愛の架けはシ()レイ』のおかげだ。

 愛の架けはシレイはどのような言語であろうとも、たとえ未知の言語だろうと、無遅延でお互いの理解できる言語に変換する、惑星探索型人間も旅行客も必須の優れものだ。

 少し落ち着いて竜の顔を見ると、恐ろしい姿に変わりはなかったが、どこか穏やかで、知性的で、優雅で、そして悲しそうに見えた。

 竜はおしとやかな口調で口を開いた。

「私はバーバラと申します。あなたは?」

「僕はタンサ。初めましてバーバラ」

 帽子を脱いでペコリとお辞儀をした。挨拶のできない者に惑星探索の資格は与えられない。

「タンサ様……見慣れないお姿をしておりますが、どこか遠くからいらしたのでしょうか?」

「うん、『ツクョエ』って所から……」

「ツクョエ……聞いたことのない国ですね」

「えっと、国というか星なんだけど」

「星……?」

 ツクョエとはタンサやシレイが生まれた星である。

 決して大きくなく人口も多くない。

 それは人間を生むのは使命を果たすためだからだ。

 理由なき人命が作られることがない。

 『星からやってきた』という言葉を聞いて竜の瞳がわずかに揺れる。

「ということはあなたは、天の御使い様ということでしょうか?」

「天の……? なにそれ?」

「私たちの祖先も遥か遠くの星から、この星に降り立ったと言い伝えられております。そしてこの星に根付き、子孫を残し国をお作りになったと」

「う〜ん、よくわからないけど、僕はただの惑星探索型人間だよ」

「惑星探索……型?」

「うん。いろんな星を回って、その星がどんな所なのかを探索するのが僕の使命なんだ」

「これは、少々難しい話ですね」

「君はこの星について詳しい? よければ話を聞かせてよ」

「そうですね、確かにこの星については多少詳しいと自負しております」

 バーバラは軽くこの星についての特色を挙げた。

 美しい風景、美しい自然。

 ここには多くの個性豊かな植物が生息していると話した。

「へぇ~。もしかしてここはドラゴンと植物が特徴なのかな……」

 その話を聞いて一人で呟く。

「……あの、これからする話を信じてほしいのですが」

 そこへバーバラが奥歯に物が挟まったように言いづらそうに声をかける。

「うん?」

「実は私は、この国の姫なのです」

「えっ⁉︎ ……そうなんだ。ということは他のドラゴンたちもどこかにいるのかな?」

 その問いかけに竜は俯き、寂しげに目を閉じて首を横に振った。

「いいえ、いないでしょう」

「どうして? バーバラはひとりぼっちのドラゴンなの?」

「それも違います。そういうことではないのです」

「じゃあ、なんで?」

「…………信じてくださいますか?」

「今度は何?」

「私は……ドラゴンではないのです」

 バーバラの告白に理解が追いつかなかった。

 改めてその姿を前から後ろへ回ってくまなく観察する。

 鱗に覆われた体。

 加えて凶暴な角。

 さらには背中に大きな翼まで生えている。

「……どういうこと? どう見てもドラゴンだけど」

「確かにそう見えるかもしれません。ですが、私の元々の姿はあなたとそう変わらない、人間なのです」

「えぇっ⁉︎」

「タンサ様。出会って間もなくのあなたにこのようなことを申し上げるのは大変心苦しいのですが、私のお願いを聞いてはいただけないでしょうか」

「何か悩み事があるの?」

「その……私が元の姿に戻れるようにお力添えをいただきたいのです」

「どうして僕に? お姫様なら頼れる人は他にもいるんじゃないの?」

 竜は首を横に振った。

「このような恐ろしい姿の私を、民たちに見られたくはないのです。個人的な問題で申し訳ございません」

 竜はうるんだ瞳でタンサを見つめ、大きな頭を小さく下げた。

 その必死な姿は決して嘘を吐いているようには見えない。

 たとえ嘘を吐いていたとしても出すべき答えは決まっている。

「うん、いいよ」

「本当によろしいのですか?」

「もちろん。困ってる人には親切にって言われてるし」

「まことに、まことにありがとうございます……!」

 竜は何度も頭を下げて、涙まじりの声で感謝を告げた。

「ただそれは別に構わないんだけど……僕は何をすればいいの?」

「スピルという者を探してください」

「スピル?」

「ええ、深くフードを被り、人目を避けていて、そして……」

 言葉を詰まらせた竜の表情にわずかに影がかかる。

「……?」

「私の……友達、だと思っていた者です」

「仲が良かったの?」

「少なくとも私は無二の親友であると、そう思っていたのですが……彼女はそうではなかったのかもしれません」

「…………そのスピルがバーバラの姿を変えたの?」

「スピルは私から奪ったモノをどこかに持っているはずです。そちらを取り返して頂きたいのです」

「どこにいるかは分かる?」

「ここから花畑を抜けた先に街があります。恐らくそこにいるでしょう」

「わかったよ。ひとまず街に行って探してみるね」

 タンサは洞窟を出て、街に向かった。

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