十四
「タンサ様……? 急に声を上げていかがなさいました……?」
その言葉に返事をするように鞄の中を尚も漁り引き抜く。
「あった」
カバン奥深くで忘れ去られていたピンク色の物を取り出した。
スライド式のスイッチを入れてみると背筋の凍るスパーク音が響く。
「よし、動く」
動作を確認するとタンサはしゃがみ込んでいる魔女のもとへゆっくりと近づいた。
「た、タンサ様……それは一体? 何をしようと言うのですか」
明らかに危険でしかないその音を聞いて、姫の顔は青ざめた。
理解不能な道具を取り出して、友の側に歩み寄る姿はまさに断罪者そのもの。
「多分大丈夫だから安心して」
「多分!?」
バーバラはその言葉にさらに取り乱す。
優雅な姿勢を貫いてきた姫も、理解の外の事態にはただの少女である。
「バーバラは離れてて」
「タンサ様、お待ちになってください」
当然友を案ずるならば静止をかける。
しかしその姫に背を向けて、タンサはスピルに視線を合わせるようにしゃがんだ。
「スピルは神の力を信じてる?」
「……え?」
「どうかな」
「…………昔は信じてた……星の数ほど……その分だけ祈りをささげてきた」
自らの姿が侵されていく日々。
もしも朝、目が覚めて鏡を見て元の姿に戻っていてくれたら。
そんな淡い期待を何度抱いただろう。
夢に見たこともある。
元通りの綺麗な肌。誰にも遠慮することのない顔に喜ぶのも束の間、かゆみと痛みで目を覚まし、鏡を見て現実に落胆する、そんな日々だった。
「でも、そのことごとくが私の顔を見て逃げ出した」
拳を強く握りしめて力なくささやく。
どれほど信じられている神もこの呪いを解くことなどできなかった。
初めのころは怒りもしたが、今では神などそんなものだと諦めてさえいる。
「神なんて……どれだけいてもなんの役にも立ちはしないの……」
むなしく響く訴え。
その言葉を聞いて、断罪者のような少年は宣教者のようなセリフを吐いて、手に持っているものを構えた。
「大丈夫。今日からはイッシンキョーだよ」
「それが、私のような罪深く醜い者にはふさわしい、断罪の神だと言うなら……どうかお願い」
覚悟を持って目を閉じる罪人。
「少し痛むだろうけど我慢してね」
少年はそのおぞましい音を奏でる機械を魔女の顔に当てた。
「あ、ああ……あああああああああああああああああああああああああっ!!」
その瞬間、絶叫がその口から漏れ出す。
焦げた匂いが少しずつ増していく。
全身が痙攣し、白目をむいて口から泡を吹いている。
涙も唾液も溢れに溢れて水たまりができている。
「タンサ様⁉︎ 本当に、本当に大丈夫なのですか⁉︎」
「とにかく今は信じて」
その言葉の何を信じろというのか。
バーバラは焦りを募らせた。
しかしその目には決して冗談ではないと、真剣な力がこもっていた。
だからこそ覚悟を決めた。
大きく、ゆっくり息を吸い、肺をいっぱいに満たしてから長く、長く吐き出す。
「…………………………かしこまりました。ここまで私のワガママにお付き合い頂いたあなたを信じます。スピル、頑張ってください……!」
喉を引き裂くような絶叫はしばらく続いたが、それも間もなく意識が途切れることにより止んだ。
しばらくして、その機械は自動的に停止した。
その機械を当てられていた者は地面にはうつ伏せで倒れこんでいる。
「スピル! スピル! しっかりしてください! タンサ様、本当に大丈夫なのですよね⁉」
姫は取り乱し、声を荒げた。
「少なくとも生きてはいるよ」
「しかしピクリとも動きませんよ!」
「その証拠に、僕の心臓がまだ動いてる」
「一体それと何の関係が……!」
その瞬間、叫ぶ姫の声が届いたのかその手がわずかに動いた。
「……うっ」
「っ! スピル!」
「うぅ……バーバラ様。私は、生きている……そう……生きているのですね……」
のそりと体を起こし、ヒリつく顔を抑えるように、俯いたまま手を当てた。
「……」
頬を触る手が止まる。
「…………?」
再び手を顔全体触るように動かす。
「………………?」
手が離れ、顔が上がる。その表情は驚きと不信が混ざり合い、困惑した様子だった。
「これは……?」
「す、スピル……あなた顔が……!」
「え?」
懐から手鏡を取り出す。
そして薄目でおそるおそる自らの顔を映した。
「っ!?」
驚きのあまり声を出すことさえもできなかった。鏡に映し出される姿は幻の類のようにも感じられ、ふたりへと視線を流した。
ふたりとも当人に負けず劣らず驚愕の顔をしていることに、自分だけが見ている幻想ではないことを悟った。そして、再び鏡を見る。
そこには、
顔全体を赤く覆っていたニキビがすっかりと消え、
血や膿を流すことのなく、
シミ、シワが一切消え、
黒ずんだ毛穴はすっかりなくなり、
浅黒かった頬は血色の良いピンク色に、
キメ細かい肌になり、
垂れ下がった瞼はしっかりと開かれ、
切れ長の目が涼しげで、
長い睫毛が生え揃い、
瞳には生気が宿り、
突き出た頬骨が引っ込み、
鼻は小さく筋がしっかりと通り、
自己主張の激しい腫れぼったい唇は控えめに───
「さすがに変わりすぎではないですかっ⁉」
あまりの変貌ぶりにお淑やかさも忘れて、つい声を上げてしまった姫であるが、小さく咳払いをして気を取り直す。
「スピル……」
「ああ、これは……これはまさに奇跡のよう……!」
それは少女が植物からの毒を受ける前、呪われるより前、姿が変わっていく前の、可愛らしい姿であった。
「夢では、ないのですよね……?」
「ええ、ええ!」
歓喜の涙を流す友につられて、姫の瞳にも涙が浮かぶ。
「タンサ様、先ほどのそれは?」
少年は尋ねられてその名を呟く、視線を逸らしてやや気恥ずかしい気持ちを誤魔化す。
「美の女神……シレイ」
「その方は一体……?」
「……僕の姉さん」
「タンサ様のお姉様は女神様だと言うのですか?」
「自尊心の強さはそれくらいだと思うけど」
「ああ、女神様のご加護を運んでくださるあなたは、紛れもなく天の御使い様。ありがとうございます……!」
「……姉さんにも伝えておくよ。理解できない発明は神業と言えるからね」
「よかったですねスピル……!」
「はい……はい……! これで、これで……私は───」
続きの言葉を発した笑顔は、美しかった。
「私は……『人』として死ぬことができます」