十二
竜の言葉に動きが止まる。
魔女は錆びついた人形のようにぎこちなくそちらに体を向けた。
「嘘……嘘です……」
泳ぐ瞳。震える声。
魔女にはわかる。疎まれる姿の苦痛が。
だからこそ言えるわけがない。
そんな言葉は口から出そうとしても、喉に絡みつき表には出せるはずがない。
何か別の意図があるかもしれない。
『取り返しに来たわけではない』そんな言葉が簡単に信じられるわけがない。
魔女の心に疑念が纏わりつく。
ならば何のために姿を現したのかと。
強く拒絶する魔女とは違うが、疑問を隠せないもう一人。
「バーバラ、どういうこと?」
タンサへの頼み事は奪われたモノを取り返すことだ。それを今になって反故にする意図が掴めない。
「もちろん初めはそのつもりでした。ですが今は違います。タンサ様にも多大なご迷惑をおかけしたこと、謝罪いたします」
「僕は別にいいんだけど……」
そこで魔女は息を呑む。
わざわざ出向いてくるとは相当な覚悟だ。
普通では成し遂げられないことをしようとしているに違いない、そう感じ取った。
「まさかバーバラ様自らの手で私を葬るために……」
「それも違います」
だがそれも空振りするように否定された。
「では何故!?」
語気がより一層強まる。
そんな姿を目の当たりにしても尚も穏やかな口調を崩さない竜の声は、ゆるやかでそよ風のようだった。
「あなたの手、その花に渡ったモノ。それは私の『美貌』ですね」
「……はい」
願いを叶える花は美を吸収し、不可能を可能にする力に変える。
美女を連れ去るドラゴンの言い伝えとは即ち、美しさを吸い取られ、奪われて醜い竜へと姿変えた者のことであった。
「あなたは、自らの外見を変えたかったのですよね。わかってはいたのです。あなたが自分の姿に悩みを抱えていることを」
「……」
「でも私にはどうすることもできなかった。苦しむあなたのすぐそばにいたというのに……」
「バーバラ様……」
苦しみの渦中にいる友に手を差し伸べられない歯がゆさ。無力さの述懐。
「やっと……やっとあなたを助けることができる。これはそのためのたったひとつの方法だと、そう思った時、私は決心致しました」
深呼吸をして間を置く。
そして竜は魔女に向かって、そっと微笑みかけた。
「あなたに差し上げます。スピル……美しく、そして幸せになってくださいね」
「ッ!」
姿形は変わっても、変わることのない美しいその笑顔。
今の魔女の心を揺るがすことのできるのはただひとつ。その混じりけのない気持ち。
「…………どうして、そこまで……?」
「何を当たり前なことを」
竜はその問いかけを一蹴する。
そんなことは問うまでもない。
「あなたが笑顔になれるなら、それで良いのです」
その言葉を聞いて、魔女の目から、ひとつ、ふたつと涙が流れていく。
「バーバラ様……バーバラ様ぁ……」
魔女の目から零れ落ちる涙はさらにあふれ出し、栓を抜いたようにとめどなくその頬を濡らした。
魔女は崩れ落ちる。
揺るがない美しさに。変わらない優しさに。
「申し訳……ございませんでした……!」
その言葉とともに、美貌を閉じ込めた花は光り、輝き、広場を眩しく照らした。少し離れていても目が痛くなるほどで、タンサはキャスケット帽子でその目をふさいだ。
少しの間、強い光に包まれていた空間も徐々に落ち着きを取り戻し始めたので、ゆっくりと帽子を戻す。
するとそこには、先ほどまで魔女と少年の間にいた竜が姿を消し、その代わりに花の精霊を体現した美しい少女の姿があった。
その一瞬だけ、たしかに雲の切れ間から日が差し込み、少女を引き立たせる照明となった。