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十一

 スピルは走った。目に汗が入ることさえ気にせずに。

 スピルは走った。後生大事に被っていたフードが外れてもそのままに。

 スピルは走った。避けていた人前さえも横切って。

「うげ、魔女だ」

「なんておぞましい顔をしているんだ」

「気持ち悪い」

 魔女が走れば、そこだけ空間ができる。

 魔女が走れば、誰もが道を譲る。

 魔女が走れば、その姿を誰もが嫌悪する。

 魔女が走れば、その姿を誰もが嘲笑う。

「必死に走って気色悪い」

「走り方まで醜いのね」

「同じ人間とは思えない」

 眼前では驚愕と困惑と嫌悪の顔が向けられる。

 背中からは暴言と侮辱と嘲笑が浴びせられる。

 永遠にも感じられる長い廊下。

 明るい装飾さえも全てが暗がりに見える。

 バラの庭園のように美しい城内も、魔女にとっては茨の森より棘の道だ。

 傷つけて、奥深くに刺さる。

 抜け道を探して彷徨う、ただ彷徨う。

 光を求める虫のように。

(苦しい……)

 体が悲鳴を上げるほどに鼓動が激しい。

 激しい汗が顔中を埋め尽くす。

 開き続けた口から唾液が絶えず流れる。

 心無い声が胸を裂き、涙が溢れる。

 手を染めてまで手に入れた光は今ではくすんで見える。

 本当の光はどこにもない。

「う、うぅ……」

 それでも魔女は走った。

 その後ろをタンサは追いかけた。

 すれ違う衛兵や使用人の目を搔い潜りながらであるため、見失わないように追いかけるのが精いっぱいだった。

 廊下を突き抜け、階段を這い上がり、必死な魔女が最後に辿り着いたのは屋上だった。

 街どころかその外まで一望できるほどの高さだ。

 美しい花畑もその先に広がる森までが色としか判断できないほどに遠い。

 強い風が頬を叩く。

 その先に進むことはできない。

 タンサも遅れて到着する。

「やっとだ。もう逃げられないよ」

 際に立っている相手に向かって少しずつ歩みを進めて距離を詰める。

「い、嫌だ! 渡すくらいなら……私はコレと一緒にここから飛び降りる!」

「こんなところから落ちたら、痛いじゃすまないよ。僕でも」

 尚も意固地である。下を見れば足がすくみ、汗で手がぬめる。当然承知の上で叫んでいる。

 一触即発。一歩でも前に踏み出せば、それを合図に落ちようとしているのがわかる。

「もうやめよう。こんなことをしても何にもならないよ」

「あなたに何が分かる! 私は……この顔のせいで人として扱ってもらえないの! ずっと……ずっと! 顔が変わってから! 『私』が変わる前から! 分かる⁉ 私はね、息をしてるだけで笑われるの! 足で歩いてるだけで石を投げられるの! ま、ま…………魔女だから!!」

「……そんな、分かってくれる人はいるよ」

「ええ! いた! 確かにいた! そんな唯一の救いを裏切ったの! それなのに結局最後まで裏切り切れずにいる! 幸せを奪っておきながら自分の幸せに当てることすらできない! 中途半端で宙ぶらりんな救いようのないみじめで醜い心の持ち主なの!!」

「そこまで言わなくても……きっと今は辛い気持ちが強いだけだよ。落ち着くまで待てばきっと前向きになれるから……」

「落ち着くって何⁉ いつまで待てっていうの⁉ 綺麗事を言わないで! ああそう、あなた綺麗な(かお)してるものね。綺麗な顔だから言葉も心もさぞ綺麗でしょうね! 私みたいな醜い女には醜悪な心がお似合いなんだって! そうやって誰もかれも見下して! バカにして! 愚弄して! ムカつく、ムカつく! ああああ! かゆいかゆいイタイ!」

 怒りに任せて顔を掻きむしる。血が頬を伝い滴り落ちる。

 説得の言葉が見つからない。

 どうしようもないタンサの頬に冷や汗が伝う。

 刹那の静寂。

 風が静寂を連れ去る。

 力のない声。

 微弱な声。

 かすかな声が風の隙間から耳に入る。

「……………………もう、いいや」

 その言葉の直後。

 魔女は

 落

 ち

 た

  。

 その光景はわずかな時間。


 しかし そのしゅんかんは すろ~~~も~~~しょん。


 い や 、 ス ト ッ プ モ ー シ ョ ン の よ う だ っ た。


「なっ!」

 慌てて駆け寄る。

 下をのぞけば地面まで片道切符で真っ逆さまの状態だ。

 衝突すれば落ちた正体の判別すらできないほどに原型は崩れ去ることは必至。

 考える時間はない。

 タンサは飛び()()()

 自然落下では間に合わない。

 壁を蹴って、

 下へ、

 下

 へ

  。

 落

 下

 速

 度

 を

 速

 く

  、

 よ

 り

 速

 く

  。

 壁

 を

 伝

 い

 駆

 け

 落・

 ち・

 た・

  。





 全

 て

 が

 上

 に

 高

 速

  。




























 壁


 の



 模




 様





 も

  。





























































 装





 飾







 の








 花









 も

  。





































































 こ










 の











 文












 字













 さ














 え















 も

  。





























































 そして落ちる対象の側へ。

 惑星探索型人間が本気を出せば落ちるよりも速く壁を駆けることもできる。

 急速降下で追いつき絶対的な肉体そしてマイクロチップにより自らと対象の落下速度を正確無比にその誤差をゼロに同調させ包むように抱きかかえる。

 それはつまり極限の状況で行う、人の力を超えた寄り添いだ。

 その体を抱きかかえてシールドを張る。

 球体の膜が二人を包んだ。


 それは隕石のように街に落ちる。

 着地の衝撃により目もくらむような強烈な光が街に広がる。

 エネルギーが変換からあふれたら、灼熱という言葉が生ぬるいほどに熱くなる。故にその直前───

 タンサはシールド解除する。そして抱きかかえた相手を庇うために衝撃の全てをその身に受けた。

 腕に抱いているものがたとえ卵であったとしてもヒビひとつ入ることがないだろう。

 二人が落ちたところは広場、幸いにも人はいなかったが、異変に気付いた者たちが広場の方へとやじ馬として集まってくる。

「なんだなんだ」

「広場で何があったんだ」

「ひぃ! 魔女だ!」

「今のも魔女の仕業か!」

「あの少年も魔女の仲間か!」

 人々は口々に声を出す。中には石を拾い構える者もいる。

 次第に広場は騒々しくなり、視線はさらに増え、囲いができる。

 そんなことなど気にする余裕のない渦中の者たち。

「……口から心臓が出るかと思った……大丈夫?」

 その腕に包まれている相手に声をかける。

「……」

 表情はいまいち分からないが、何が起きたのか理解できずに放心している様子だった。

「よかった……無事みたいだね」

 安心して立ち上がる。

「立てる?」

 状況を理解できていなさそうな相手に向けて手を差し出した。

「……ふ、ふざけるな!」

 しかしその手は払いのけられ、座り込んだ状態で命の恩人の体に拳がぶつけられた。

「英雄にでもなったつもり!? ……どうして助けたの! どうして死なせてくれなかったの!」

 魔女は何度も何度も叩いた。

「怖かった…………もうあんなことできない……最初で最後のなけなしの勇気だったのに……!」

 小さな拳がタンサの体に打ち付けられる。

 その作られた肉体にはその程度の力を痛みとしてとらえることはない。

 それどころか打ち付けている拳だけが傷ついていく。

 それでもその拳の雨が止まることはなかった。

「私はもう……こうするしかなかったのに……」

 魔女の頬に涙が伝う。

「無責任に助けないでよ…………」

 叫び、枯れた声で絞り出された声を発し、力なくうなだれてしまった。

『ごめんね』

 問い詰められた口からその言葉が出ることはなかった。

 何度同じことをしようとも、同じように助けるからだ。

 張り詰めた空気の中、時間だけが過ぎていく。

 そこへ、

「な、なんだあれは⁉」

「化け物だ!」

「みんな逃げろ!」

「次から次に一体何が起きてるんだ!」

「この国は破滅するのか⁉」

 広場に集まったやじ馬たちが悲鳴とともに走り去っていった。

 取り残されたふたりは空を見上げる。

 大きな影が空を羽ばたき、ふたりの間に降り立った。その体格に似合わぬ上品な着地だ。衝撃で揺れることさえなかった。

「バーバラ!?」

 それは恐ろしい竜の姿をした姫であった。

「どうしてここに……? 皆に見られるのを嫌だって言ってたのに」

「私にも思うところがあり、タンサ様に任せたまま隠れているわけにはいかないと思ったのです」

「バーバラ様……!」

 魔女の目が竜を見つめる。

 悲しみ、恐れ。感情は入り混じり、言葉一つで表すことはできない。

 生涯付きまとう魔女という烙印。

 無償の恩への裏切りの感触。

 許されることのない再会。

「……スピル」

 竜の声は恐ろしい口から発せられたとは思えないほどに凛々しく、優しかった。

 「よく聞いてくださいスピル」

「…………聞けません……私は……」

 魔女の心には棘が刺さりすぎている。

 心を閉ざし、耳をふさぐ。

「いいえ、聞いていただきます」

 届けられた言葉はふさぐ手の隙間を通った。

 その一言はあまりに衝撃。

 考えの範疇の外の言葉。

「私は、あなたの手に渡ったモノを取り返しに来たわけではありません」

 だからこそ魔女は凍るように固まった。

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