九
宝物庫を守る強靭な衛兵をやり過ごしたタンサ。鍵の束を手に再び地下室へと向かった。
「違う……これも違う。これも、これも……」
あいも変わらず閉ざされている扉の鍵穴に、束から選んで、正解を探す。カチャリと、小気味良い音が鳴る。
「やっと開いた」
ハズレだらけの鍵束に恨みのひとつでも言いたくなった。
ドアノブに慎重に手を置き回す。
扉は鳴き声のような音を立てながら、ゆっくりとその口を開いた。
「誰⁉︎」
扉の軋む音に反応して振り返る影。それが部屋の端に座っている。手を伸ばしても決して届かない、試すまでもない距離。
その影の奥には美しくきらびやかに輝く花が一輪だけ飾られている。子どもの頭くらいの大きさの鉢に植えられていた。
「本当に誰……? ど、どうやってここに……」
花の前に立っている影は未だに動揺を隠せずにいる。
フードを深くに被り、是が非でも顔を見せまいとしている。
背丈はタンサと変わらないか、少し大きい。しかし顔を隠そうとしているためか、俯きながら腰を丸めている姿から、こじんまりとした印象を受ける。
「初めまして。僕はタンサ」
帽子を脱いで挨拶を交わす。惑星探索型人間は挨拶の回数に制限を設けられてはいない。
「あ、ご丁寧にどうも……」
思わず困惑、慎ましく会釈。
「君がスピルかい? バーバラのモノを返してもらうよ」
「な、何故そのことを……! こ、これは、渡さない! 渡せない! 渡すものか!」
スピルは慌てて輝く花を両手で抱え込む。
抱え込んだことで花から光を当てられて顔が見える。
皮膚が垂れ下がり、顔中の骨が激しい主張をして歪な輪郭をし、沈みきったまぶたからは黒目だけが見え、大きく低い鼻とアンバランスで、腫れあがった唇は顎の下にまで届くほどだった。
顔全体を覆うほどにニキビが吹き出して、赤くなっている。
いやそれをニキビと称していいだろうか。
致死性の毒を持った虫に刺されたように膨れている。
それは例えるなら顔中を敷き詰める活火山。
皮膚表面を赤く膨れ上がらせて、膿のマグマが今にも噴火しそうな状態だ。
と思えば皮膚病のようにシミが滲んで、黒茶色に淀んでいる。そして顔が岩のように凸凹している。
「わっ……」
ちらりと見えたその顔に、思わず面を食らう。
その表情はスピルの神経を逆撫でする。幾度となく向けられてきた視線だからだ。
「その目、やっぱりその目だ……そんな目で私を見るなぁっ!」
スピルは片手に花を抱え、空いた手を唐突に現れた失礼な侵入者に突き出す。
その手からは緑色の粉が飛び出し、タンサの方角に向かって放たれる。
その粉に呼応するように、脇に置いてあった植物が太いツルを暴れさせた。
「わぁっ!」
それを防ぐために急いでシールドを張る。それによりツルは弾かれた。
「これってもしかして……」
この自然のムチにタンサは覚えがある。
獣を投げ飛ばした時に粉に呼応して暴れまわっていたものだ。
「なっ!」
シールドは当然この惑星の者にとっては未知の力だ。
「なに……それ? うっ……あぁかゆい、痛い……」
表情を大きく変えたことによる衝撃でその顔中に張り巡らされているニキビが破れ、血や膿が顔を伝っている。
「さぁ、返してもらおうか。人のものを盗るのは悪いことだよ」
「いきなり現れてお説教しないで!」
尚も粉を放ち、少年を襲う。
「話し合いは……難しそうかな」
シールドで暴れるツルを防ぎ、機会を伺う。
幹をなぎ倒すほどの威力がおびただしい勢いで打ち付けられる。
シールドが壊れる様子はない。
しかし、エネルギーに変換できなかった熱が内部にこもり続ける。
それは灼熱を耐える惑星探索型人間だからこそ無事でいられるほどの高熱だ。
「不思議な力……なんなのあなた……?」
「僕は惑星探索型人間だよ」
「何……それ……? う、うぅ、ううう! あああっ!! 痒いかゆい痒イカユイ!」
なりふり構わず顔を掻きむしり、顔から血が垂れる。
「ムカムカする! イライラする! ああああ!」
「……だ、大丈夫?」
怒りに任せて部屋にある植物全てを暴れさせ、少年に向けてとにかく乱雑に打ち付けた。
それをシールドで防ぐが、嵐のような勢いで絶え間なく襲ってくるために反撃の隙がない。
「……ふぅ、さすがに熱くなってきた」
しかし、その猛攻も長くは続かなかった。
植物を暴れさせていた不思議な粉がなくなってきたからだ。
次第に植物は落ち着いてくる。
タンサはシールドを解いてスピルに向かって歩み寄った。
「さぁ、もういいよね?」
「……いや……いや……! こないで!」
スピルは手を振って意思表示をする。
その手には粉がわずかに残っていた。
「危ないっ!」
粉に反応した植物がスピルを目掛けて打ち付けられた。
反射的にしゃがみ目を閉じる。
しかしいつまでたっても痛みが来ることはなかった。
不思議に思ってうっすら目を開いたその目に映ったのは、自らよりも小さな体の少年がスピルを庇い、その体でツルを受け止めていた。
「うっ、いったぁ……」
その顔は苦悶が浮かんでいる。
当然のことだが、普通の人間が受ければ上半身と下半身が離ればなれになるような威力だ。
いかに惑星探索型人間といえども苦痛は相当のものである。
「あなた、どうして……?」
「あれを使うと熱さで君が大変なことになっちゃうからね」
「そうじゃなくて! どうして私を庇ったの……?」
「さっきから言ってるけど、僕はバーバラのモノを返してもらいたいだけなんだ」
その言葉と共に手が差し出される。
掌を上に向ける優しい手だ。
「バーバラのところに謝りに行こう。きっと大丈夫だから」
その手を見つめたのち、俯き悩み、葛藤する。
そして少年に向かって手を伸ばし、
「……イヤッ!」
体を押しのけて、花を抱えたまま部屋を飛び出した。
「あ、待って!」
追いかけようとしたが走り去るスピルから粉が舞ったのか植物たちが乱れだした。
「ああ、もう」
落ち着くまで立ち往生させられる。その手を取ることはかなわなかった。