異世界の果てまでイッテQQQ!
パッと目が覚めて起き上がると、ガノルドが持ってきた食事がまだ置いたままになってる。ということは、あれからあまり時間が経ってないということ。だってユノが来てたら絶対に没収してるはずだから……って、え? なんで?
「か、鍵が、開いてる」
ガノルドがうっかり鍵を閉め忘れた? いや、そんな凡ミスする? しないよね、絶対に。これは一体、どういう状況? もしかして、私を逃がそうとして……?
「いやいや、そんなことありえなくない?」
仮にそうだとしたら、ますます何を考えてんのか分かんないじゃん。あの男は私をどうしたいわけ? 正妃にしようとしたり、嫌なら側妃でもって言ってみたり、かと思えば牢屋にぶち込んで結局は逃がそうとして……何がしたいの? 私をどうしたいの? ガノルドは。
まぁいい、そんなことどうだって。ガノルドの考えてなんていくら考えたって理解できないし読めはしない。こんなチャンスもうないだろうし、とりあえずここから逃げ出して人族の国へ向かうのが無難そう、多分きっとおそらく。
『ジャパニーズはニンジャ』と己に言い聞かせて『私は壁、私は壁です』と暗示をかけまくった。
「凄腕忍者の末裔説」
上手いこと衛兵の網の目を潜って、誰に見つかることもなく── よく分からない場所に辿り着いた私は、ぽけーっと間抜けヅラ。どこだろ、ここ。無駄に広いのも考えもんだよねぇ、住むならやっぱ1LDKくらいが丁度いい。
「いっそのこと、この窓から外に出ちゃおうかな……って無理か、骨折れそ」
このまま逃げてもバチは当たらないだろうし、むしろさっさと逃げたほうがいいに決まってるんだけど……うーん。なーんかモヤモヤするんだよね、さっきから。
『正妃になれ』とか意味不明なこと言い出すし、2回も牢屋にぶち込んだのは腹立つけど、あの男は変態野郎から助けてくれた恩人ではあるし、結局はこうやって私に逃がすチャンスを与えてくれたわけだし……なんて言うか、一言お礼くらい言ってもいいかなって思ってみたりもして。ていうか、ちゃんとお礼言っといたほうが後腐れないしね、うん。逃げるついでにあの男も探そ。
私は忍者、私は壁、私は忍者、私は壁、の精神で抜き足差し足忍び足……をしてる私の姿は忍者というよりこそ泥そのものだった──。
「ここ、ガノルドの仕事部屋的なところだったりして~」
なんて思って、こそっと扉を開けてみたら……どうやらビンゴだったらしい。書類とか諸々が置かれてる大きな机の上に顔を伏せてうたた寝をしているガノルドの姿があった。普通に侵入できちゃったし、警戒心無さすぎない? 私が暗殺者だったらどうするのよ。
心底呆れた顔でガノルドを眺めていると少し強めの風が吹いて、ガノルドの後方にある窓からビュンと入ってきた風が書類をバサバサさせてた。私は物音を立てずにコソコソッと窓のほうへ移動して、そーっと窓を閉める。
まぁわざわざ起こすのもあれだし、紙の端に『ありがとう』って書いておけばいいかな?
「なぜここへ来た、レディア」
「……あんた、後ろに目でも付いてんの?」
「そんなわけがないだろ」
「ですよね。後ろにも付いてたらさすがに引くわ」
伏せていた顔をゆっくりと上げて、私のほうへ振り向いたガノルドの瞳は少し動揺しているようにも見えた。
「逃げなかったのか」
いえ、がっつり逃げようとしてましたよ。逃げようとした末路が執務室だったにすぎない。まぁお礼言いたかったし、結果オーライ。
「いや、逃げようとしたから今ここに私がいるんでしょ」
「ああ、それもそうだな。なら質問を変えよう、なぜすぐに逃げなかった。逃げることはできたはずだ、俺が去った後に」
「え? ああ、あの後ガチ寝しちゃったから今になっただけ」
「……」
「……」
無表情で見つめ合って沈黙が流れる。『ガチ寝しちゃったから』なんて言われると思ってなかったんだろうな。『あの状況で普通眠りこけるか?』って言いたげな、呆れてものも言えません状態のガノルドに真顔で対抗するしかない私。
「起きたのなら、すぐに逃げればよかっただろ。なぜ危険を冒してまで俺に会いに来た」
「そ、それはたまたまっていうか、別に会いたかったわけでもないんだけど、まあ── かなって」
ごにょごにょ喋った私の声が全く聞き取れなかったのか、眉間にシワを寄せて難しい顔をしてるガノルド。
「悪い、聞こえたかった。もっとはっきり喋ってくれ」
「……っ、ガノルドにはお礼くらい言ってやってもいいかなって! あんたがいなきゃあの変態野郎に犯されて死んでただろうし、結局はこうやって私を逃がそうとしてくれたし。だから、その、ありがとう」
こういうの苦手なんだよね、小っ恥ずかしい。
「レディア、頬が真っ赤だぞ」
「うっさい! 察してよ、いちいちツッコまないでくれる!? あんたモテるけどモテないでしょ?! ふんっ、これで全っ部チャラね。じゃ、さようなら」
そう言い捨てて背を向け歩き出そうとした瞬間、ガノルドに腕を掴まれて後ろへよろけながら振り向くと、心なしか寂しそうな瞳をして私を見下ろしてるガノルドと目が合った。
「な、なによ……」
「最後に一つだけ聞いてもいいか」
「ど、どうぞ」
「なぜあの時、俺を助けた」
・・・ああ、なんかそんなようなこと言ってたな。誰と勘違いしてるんだろう、人違いだってばそれ。あんたみたいな屈強すぎる男を助けた覚えはないし、こんな眉目秀麗でガタイのいい男、さすがに忘れるわけがなくない?
「いや、だから……助けた覚えはありませんって何度言えばっ」
「俺は覚えている。見えなくともその声に甘い香り、間違えなくお前だった」
「変態ですか?」
「何を言っているんだ」
「いや、発言が変態ぽいなって思って」
「「……」」
再び流れる沈黙を荒々しく破ったのは、急襲だった──。
「レディア!!」
「っ!?」
ガノルドが覆い被さるように私を抱きしめた瞬間、バリンッ!! と窓ガラスが割れて警告音が帝城内に鳴り響いた。何が起こったのか理解するのに数秒、いや、数十秒かかった気がする。
「怪我はないか? レディア」
「え、あ、うん……私は大丈夫」
どこも痛くない、怪我もしてないはず。なのに、どうして生々しい血の匂いがするんだろう……もしかして!?
「ガノルド、あんた血がっ!」
肩に銃弾を食らったのか、ジワリと血が滲んで洋服が赤く染まっていく。
「防弾ガラスをすり抜けるとはな。問題ない、威力はかなり落ちていた。それに人族とは違う、この程度では何ともならん」
「「「「「「陛下!!!!」」」」」」
「ガノルド様!!」
ユノや衛兵達が続々と部屋に入ってきて物々しい雰囲気。
「ここは問題ない。敵を逃がすな、必ず捕えろ」
「「「「「「ハッ!!」」」」」」
衛兵達が出て行った後、ユノが真っ先に声をかけたのは──。
「お怪我はありませんか、脱獄犯様」
「へ? あ、はい。私は全然大丈夫です……けど」
てっきり私なんてガン無視してガノルドの心配をすると思ったのに……って、ガノルドは本当に大丈夫なの!? と焦りながら見上げると、ピンピンしてらっしゃる。
「我々は人族と違いますのでご安心を」
ま、私も普通の“人”とは違うですけどね。
「は、はあ……そうですか」
「で? 貴女がなぜ執務室に?」
「ユノ、そう苛めてやるな」
「苛めなどではありません。私はこの人族にゲロ甘なガノルド様の代わりに正常な判断を下さなければならない立場なので」
「それを汲み取ってレディアを一応牢屋へ入れたろ、そう文句を言うな」
あーでもないこーでもないと言い合いを始めたのはいいけど、一応撃たれたわけなんだし、早く医者に診てもらったほうがいいんじゃないでしょうか? 私の治癒魔法を使うわけにもいかないしさ。
こんな力があるなんてバレたら何をされるか、恐ろしくて考えたくもないわ。そもそも治癒魔法云々の前に、私の自己治癒力の高さがバレるのも避けたい。こんなのバレたら人体実験まっしぐらでしょ。
「このようなじゃじゃ馬のどこがいいのやら。顔の造りがいいのはまぁ……百歩譲って認めましょう。ですが、あの人族ですよ? ガノルド様の子を身籠るどころか、その行為自体不可能でしょうに……。正妃ではなく、せめて側妃にしておくべきかと」
「お前の言いたいことは分かっている。だが、正妃を決めるのは俺だ。口を挟むな」
「これは私見というわけではありません。国の総意だということをお忘れなきよう。人族の味方など誰もしてくれはしませんよ」
・・・あの、私を差し置いて大規模な話をするのはやめてくださる? 知らないわ、荷が重いわ、そんなこと。勝手に話を進めるのはやめて、本気で。だいたい人族と何があったわけ? 確執……? 因縁……? 勝手にやってくださいよ、知りません。こちとら狼人族でも人族でもないんで巻き込まないでいただきたい。ていうか、この調子だと人族にも受け入れてもらえなさそうじゃん、私。
私の居場所はどこですか?
『異世界を舞台に体当たりで挑む、居場所求めバラエティー! 異世界の果てまでイッテQQQ!』
いやいやいや、笑えない。多方面から怒られそうでウンともスンとも笑えないわ。
とりあえずユノとガノルドがやいやいしてる内にこそっと抜け出せ……るわけもなく、今回の急襲が私を狙ったものなのか、ガノルドを狙ったものなのか、私とグルなんじゃないか、とか諸々で──。
「意地を張って食事を摂らないなど、子供じみた真似はもう止してくださいね。まだ死なれては困るので、ではまた」
牢屋にリターンズ。
「はぁぁ」
なーんか私の人生、波乱万丈奇々怪々奇想天外吃驚仰天すぎてシーズン3くらいまでの映画なら余裕でイケそうなんだけどぉ……ってふざけてる場合でもないか。
「私が狙われたんだとしたら、シンプルに邪魔者だから? それとも人間だからってだけ? まあ、両方ありえーるでしょ」
・・・ごめん、ふざけてないと気が狂いそうなの、死にそうなの。泳いでないと死んじゃうマグロと原理は一緒(絶対に違う)。
「はぁ。どうしろって言うのよ、この状況」
すべての謎は深まるばかりで、迷宮入りなしの某名探偵は『真実はいつもひとつ!』って言ってるけど、真実は複数あると断言したくなるほど情報量多々すぎて。私のちっぽけな脳ミソじゃ何一つ解決できず、迷宮入り確定なんですけど?