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自分を曲げることはしたくない



 ── かくかくしかじかで狼人族のお偉いさんに求婚? されてます、もううんっざり。


「はぁー。何回言えば分かるんですか、あなたは」

「『何が不満なんだ』と何度も聞いているだろ」

「だーかーらー! 不満云々じゃなくて、結婚は“愛してるひと”とするものなの、普通は! まぁ稀に政略結婚とか特別な理由があってとか、ない話ではないけどさ、私とガノルド様が婚姻関係になる理由も意味もメリットもないじゃん」

「メリットもなければデメリットもないだろ」


 デメリット""しか""ないでしょうが、お互いに! なんっでこうも話が通じないかな!? そもそも正妃に相応しい女なんてもっと他にいるでしょ、なんで私なわけ? 相応しさの欠片もないような女をわざわざ選ぶ理由は……? 暇潰し? お戯れ? お金持ち特有の娯楽みたいな? そんなのに利用されるなんてたまったもんじゃないわ、ナメんな。


「あの、ガノルド様にはもっと相応しい(ひと)が周りにうじゃうじゃいますよね? ボンッ! キュッ! ボンッ! の(ひと)だらけじゃないですか」

「『それに比べて私の体は貧相だから正妃にはなれない』とでも言いたいのか? 気にすることはない。人族はその程度の体型であるということは理解している。貧相であるのは仕方がない。俺は気にしてなっ」

「どいつもこいつも! あんたらの目は節穴かぁー! どっからどう見てもナイスバディだろうが、ふざけんじゃないわよ! あんたらの性癖(爆乳好き)押し付けてくんなクソが!」

「レディアのような体型を好む奴も中にはいる。それに、狼人族の中にもレディアくらいの女もいるぞ、稀にだが」


 ・・・おい、どつき回すぞ。お偉いさんだか何だか知らないけど容赦なくどつき回してやる……! と脳内でボッコボコにしまくった。 


 冷静に考えてみて? こんな大男をどつき回せるわけがない。逆にどつき回されてお亡くなりでしょ、こんなの。


「ああ、そうですか。とにかく、ガノルド様の正妃になるつもりも愛人になるつもりもないので。そもそもなんで私にこだわるんですか?」

「……さあ、どうしてだろうな」


 まじか、このひと。本当に『どうしてだろうな、なんでだろうな』みたいな顔してるんですけど? いやいやいや、勘弁してよ。あんたの『どうしてだろうな、なんでだろうな』に振り回されるこっちの身にもなれっつーの。信じらんない、なんなの? こいつ。


「あはは。“一目惚れ”とかそういうやつですかー?」

「いや、それはない」

「おい、ぶんなっ……」


 おっと、いけない。『ぶん殴るぞ』なんて口が裂けても言えないわ。


「人族にしては悪くない、むしろ容貌はそれなりに良い……だが、なんだろうな。やはりちんちくりんっ」

「おいゴルァァ!! 歯ぁ食い縛りやがれ! で、私の拳が届くようにちょっくら屈んでその綺麗なツラよこせや!!」


 なんて大きな声を出したらユノ軍団が血相を変えてやって来た。ほんっと勘弁してほしい、なんなのこれ。あれよこれよいう間にガノルドと引き離されて、衛兵に取り押さえられる始末。


「離して、離せよ! その甲冑脱ぎやがれ! 殴ってやる、もう我慢ならない! ボッコボコにしてやるからそのツラ出せやコラァ!」

「なんとまぁお下劣な。人族の女であのような者は見たことがありませんよ、私は」

「はあ!? うっさいわね、私をそんじょそこいらの女と一緒にしないでくれる!? バーカバーカ! ユノのバーーカ!」

「ユノ様に向かってなんと無礼な!!」

「いでででっ!! ちょ、腕の骨折れるっつーの!」

「ククッ、人族は脆いですね」


 蔑むように笑いながら私を見てるユノ。何も言わず無言無表情で私を眺めてるガノルド。仮にも正妃にしようとしてる女が取り押さえられてて、自分の部下が馬鹿にしてるってのに何とも思わないわけ? 意味不明なんだけど、何がしたいのかさっぱり分かんない。


 だから大人って嫌いなのよ、特に権力と財力を持ち合わせてる大人。結局、力のない者は捩じ伏せられて終わる。世の中そんなもん。


 私の人生なんだったんだろ、異世界に来てまで不遇とか笑えない。いくら日本(あっちの世界)で不死鳥だのなんだの呼ばれてたって、異世界(こっちの世界)ではまるで意味をなさない……というか通用しない。ポテンシャルが違いすぎる、フィジカルも何もかも──。


「ガノルド様が人族を気にかけるなど異例なことですし、この場で無礼を詫びれば大目にみて差し上げましょう」


 生きるために大人の指示でしたくないようなこともしてきた。でも、自分の心を殺しきることができなくて、結局は投げ出して転々とする日々だった。別に喧嘩だって自分から吹っ掛けたことなんてないし、理不尽に暴力を振るったことだって一度もなかった。善人にも悪人にもなりきれず、中途半端な人間。


 でも、異世界に来てまで間違えたくない。もう二度、財力や権力に物を言わせる大人の指図なんて受けないって誓ったじゃん。自分らしく生きるって決めたでしょ。何があっても、自分を曲げることはしたくない。


「はっ。詫びられるならまだしも、詫びなきゃいけない覚えはないわ。そうやって傲慢な態度で権力に物を言わせてさ、なんでもかんでも自分達の思い通りにいくと思ったら大間違いよ。国のお偉いさんだかなんだか知らないけど、あんたらがそんなんだから争いがなくなんないっ!?」


 衛兵に肺が圧迫されるほど床に押し付けられ、呼吸がまともにできなくて苦しい。これはまじで死ぬ。


「陛下! このような人族は極刑にすべきかと!」

「離してやれ」

「ですがっ」

「離せと言っている」


 その言葉でようやく解放されて、ゲホゲホと噎せ返りながらふらふらしつつ立ち上がってガノルドを睨み付けた。


「無知だ」


 は? ガノルドのその一言でシンッと静寂に包まれて、この場にいる全員が『なにが?』状態になっている。


「孤児だったのだろう、あまりにも無知すぎる。多少の不行儀には目を瞑ろう」

「はぁ、ガノルド様。お言葉ですがそのような甘いお考えでは足元を掬われかねませんし、他の者への示しがつきません」


 ユノの余計な言葉でガノルドが何やら考え込み始めた。で、出した結論は……。


「レディアを牢へ連れて行け」


 え、は? いや、はぁん!? いやいや、意味分かんないんですけど!? 考え込んだ挙げ句それかい!


「ちょ、なんで!?」

「レディア、お前は少し頭を冷やせ」

「それはこっちのセリフだっつーの! だいたい『俺の正室になれ』とか何とか言って口説いてた女を牢屋にぶち込むとか正気!? ありえないんですけど!」

「それとこれとは話が別だ。ユノ、連れて行け」

「かしこまりました」

「はあ!? ちょ、ガノルド! ふざけんのも大概にしときなさいよ! あんたの嫁になんて死んでもなってやんないんだから! もう絶っっ対になってやんない! だいたい──」


 衛兵に引きずられながらガノルドに文句を言いまくって、ガノルドが見えなくなっても永遠に文句を言い続けた私は牢屋に閉じ込められた。まぁさっきの地下牢よりは随分マシな牢屋だけど。


「無様ですね」


 鼻で笑い去っていくユノにチッと舌を鳴らして地べたに座り込んだ。今回監視役もいないっぽいし、一応ベッドもトイレもあるってことは、たまに誰かが様子を見に来る程度だろうな。これ、逃げようと思えば逃げれるんじゃないかな……って、どうやって逃げるのよ。檻を破壊するとかそんな馬鹿力持ってないし。


「ていうか、お腹空いたんですけどぉー」


 お腹はぐぅぐぅ鳴るし、イライラするし、まじで最悪。


「……あのオオカミどうなったんだろ、無事なのかな。意識飛んじゃったから最後まで治癒魔法かけれたのか分かんないし。ちゃんとあの場から逃げられたんならいいけど、じゃなかったら助け損すぎて泣ける」


 まぁ別に自分がしたくてしたことだからいいんだけど、さすがに不憫すぎない? こうなったのはあの狼のせいでもないし、自分の選択が間違ってたなんて思いたくもないし、なんっの後悔もしてないけど……それでも、あまりにも今の状況が不憫すぎ。


 それからユノが何度か食事を持って私を訪ねて来たけど、『食事が欲しければ謝罪を』『じゃあ要りません』の繰り返しで3日ほど経過した。ろくに水分も取ってないし死にしそう、冗談抜きで。


 ガチャッと柵が開くと音がして、どうせユノが『いいかげん謝罪をしたらどうですか?』とか言ってくるんだろうなって思いつつ顔を上げたら──。


「……あんた、どのツラ下げて来たのよ」


 食事を持ったガノルドが立っていた。


「レディア、なぜお前はそうも強情なんだ」

「は? うっさい。自分を曲げることはしたくないってだけよ」

「死ぬことになってもか?」

「ええ、そうね。このまま飢え死にしたほうが全っ然マシ」


 ── 私が私であるために。


 なんて格好つけた直後、ぐぅぅ~~!! と凄まじい音量でお腹が鳴って『一思いに殺してくれ』と儚くも美しい笑みを心の中で浮かべながら、現実では死ぬほど真顔でガノルドと見つめ合いっこ中。


「腹は正直なようだが?」

「これは私の意志とは別なの」

「はぁ。俺に謝る必要などない、ユノには適当に謝っておけばいい」

「やだ」

「レディア」

「嫌だ!」

「駄々をこねるな。もう子供という年齢ではないはずだ」

「……もういい。ほっといてよ、鬱陶しい」


 古くさいベッドに転がるとギシッと軋む。布団の中に潜り込んで私の名前を何度も呼ぶガノルドに無視を決め込むと何も言わず出ていった。


「悪いことなんてしてないし、言ってもない。私は絶対に謝んない」


 なんてイライラしていたら、いつの間にか夢の中へ──。

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