獣耳コスプレの前におまえら眼科行け
「んっ……」
「おい、人族の意識が戻ったぞ」
・・・うん、こりゃ完全に拉致られたな。で、まったく歓迎されてないっぽい。なんなら殺意的なものがひしひしと伝わってくる。こういう時って大概“地下牢”か“処刑台”チックな場所に連れて来られてるよね。おそらくここは地下牢、だって声響いてるし。はいはい、悪いことしてないのに殺されそうになるパターンのやつね、よくありがちなパターンのやつね。あるあるすぎるわ、テンプレかよ。
こういう時って死んだふりしてたほうがいいのかな? 目を開けたら拷問されるに決まってる。『お前の目的はなんだー!』とか『さっさと吐きやがれ!』とかなんとか言ってね。『いや、知らんし。目的もクソもないんですけど』なーんて言ったら首飛ぶわな、多分。
『んっ』とか声出しちゃったけどまだ目は瞑ってるし、一旦死んだふりでもして何とかなることを祈ろう。よし、私はもう""シンデイル""。
「陛下の指示を待たずとも殺してしまえばいい。穢らわしい人族め」
「オイオイ、さすがにそれはマズいだろ~。それにあの女、人族にしてはわりとイイ女じゃねーか?」
「何を言っている。悪趣味にもほどがあるだろ、お前」
「あ? あの噂知らねーの?」
「噂?」
「人族との交尾、めちゃくちゃ快感らしいぞ」
「……っ、やめろ! 気色が悪い!」
「あぁそう。俺はそういうの抵抗ねぇし、ヤっちゃおうかな~」
「俺は知らん、外に出る。逃がすなよ、その人族」
「了解了解~」
えーっとこれは、まじで最悪なパターンなのでは?
とりあえず会話からして私を見張ってるのは男2人かな。ひとりはどっか行ったっぽいから、残るは変態ひとりのみ。女だからってナメられてるのか手足を拘束されてる感じはない。自由に動き回れる状況ではある、となれば返り討ちにしてここから逃げ出すまで。
足音が私の前でピタリと止まった……今だ! 仰向けに寝た状態から変態野郎に蹴りを入れた。我ながらいい蹴りが入ったわ、なんて思ったのも束の間。微動だにしない相手に違和感を感じたのと、今までに感じたことのない感覚と手応えのなさに目を開けてしっかり相手を確認してみると── 頭に獣耳を付けてる屈強な男がニヤニヤしながら私を見下ろしていた。
「人族の女にしてはイイ蹴りしてんな」
「あ、ああ、そりゃどうも」
待て待て、その見た目で獣耳コスプレですか? いや、人それぞれだし否定はしないけどごめん、さすがに似合ってなさすぎでワロタ。
「やっぱお前ツラは悪くないな。ハァッハァッ、すげえ興奮する、オラッ!」
「……っ!?」
私の服を一瞬でビリビリに破いて上に跨がってきた変態獣耳コスプレ野郎。
「貧相な体してんなぁ」
「は? おまえの目は節穴なわけ?」
「ダハハ! 威勢のイイ女は嫌いじゃないぜ? それを泣かすのがたまんねぇんだわ」
ニタニタして私を見下ろしてる男に背筋がゾゾッとして、全身のゾワゾワが止まらなくなる。こいつ、あのクソジジイと同じ目してる。何年も前のことなのに今でも鮮明に思い出す、あの光景を。それがフラッシュバックするたびに気持ち悪くて、私は誰とも体を重ねることができなくなる。
── 親に捨てられた私は小さな児童養護施設で育った。異常なほど大切に大切に育てられて、私だけ特別扱いされてたことに少し疑問はあったけど、特に深く考えることもしなかった。やたらベタベタと触れてくるのも、あの光景を見るまでは『まぁ他の子達にもこんくらいのボディタッチはしてるよね』くらいにしか思ってなくて。
あの日、熱が出てどうしてもしんどかった私は『絶対に近づくな』と言われてたクソジジイの部屋がある離れに行って、少しドアが開いてたから何となく覗いてみたら── 部屋の壁一面に私の写真が貼り付けてあって、どことなく私に似せたドール人形相手にクソジジイが腰を振りながら『美織』って私の名前を連呼して『もう少しでお前が抱ける、たっぷりと中へ出して孕ましてやるからな』って、そのドール人形に大量の白濁液をかけて、欲にまみれたドス黒い笑みを浮かべていた。
親に捨てられて、それでも大切に思ってくれてる大人がいるって、そう思ってたのに裏切られた。私は所詮、欲を吐き出すための道具として育てられてたんだって、抑えきれない嫌悪感と吐き気に襲われて無我夢中で施設を飛び出し、二度と戻ることはなかった。
きもちわるい、キモチワルイ、気持ち悪い──。
「あ? さっきまでの威勢はどこいったよ。プルプル震えちゃって可哀想になぁ……って、おいおい吐くなよ汚ぇ。まだなにもしてねーのに……まぁそういうプレイも悪かねぇけどよ」
この変態獣耳コスプレ野郎とあのクソジジイの面影が重なる。吐き気が波のように押し寄せて嘔吐を繰り返した。
「……っ、うぅっ……嫌、気持ち悪いっ、退いて!」
「人族は穴が狭くて裂けたりするらしいが、まぁどーせ死ぬんだしいいよな?」
欲にまみれたドス黒い笑み、これを見ると体が思うように動かせなくなる。普通の人だったら『悪い、やめるか』ってやめてくれるけど、こいつは普通じゃない。私の体を舐め回してる舌が妙にザラザラしてて、それが気持ち悪くて鳥肌が立つ。
── こんな男に処女奪われた挙げ句、殺される運命なの? 無理やり意味不明な治癒魔法を譲渡されて、異世界転移させられた挙げ句メチャクチャに犯されて死ねって? さすがにバッドエンドすぎて笑えない。
あぁあ、どうせなら生まれ変わったと思って真っ当に生きてみたかったな。こんな奴に抱かれるくらいなら、死んだほうがマシ。
「殺して……っ、誰かっ」
「貴様、何をしている」
「陛下っ!!」
・・・え?
私の上に跨がっていた男の首がスパンと切れて、ブシャッ!! と血飛沫があげながら頭部が地面に落ちてゴロゴロと転がっていく。頭部の無い体はそのまま私の上に跨がっていて、そいつの血で私の体が汚れていく。
血とか見慣れてるはずなのにそういう次元じゃなくて、恐怖に支配された私の体はガタガタと震えが止まらない。こんなの柄じゃないけど、さすがにこれはグロすぎる。こんなふうに死ぬのは嫌、絶対に嫌。
「おい」
私の上に跨がってる死体を何の躊躇もなく蹴り飛ばした男は、死んだ男なんかよりも遥かに体が大きくて、この男も獣耳を頭に付けてコスプレしてる……いや、そんなことはどうだっていい。なんの躊躇もなくいきなり人の首を飛ばすような男だよ? 死体を蹴っ飛ばすような男だよ? 残虐すぎるでしょ、イカれてるとかそんなレベルじゃない。逃げないと、私もああやって殺させる──。
起き上がってお尻を地面に擦りながら、少しでも距離を取りたくて牢屋の片隅に移動した。
「っ、私は何もしてない! こんなの理不尽すぎるでしょ、こっちに来ないで!」
ゆっくり近寄って来る男の体格は人並み外れてて逞しい。凛々しく美しい整った顔の造りに綺麗な瞳。その瞳は今まで会った男達とは全く違うもので、私に対する欲みたいなものが感じ取れない。私に興味がない=待ち受けているのは“死”のみ。
どうしよう、どうすればいい? こういう時って素直に命乞いすればいいの? この際プライドなんて捨てる、あんなふうに死にたくない。
「あ、あのっ」
すると、羽織っていた大きなマントを脱いでバサッと私に被せてると背を向けて歩き出した大柄な男……って、ちょっと待って。このひと大層ご立派な尻尾まで付けてるんですけど? 何々、この世界って獣コスプレが流行ってんの?
「ユノ、この女に湯浴みをさせてやれ。身なりを整え次第、謁見の間へ連れて来い」
「お言葉ですがガノルド様、やはりこの女はっ」
「何度も同じことを言わせるな」
そう言ってこの場を去っていくガノルドという男。その背中にわざわざ頭を下げてる秘書? 的な男もなかなかの大柄だけど、ガノルドって男よりは威圧感無いかな。これまた眉目秀麗で。
それにしてもガノルドって男、きっと偉い人だよね? 私を殺さず姿を消したってことは、もしかして命拾いした……? いや、油断はできない。体を綺麗にさせてその後に首をバッサリ、なんてことも十分にありえる。めちゃくちゃ悪趣味すぎて吐き気がするわ。
「立ちなさい」
「……」
この人も獣耳付けてる、やっぱ流行ってんのかな。
「聞こえませんか? 私は『立て』と言ったはずですが。これは“お願い”ではなく“命令”です。その命が惜しければ私の指示に従いなさい」
「……聞こえてますよ。立てばいいんでしょ? 立てば」
「随分と反抗的ですね。みすぼらしいうえに品もない。ガノルド様も何をお考えなのやら」
── 命拾いした、絶対にここから逃げ出してやる。
「綺麗にしてきなさい」
「え、あ、ちょっ!?」
大浴場みたいな所に連れて来られてポツンと取り残された私。とりあえず借りたマントと下着を脱いで浴場へ向かうと、私を待っていただろう女がひとり……もちろん獣耳を頭に付けた女がね。
「わあ、やっぱ人族ってなんかこう……とっても貧相な体だね!」
「は、はあ」
なんかもう胸とか隠すのもアホらしくなって全裸で堂々と歩きながら女に近寄った……のはいいんだけど、でかっ! 何もかもでかっ! 身長も余裕で180センチ以上ありそうだし、おっぱいなんてはち切れんばかりに主張してるし、お尻もボンッ! って感じでまぁすごーい。
「随分とちんちくりんね~」
「……は?」
全身を舐め回すように見て、一切悪気の無さそうな顔をしながら『ちんちくりんね~』と屈託のない笑顔を向けてくる女に死んだ魚のような目になっていく私。
あの、勘違いされたくないから言っとくけど、私だってそこそこいい体してんのよ。自分の言うのもなんだけどさ、容姿にはわりと自信があんの。なのにこいつら、視力悪いんじゃないの?
獣耳コスプレの前におまえら眼科行けよ。