扉は消耗品ではありませんけど
「ええーーーーっ!?」
「うるさっ! 耳いたっ!」
「馬鹿か! 耳元でデケェ声出すなよ!」
私とケヤンは耳を押さえて、叫んだジェシーを睨みつけると「へへっ」とおちゃらけてなかったことにしようとしている。まぁ驚くのも無理はないけどね? だって人族の王子にばったり出会って拉致されて迫られるとか、そんな作り話っぽい出来事なんて普通だったら経験しないもんね。
「ごめんごめん、ほんっとびっくりしたぁ! いやぁでもさぁ、ガノルド様から求婚されてルイス様からも求婚されるとかどんな世界線~? って感じなんだけど! 羨ましい~!」
全然羨ましくもなんともないんですけど。あげようか? とくにルイス。
興奮気味のジェシーに冷ややかで無気力な目を向けるケヤンと苦笑する私。ジェシーいわくルイスはああ見えて硬派なのだとか……あんなチャラそうなのに? まあ、童貞拗らせてるとか言ってたもんなぁ(拗らせているとは言っていない)。
「ルイス様かっこよかったでしょ~? ガノルド様とはまた違うかっこよさで!」
「ああ、まあ、顔はよかったね」
「オマエ死んでもガノルドの前で言うなよそれ」
「はあ? 言うわけないでしょ」
「わたしどっちかって言うとルイス様派なの~! ていうかレディアもしかしてモテ期到来じゃない!?」
「なんだ、モテ期って」
「モテ期はモテ期よ、ね? レディア」
モテ期も何も、ただ面倒な男ふたりに言い寄られているだけであって、これをモテ期と呼ぶのはいかがなものか。それにモテ期って人生で3回とかって言われてるじゃん? それでいったら私はもうモテ期こないよ。だって、めっちゃモテるなぁ私って時期が3回あったもの。
「ま、私は常にモテ期だけどね? これわりとガチめに」
「笑える、こんな野蛮女がモテるなんざ世も末だな」
「ふふっ、お子ちゃまケヤンくんには私の良さが分からないのよ~」
「いや、お子ちゃま~とか関係ねぇぞそれ。だってオマエ以外の女は大抵いい女に見えてる」
私はすかさずケヤンの目ん玉を狙った。もちろんケヤンなら余裕で防いでくれるだろうという信頼があってこそ、私は容赦なく目潰しを食らわせられるの。
「オマエなぁ、俺じゃなかったら失明してるぞ」
そう言いながら掴んでいる私の手をポイッと捨て、敗北した目潰し女を鼻で笑うケヤン。
「舐め腐りやがって」
「それ女が吐き捨てるセルフじゃねぇぞ、マジで女か? オマエ」
「どっからどう見てもナイスバディなお姉さんでしょうが」
「「……?」」
「おい、ふたりしてキョトンとすな」
私達はふかふかの大きなベッドの上であぐらをかき、掛け布団をかけて向かい合い、一応小さめな声で話をしている。何してんだかって感じだけど、話の内容が内容なだけにコソコソしてるふうを醸し出す。最初ケヤンは嫌がってたけどジェシーが無理やり引きずり込んで、結局諦めたのか話し合いに参加してる。
「レディア」
「ん?」
「わたしはね、レディアがどっちを選んでも応援するよ。わたしはレディアの味方だもん!」
「ジェシー……」
「馬鹿か、ガノルド様一択だろ。あのルイスはダメだ、いけ好かねえ」
「でもレディアの幸せを考えたらルイス様のほうがっ」
「あ? ダメっつったらダメだ」
「なんでケヤンが決めるのよ!」
「俺らの王はガノルド様だろうが」
「恋にどっちの王だ~なんて関係ないの!」
「あ?」
「ああもう、喧嘩しないのふたりとも」
ジェシーはジェシーなりに私のことを考えてくれている、そしてケヤンもね。ジェシーが言いたいこともケヤンが思っていることも分かる。ジェシーは人である私は人であるルイスと結ばれるほうが幸せになれるんじゃないかって、そう思っているんだと思う。
ケヤンは野生の感っていうのかな、私も感じたルイスの歪み……みたいなものを警戒してるんじゃないかなって。あとシンプルにケヤンと相性悪いと思う、あのヘラヘラ王子は。
「ねえ、ケヤン」
「なんだよ」
「このまま引き下がると思う? あの人」
「ねぇな」
「ですよねー」
明後日、乗り込んで来たりしないよね……? いやぁ、さすがに乗り込んで来るなんて無理だよね、そんなの。はは、ムリムリ。
「一国の王達がひとりの女を奪い合うために戦うとかキュンキュンする~!」
うん、違う意味で心臓がキュンキュンするねそれ。そんなの考えただけでめまいがするわ、やめて。
「ここにルイスが出入りすることって可能なの?」
「不可能ではないよ?」
「ガノルドが許可をすれば可能、という話だ」
「ああ、なるほど」
ガノルドが敵対国の王子をすんなり通すわけがないよね。そもそも敵対国にルイスがのうのうと乗り込んで来るとも思えないし、そんなの現実味がなさすぎる。
「でも実際、奴が正々堂々と正面から訪ねて来た場合、こちら側はそう簡単に無下にするわけにもいかねえんだよな」
「え、そうなの?」
「ああ、そういうもんなんだよ。何がどう引き金になるか分かんねぇ、互いに犠牲を出しすぎてる。慎重にもなんだろ」
繰り返される、誰かが止めないと。もう辞めないと、この先もずっと永遠に続く。
「戦争なんて時代錯誤すぎ」
「まあ、それは言えてるな」
「なんかもうそういう時代じゃないよね~、今って」
「ラブアンドピース」
「「なにそれダサ」」
「あんのよ! そういう言葉が!」
「あ、ねぇねぇ! 人族の夫婦って結婚の証に左薬指に指輪するんでしょ~?」
脈絡はどこへ捨ててきたのジェシー。いきなり脈絡のない話をぶっ込まれて私もケヤンも目が豆粒になってるわ。
「え? ああ、まあ、人それぞれだとは思うけどね。でもまあ大抵の人が婚約指輪とか結婚指輪持ってるイメージかな。ちゃんとつけてる人の割合のほうが多いかも」
「だよね~!? 人族のそういう風習素敵だな~」
「狼人族はないの?」
「ないない。結婚の証っていうかぁ、『自分のものだぞ!』って証によく噛みついたりはするかなぁ? 首元とか」
それ大丈夫なやつ? そういうプレイ的な? ガチめに死にかけるやつじゃないよね?
「ねぇねぇ小鬼ってなんかないの~?」
「ああ、それでいったらミサンガだな」
「「へぇ~」」
「互いに手作りして相手が作ったやつ左足首につける」
「「なにそれめっちゃ素敵」」
「そうか? ちなみに右足首につける場合は家族愛~とか友情の証~みたいな感じらしい。ま、これは今時やってる奴いねえけど……ってなんだよその目」
私とジェシーは顔を合わせ、きらっきらな瞳を同時にケヤンへ向けると心底嫌そうな顔をしている。
「ケヤンくーんっ」
「無理」
「も~うケヤンっ」
「嫌」
「「聞けよ、話を」」
「どうせオメェら『このメンツでお揃いのミサンガつけようよ!』とか思ってんだろ。やめろ、きしょい」
「「ちぇっ」」
「残るもんはいらねえ」
私もジェシーもケヤンが言ったその言葉の意味をすぐに理解した。どの世界でも大切なひとが突然いなくなったりする。大切なひとはもうこの世界にいないのに、大切なひとの“物”だけが手元に残り続ける……きっとそれはそれでつらい。ケヤンの弟くんが亡くなった両親のミサンガを持ってたりするのかな。
「それってさ、考え方とか受け取り方ってそれそれじゃない? 解釈の違いってあると思うよわたし」
「あ?」
「わたしはほしい。たとえいなくなったとしても、大切なひとの物はちゃんと手元にほしい」
「……チッ、分かんねぇだろオメェらには。残された物に毎日毎日縋ってどうにもなんねえっつーのに苦しんで。いらねぇだろ、そうなるくらいなら。俺は……させたくねえ、オメェらには」
「「ケヤン……なにそれ……もう好き!!」」
「あ!? ちょっ!?」
私とジェシーはケヤンを押し倒して弟を愛でる……というより犬を愛でるように抱きしめて撫で回している。
「もうあんた生意気なくせして可愛いこと言うとか反則でしょ!」
「なによ、いっつもわたし達のこと邪険に扱うくせに~!」
「だっ、だからやめろって! キメェな! 離れろ!」
「ちょっ、どこ触ってんのよ! マセガキ!」
「あ!? オマエがくっついてきてんだろうが!」
なんてじゃれあっている時だった。ケヤンとジェシーの動きがぴたりと止まって『え、なに、どうしたの?』と言おうとした、次の瞬間── とっても近くでやかましい破壊音が聞こえ、バッ!! と勢いよく掛け布団が捲られた。もちろんケヤンを抱きしめている私とジェシー、そして掛け布団を捲ったのは言わずもがな。
「何をしている」
ちらりと出入り口に目をやると、当然扉は破壊されていた。扉はそっと開けるもの、ド派手に破壊するものではありません。そもそも扉ってそうも簡単に砕け散るものなの? 扉って消耗品だったっけ? いや、扉は消耗品ではありませんけど。
「あのぉ、扉って消耗品ではないと思って生きてきたんですけど、この国では消耗品なのでしょうか? これが当たり前~みたいな?」
「何をしている貴様ら」
もちろんガノルドは私の言葉なんかガン無視です。
「えっとぉ、これはですねぇ、姉弟の契りを交わしてっ」
「失せろ、殺されたくなければ即刻立ち去れ」
「「!!」」
目にも留まらぬ速さとはまさにあれだ。動きが速すぎてはっきりと見定めることができなかった、目がその動きを捉えることすらできずにいなくなったよ? あのふたり。ジェシーとケヤンは私を見捨てました、見捨てていいとは言ったけれども、こうも簡単に見捨てるかね? 普通。
「あの、私の部屋の扉は?」
「他に言うことがあるだろ」
「ハイ、ゴメンナサイ」
ベッドの上にちょこんと座って詫びる私を興ざめしたような瞳で見下ろすガノルドに分かりやすく目が泳いでしまう。
「お前は誰のものだ」
「みんなのもの」
即答する私を白眼視するガノルドに怖じ気づいて冷や汗が止まらぬ。なんかちょっと、さすがに冷たすぎない? その瞳は。
「あ、あのっ」
「どうやらお前は俺を苛立たせるのが好きなようだな」
「え?」
「まぁいい。その身を持って知れ、お前は誰のものなのかを」
「じょ、冗談冗談だってば! 私はガノルド様だけのもっ!?」
荒々しく私をベッドに押し倒したガノルドが覆い被さって、これは完全に逃げられないと悟るしかなかった。
「だからあれは本当に違くて、勘違いだってば! ケヤンは可愛い弟みたいなっ」
「もういい、黙れ」
ダメだ、これは本格的にやばいやつかもしれない──。




