人族の女は難しい ガノルド視点
「先ほどからいかがなさいましたか。しきりに唇を触っていらっしゃいますが」
ユノにそう言われ、しきりに唇を触っていたことに気づく。まぁ言われたとて触るのはやめないが。そんな俺に『なにがあったんだ?』という顔をして少し呆れているようにも見えるユノは、明後日の披露宴について『君の女は絶望的だ』と言わんばかりの目で訴えかけてくる。
「なんだ」
「レディア様におかれましては、物覚えもさることながら、礼儀作法にも欠け、粗野なことろもおありかと存じます」
「何を今更なことを」
レディア自ら俺に口づけをしてきた感覚が未だ消えず、あの強引さと上目遣い、そして「信じてほしい」の言葉を思い出しては全身がむず痒くなる。
「明日はいよいよ大詰めとなります。つきましては、できる限りのことはさせていただきます」
「ああ。期待はしていないがな」
期待はしていない、元より完璧など求めていない。レディアはあるがままでいい、そんなことを言えばユノは説教を垂れるだろう。
「では、私はこれで失礼いたします」
執務室を出ていこうとするユノに聞いてみるべきか否や、迷っている。だが俺は知りたい、あの行為に意味があったのかどうかを。
「ユノ」
「はい、なんでしょう」
扉に手を掛けていたユノは俺の呼びかけに返事をしながら振り向いた。呼び止めておいて何だが、あれをユノにどうこう聞くのもどうなんだ? 聞いたとてレディア本人でもないユノに分かるものなのか。
「? いかがなさいましたか?」
なんだ、この若干の気恥ずかしさは。いつからこんな男になったんだ俺は、気色が悪い。
「口づけとはどのような時にするものだ」
「……はい?」
棒立ちで口をあんぐりと開け、あっけにとられている様子のユノ。至って真面目な顔で頬杖をついている俺を見てユノは正気を取り戻した。
「えっと、まあ、時と場合によるのでは?」
「女から強引にしてくる場合はなんだ」
先ほどまでの打って代わり、冷静な表情と愛想を尽かしているような目で凝視してくるユノに俺は目を細めた。
「何が言いたい」
「それはガノルド様が最もよくご存知なのではないでしょうか」
強引に口づけを迫る女などいなかったが、最初は大抵の女がしようとしてきていたな。俺が拒めば二度とそのような仕草すらも見せなかったが。
唇を重ね唾液を絡め合うなどと、あれほど無駄で不必要な行為はない……と思っていたんだがその相手がレディアとなればまぁ悪くはないだろう、むしろ気分が良い。もっとしてやらなくもない、という気にさせてくる。
「はぁ。どうなされましたか、そのようなだらしないお顔をなさって」
いかん、どうにも気が緩むな。だらしない顔と指摘され、多少上がっていた口元を戻し何食わぬ顔をしてみせるとさらにシラケた表情をするユノ。
「レディア様と何かございましたか」
メリハリのない単調な声、聞きたくもないが言いたいのなら聞いてやるぞ、と口には出さないもののそう言っているのも同然だな。
「レディア自ら俺を求めてきた」
「はあ」
「「はあ」ではない。レディア自ら俺を求めてきた、と言っている」
「あのレディア様ご自身から? はは、何かの間違いでは?」
「間違いなどではない、迫ってきた」
我ながら阿呆な言い様だと思ったがそう思ったのは俺だけではなかったらしい、ユノが肩を揺らし始めた。
「何を笑っている」
「そんな滅相もございません」
「笑っているだろ」
「……いや、悪い。もう本当に可笑しすぎる」
声を立てず、口元を隠してひそかに笑うユノを頬杖をつきながら冷淡な目で見る。
「で? あの娘がなんだって?」
「もういい」
「拗ねるなよ」
「拗ねてなどいない」
「そうか。で、無理やりキスされたって?」
「無理矢理は語弊があるだろ」
あの時、この俺が何の反応もできずレディアの流れに身を任せるという失態を措かした。ああいうことは男からするものだろう、おそらくだが。となると、情けない男だと落胆させたのではないか?
「それで? 私に色恋話の相手になってほしい、と?」
「誰が色恋話だと言った」
「そうだろ? 意中の相手に突然キスをされて呆然と立ち尽くし格好の悪い姿を見せてしまったな、と反省でもしているのか? らしくないね」
「この俺が腰抜けだとそう言いたいのかお前は」
「ははっ、そんなことは言ってないだろ」
今頃レディアはあのメイドと小鬼と共に俺を嘲笑っているのか? その可能性が大いにある。あの女はそういう節があるからな、怖いもの知らずの愚か者め。
荒々しく椅子から立ち上がった俺に両目をかっと見開いて驚き、『いきなりどうした』と言いたげな表情で凝視してくるユノ。
「わからせる」
「?」
唇を重ね唾液を絡めるなど容易い。俺ができないとでも思っているのか? あの女は。気を利かせる必要などなかったな。
「俺が奥手だの下手だの、勘違いも甚だしい」
「いや、誰もそんなこと思ってないっ」
「今すぐレディアの元へ向かう。誰も近づけるな、お前もだユノ」
執務室を出ようとする俺を慌てた様子で引き止めたユノに睨みを利かせると大きなため息を漏らした。
「女という生き物は繊細なんだ。人族の女はとくに些細なことにも敏感で脆く繊細だと聞く。人族の女は難しいんだ」
人の女は難しい? そんなことは俺の知ったことではない。何より人族の女という括りであの女は語れない。人族の女が難しいのではなく、レディアが難しいだけだ。そもそもだからどうしたという、俺には関係のないことだろ。女の意見や感情など俺の知ったことか、どうでもいい── と普段の俺ならそう言うだろう。どうにも可笑しい、調子が狂う。
「だからなんだ、俺に引き下がれとでも?」
「大切にしたいと思う気持ちが少しでもあるのなら、怯えさせるようなことをすると後悔するのはガノルド、君だよ」
諭すような口調、俺にこうのような意見をする者はユノの他にいない……いや、いるな、レディアが。
「問題ない」
「ん?」
「怯えさせるようなことをするつもりはない」
が、なんだろうな。無性に壊したくもなる、啼かせたくもなる、あの顔をひどく歪めたい。俺だけを見て、俺だけを感じて、狂わせたくなる。この感情は一体──。
「どうした?」
「俺は……欲求不満なのか?」
「知らないよそんなこと。夜伽の女、準備しておこうか?」
「いや、いい」
レディアの傷つく表情を見たくはない。レディアを悲しませるようなことはしたくない……などと、我ながら嘔吐を催すほど気色が悪いな。
「名案がある」
「名案? なんだ」
「あの娘にガノルドのモノを咥えさせるには開発が必須だ。しばらくはまともに最後までできないだろう。まぁ今でも挿入はできなくもないだろうけど、ものすごく痛がるだろうね、ものすごく。泣いちゃうかもね、「ガノルドなんて大っ嫌い!」って血を流しながら泣き喚くだろうね。どう、耐えられる? 彼女の悲痛に歪む顔、泣き叫ぶ声っ」
「やめろ、気分が悪くなる」
生々しく鮮明に想像ができてしまう、おそらくだが俺には耐えられん。
「あの娘のことになると君は本当に優しいというか甘いというか……あの娘には見せられないね、どんなふうに女を抱いていたのか。ま、下に挿入できないのであれば、口淫で抜いてもらえばいいんじゃないか? って話さ」
「……それは……ありだな」
「だろ?」
顔を紅潮させながら上目遣いであの小さい口いっぱいに俺のモノを含ませて──。
「行くぞ」
「え、妄想でもうイくの? 随分と早漏っ」
「何を馬鹿げたことを言っている、レディアの元へ“行くぞ”」
「ははっ、分かってるよそんなこと。だって君、遅漏だしね」
早漏でも遅漏ではないが、まあ遅漏だと思われても仕方がないだろう。行為自体に気が乗ったことなど一度だってない上に、とくべつ気持ちいいものでもない。射精はまあここを刺激すれば出る、というポイントを中で刺激し擦って出すだけだからな。
興奮するほど気持ちいいという感覚は俺には分からん。だが、欲は吐き出したくなるという不憫な身体だ。まぁ相手の女が床上手な場合もあるわけで、それはまぁまぁ悪くはなく、むしろ良い時もあったが、身体が反応しているだけで心まで動かされるようなことはなかった。要するに行為で興奮したことがない、一度も。この女を抱きたいなどと強く思ったこともない、今までは。
レディア、お前だけは抱きたいと強く思う──。




