踏んだり蹴ったりバレたり
「で? 何があったの?」
「いや、まあ、えっとぉ、色々と?」
「な に が あ っ た の ?」
「えぇっと、色々ありまして……はい」
無駄に長い廊下を歩く私とジェシー。ボン! キュ! ボン! のジェシーに詰められて、たじたじ状態な私とすれ違うメイド達は『なにあれ、やっぱ人族って変ね』と言いたげな表情を浮かべながら渋々会釈をしてくる。私はそれに対して嫌みったらしい満面の笑みを浮かべてお返しするのがお決まり。「なによ、人族の分際で」だのなんだの小声でぶつくさ言いながら去っていくメイド達を鼻で笑う私は、相当いい性格してるわ。
「大丈夫? なーんて心配するまでもないか~」
「うん、全く気にしてない。勝手に言ってればー? としか」
「ははっ、レディアはそういう女よね~」
「ジェシーだってそうでしょ?」
これでそれとなく話題をすり替えられるのでは?
「……で、何があったの?」
結局その話に戻るんかぁい。まあ、そう上手くはいかぬか。
人族の王子に会ったことを知ってるのは私自身とケヤンのみ、これ以上この事実を知ってるひとをむやみやたらに増やしたくはない……ないんだけど、ジェシーは全くの部外者ってわけでもないし、なんなら巻き込んじゃってるし、知る権利はあるんだけど……如何せん内容が内容なだけに迷う。
これはジェシーを信じている、信じていないの話じゃなくて、リスクの問題っていうか……ジェシーに何かあった時、例えばレディアの秘密を言え! みたいな拷問を受けたとして、ジェシーは知っていたとしてもきっと何も言わない。たとえ自分が命を落とすことになってもね。だから迂闊に言えない、躊躇いが生じる。
ケヤンだってそう、きっと何も言わない。ふたりはそういうひとだもん。ふたりのこと信用しすぎじゃね? とか、もっと疑えよって思われるかもしれないけど、ジェシーもケヤンも絶対いいひとだって自信を持って言える。仲間を売るようなことは死んでもしないって、肝っ玉据わってるような子達なのよ。このふたりだけは、私を裏切らないって謎の自信みたいなものがあって、私もこのふたりを大切にしたいって思うし裏切るなんてことは絶対にしない。
「なによ、わたしには言えないこと? わたしだけ仲外れなんて酷~い。まぁいいけどさ~」
なんて言いながら不貞腐れて私の少し前を歩いているジェシー。その後ろ姿が心なしかしょんぼりして見えた。
「ジェシー、あのね? 私はあなたを巻き込みたくないの」
「もう巻き込まれてるんですけどぉ」
「それはごもっともで」
「わたしはレディアと“おともだち”だって、そう思ってたけど、違ったかな?」
少し先を歩くジェシーがこっちへ振り向いて、私と視線が絡み合った。ジェシーの瞳は、孤独感や私との繋がりが脆く欠けていると感じてるような、淋しさに似た感情が滲んで揺らいでいるようにも見える。
後悔はしたくない。巻き込んでしまった、言わなきゃよかったかもって思う日が来るかもしれない。でも私は、ジェシーにそんな淋しそうな顔をさせたかったわけじゃない。
「ごめん」
「そっか、分かっ」
「ジェシーは私の“おともだち1号”だもんね。お友達2号のケヤンが知ってて1号のジェシーが知らないのはフェアじゃないし?」
そう言った私は自然と笑みがこぼれて、そんな私を見てジェシーは顔をほころばせた。こういう友情みたいなのってちょっとこそばゆいけど、悪くないなって思える。
「レディア……うん、そうよ! ほら、さっそくレディアの部屋で会議しよ! ケヤンも呼んでさ!」
「オメェらさ、声でけぇ」
「「ひいっ!?」」
ヌンッと突然現れたケヤンにビビり散らかす私とジェシー。そんな私達を冷めた目で見ているケヤン。
「で? 会議ってなんだよ。くだらねえガールズトークとやらに付き合う気なんざ更々ねぇぞ俺」
「はぁん? くだらなくなんてないし~。レディアが抱えてる超極秘案件の会議だし~」
ジェシーがそう言うと、ギロッと鋭い眼光で私を睨み付けてくるケヤン。『オマエ、あんなややこしい話ジェシーにしてんじゃねえよ。馬鹿が』って言っているような気がする……というか絶対そう言ってる。
「だってジェシーも知る権利っ」
「だってもクソもねえ、アホかオマエは」
「だいたい私の身代わりをジェシーに頼んだのはケヤンでしょ!?」
「あ? 元はと言えばオマエが無断で帝城を抜け出したのが悪いんだろうがよ」
「そ、それは……まぁそうね。だけど、ジェシーには話す。もう巻き込んじゃってるし、私はケヤンもジェシーも信じてる。でも、何かあったら私のことは容赦なく見捨ててほしい」
裏切られたとしても、見捨てられたとしても、それがケヤンとジェシーならとやかく言うつもりはない。
「ま、何かあったら私もあなた達のこと容赦なく見捨てるから、これでおあいこってことで」
「レディアがわたし達を見捨てるなんて、そんなことできないでしょー?」
「クソほどお人好しだからな、この馬鹿女は」
私達は顔を見合わせてクスッと軽く笑った。出会って間もないのに、出会って間もないとは思えないこの空気感。それを感じているのはきっと私だけじゃないはず。私達って意外と似た者同士なのかもね。
「……貴女さえ、貴女さえいなければこんなことには……」
和やかな雰囲気を遮った声の主はメイド服を着た女だった。あの顔、どこかで見かけたことがあるような気がする。
「ロザリー様」
ジェシーがロザリー様と呼んだ女を私とケヤンは『誰だこいつ』みたいなキョトンした顔で見つめる。
「あ、あの時の……」
「知り合いか?」
「いや、ガノルド様の」
「ああ」
私が嵌められてガノルドの寝室へ行った時、ガノルドと致してたひとだ。わざわざメイド服を着て私の目の前に現れたってことは、まあそういうことだよね。
ロザリーは隠し持っていた果物ナイフを取り出し、ゆっくりと近づいてきた。こういう時に限って少し離れたところに他のメイド達がいる。正直この女がどうなろうが知ったこっちゃないけど、私の存在がこのひとの人生を狂わせるきっかけになった可能性がある以上、私に責任はないとは言えない。
お人好しとかそういうことじゃなくて、自分に原因があるのなら自分でケリをつけなきゃいけないでしょって話。立場上、本来こんな行為を許してはならない。けれど一度だけ、二度はない。
「レディア、下がってろ」
「ううん、いい」
「おい!」
「いいから何もしないで、ジェシーも」
私は自らロザリーのもとへ向かう。私の行動が予想外だったのか少し戸惑っているようにも見える。なるほどね、根っからのイカれ女ってわけじゃないわけか。
「あらロザリーさんお久しぶりです。またお会いできるなんて嬉しいわ」
「は? な、なによ……ふざけないで」
「その節はどうも」
「っ! 人族の女が……許さない!」
「「レディア!!」」
襲いかかってきたロザリーが手にしている果物ナイフが私の腹部に届くことはない。ぎゅっと刃を握って、私はロザリーに抱きついた。
「なに、ビビってんの? 手、震えてるけど」
「っ」
「慣れないことすんなってことじゃない?」
私が小声でそう言うと、果物ナイフから手を離したロザリー。床に血が垂れないようドレスの裾を掴み、果物ナイフと共に隠す。
「わ、私……っ、こんなこと……」
「こんな女のせいで人生終わるの嫌でしょ。立場上、本来許すわけにもいかないんだけど、今回だけはなかったことにしてあげる。二度目はない、次こんなことしたら容赦なく牢屋にぶち込むから」
「な、なんで、どうしてあなたは……」
「もういいから帰んなよ」
「……ごめんなさい、本当にこんなつもりは」
「はいはい、さようなら。ケヤン、周りにバレないようお見送りを。ジェシー、行こ」
「オ、オマエ……血が」
「平気、早く連れてって」
少し離れたところにいるメイド達が野次馬根性剥き出しでこっちをガン見してるし、騒ぎになるのはめんどい。ケヤンは渋々ロザリーを連れていき、私はジェシーと部屋に向かう。
にしても……いったぁい! まじ痛すぎんでしょ、無理! 痛い痛いくっそ痛い! そんなつもりなかったなら偽物のナイフでよかったでしょ、あの女まじで!!
「レディア血が!」
「わかってるわかってるわかってるってば!」
「痛い!?」
「はあ!? 当たり前でしょ!? 痛すぎてハゲそうだわこちとら!!」
「医務室っ」
「行けるわけがないでしょ、なんて説明すんのよこれ」
「た、たしかに」
医務室なんて行かなくても痛いのを我慢すれば何とかなる怪我、なはず。自己治癒力が以前と比べると格段にレベルが上がってるから……いや待って、待て待て。これ、ジェシーとケヤンにバレちゃわない?
「……ほんっと馬鹿すぎんでしょ、私……」
「え? なに急に、今更」
「ジェシー、失礼」
遅かれ早かれケヤンとジェシーにはいずれバレるって思ってた、隠し通せるはずがない。ジェシーとケヤンには秘め事ばかり共有させて申し訳ないけど、この力だけは極力誰にも知られたくないし知られるわけにもいかない。私が誰かと関わろう、仲良くなろうなんて思ったのが、そもそもの間違えだったのかな。
「──ア、レディア」
「あ、うん」
隣にいたはずのジェシーが忽然と姿を消していて、後ろへ振り向くと『大丈夫なの?』と心配そうな顔をして私を見ているジェシーと目が合った。
「部屋、通りすぎてるけど」
「ああ、ごめんごめん。ぼうっとしてた」
「本当に大丈夫?」
「平気、くっそ痛いけど」
部屋で私の傷の手当てをしようとしたジェシーは、どうやら異変に気づいたらしい。そこへ戻ってきたケヤンも私の傷の状態を見て険しい表情を浮かべている。
「おい、どういうことだ」
「血が……もう止まってる……?」
「マジック~てきな?」
「「……」」
茶化してみたものの、ふたりは真剣な面持ちで私を見ている。ふざけてる場合じゃないか、さすがに。
「ごめん、私……変なの」
「「知ってる」」
「違う! そういうことじゃなくて! 体質の話!」
「体質~?」
「オマエもしかして……特異体質か? 自己治癒力が桁違いに高ぇとかそういう類いの」
察しのいいガキは嫌いだよ、なんてね。
踏んだり蹴ったりバレたり、散々だな。
「実はね──」
そして私は、生まれつき自己治癒力が高いということだけを打ち明けた。治癒魔法のことについてはまだ黙っておこう、これは信用とかそういう問題じゃなくて均衡の問題っていうか、治癒魔法はある意味危険。敵味方問わず、利用されないようにしなきゃいけない能力。この能力を使うか使わないかは、私自身で見極めなくてはならない。
「──気持ち悪いよね、こんなの。あはは」
自分でもこんな特異体質気持ち悪いなって思う。だからふたりがドン引きしようが、それが当たり前っていうか普通の反応だと思う。
「まあ、別にって感じだな。世の中にはそういう奴がいてもおかしくはないんじゃね?」
「だからお肌ぷるんぷるんなのかな~? 羨ましい~!」
ふたりのあっけらかんとした態度にズコォッと崩れ落ちそうになる私。
「いや、もっとこうなんというか……『うげぇ、やーいやーい! 変なの~!』的な反応はないわけ?」
「ねぇな、オマエはオマエだろ」
「そうそう、どんな体質でもレディアはレディアでしょ~? なに、この体質のせいでイジメられてたの~?」
「いや、そういうことでは……」
「この女がイジメられるタマなわけねぇだろ。容赦なくブッ飛ばして終了だ、この暴力女は」
「言葉には気をつけろ、ガキんちょが」
私の左フックをとぼけた顔をして躱すケヤン。手当てしてるんだから動くなと怒るジェシー。怒られる私を見て小馬鹿にしてくるケヤンにこめかみの青筋がぶち切れそう。
「つかオマエ、このことガノルド様は把握済みなんだろうな?」
「ははっ、なぁに言ってるのケヤ~ン。そんなの当たり前でしょ~? ね、レディア」
「……」
「「まさか……」」
「私達だけの ひ み つ ♡」
「「アホか!!」」
「いでっ!」
わかってる、ガノルドに言わなきゃいけないってことは。言うし、いずれは言うつもりだったし! あの男に隠し通せるとは微塵も思ってなかったし!
「まだガノルド様達が知らねぇならわざわざ言う必要はねえ、つか言うな黙ってろ」
「え?」
「でもケヤン! もしかしたらさ、レディアならガノルド様の子をっ」
「おい、やめろ」
ケヤンの低い声、機嫌の悪そうな雰囲気。ジェシーは少し落ち込んでいるようにも見える。
「ごめんごめん、なんでもな~い」
「? そっか」
ま、まあ……ケヤンの言う通りバレるまでわざわざ言う必要もないか、と都合よく思うことにした。




