それを嫉妬と言うのでは?
── ルイスの客人という設定のおかげかすんなり外へ出れた私達は、ケヤンが乗ってきた馬に無言で跨がっている。
怒ってる……よね。そりゃ怒るよね、拉致られたんだもん。ケヤンを護衛につけて街へ行ってればこんなことにはなってなかったかもしれないし、いい加減どんくさすぎて腹立つよね。ごめん、これはまじで土下座案件だわ。
「あ、あのぉ……」
ケヤンの背中に情けなく話しかける私。年上の威厳とやらはいずこへ。
「怒ってる……?」
「別に」
「怒ってるじゃん」
「怒ってねえ」
「怒ってんじゃん」
「怒ってねーよ」
「怒ってる!」
「怒ってねえ!」
「じゃあなんで無言なわけ!?」
「俺がオマエに話しかけることなんてほぼねぇだろ!!」
「はあ!? そんなことっ……そんなこと……」
『そんなことない!』と言えぬ悲しみよ。たしかに私のマシンガントークにケヤンがちょいちょい反応してくれてるだけであって、ケヤンから話かけられることなんて……ないな、まぁないわな、ほぼないわ! ガッテェェム!!
「……本当にごめん、こんなつもりじゃなかったのに……ケヤンを危険な目に遇わせてごめんなさい」
「あ? んなこと別に気にしてねぇーよ」
「ごめんなさい」
「はぁー、謝んな鬱陶しい。しっかり掴まってろ、飛ばす」
「へ? ちょっ!? ぎゃぁぁーー!!」
想像を遥かに上回る爆走状態の馬に振り落とされないよう必死こいてケヤンにしがみついた。それはそれはケヤンを絞め殺す勢いで──。
「オマエ俺を殺す気か」
「てへっ♡」
全力ぶりっ子してみたけど、ケヤンの冷ややかな目に耐えきれず真顔になる私。
「おっちゃん悪い、助かったわ」
「おうよ、じゃーなケヤン、嬢ちゃん」
「あ、えっと、ありがとうございました」
どうやら知り合いに借りた馬だったらしく持ち主に返した後、帝城付近まで行き来する馬車に乗った私達。
「私がいなくなったことバレてないよね? 多分」
「どうだろうな。ジェシーが身代わりやってる」
「げ、まじか。やばそぉ」
「まあガノルド様もしくはユノ様あたりに接近されたらほぼ確で終わりだな。匂いでオマエじゃないことくらいすぐバレる」
「はあっ!? だったらなんでジェシーに身代わりなんてっ」
「あぁ!? なんもねぇよりマシだろうがよ!」
・・・ごめん、ジェシー。どうかご無事で……なーんて願いも虚しく散々になる。
「いたぞーー!! 捕らえろーー!!」
私とケヤンが帝城塔に着くなり大騒ぎ。
「これ、余裕でバレてない?」
「だな」
大きなため息を吐いて面倒くさそうにしているケヤン。私はただただ申し訳ないでやんす~的な顔をしながらケヤンにペコペコと頭を下げた。
そして私とケヤンが連れて来られたのは謁見の間で、既に半泣き状態のジェシーが衛兵に取り押さえられている。当たり前だけど玉座にはガノルドが偉そうに座っていて、なんていうかぁ……うん、多分、いや、きっと、絶対、怒ってるぅ~。
「ジェシー、ごめっ」
「何をしていた」
私の声を遮ったのはもちろんガノルド、ものすんごく低い声でね。地を這うようなひっくい声に肝っ玉が冷え冷えだよ。
「えーっとそのぉ……」
「マニャーニは口を割りませんでした。というより、本当に“何も知らない”といった様子です。貴方達は一体“何処で”“何を”していたのですか」
呆れたような顔をしながらそう言うと細目で私を見ているユノ。とにかくひきつった笑みを浮かべてみる……と、場の空気が更にズシッと重くなり、そのプレッシャーを放っているのは言うまでもなくガノルド・ラフマトスホユールでございます。
「質問に答えろ。何をしていた」
ダメだ、これ以上ジェシーやケヤンを巻き込むわけにもいかない。でも、敵対国の王子と会ってた……なんて言えるはずもない。でも嘘つくのも嫌だし、下手な嘘なんてバレるし通用しない。それに私、嘘つくの得意じゃないし死ぬほど下手っぴな自覚あり。
「ご、ごめんなさい。あの、決してここから逃げようとか、ガノルド様から逃げようだなんて微塵も思っていません。ただ、ちょっと息抜きがしたくて帝城を抜け出しました。少し街へぶらり……のはずが見知らぬ土地に辿り着いて、そこで……人族に会ったんです」
『人族に会った』その言葉がどうやら気に障ったらしい。ガノルドが放つプレッシャーがより一層激しさを増してご覧の通り地獄絵図の完成。
「どういうことだ」
いや、『どういうことだ』って言われましてもぉ。そのままの意味でございまして、それ以上でも以下でもないと言いますかぁ。
「会いに行ったのか」
「へ? いっ、いや、いやいや違う違う! 違います! たまたま出会ったみたいな感じで、まあ……色々と話してたらケヤンが迎えに来てくれてぇ……みたいな……はい」
嘘はついていない。別に何処の誰と会ってたんだとは聞かれてないし?
「──か」
「え?」
ボソッと何かを言って立ち上がったガノルドは、超絶不機嫌そうな面持ちで私のほうへやって来た。こりゃもう逃げらんないっていうか、逃げたら状況が悪化するって馬鹿でも分かるわ。大人しく殺られよう、グッバイ。
ぎゅっと目を瞑ると、フワッと香るガノルドの重厚で大人っぽい匂い、そして持ち上げられただろう浮遊感に目を開ける私。
「ふぇ?」
私を軽々肩に担いで何も言わずどこかへ向かうガノルド、そして──。
「は、え、あ、ちょっ……なんっ!?」
バシャンッ!!
浴場に連れて来られたと思ったら、そのままお湯の中に投げ入れられた私。こんなの不可避だし受け身もクソもない。深いわけでもないのにいきなりすぎて溺れそうになった。
「ゲホッ、ゲホッ!! ちょ、いきなり何すんのよ! 頭沸いてんじゃない!? 馬鹿でしょあんた! 信じらんない、死ぬわ!」
水面から顔を出して怒鳴り散らかしながら立ち上がる私。
「男か」
「は?」
「男だろ」
ガノルド達は特に嗅覚が優れてる、多分私の体についてる匂いで男か女か判別できるっぽい。となると、嘘をつくのはあまりにもリスキー。ここは正直に認めるべきかな、めんどくさいけど。
「……そ、そうだけど」
「何をしていた、その男と」
私を見下ろしてるガノルドの瞳は、疑いの目でしかない。ていうかさ、なんでそんなに怒ってるの? そりゃ好きな女が浮気したかも~みたいな展開ならまだしも、私達ってそんな関係じゃなくない? なに、所有物にちょっかい出されたかもしれなくて苛立つ的なやつ? いやいや、それにしたって怒りすぎでしょ。有無を言わせず浴槽にぶち込むとか正気の沙汰じゃないって、こわっ。
で、ふと私の脳裏に浮かんできたありえない二文字──『嫉妬』。いやいやいや、嫉妬なんてね、するわけがないよね、ないない……と思いつつ、ガノルドは嫉妬してるんじゃないかって何となく思ってしまう自分もいる。
「……あのさ、嫉妬してる?」
「なんだと?」
「いや、だから……嫉妬してるの?」
「それはどういう意味だ」
「えっと、私が男と会ってたからイライラしてるんだよね?」
「だからなんだ」
・・・わーお。
それを嫉妬と言うのでは?
世界はそれを嫉妬と呼ぶんだぜ?
いや、違うか。ガノルドが嫉妬する意味が分かんないもんな。嫉妬なんて好きな相手にしかしないでしょ?
ん? もしかして、自惚れじゃなければガノルドって私のこと……って、いやいやナイナイありえない。私のこと正妃にするって言っときながら他の女平気で抱いてたような男だよ?
ただただ他の男と会ってたのが気に入らないってだけでしょ、恋愛的な嫉妬とはまた別ものだよこれは。
「お前は自覚が足りていないようだな。俺の“妻”であるという自覚が」
それユノに散々言われてるからやめてくんないかな、耳にタコができるって。
「……ああ、それはスミマセン」
「他の男にうつつを抜かすな。お前は俺のものだ、俺だけ見てればいい」
「はあ、まあ、そうですね? ハイ」
よし、これで一件落ちゃ──。
「で、何処の誰だ」
げっ、今更!? 今更その質問くる!? 勘弁してよまじで! どうする? どうすんのよ! 言えない、これだけは絶対に言えない! 冗談抜きで戦争になりかねん。そんなのさすがに嫌だ。罪悪感と負い目を感じつつ、戦争の引き金になった現実を受け入れながら生きるとかまじ無理ゲーすぎる。でも無理ゲーとか言ってらんないしなぁ、ほんっとシャレになんない!
血迷った、これはきっと血迷ったんだと思う。咄嗟に動いた体は、私の意思とは関係なくて──。
「レディア……っ!?」
私はガノルドの腕を思いっきり引っ張って浴槽にぶち込み、胸ぐらを掴んでそのままグッと自身に引き寄せ……そのままガノルドの唇を奪った。
「……」
「……」
・・・どうしよう、後先考えてねぇぞぉい。死ぬほど気まずいやろがぁい。なんなのこれ、なにしてんの私。馬鹿なの? アホなの?
無言真顔で見つめ合う私達。
「あ、えっと、あの、信じてくれませんか……? 私のこと」
「……二度はない。体を冷やすな、風邪を引くぞ」
何を考えてるのかさっぱり分からない表情をしながら私に背を向け浴槽から出るガノルド。そのまま何も言わず浴場から出ていってしまった。
「これはぁ……とりあえず一件落着でよい?」
よいわけがないか。ま、まぁでも、戦争は回避できたよね? 私はこの世界を救ったんだよね? 勇者だよね? はは、はははっ。
「はぁーあ」
浴槽から出て、なーんでキスなんかしちゃったんだろう……とか、ガノルドの何を考えてるのか分かんないボーッとしたような顔を思い出しながら、ずぶ濡れになった服を脱いで適当に水気を切ってると、ムスッとしながら怒っているであろうジェシーがやって来た。
「もぉーー! レディアのバカ! 生きた心地しなかったんだからね!?」
「ジェシー、ほんっとうにごめん! まじでごめんって!」
ジェシーに謝り倒した私であった──。




