こんな女その辺に転がってるでしょ、勘弁して
── 私は今、軽薄そうなイケメンとフカフカなベッドの上で、向き合っています。
「で、君って何者?」
ニコニコしながら私を見つめる瞳がどうも胡散臭い。ガノルドも何を考えてるのか分からない男ではあるけど、ルイスもそれの類い。ルイスのほうがちょっと質悪そうだし。
「何者でもありません」
「ハハッ、そりゃないでしょ~。あの皇帝が正妃にするなんて何かしらあるに決まってんじゃ~ん?」
「『皇帝の正妃です』なんて私言いました? 勝手に話を進めるのはやめてください」
「ククッ。ボクの目は誤魔化せないよ~? 君が着てた服、あれは皇族でもごく一部の者しか着れないような代物だった。で、悪いけど君がそんなご身分のお家柄だとは到底思えないんだよね~。ほら、育ちって滲み出ちゃうもんでしょ?」
・・・ええ、ごもっとも。ぐうの音も出ません。
「ていうか、とりあえず服着てくれません?」
チラチラ視界に入ってくる肉体美が眩しくて、別に何ってわけでもないけどちょっとした罪悪感というかぁ、背徳感というかぁ、なんかこう悪いことしてるみたいで、なぜかガノルドの顔がチラつくし落ち着かない。
「へぇ~。意外と純粋だったりする? それはそれで興奮しちゃうなぁ」
ニヤニヤしながら私の頬に触れようとしてきた手を容赦なく叩き落とすと、一瞬驚いたような表情をしたもののすぐヘラヘラ顔に戻って、ベッドの縁に腰かけながらバスローブを羽織って、チラリと振り向きこっちを見てきた。
「なんですか」
ジト目をしながら起き上がって、ただ無の感情でルイスを眺める。
「ねえ、やっぱボクの妻になりなよ。狼人族とは違う、ボクは君だけを愛すよ? たった一人、君だけを……ね」
お得意のヘラヘラ顔でもなければふざけた様子もない。冗談みたいなこと言ってるのに、ルイスの真剣な瞳に言葉が詰まって何も出てこない。
「脅されてあの皇帝の正妃になるって決めたんでしょ? 良くも悪くも感情に左右されそうだし、実は困ってる人とかほっとけない優しい質だよね、君って。誰もあの皇帝には逆らえないよねー、助けてくれる奴なんていなかったでしょー? だからさ、ボクが助けてあげる」
違う、脅されてガノルドの正妃になるわけじゃない。私は自分のエゴでガノルドの正妃になるって決めた。だから、ガノルドのせいでもなんでもない。
「こんな女その辺に転がってるでしょ、勘弁して。あなたの妻になるつもりはない。以上、この話は終わり」
「んーー、なかなか手強いね~。まぁ薄々気づいてるとは思うけど、ボクはヌナハン王国 国王の息子ね? ま、王子ってやつ。だから地位もルックスも抜群でしょ~。何が不満なのかなぁ?」
不満? そんなもん、こっちの世界に来てから不満しかないっての。でも──。
「あなたの地位やルックスに不満もなければ興味もない。私は既婚者だからお断りしてるって、ただそれだけのこと」
「ふーん、一途なんだねえ。妬けちゃうなぁ、ますます欲しくなっちゃうよ~」
「なっ、ちょっと!?」
どうやら鍛え直したほうがいいらしい。それかこっちの世界の連中が無駄に馬鹿力でスペックが高いのか、どちらにせよだな。あれよこれよという間にベッドに押し倒されてしまった。
「愛してるの?」
「は?」
「旦那のこと」
『いえ、まったく』なーんて口が裂けても言えるかぁい。
「……ま、まあ……ええ……まあ」
分かりやすく目が泳ぎ、ゴニョゴニョもにょもにょと喋る私はなんて正直者なんだ、てへっ♡
「ハハッ! 素直な子だねえ、まったく。どうやらその結婚に“愛”はないらしい」
『そこに愛はあるんか?』いや、あるわけがないやろがぁい。
「はあ。愛がない結婚なんてザラでしょ? 特にこの界隈は」
「ええ~、開き直りぃ? いやぁ、ボクは“愛”のある結婚しかしないよ? だからボク童貞だし~」
「へえー……ん?」
「ん?」
・・・ドゥーテイ? ドウテイ? は? いやいやいや、この人が童貞とかありえなくない?
「あははー。えーっと、なんのご冗談?」
「んー? なにがぁ?」
「いやいや、童貞とかそんな冗談、この状況で言われてもクスッとも笑えないし」
「いや、マジだって。だってよく考えてみてよ~、好きでもない女の子のナカに挿れるとか無理すぎな~い? 汚いじゃーん無理無理! ボク潔癖気味なんだよねえ」
「……は、はあ」
いや、ないわ、ないない。こいつ私の反応伺って楽しんでるだけでしょ。これで童貞とかありえない。“女200人は抱きました!”みたいな雰囲気あるじゃん、どんな雰囲気かは知らんけど。
「君を抱きたい、はじめてこんな気持ちになったよ」
「なに言ってんのよ、退いて」
「ボクのデカいけどさ、まぁ君なら余裕で呑み込めそっ」
「おい、潰すぞ。このイケ散らかしてる顔」
「あいたたた」
イケ散らかしてるご尊顔を鷲掴みすると、なにが面白いのかケラケラ笑って私の上から退いたルイスを冷ややかな目で睨みつける。
「私を阿婆擦れか何かとお思いで?」
「そこまでは言ってないでしょ~。というより、そんなこと微塵も思ってないし~。酷いなぁ」
って、こんな押し問答してる場合じゃない、微塵もない。敵対国の王子と会ってたなんてユノとガノルドに知られたらまた牢屋にぶち込まれる、もしくは容赦なく首飛ばされる! 首飛ばされる説濃厚!
「あのぉ、本当に帰んなきゃヤバいんですけど色々と」
「このボクが易々と君を帰すとでも?」
にこぉっと微笑み合う私達── その時だった。
「侵入者だーー!!」
「捕まえろーー!!」
なーんて物騒な声がすぐそこから聞こえてきて、げんなりするほど嫌な予感しかしない。なんで来ちゃったかなぁ、あのガキんちょ。
「いやぁ、思った以上に早いお迎えだったね~。ボク殺されちゃうかなぁ?」
そんなこと言いながらヘラヘラして立ち上がるルイスを見て確信した。この人も相当場数踏んでる、きっとガノルドみたいに容赦なく殺れちゃうタイプの人だ。
で、迎えに来たのはおそらくケヤンでしょ。
「待って!」
立ち上がってルイスをひき止めると、ニコニコしながら私を見下ろしている。ガノルドみたく根は悪い人じゃないと思う、でもガノルドとはまた違う怖さみたいなものをルイスからは感じる。
「私の大切な仲間なの。お願い、傷つけないで」
「ふーん」
一瞬、瞳から光が消えたような……嫉妬が蠢くジト目になって、何事もなかったようにケロッと元に戻った。ガノルドとはまた違う怖さの正体は多分これだ、私に対する執着の質が違う。
「あのっ」
「妬けるねえ。ま、いいけどー」
そう言いながら私の頭を撫でて腰に手を当ててきた。
「行こっか」
そのままエスコートされ部屋を出ると、騒々しい視線の先にケヤンの姿を捉えた。どうやらケヤンも私の姿を捉えたらしい、険しい顔をしてこっちを睨んでいる。
「レディア!!」
「へぇ~? 君、レディアって名前なんだ。名前も可愛いね~って、ちょい待ち」
大勢の衛兵に取り押さえられて身動きが取れないケヤンのもとへ駆けようとすると、ルイスに止められた。
「離して、じゃないとぶっ飛ばすわよ」
ルイスにガンを飛ばすと嬉しそうにニコニコしながら私の頭を撫でている。ほんっと何なのこいつ、理解不能。
「ハハッ! いいねえ、最高! おーーい、君達が取り押さえてるのボクの客人だよ~。さっさと離してやってくんなーい?」
「ルイス様! 子供とはいえ小鬼でっ」
「はあ、だからぁ? 小鬼だろうがなんだろうが“このボク”の客人だっつってんでしょー? 分かんないかなぁ? さっさと離さないと吹き飛ぶよー、その腕が」
満面の笑みを浮かべるルイスの瞳は全く笑ってなくて、このかりそめな笑みに背筋がゾゾッとして寒気がする。衛兵達は青ざめた顔をしながらケヤンを解放して立ち尽くし、ルイスの指示を待ってる様子。
「あぁもう君達は下がっていいよ~。お疲れ、はい解散かいさぁん」
「「「「「ハッ!!」」」」」
衛兵達がそそくさ退散した瞬間、ケヤンが一気にルイスとの距離を詰めて臨戦態勢状態。私の体は瞬時に反応して、ルイスとケヤンの間に割って入った。
「なんの真似だ、レディア」
「ちょ、馬鹿! 落ち着きないよ!」
「あ?」
ケヤンの雰囲気がいつもと違う。なんかこう、ものすごく怒ってるとかそういうの通り越して、少し怖いくらい。
「ほ、ほら、私は何ともないし!」
何もされてませんアピールを必死にする私に見向きもしないケヤン。
「おい、コイツが誰の女か知ってて手ぇ出してんのか?」
「さあ? だって教えてくんないんだもん、レディア」
「ふざけてんのかテメェ」
ヤバいヤバい、ルイスとの揉め事なんてシャレになんないくらいヤバい。私の首が飛ぶだけならまだいいけど、これはケヤンの首まで余裕で飛ぶ。それは何としてでも阻止しなきゃ。
私は無言でケヤンに近寄って頭をベシン! と叩くと、うつ向いて何も言わなくなった……と思ったら、胸ぐらを勢いよく掴んできた。
「オメェもオメェでいい加減にしとけよ、この馬鹿女が」
少し震えてるケヤンの声を聞いて、無駄な心配かけちゃったなって申し訳なさと、ちょっとした嬉しさが入り交じる。口ではあーだこーだ言うくせに、私の護衛を全うしようとしてくれるケヤンに感謝しかないな。
「ごめんケヤン。心配かけちゃって」
「……別に、オマエになんかあったら俺が殺されんだろうが……悪かったな、こんなことするつもりはなかった」
私の胸ぐらを掴んでいた手をゆっくり離してバツの悪そうな表情を浮かべているケヤンに、ふっと鼻で笑いながら頭を撫でようとしたその手をしれっと払ったのはルイスだった。
「ケヤン君って何者~? よくここまで来れたねえ。まあレディアの護衛っぽいし、それなりの手練れだとは思うけど、正直驚いたよ~」
「別に」
「ハハッ。話したくないこともあるよーってやつぅ? んまっ、男の苦労話とか哀れ話とか死ぬほど興味はないからどぉでもいいんだけどね~。で? このことは知ってんのー? そちら様は~」
「まだ知らないはずだ。だからさっさと返せ、戦争になるぞ」
「いやぁ、それは困ったなぁ。ボク平和主義者なの~」
なんて言いながら私の背中をポンッと押したルイス。予想もしてなかった行動をしたルイスに思わず振り向いた私。
「え、帰っていいの?」
「うん、今日のところはね? また日を改めてってことで~」
「いや、だからっ」
「君みたいな女の子、その辺に転がってないから勘弁してあ~げない。じゃ、気をつけて帰んなよ~」
「はあ!? ちょっ……!!」
ヘラヘラしながら手を振って去ろうとするルイスをひき止めようと伸ばした手をがっしり掴んだのはケヤンだった。
「やめろ、深追いすんな」
「でもっ」
「もういい、バレる前に帰んぞ」
「……うん、分かった」




