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シャレにならん、そんな物騒なこと言わないで



 ユノから解放されてゾンビのように歩いてる私を冷ややかな目で見るメイドや衛兵達。そんな視線なんてどうでもいい、とにかくお腹と背中がくっつきそう。


「ああ~、お腹空いた~」

「食事の準備はできている」

「ひぃっ!?」


 軽く飛び跳ねて、眼球が外へポロリとしちゃいそうな勢いで目を見開きながら振り向きつつ見上げると、『なぜそこまで驚くんだ?』みたいな顔をしながら私を見下ろしてるガノルドが突っ立っていた。


 気配を消して背後を取るのはやめて、心臓に悪すぎる。


「あの、気配を消して接近するのはやめてください」

「? そんなつもりはなかったが、今後は気をつけよう」


 ・・・いや、気まずっ! この沈黙が気まずっ!


 ガノルドって何を考えてるのか分かんないんだよね。今朝のこと怒ってるのか、怒ってないのか。まぁどちらにしろ、朝食をブッチしたことは謝らないといけない。


「今朝のこと、すみませんでした」

「気にするな。腹が減ってるだろ」

「ペコペコで死にそうです」

「そうか」 


 優しく鼻で笑って私の頭に大きな手をポンッと乗せて、丁寧に撫でてきたガノルドに心臓が激しく鼓動し始めて息苦しい。いやいや、普通にこれはアウトでしょ。この容姿でこれは反則だってば。ガノルドに沼ってしまう女の気持ちが分からんでもない。


 ま、私は騙されないけどね? 誰にでもするんでしょ? こういうこと。私が特別ってわけでもないし、勘違いしないように気をつけよーっと。


「夕食にしよう」

「あ、はい」


 相も変わらず豪勢な料理と妙な緊張感。無駄な物音を立てちゃいけないみたいな雰囲気がぶっちゃけダルすぎ。やっぱこういう王族の生活みたいなのって性に合わないな。もっとシンプルな食事でいいっていうか、品数多すぎてキツい。どちらかと言えば大食いな私でも食べきれない。余り物ってどうせ捨ててるんでしょ? だったら最初から作らなければよくない? 勿体ないじゃん。


「美味いか?」

「え? ああ、はい」

「そうか」

「……あの、とても豪勢な食事を用意してもらって嬉しいは嬉しいんですけど……でも、さすがにこれは作りすぎなのでは?」

「レディアの好物が分からない以上、色々あるに越したことはないだろう」


 いや、そこは『好きな食べ物はなんだ?』とか聞けばよくない!? デリケートなことにはズケズケと踏み入ってこようとするくせに、遠慮するところおかしすぎてワロタ。聞けよ、好きな食べ物くらい!


「とりあえず主食1、主菜1、副菜2、あれば十分です。アレルギーもないですし、好き嫌いも特にありません。とにかくこの豪勢な料理は私達だけで食べるには多すぎます。減らしてください」

「そうか、明日からはそうしよう」

「すみません、ありがとうございます」


 それからしばらく黙々と食べていると何やら視線を感じて、その視線のほうへ顔をやると、満足げに私を見ているガノルドの目が合った。


「あ、あの……なんですか」

「いや、食べるわりに発育がなっていないのは不思議だと思ってな」


 ビキッとこめかみに青筋が這って、持っていたフォークをへし折りそうになりつつも何とか感情を抑え込み、適当な笑みを浮かべるのがやっと。


「はははー」

「人族は栄養の吸収率が悪いのか?」

「さあ、知りませんよそんなこと」

「まぁそう気に病むな。乳房はこれから多少なりとも大きくなるだろう、俺が揉みしだくっ」

「はっ倒しますよ、まじで」


 平然と下ネタをぶっ込んでくるガノルドは(たち)が悪い。悪気がないっていうか、『当然だろ』と言わんばかりの堂々たる姿はもはや清々しさもあって呆れる。


「妻の乳房に触れるのは当然だろ」 

「たくさんあった爆乳を手放したのはガノルド様でしょ? 今すぐ側妃さん達を呼び戻してはいかがでしょう。そうすれば私の""貧相""なっ」

「悪くない」

「はい?」

「お前の乳房も悪くはない」


 その曇りなき眼なのやめてくださる? まぁ私のおっぱい美乳だし? 悪くはないはずだけど? 人族にしては大きいほうだろうし? ……って、だいたい私のおっぱい見たこともないくせに『お前の乳房も悪くはない』って言い切るな、見てから言え! いや、見せたくもないけど!


 ていうか『お前の乳房“も”悪くはない』って……""も""ってなによ。比べんな、他の女と!


 それからまぁくだらないやり取りが繰り広げられ、ユノが強制的に食事の時間を終わらせたのは言うまでもない──。


 外の空気が吸いたくて、コソコソしながら庭へ出ようとしてたらケヤンに見つかり、『不審者かよ』ってツッコまれて苦笑いするしかなかった。


「オマエさー、無駄にうろちょろすんなって」

「大丈夫でしょ、別に」

「俺もオマエも歓迎されてないってこと忘れんな、何されるか分かんねぇぞ。落ち着くまで大人しくしとけ」

「ええー、ビクビクしながら過ごすのダルくない?」

「能天気女が」

「おい、年下。口の利き方には気をつけなさいよ」


 そう言いながら何気なく空を見上げると、夜空に広がっていたのは満天の星だった。イルミネーションとか、大抵の女が好きそうなものにこれといって興味は無かったけど、満天の星が輝く夜空は純粋に綺麗だなって、そう思える。


「ここの夜空って綺麗だね、素敵」

「……」


 なんの反応もしないケヤンのほうへ顔を向けると、異物を見るような眼差しで私を見ていた。


「なに」

「オマエにもそういう感覚があるんだな、驚いた」

「は? 私をなんだと思ってんのよ」

「ほぼ男」


 すかさず脳天にグーパンしようとしたけど、恐ろしいほど反射神経のいいケヤンは余裕でそれを躱して笑ってる。さらにイライラが増すのは必然で。


「殴るよ、まじで」

「いや、もう殴ろうとしただろ。この野蛮女が」

「ほんっと生意気なガキ」

「そりゃどうも。つーかジェシーが『今日からレディアのスキンケアに力を入れて~』だのなんだの気合い入ってたぞ。さっさと行かねえとジェシーにどやされる」

「ああ、はいはい」


 ケヤンが言ってた通り、『もう手遅れかもしれないけど、披露パーティーに向けてガンガン美意識あげてこ~!』ってあたかも私に美意識の欠片も無いような言い回しをするジェシー。まぁ女子力とか底辺だし、美意識も底辺なのは否めない。そんな(わたし)がこんなにも""超絶美少女""なのって奇跡だよね~? ……ね? ……おい、誰かなんとか言え。


「ケアしなくても肌綺麗なのが憎たらしい~。ケアしたらもっと綺麗になっちゃうかもね~!」

「はあ」

「狼人族と比べたらちょっと劣るけど、やっぱ容姿は悪くないのよねえ、レディアって」

「""は""じゃなくて""も""でしょ」


 ケヤンといいジェシーといい、ズケズケと物を申す子達で。まぁ嫌いじゃないんだけどね? この裏表がない感じがさ。


「はい、スキンケア完了!」

「……おお、プロフェッショナル」

「でしょ~?」


 マッサージをしながらのスキンケアで全身艶々のぷるんぷるんに仕上がった私。女子力が上がった気がする(単純女)。


「入ってもいいか?」

「え、あ、はい」


 ガノルドも湯浴みするのかな?


「わたしはお邪魔かな? じゃ、また朝ね~!」

「あ、うん。ありがとうジェシー、おやすみ」

「おやすみ~」


 ジェシーと入れ替わりでやってきたガノルドはジッと私を見ながら目の前まで来て、私の頬に大きな手をそっと添えてきた。この男、間違えなく距離感はかれない系男子だわ。


「艶が増しているな」

「あ、ああ……ジェシーが張り切ってスキンケアしてくれたんで」

「そうか」


 親指で私の頬を優しく撫でるガノルドの表情は“無”すぎて、どんな心境なのか全く読めない。この男は一体なにを考えているんだろう。


 私のことが好きってわけでも愛してるわけでもないし、まともに相手(セックス)できるかも分からない女なのに、“本能”が求めてるからって傍に置く? 普通。


「湯浴みしに来たんですか?」

「いや、もう済ませてある」

「そうですか。ならここへ来たのは……?」

「迎えに来ただけだ」


  “本能”=“愛”にはならない。まさに今のガノルドが良い例だよね、本能が求めてるってだけで異種族の私を正妃にするんだから……そこに愛なんて微塵もないのに。そもそも皇族に愛だの何だの元から不必要な感情なのかもね。


「それはどうも……」

「行くぞ」

「はい」


 冷酷なんだか優しいんだか、掴みどころのないひと。


 ──・・・えーっと、これは一体どういう状況なのかな?


 ベッドの縁に腰かけたガノルドに捕まって、あれよこれよいう間に抱き抱えられた私。向かい合って甘い雰囲気になる……はずもなく、近づいてきたガノルドのご尊顔をグイグイ押し返す。


「あの、何をしようとしているんですか? あなたは」

「キスだが?」

「いや、『だが?』と言われましても困ります」

「初めてだ」

「何がですか」

「こんなにも噛み付きたくなるのは」


 シャレにならん、そんな物騒なこと言わないで。


「人族はキスをしたがる生き物なのだろ?」

「さ、さあ……? どうなんでしょう、人それぞれなのでは? ていうか、それって人族だの狼人族だの関係あります?」

「さぁな。俺はしたことがない、したいとも思わん」


 へえー。としか言いようがない。そんな真っ直ぐな瞳で『セックスはしてきたけどキスなんて無駄な行為はしたことがない』なんて言われても反応に困る。いや、そこまで言ってはないか。でもこの男なら言いかねないし、実際そう思ってそう。


「キスって必要ですかね」

「ないな」


 ほら、この男はそういう奴なのよ。


「だが、レディアとなれば話は別だ。この唇を喰らいたくなる」


 私の唇を親指でなぞり、緩んで少し開いた唇と艶っぽい瞳で見下ろしてくるガノルドの色気に心の臓がドキドキして心拍数爆上がり状態。


 そもそもこんなキャラだったっけ? 異性と見つめ合って『きゃっ、ドキドキしちゃう♡』みたいなタイプだっけ? いや、絶対違う、そんな(タイプ)じゃなかったはずよ私は。


 だいたい容姿が狂ったように整いすぎてるのよ、この男は。眉目秀麗って言葉はガノルドのためにあると言っても過言ではない。正直めちゃくちゃいい男なのよ、""見た目は""ね。そりゃ誰だってときめきもするでしょ? こんな国宝級イケメンが迫ってきたらさ。


「あ、あの……んんっ!?」


 ── ガノルドの柔らかな唇が私の唇と重なった……。


 で、絶対どエロいキスされる! と身構えたのも束の間、少し触れるだけのキスで終わった。


「寝るぞ」

「え?」

「ん?」


 いや、いやいやいや、まあ、うん、寝るけども! 無駄に警戒した自分が恥ずかしい! 


 別に期待なんてしてないよ? 絶対に! 流れ的にそういうキスするのかな? ってちょっと思っただけだし。まあ、されたら応えるしかないかなぁって思っただけだし!?


 ・・・必死に弁解しようとすればするほどドえろいちゅーを期待してたみたいになってるのがいっちばん恥ずかしいわ、死ぬ。


「どうした」

「いや、お、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」


 この男、本気(まじ)であなどれない。

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