異世界行くくらいなら野垂れ死んだほうがマシ
何から説明したほうがいいのか、私の生い立ちには誰一人として興味がないと思うので割愛してサクッと。
佐々木美織(18)、ちなみに18歳になったばかり……ってのはさておき。幼い頃、親に捨てられた私は小さな児童養護施設で育ったものの、まぁ色々あってテンプレ通りの不良少女が出来上がり~。以上、説明終わり。
で、いつものように難癖つけられて絡まれていた数時間前の私──。
「ちょっとあんた!」
「あ? なに、私?」
「テメェしかいねぇだろ、このアバズレが! 人の男取りやがって! ふざけんな!」
いや、知らん、なんのこと? ていうか、誰おまえ。初対面の女にアバズレだのなんだの言われる筋合いないっつーの。だいたい誰が誰の男とか誰が誰の女とかまじで知らんし把握してるわけもなくない? 興味ないしどうでもいいし。
そもそも不感症の私が最後まで致せた例ないし、寝取ったりなんてしてないからギリギリセーフでしょ、多分。ていうか、私は1ミリも悪くなくない? 責めるなら自分の男にしてくれる? とか思っちゃってるのがもろ顔に出てるから、この女がこんなにもブチギレてんだろうなー。
さすがの私も人様のものに手を出したつもりはないし、出すつもりもなかったんだけどね。言い寄って来る男は大抵『彼女いなくてさ~』とか『お互いフリーなら遊ぼうよ~』って言ってくる連中ばっかだよ? 私だって誰彼構わずってわけではない。だいたい彼女がいるのに『彼女いないよ~』なんてアピールしながら私に近寄って来た男なんてろくでもないクズなんだからさ、別に捨てればいいじゃん。そんな男いらないでしょ、普通に。別れてさっさと他の男探しなよ、時間の無駄だし。
「いや、悪いけど誰のこと言ってんのか分かんないわ。ま、クズ男なんて捨てちゃえば?」
「っ!! このクソアマが! しっ、死ねえぇーー!!」
パァンッ! と銃声が響いて、腹部にかなりの衝撃と激痛が走った。女は泣き叫びながら走り去って私はその場にドサッと倒れ込み、腹部からドバドバと流れる血を必死に手で押えながら初めて“死”というものを感じた。
「あんの女、次会ったら絶対シバく。ていうか、なんで拳銃なんて持ってんのよ」
あぁヤバいな。さすがの私も、これは死ぬかもしれない。男絡みで死ぬとか不名誉すぎて死ねるわ。
「……っ! はぁ、やば。止血が全然間に合わない……っ」
まぁ理由は至ってシンプルなことで、私の治癒力を上回るほどの損傷ってことでしょ。こういう時に役立たないなんてほんっと意味ないじゃん、ダルすぎ。
「あのクソ女が。どうせなら一思いに殺せよ、まじうざっ」
仰向けになって何もない空へボヤく私の弱々しい声は、風の音でかき消されていく──。
私は昔から“自己治癒力”が異常に高くて風邪知らずだったし、怪我も驚くほどすぐに治った。私って人間じゃないのかな? って不安になった時もあったし、こんなの普通じゃないって心配になった時もあったけど、『私は神に選ばれし者なんだ~』とか中二病的な思考に切り替えて、この特異体質を受け入れるようになってからは随分と気が楽になったっけ。
不死鳥だのなんだの呼ばれてるけど、不死鳥なわけがない。もちろん血は出るし痛みも感じるし、死ぬ時は死ぬでしょ。拳銃で撃たれたことなんて当たり前だけど無いわけで、いくら自己治癒力が高いからって何とかなる問題じゃない、まじで死にそうなんだけど。
あぁ、意識が朦朧としてきて頭回んないし、視界がボヤボヤしてきてほぼ何も見えてないわ。こういう時って目を瞑ると大概“死亡”って相場は決まってる。まぁ色んなツケが回ってきたんだろうって潔く諦めるかなー。私が死んだって困る人も悲しむ人もいないんだし、なんかもうどうでもいっか、ダルいし。
そう思いながら、ゆっくり目蓋を閉じた──。
「ああ! いたいたぁ、ようやく見つけた~♡」
耳障りな甲高い声が聞こえて、二度と開けることはないだろうなって思いながら瞑った目をうっすら開けると── えーっと、私の眼がまだ少なからず機能しているのなら“妖精”みたいな、非現実的なものが私の顔の上をパタパタ飛んでるのが見える。ま、そんな妖精が存在するわけないよね。ははっ、こんなの幻覚でしかない。
死に際に妖精の幻覚とか、らしくなさすぎて笑える。私にこんなフェミニンな思考、微塵もないはずなんだけどね。
「ねぇねぇ、そんな大した怪我もしてないのになぁんで死にそうなのぉ~? ウケるねぇ♡」
拳銃で腹部撃たれて致命傷だったらほぼ確で死ぬでしょ、なに言ってんの? 妖精。イカれてんのかな、イカれてんだろうな。今にも血の海へ沈みそうな私を見て『大した怪我もしてないのに~』とか笑いながら言えるなんてサイコパス以外の何者でもない。
疑問符を浮かべながら悪気の無さそうな顔をして、不思議そうに私を見下ろしてる妖精らしきものを無の境地で眺めるしかない私。
「自分の治癒力をまだ上手く使いこなせてないのかしらぁ? ま、それは追々でいいとしてぇ……あなた、この世界に未練はあるぅ?」
「は? そんなの無いけど」
「ふふふ♡即答なのねぇ~」
別にどうだっていいよ、こんな世界。大切なものなんて無いし、この世に執着する理由が私には無い。誰にも愛されず、愛せず、生まれてきた意味さえ分かんないし。
「家族は~?」
「いない」
「恋人は~?」
「いない」
「友人は~?」
「いない」
「「……」」
真顔で見つめ合って、シン……と沈黙が流れる。こうしてる間にも血はどんどん失われていくし、着々と死への階段を上りつつある。できれば大人の階段を上りたかったんだけどね、処女のまま死ぬとかツラぁ。
「その容姿でさぞ得して生きてきたんだろうなって思ったけどぉ、あなたって意外と不憫な女なの~? 誰にも愛されず、愛せず、みたいなぁ? あらまぁ、あまりにも不憫すぎて笑えなぁい。かわいそぉ~、ツラかったわねぇ?」
「おい、“言葉をオブラートに包む”って知ってるか」
「ええ? なにそれぇ、美味しいのぉ~?」
死ぬ間際になんっでこうもイライラしなきゃなんないのよ、もっとこう穏やかに死なせてくれない? せめて。
「うーん、まぁそうね~。容姿は申し分ないけれどぉ、性格の問題かしらね~?」
あんたに言われたくないけどね、それ。その言葉そのままそっくりお返しするわ。
「ははっ。よかったねー、私が今死にかけてて」
じゃなかったらそのパタパタさせてる鬱陶しい羽、迷わずへし折ってやったわ。
「ん~それにしてもぉ、銃で撃たれるのは初めて~?」
「は? 当たり前でしょ、ここ日本ね」
「フムフム。なるほどぉ、多分そのせいね~♡『銃で撃たれた! ヤバい! 死んじゃうかも!』みたいな焦りと先入観で乱れちゃってるのね、自己治癒力が。ほらほらぁ♡ 焦りは禁物っていうでしょ~? 大丈夫よぉ。あなたは死なないわ、そんっな程度の損傷ごときで~。だってあなたは、数百年ぶりの逸材だもの」
「……は?」
いや、なんだろう。一気に胡散臭くなってきたな。ていうか、妖精と普通に会話できてること自体おかしくない? そもそも妖精ってなによ。当たり前かのように受け入れて喋ってたけど、どう考えてもこの状況っておかしくないか。それに、なんで私の自己治癒力のこと把握してんの? 色々とツッコミどころ満載すぎる。
── この妖精、一体何者なの?
「まっ、この世界に未練ないんでしょ~? なら、もうどうなったっていいってことよねぇ? このまま放っておけば死ぬみたいだしぃ、あなた」
「は、はあ……」
「じゃあさ、あなたのつまらなかった人生、私が面白おかしくしてあげるねぇ♡? ではさっそく、ザックリさっくりと説明しちゃうわ~! 今からあなたを私がいた世界へ送るからっ」
「ちょちょちょっ! ちょい待ち! 仰っている意味がよく分かりませんけど!?」
「飛ばすのぉ、私がいた世界に~」
いやいやいや、え? それってさ、私を異世界に飛ばすってこと!? むりむり、絶対に嫌! そんなことされるくらいなら── 。
「異世界に行くくらいなら、ここで垂れ死んだほうがマシだっつーの!」