皇帝様、ご乱心の巻!
部屋の前にジェシーとケヤンが立ってて、私の姿を見るなり呆れた表情を浮かべていた。
「もぉ、どこ行ってたの~?」
「あんまうろちょろすんなよ。俺もだけどオマエも歓迎されてるわけじゃねぇんだから、迂闊に出歩くなアホ」
「はいはい、ごめんごめん。ねえ、ジェシー。ちょっと出掛けたいから地味な服ない?」
「オマエ、陛下にちゃんと外出許可もらってんのか?」
「は? 子供じゃないんだからそんなもの必要ないでしょ」
「オマエなぁ、ダメに決まってんだろ。許可取ってこい」
「もぉー、なんでよ」
「当たり前だろ」
「やだ」
「あ?」
「やだ!」
「ガキかよ」
「ガキにガキなんて言われたくないわ!」
「こらこらぁ、ふたりとも落ち着いて~」
外出するのに許可なんて必要? そういう決まりなの? めんどくさ! スマホがあればメッセージか電話で『行ってくる~』で済むのに。スマホが無いのってめっちゃ不便。
「何を騒いでいるのですか」
「「ユノ様」」
「あ、ユノさん。ちょっと出掛けてきてもいいですか?」
礼儀正しく頭を下げるふたりに対して、手を振ってユノに話しかける私。ケヤンが『おい、馴れ馴れしいぞ』と言わんばかりに肘で私を突っついてきたけどガン無視した。まぁ大人げないっちゃ大人げないけど。
「何か用事があって外出を希望されるのでしょうか」
「いや、まあ……一応ラヴガルに嫁ぐわけだし? 何も知らないじゃ話になんないでしょ」
「……ほう。随分とらしくないことをしようとしていますね」
おい、まじでシバくぞ。
「あの、随分と偉そうにしてますけどユノさんって一体何者なんですか?」
「馬鹿かオマエ!」
「ちょっ、レディア!」
「え、なによ、ふたりして」
『おまえは何を言ってんだ!』という顔をしながら私を凝視してくるジェシーとケヤン。まぁ偉いひとなんだろうけど『私は何々です』ってちゃんと自己紹介されたわけでもないし、知ったこっちゃないわ。
「大概の権限を持つ、ガノルド様の侍従だと思っていただければ結構です」
ふーん? よく分かんないけど深掘りするのもめんどくさいし、なんでもいっか。
「へえ。なら外出許可してください」
「まぁいいでしょう。ただし、2時間だけですよ。それとフィゾーを同行させることが条件になります」
「分かりました。とういうこでよろしくね? ケヤン」
「……承知しました」
「では、こちらを」
ユノがどこからともなく取り出した物を受け取り、それを身に纏った私とケヤンは立ち尽くして見つめ合った。目以外すべて隠れてるし、ちゃっかり耳まで付いてる。身バレ防止ばっちりすぎるでしょ、これ。渡した張本人は私にお小遣いを渡してそそくさどっか行っちゃったし。
「これ、逆に浮かない? 怪しすぎるでしょ」
「こんなような格好してる奴はザラにいる。問題はないだろ」
「似合ってるじゃ~ん。んじゃ、ふたりとも気をつけてね~!」
ジェシーに見送られ、私達は市街へ向かった──。
「すごい栄えてるね」
「そりゃ首都だからな」
「……ねえ、思ったんだけどさ。帝城内も狼人族しかいないし、街も狼人族しかいないじゃん? この国って種族ごとできっちり分かれて生活してる感じ? お互いの町を観光で行き来して~とか、交流とかないわけ?」
「そういうのはあまりないな。数千年前までひとつひとつの国だったものが統治されて今の帝国ができた。皇帝によって交流の仕方も多少は変わってくるが、まぁ元々交流の少なかった小さな国々の集まりだからな、それの名残みたいなもんだろ。そもそも文化も何もかも違う、それに狼人族は基本的に異種族を……って、オマエ何も知らねぇの?」
「え、ああ、ま、まぁ……訳ありで」
「ふーん。隣国はオマエの国を含めて4カ国だろ? 人族【ヌナハン王国】、小人族【メルドノ共和国】、魚人族【アトラン王国】、猪人族【カナンバレス民主共和国】。あとはあれだな、妖精族。妖精族は別名“幽霊族”とも呼ばれてる。国という国は今現在は無い。治癒魔法が使えるだか何だかで昔は乱獲があったらしい。すっかり姿を現さなくなったって言われてる……って、オマエ聞いてんのか?」
ケヤンがあれこれ話してる隙に屋台で買った食べ物を両手に持って、ただひたすらにモグモグと頬張る私。それを見て大きなため息を吐いてるケヤン。ていうか、本当に意外と普通なんだよねぇ、この世界の食べ物って。日本でも食べてたような料理もたくさんあって正直ありがたい。ゲテモノ回避! まぁさすがに和食は無さそうだけど。
「ま、要は仲が悪いってことでしょー? 何とか族だの何とか族なの、なにそれ。めんどくさいねー、ほんっと」
「別に仲が悪いとは言ってねぇだろ。まぁなんつーか、元々狼人族は異種族を見下す傾向はあるが、それは今に始まったことじゃねぇし。この世界で頂点に君臨してんのは狼人族といっても過言じゃねえ、そりゃ見下したくもなるわな。ま、そういうちょっとしたいざこざなんざ、どこにだってある。他種族より自分の種族が一番だって大概が思うもんだろ? そもそもギクシャクしてんのは主に人族と狼人族だ。人族に寝返って人族と手を組む狼人族がいる、なんていうのもよくある話だが、逆もまた然りだ」
うーん、まったく頭に入ってこない。とにかく狼人族が厄介ってことなんじゃないの? たぶん。ガノルドがああいう男だからね~。『みんな仲良くしようぜー!』なんてタイプじゃないし、『逆らう者は敵味方関係なく殺すぞ!』タイプすぎちゃって救いようが……ない。そりゃ和気あいあい~なわけにはいかないでしょうね。
「ふーん。ま、いつの時代も争いは絶えないってやつか」
「……オマエ、本当に人族か?」
「え? 人族にしては超絶美人だって? そりゃどーも。惚れないでね? 年下に興味ないの」
「あ? 死んでも抱きたくねぇわ、オマエみたいな女」
「はあ!? もういっぺん言ってみろ、こんのマセガキが! って、ちょっ!」
持っていたフランクフルトと奪われ、取り返そうとしたけど時すでに遅し。ケヤンが一瞬で食べてしまった。このクソガキに食べ物の恨みは恐ろしいぞってこと、教えてやんないといけないのかしら。
私の怒りの鉄槌を食らうがいい。
握り拳を振り上げた時、少し前を歩いてた子供がド派手に転んで、フライドポテトが宙を舞って地面に落ちた。親らしきひとはいないし、周りは見て見ぬふり。なんならコソコソと『貧乏くさい子ね』だのなんだの言う始末。まぁ普通の生活はできてないんだろうなって感じの見た目はしてるけど、それを口に出してわざわざ聞こえるように言う奴らの気が知れないわ。
「ケヤン、ちょっとこれ持ってて」
「お、おう」
屋台で買った食べ物をケヤンに渡して子供のもとへ向かった。
「ほら、大丈夫?」
しゃがんで転んだ子を持ち上げて、そのまま立たせてあげつつ顔に視線を向けると、必死に涙を堪えて下唇をぎゅっと噛み締めてるこの子としっかり目が合った。こんな小さいのに、強い子なんだな……いや、そうなるしかなかったのか。
私は子供の服についた砂をパッパッと払って、隣にしゃがんだケヤンから預けた食べ物を受け取って、そのまま子供に差し出した。
「お姉ちゃんとお兄ちゃん、もうお腹がいっぱいで食べらんないの。これ、よかったら受け取ってくれないかな?」
「……え? いいの?」
「お腹はち切れちゃいそうなのよ、食べきれないから助けてくれないかな?」
「う、うん! ありがとう! お姉ちゃん、お兄ちゃん!」
「こちらこそありがとう。もう転ばないようにね」
「わかった! バイバイ!」
私とケヤンは立ち上がって子供に手を振った。で、隣から妙な視線を感じる。
「な、なによ」
隣に視線を向けると、真顔で私を見てるケヤンと目が合った。
「オマエ、やっぱ変わってんな」
「困った時、助け合うのが普通じゃない? 異種族だの何だのそんなくだらない思想持ち合わせてないんでね。関係ないでしょ、そんなの」
私がそう言うと、プイッと顔を逸らして歩き始めたケヤン。きっと『馬鹿じゃねーの?』だの『アホくさっ』だの思ってんでしょ。
「言いたいことがあんなら言いなさいよ」
「別に」
「あぁそう。お腹空いた」
「だろうな。あんだけ買っといて殆どガキに渡してたら世話ねぇわ」
「はいはい、どうせっ」
「この先にも屋台あるっぽいしそこで買い直せよ。戻ってると時間無くなんぞ」
「え、あ、うん……」
どうせネチネチと小馬鹿にしてくるんだろうなって思ってたのに何も言ってこないなんて……逆に奇妙でゾゾッとするわ。
── それから、ユノに貰ったお小遣いを全て食べ歩きで使い果たした私達。ケヤンと食べ物を巡って争奪戦が繰り広げられて疲労感半端ない。まあ、まだ13歳だし? 食べ盛りなお年頃だもんね。成長期ってやつかな、きっと。
「これはジェシーのお土産だからダメ!」
「あ? ちげぇよ。オマエの左手に持ってんの何?」
「クレープ……だと思う。ちょ、あげないからね!?」
「ひと口くらいいいだろ別に」
「やだよ。ケヤンのひと口、ひと口じゃないし!」
「オマエの口がちっせぇだけだろ。そんなんで陛下の相手できんのか?」
「おい、こんのマセガキが。ふざけたこと言ってんじゃ……ないわ……よ……」
私達の視線の先に何やら不機嫌そうな皇帝様が仁王立ちしてらっしゃる。もちろん大勢の衛兵を引き連れて。ま、まあ、城門塔のど真ん中で皇帝様が堂々と突っ立ってたら、そりゃ衛兵達も警戒してピリピリするわな……。
ところでこういう時って『おかえり~』とか言いながら笑顔で近寄ってくるパターンじゃないの? 『反逆者の貴様らがこっちへ来い』オーラが半端ないんですけど? いや、反逆者ではないんですけどね。
私達は何をしでかしたのだろうか、しでかした覚えはない。私とケヤンは既に罪の擦り合いをして揉めている。コソコソと言い合いながら自らの足で地獄へと進んで行くしかない。
そして、近づいて分かったことがある。衛兵達は警戒でピリピリしていたわけではない、皇帝様の超絶不機嫌さに怯えていただけだと。
「護衛、お前はもういい。下がれ」
「承知しました」
「ちょ、ケヤン!」
「お前達ももういい、下がれ」
「「「「「「「「ハッ!!」」」」」」」」
お察しの通り、無惨にも取り残されてしまった私。
「随分と仲が深まったようだな」
「え?」
「小鬼と」
「ああ、ケヤンね。そりゃ私の専属護衛なんで、仲が悪かったら話になんないでしょ」
「……あぁそうだな」
不満げな顔つきで私を見下ろしてるガノルドの表情が徐々に険しくなっていく。これって何に怒ってるの? 勝手に市街へ行ったから? でも、ちゃんとユノには許可もらってるし。
「えっと、なんで怒ってらっしゃるの?」
「怒ってなどいない」
口では『怒ってなどいない』とか言ってるのに、顔が鬼の形相なんですけど!? 皇帝様、ご乱心の巻!
「護衛と""デート""やらをしに街へ出掛けていたらしいな」
What? いやいや、なんでそんな話になってんのよ。デートなわけないでしょ。視察よ、し! さ! つ! (ただ食べ歩きしてただけ、ほぼ観光)
「はい? いや、誰情報よそれ」
「ユノだ」
ちっ、あんの眼鏡野郎め……余計なこと言いやがったな。やっぱユノは敵だ、私の味方なんかじゃない!
「はぁー、違いますよ。視察……いや、観光ですよ。ただの""観光""」
「レディア、お前は俺の妻だろ」
「はあ……まあ、そうなりますね。私なんかより、側妃の相手をしたほうがよろしいのでは? あ、すみません。あなたへのお土産はありません。では、失礼します」
適当に頭を下げて、去ろうとした時だった。
「待て」
てっきり腕を掴まれるもんだと思ったけど、このひとなりに気にしてんのかな? 『触んないで』って私に言われたこと。強引なんだかそうじゃないんだか、いまいち分かんない。
「なんですか」
「側室はもういない」
「……ん?」
「側妃はもういないと言っている」
・・・は? はぁぁん!?