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面影を重ねて ガノルド&ユノ 視点



 ── ユノの執務室にて、罪を犯した者への処罰をどうするか協議しているのだが……。


「お人好しもここまでくると不気味なものですね、気色が悪い」

「はい? もっと言い方ってものがあるでしょうが」


 自分を殺そうとした連中を生かそうとするとは、さすがに呆れ返る。だがしかし、レディアならそうするだろうと心の片隅では思っていたのかもしれん。あまり驚きもしなければ『だろうな』と呆れるしかなかった。


 あの状況を利用する手はないと考えた俺は、これに乗じてレディアの良心的な心に訴えかけることした。頑なに俺の正妃(もの)になろうとしないレディアの口から『正妃になる』と言わせたかった。経緯なんてものはどうだっていい。レディア自らが俺の正妃になることを望み、俺のものになるというのなら何だっていいだろう──。


「貴女は救いようのない馬鹿ですね」

「はあ? 馬鹿って言うほうが馬鹿だって知ってますー?」


 連中の処罰を正式に決定しようとしているのだが、ユノとレディアは俺を差し置いて言い合いを繰り広げている。それをただ傍観していると、似ても似つかないエリーゼの姿が浮かんできた。懐かしい場の雰囲気につい面影を重ねて、ふと我に返る。


 レディアとエリーゼは似ても似つかない、容姿も性格もまるで違う。正反対そのものだ。なのにレディアからどことなくエリーゼを感じるのは、自己犠牲の上に成り立つ優しさか?


 ユノ、お前はレディアのことをどう思う、何を感じる。お前のその瞳に映っているのはレディアか、それともエリーゼか──。


「── 様。ガノルド様!」


 ムッとしながら腕を組んで俺を見ているレディア。


「なんだ」

「だから! 護衛なんて要らない、あの子は帰してあげてください」

「なぜそうなる」

「護衛とか必要ないんですよ。そういうの邪魔だし、周りをうろちょろされるのが鬱陶しい。だいたい守られるとか性に合わないの、ダルいし」


 俺には無い思考をレディアは持ち合わせている。俺には到底理解できないが、レディアの思考は手に取るように分かってしまう、やはり甘いな。素直に言わないのは“あくまで自分の我儘だから”を押し通す為か? そこまでしてあの小鬼を助ける理由がどこにある。


「まったく、貴女って人は。あの小鬼を病弱な弟の所へ帰してあげたい……とでも? そんな甘い考えは今すぐ捨てなさい」


 ユノも俺と同じ読みをしていたか。レディアが何も言い返さないところを見ると、どうやら図星だったようだな。


 それにしても、ユノの表情から感情を正確に読み取ることができない。ユノとは長年一緒にいるが、今何を考えているのかさっぱり分からん。いや、俺に分かるはずもないか。“複雑”という言葉では片付けられないはずだ。恨んではいないとは言っていたが、それでも人族を妻に迎える俺を心の底から許せるのか? 許せるはずもないか。


 なあ、ユノ。お前も感じないか? レディアにどことなく、エリーゼの面影を。


「はぁー。もお分かりましたよ、あの子の護衛は受け入れます。だけど条件がある──」


 協議を終え、レディアとユノが執務室を出ていった。


「……甘いな、何もかも」


 レディアが小鬼を護衛として受け入れる条件は至ってシンプルなものだった。


『あの子の弟を病院へ連れてってほしいの。入院の手配とか諸々ちゃんとしてあげてほしい。ほら、弟が心配で私の護衛が疎かになるのは困るでしょ? ちゃんと守ってもらわなきゃ何のための護衛なの? って話だし、上の空状態とか役に立たないでしょ、迷惑すぎ。そんな奴に護衛とかされたくないし、命預けらんないわ』


 そうやって本心ではないことをペラペラと饒舌に、あくまで自分の我儘だから小鬼の意思ではないと、そう仕向ける。そこまでしてやる義理はないというのに、どこまでも甘いな。


「……解せんな、俺には」







 ── 似ても似つかない。なのに、どうしてだろうな。


『強さって優しさだと思うの』


 これがエリーゼの口癖だった。


 自己犠牲の上に成り立つ優しさなんて本当に必要なのか?


「こちらがレディア様のお部屋です」


 容姿も性格も何もかもエリーゼとは違うはずなのに、同種族だの他種族だの関係なく、困っているのなら手を差し伸べたいという甘さ……いや、優しさがどことなくエリーゼに似ているのかもしれない。


「えぇ……いやぁ、こんな大層な部屋いらないんですけど」


 変な女だな。ガノルドの正妃になれて、豪華な部屋まで用意されたら普通は喜ぶだろ。この女は何を考えているのか分からない故に危険人物だ……そう思うのに、あのガノルドが欲した女だという現実、それに加えてこの女の生ぬるい思考が非常に危なっかしくて私を狂わせる。


「他種族なんて放っておけばいいものを、助ける義理も必要もないというのに」

「はあ? なにそれ。助けるのに同種族だの他種族だの関係あります? なくないですか。種族とかいちいち気にしてんの、あなた達だけなのでは?」


 ── やめてくれ、その考えはいつか死を招く。


「では、私はこれで」

「え? ちょっ!?」


 似ても似つかない。なのに、エリーゼの面影がちらつく。面影を重ねて『死なせるわけにはいかない』なんて、罪滅ぼしのつもりか? 心底自分に呆れる。


 あの時、もっと強く止めておくべきだった。彼女の自由だと自分に言い聞かせて、物分かりの良い男を演じて格好つけていた私に非がある。あの日、エリーゼを行かせてしまったのは、紛れもなくこの私だろ──。


 私とガノルドにはエリーゼという幼馴染がいた。気づいた時にはもうエリーゼに恋心を抱き、エリーゼも私に恋心を抱いていた。次第に本能でエリーゼを求めるようになって、そんな私達はどちらからということもなく自然と恋仲になり、ガノルドはそんな私達に何を言うわけでも、何をしてくれるわけでもなく、ただ見守ってくれて、それがガノルドなりの応援(やさしさ)だと私もエリーゼも分かっていた。


 10年前、人族との大規模な抗争が起こる数ヶ月前のことだった──。国境付近の森で人族の孤児に出会って友達になったと嬉しそうに話していたエリーゼ。『人族と関わるなんてやめておけ』そうは言ったけど、『お友達になるのに種族なんて関係ないでしょ?』と笑顔で一喝され、『あまり深入りはするなよ』と止めることはしなかった。


 正直、人族に個人的な恨みなんてものは無い。互いに憎み合って殺し合って、どちらかが悪いとか悪くないとか、そんな話でもない。戦いに犠牲は付き物、人族も狼人族も数え切れないほどの犠牲を出してきた。お互い様(・・・・)の一言に尽きる。ま、こんなことをラフマトスホユール家に仕えるオーケリエルム家の私が言うことではないが。


 争いは争いしか生まない、憎しみは憎しみしか生まない。平和に和解してくんないかね? そんな淡い期待をしていた。若かったからな、あの頃は。


 あの抗争で人族の子供が心配だと言い、私の制止を振り切って向かったエリーゼは、人族の子供を庇って死んだ。


 エリーゼの命日に国境付近の森へ行くと、エリーゼが倒れていた場所に毎年花が手向けられている。それを見るたび複雑な心境になって憂鬱で仕方ない。


 人族の子供を助けたのはエリーゼ、あの場からその子供を逃がしたのはこの私だ。あの時、あの子供を殺しておけば私の気は済んだのか? こんな気持ちにならなくて済んだのか?


 エリーゼが命を懸けて守った命が、今も何処かに在ると思うと正直嬉しい。だが、その命のせいでエリーゼがもうこの世にいないと思うとやるせない。それでも憎んじゃいない、私が心から愛したエリーゼが大切にしていたものだから──。


 毎年エリーゼに花を手向けに来て、自身を責めているか? 責めているだろうな、でもそれでいい。私と君は悔いて、自身を責め続けながら生きていくしかないんだ。


「── ノ。ユノ」

「あ、悪い。なんの話だっけ」

「レディアのことだ、どう思う」


 おそらくガノルドもエリーゼの面影がちらついているのかもしれない。『同種族か他種族かなんて関係ないよ』一貫してそれを貫き通したエリーゼとレディアが重なってしまうのは、私だけではないはず。


「どうって、よりによって人族の女か……とは思ってる。だけど、ガノルドが本能レベルで彼女を求めているのなら、もう仕方ないだろ。私はサポートするまでだよ」

「そうか、悪いな」

「なあ、一つ聞いてもいいか? 彼女のこと、どう思ってる」


 本能レベルで求めている=愛ではない。


「……さあ、どうなんだろうな。はっきり言えるのは、ユノやエリーゼのような関係ではない」


 ・・・人族と狼人族が心から愛し合うなんてこと本当にできるのか? いや、そもそもガノルドが女を愛すことができるのか? どんな女が相手でも、気持ち(こころ)が動いたことなんて一度もない男だぞ? まぁ王族に“恋”など“愛”など、そんなものは必要ない。別にあればあったでいいが、なければないで互いの利害が一致すればいいだけのこと。世継ぎを作らなければならないラフマトスホユールと、妃殿下という立場が欲しい女達、それで十分だ。


 形だけの正妃、人族の女(レディア)にあまり肩入れさせないようにしなければ、後々面倒なことになりかねないな。エリーゼが生きたラヴガル(ここ)を廃らすわけにはいかない。


 それに親友として、ガノルドにはできれば心から愛した女と結ばれてほしい、それがどんな形だってかまわない。ガノルドには幸せになってもらいたいんだ。でも、その相手は人族の女(レディア)じゃないだろ。


「彼女と世継ぎを作るのは無謀だろう。せめて側妃としてっ」

「その話はやめろ」


 ガノルドの気に障ったのか、珍しく私を睨み付けてくる。あの女のどこにそんなにも惹かれるものがあるのか、本当に本能レベルで求めているだけか? なんか釈然としないな。


「ガノルド、一度だけ確かめてみたらどうだ? 彼女が君を受け入れることができるかどうかを」


 精神的にも、肉体的にも。


「レディア次第だろ、そういうことは。無理強いはしない」


 あのガノルドが奥手になっているとは驚いたな。適当に欲を吐き出せれば何でもいい、女の気持ちや意見なんてものは知らん、どうでもいいとしか思っていないあのガノルドが気を遣うとは。何とも思ってないとはいえ、本能レベルで求めている相手だ、少なからず気を遣うか。


 私はガノルドの親友だ、どんな時もどんなことがあろうとも味方で在りたい。ガノルドが本気で人族の女を……レディアを愛するというのなら、私はその気持ちを汲んでやりたい。


 全てはガノルドの気持ち次第かな──。

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