ガノルドJr.の安否と犯人の行く末(1)
ガノルドJr.を蹴り上げて、ガノルドの力が少し緩んだその隙に這いつくばってベッドから降りた……のはいいんだけど、皇帝の一番大切なモノと言っても過言ではないモノを容赦なく蹴り上げてしまった私。これで勃起不全とかになっちゃったらどうしよう、シャレになんないよね? 絶対に私のせいでしかないよね?
思いっきり蹴っちゃったし、ガノルドJr.お亡くなりとかヤバいのレベル越えてて草生える。いや、笑えない。打首確定だわこれ、と不安に襲われた。
ガノルドJr.の安否がものすんごく気になる。
「あ、あのぉ、ご無事ですか……? ガノルド様のガノルドっ」
「あなた達は一体何をなさっているのでしょうか」
声がしたほうへ視線を向けると、目を細めて眼鏡をカチッと上にあげながら険しい顔をしてるユノの姿があった。私は慌てて少し乱れた身なりをパパッと整えて立ち上がろうとした……けど、腰が抜けたみたいに力が入んなくて立ち上がれず床にへにゃへにゃと座り込んでる。そして肝心のガノルドは、ベッドの上で膝立ち状態からピクリとも動かない。
「貴女はガノルド様に何を?」
「い、いや、そのぉ……」
『ガノルドJr.を蹴っ飛ばしました!』なんて死んでも言えん、絶対に。
「ユノ、レディアを責めるな。したのは俺だ」
何事もなかったかのように立ち上がって、私をひょいっと持ち上げ立たせてくれたガノルド。
「あ、ありがとう……ございます」
「悪かった。怖くはなかったか?」
「え? あ、い、いえ別に……」
私の頭をポンポン撫でてるガノルドの大きな手が妙に優しくて、フサフサした立派な尻尾はゆらりゆらりと揺れている。そんな私達のやり取りを見てるユノが深いため息を吐いて、小声でブツブツと何か言いながらこっちへ近寄ってきた。
「特異体質、ですかね」
「甘い香りがしないか?」
「そうですか? 私には清涼感のある香りに感じますけど」
変態か? 匂いフェチなのか? 貴様らは。
「特に舐めている時は匂いが濃すぎて酔いそうだった」
「なるほど。性的興奮をすると甘さの濃度が上がるのですね。やはり特異体質なのでは?」
「どうなんだ? レディア」
おい。なに言ってんだ、あんたらは。真顔で言うな、堂々と喋るな、もうちょっと配慮ってものはないわけ? 信じらんないんだけど。ていうか、そんなこと聞いてくんな。不感症の私に『性的興奮~』とかどういう神経してんのよ。ちゃんと感じれてたらここまで処女拗らせてないっての。
・・・でもさっきの感覚、なんかこうグワッとしたんだよね、グワッと。体の芯がぎゅっと疼くあれが何だったのかは分からないけど、思い出すだけで小っ恥ずかしくて死にそうだから、とにかく忘れたい!
「違う! べっ、別に興奮とかしてないし! 興奮してたのはそっちでしょ!?」
「そうだな。こんな感覚になったのは初めてだ、痛いくらいに勃起っ」
「だぁー! それ以上は言うなぁー!」
もうなんなの!? この男! こういう時って普通は『別に俺だって興奮してねえっつーの!』みたいなこと言い返す展開でしょうが! そんっな曇り無き眼で素直に認めないでくれる!? 反応に困るわ!
「“繋がりたい”と強く思った、下半身がな」
「おい、ふざけんな。1発殴らせろ、こちとら微塵もそんなこと思わなかったっつーの」
「ガノルド様に向かって何というっ」
「かまわん」
「ですがっ」
「レディアはいい」
『レディアはいい』って、なによそれ。そんなの『お前は特別だ』って言われてるみたいでむず痒いんですけど。ま、そんなことないか。
「とにかく貴女は無駄に性的興奮はしないようお願いますよ」
「はあ? なにそれ失礼すぎない!? ていうかそれセクハラだし、サイテー」
「はて、セクハラとは?」
「ユノさんやガノルド様みたいな男のことをセクハラ野郎と言うんです~」
「? はあ、そうですか」
「そうか」
ふたりして興味なさそうな顔して『何を言ってるんだか』みたいな雰囲気を出してるのがめちゃくちゃ腹立つ。私に興味あるんだか無いんだかいまいち分かんないわ、この連中。
「ユノ、レディアの支度を済ませて連れて来い」
「かしこまりました」
去り際、何か言いたげな顔をしてたガノルドは結局何も言わずに去っていった。別れを惜しむような、そんな顔をしていたのはなぜだろう。今から私、人族の国に強制送還される感じ? そもそもヌナハンの人間じゃないんですけどね、私。
ささっと湯浴みをして、またまたジェシーが身なりを整えてくれた。『頑張ってね!』ってジェシーには言われたけど、何を頑張ればよいのやら。
「あの、ユノさん」
「なんでしょう」
「どちらへ?」
「行けば分かります」
「はあ」
── そして連れて来られたのは闘技場、いや……“処刑場”だった。しかも大勢の傍観者が既にヤジを飛ばして盛り上がっている。処刑台には拘束され、膝立ちをしてる狼人族の女とあれは……ゴブリン? みたいなひと。 しかもあれ、まだ子供じゃない?
私とユノの姿が傍観者達の視界に入った途端、会場がシンッと静まり返った。それも束の間、処理しきれないほどの罵声を浴びせられる。それでも先へ進むユノについて行くしかない私。
「逃げますか?」
足を止めることなく前を向いて歩いてるユノの横顔は、いつも以上に凛としてて『この程度で逃げ出すようなら貴女も大したことないですね』ってそう言われてるような気がして無性に腹が立つ。
「逃げる? なんですかそれ、寝言は寝てからどーぞ」
処刑台に私達が上がると会場内が静かになった。ガノルドは案の定、高みの見物ってわけね? 偉そうな椅子に偉そうに座ってるわ。
「このお方はレディア・ウィンテルシア。陛下が自ら正妃候補として選んだお方です」
会場がざわざわしてるけど、“陛下が自ら選んだ”という言葉が効いているのか、さっきみたいな罵声は飛び交っていない。ユノが手を上げると再び静まり返る会場内。
「陛下とレディア様が本日襲撃を受けました。幸いにも陛下は軽症、レディア様は無傷で済みましたがこれは立派な暗殺行為、万死に値します。何か言い残すことは?」
え、待って。死刑確定なの……? 釈明の余地なし? いやいや、陛下を暗殺しようなんて相当な理由がないとしようと思わないでしょ。話くらい聞いてあげてもいいんじゃない? ましてやこのゴブリン、まだ子供でしょ? そりゃしていいことと、しちゃいけないことってのはあるし、今回のことが許されないことだってことは、馬鹿な私ですら分かるよ。でも、退っ引きならない事情ってものがあったんじゃないの? この子には。そんな気がする、直感で。
「あ、あの! とりあえず話くらい聞いてあげてもいいんじゃないでしょうか?」
「貴女は一体何を……この者達は""貴女""を殺そうとしていたのですよ? それでも話を聞こうなどと言えますか?」
おーい、私かい、私を殺そうとしてたんかい。恨まれる覚えなんて一切ないんですけど!? まぁでも、話くらい聞いてあげもよくない? 別に私は無傷だったわけだし、ガノルドのおかげで。
「うっ、ううっ……レディア様! わたくしはこの忌まわしき小鬼に騙されたんです! どうか、どうかわたしくの命だけはっ……うぐぅっ!?」
なんで水の入った桶がそこに置いてあるんだろうとは思ってた。思ってたけど、それの使い道は何となく私も分かってた。現に今、私の目の前でその行為が行われている。髪を掴み頭部を押さえ付けられて水の入った桶に顔を押し込まれる、その繰り返し。ひとの本性や本音っていうのは、こういう窮地に出てくるものだって私も知ってる。
「ゲホッ! ゲホッ! はぁっはぁっ……なんで、どうしてこんな人族の女がガノルド様の正室候補なのよ! 私だってなれたはずなのに、私ならなれたはずなのに! そうよ、指示をしたのはこの私! けれど、実際やったのはこの小鬼のガキよ! 親は過労死、貧乏で病弱な弟がいるから金さえ積めば何だってやってやるって息巻いてたのはコイツよ!? アンタにいくら払ったと思ってんのよ! この役立たずが! 病弱な弟と無様に野垂れ死ねばよかったんだわ! 今すぐ死になさいよ、私の目の前で! 死ね!」