真顔でいきなり下ネタですか?やめてください
『シンベルデノ帝国、ましてや我々狼人族が住まう首都 ラヴガルで貴女が生き抜くことは難しいでしょう。この騒動が収束次第、人族の国 ヌナハン王国へお帰りください』
そうユノに言われたんだけど、帰る場所がないんだっての。
「はぁー。この世界の優劣的なものがさっぱり分かんない」
シンベルデノ帝国── 帝国ってことは皇帝的なのがいるはずだよね? 皇帝が一番偉いひとってことでオッケー? となると、この世界を牛耳ってるのがシンベルノの皇帝と言っても過言ではなさそうな?
ところで皇帝ってドコのダレ。ま、そんなことどうでもいいか、私とは無縁そうだし。
ユノの言い分的にこの世界で私が生きられるのは人族の国しかないっぽいから、そこに行くしかないんだろうけどさ。他の国はラヴガルの傘下に属してる……みたいな解釈でいいのかな? となると、本格的に私の居場所なくない?
「なんでこんな世界に来ちゃったかなぁ」
なんかもう住む世界が違いすぎるわ……って、住む世界が違うのは当たり前なんだけどね? だってここ、異世界ですし。 私が本来いるべき世界線ではないのよ。
「やっほ~! 会いに来たよ~、レディア」
「え、ジェシー!?」
まさか、私と関わったせいで牢行きになったとか? そんなの理不尽すぎるでしょ、関係ないひとまで巻き込むとかどういう神経してんのよ……ったく、ユノに抗議してやる。
「なーに怖い顔して~。せっかく話し相手に来てあげたのに~」
「え? 話し相手?」
「そーそー。ユノ様のご命令で」
あのユノが……? もしかして、私のために──。
「『賢くない相手と会話をするのは非常に疲れる』とか何とか言ってたよ~? ははっ、ほんっと面白い!」
・・・うっっざぁぁ! ちょっとでも『ユノって優しいかも』なんて思った私の幼気な心を返せユノ!
「あんのユノが」
「悪いけど中には入れないからここで許してね~」
「え? あ、うん。なんかむしろごめん」
お互い鉄格子越しに膝を抱えて座って、話の流れで生い立ちを語ることになった。とはいえ、異世界人なわけだからあまり詳しくは話せないけど──。
「わたしら結構苦労人だね~」
「たしかに」
ジェシーは私の3つ下で15歳らしい。10年前、人族との抗争があった時にジェシーの両親は亡くなって、その時人族に助けられたみたい。その人族はとても優しい人でジェシーを匿いながら大切に育ててくれたんだって。
「けどね? わたしの存在がバレて『逃げなさい』ってまた助けられたの。わたしは逃げることしかできなかった」
「……そっか」
その人はどうなったの? なんて聞けないし聞かない。その人はきっと、もうこの世にはいないだろうから。
「わたしが帝城に雇われてる理由はこうやって捕らえられた人族の相手をさせるため。ほら、毛嫌いされてるでしょ? 人族って。だから、こういう時にわたしが役に立つって。わたしは人族に育てられた異端児だから」
人族に育てられた狼人族……か。それが原因で嫌がらせとかされてきたんだろうな。なのに腐らず落ちぶれずここまで生きてきたジェシーは、とても芯の強い子だと思う。本当に大切に育てられたんだろうなっていうのがよく分かるよ。
「ジェシーがこんなにもいい子に育ったんだもん。その人、本当に素敵な人なんだね。なに、異端児? そんなの上等でしょ」
「……ははっ! うん、上等だよ! わたしは二度もこの命を救われた。だから、あの人の為にも何があろうと絶対に生きるって決めてる。レディアも苦労した分、幸せになんないとね!」
「まぁうん、そうだね……。あのさ、人族と狼人族って何かあったの?」
「は? え? そんなことも知らないの?」
ジェシーが『人族なのに何で知らないの? おかしくない?』みたいな目をして驚いてるっていうよりかは、もはや引いてるっていうか……うん、怪しんでる気もする。
「い、いやぁ、うち『外の世界なんて知る必要はない!』とか言って何も教えてもらえなかったのよね~」
私は親に捨てられて劣悪な孤児院育ち、売り飛ばされそうになったから逃げた……っていうことにしてある。
「ああ、なるほどね。えーっと、時を遡ること数百年前……ヌナハン王国がまだシンベルデノ帝国の一部だった頃、物理的な強さで圧倒する狼人族と非力ゆえに技術面で圧倒する人族の間で大規模な抗争が起きたの。元々反りが合わなかったのも相まって、シンベルデノ帝国の首都と皇帝の座を懸けて戦いに発展した」
一度始めてしまった争いは、ケリがつくまで止められないってやつ? 数百年前って、もう十分でしょ。奪って失っての繰り返し、その先に何がある? 何が残るの? どうせ頑固ジジイなんだろうね、こういうところのトップ達ってのは。
「ねえ、シンベルデノ帝国で一番偉いのって皇帝だよね? 皇帝って誰なの?」
「……レディア、それ冗談でしょ?」
あんぐりして目を見開きながら私を見てるジェシーに首を傾げて疑問符が浮かぶ。
「いや、本気なんだけど」
「ラフマトスホユール……ガノルド・ラフマトスホユールよ」
・・・ラヴガルに来てからのことが一気にフラッシュバックして、『陛下』=『皇帝』だったってことを今になって知った。いやいやいや、まぁ王族なんだろうなとは思ってたけど、まさかの皇帝だったの? 私、とんでもない男から正室になれだの側室になれだの言われてたってこと……? ないわ、ナイナイ、ありえない、ますますありえないっつーの!
「……あ、えっとぉ、要はラフマトスホユールの血筋がずっと頂点に君臨してきたってそういう話だよね?」
「ま、そういうこと。人族は敗れてシンベルデノ帝国から消えた種族。簡単に説明すればこんな感じかな~。その抗争で互いにかなりの犠牲を出して、卑劣な行為も互いにし合ってね。だから今の現状になってるってことかな」
正直あるあるっちゃあるあるだよね、こういう話って。まぁ私はそういう歴史的なものに疎いからよく分かんないけど、結局同じ過ちは繰り返されるってことでしょ。意志疎通ができる同じ生き物なんだから武力行使で捩じ伏せるんじゃなくて、言葉で何とかならないのかな……って、そんな甘っちょろい話でもないか。
「ねえ、ジェシーっ」
ジェシーがバッ! と勢いよく立ち上がって頭を下げている。その先に誰がいるかは安易に想像がついた。おそらくユノかガノルドだろう。
「もういい、下がれ」
「はい」
「あのさ、もっと言い方ってもんがあるでしょ。ごめんねジェシー、話し相手になってくれてありがとう」
「ううん、楽しかった」
ジェシーと入れ替りでやって来たのは言うまでもなくガノルドだった。鉄格子越しに私を見下ろしてるガノルドの様子に少し違和感を覚える。
「あの、怪我は? もう大丈夫なの?」
「なんともない」
「そうですか。すみません、私のせいで。ありがとうございました」
「大したことはない。気にするな」
別に私のことなんて好きでも何でもないくせに、なんでそんなにも物欲しげに私を見つめるの? その優しい瞳は一体なんなの? ほんっと理解不能。
「な、なによ」
「いい匂いがするな」
「……はい?」
「お前の甘い香りは下半身にクる」
・・・いやいや、真顔でいきなり下ネタですか? やめてください。
「いきなり何を言って……え、は? ちょっ、まじ!?」
鉄格子を両手で掴んだガノルドは、カーテンを開ける動作と何ら変わりなく鉄格子を開けて……いや、曲げて入ってきた。馬鹿力とかそんなレベルじゃないことを目の当たりにした私は、咄嗟に片隅へ逃げた。のはいいけど、自ら身動き取れなくしてどうすんのよって秒で後悔した。
「レディア」
私の名前を呼ぶガノルドの声は低いけど甘くて優しい。こんなふうに名前を呼ばれたことって今まであったかな……? いや、ない。だからかな? 妙にソワソワしちゃうっていうかドキドキする、落ち着かない。こんなことでときめくとか死ぬほど柄でもないわ。
「ちょ、あ、あの! とりあえずそこでストップして!」
「断る」
逃げようとした私の腕を掴んだガノルドにあれよこれよと壁へ押し付けられた。
「ちょっ、離して! っ!?」
私の頭から首筋や胸元までクンクン匂いを嗅ぎ始めたガノルド。獣人ってみんなこんな感じなの!? ご挨拶的な!? いやいや、パーソナルスペース! 距離感バグりすぎ!
「ガノルド様っ、くすぐったい! ちょっと、ねえってば!」
引き離そうとしてもビクともしない。これが弱肉強食の世界、体格差がえげつないもんな、敵うはずもないか……なんて納得してる場合じゃない! 『喰われる』本能でそう感じる。
「ガノルドっ!?」
私を軽々持ち上げたガノルドにそのままベッドへ押し倒された。この流れ、絶対よくないパターンのやつ!
「レディア」
「っ、ちょっとどういうつもり? 私の上からさっさと退きなさいよ」
「甘そうだな」
「は?」
「甘い香りを漂わせているお前が悪い」
「ひゃあっ!?」
ガノルドが私の首元に顔を埋めると、首筋にヌルッとした感覚がして、それにピクリと体が小さく反応した。こういう行為は苦手なはずなのに、変態野郎に襲われた時はあんなにも気持ち悪かったはずのに、ガノルドの甘噛みをしながら私の首筋や胸元に舌を這わせているこの感覚は全く気持ち悪くなくて、むしろ気持ちいいとさえ思ってしまう。
おかしい、私の体がどんどんおかしくなっていく。気持ちいいなんてありえない、絶対に。そもそも私、不感症なはずでしょ……? おかしい、こんなの。
「はぁっ……ん、ガノルド様……っ、やめて」
ガノルドの少し乱れた息遣いと舌を這わせてる行為に胸が高鳴って体の芯がぎゅっと疼く。全身が甘く痺れて止まらない、こんなのはじめて。
「ガノルド様っ、んっ……待って! っ、ストップってば!」
「……はぁっ。ひどく甘いな、酔いそうだ」
そう言ったガノルドの瞳は、『捕えた獲物は逃がさない』と言わんばかりにギラギラと欲情むき出しの色っぽい目をしていた。そんな瞳に見つめられてる私の胸の高鳴りは、収まるどころか悪化していく。
「ちょっ!? や、やめてっ!」
首筋や耳を舐めながら甘噛みをして、慣れた手つきで洋服を脱がそうとしてくるガノルドに分かりやすくテンパりまくる私。ど、どうすんの!? これ! そもそも処女なのにいきなり獣人相手とか無理、無理ゲーすぎるでしょこんなの!
それにこういうことはもう、本当に好きな相手としかシないって決めたの。だから──。
「……っ、やめろって言ってんでしょうがーー!!」
私は大きな声でそう叫んで、あろうことかガノルドのご立派なガノルドJr.を思いっきり蹴り上げてしまった──。