午前7時00分・明菜の部屋 《妹》
なんだか、とても幸せな夢を見ていた気がする。
ほんわかと温かな気持ちのまま目を覚ますと、待っていたかのように部屋のドアが開いた。
「おはよう明菜」
「あ……おはよう、お兄ちゃん」
お兄ちゃんが、夢に見たままの優しい笑顔で部屋に入ってきた。ベッドの脇で膝をつき、額に手をのせてくる。
「つめたっ」
「明菜が熱いんだよ。……うん、まだ熱あるな。今日は学校休めよ」
「え……熱?」
そういえばどうして寝ているんだろう。確かエリちゃんとお茶をして、買い物をして、それから……。
「そうだ、チョコ……」
大きな声を出そうとして咳き込んでしまう。喉がなんだかイガイガしてる。チョコを作りながらちょっとぼうっとしていたような気がするけど、風邪をひいてしまったみたいだった。
「明菜の力作なら冷蔵庫の中にあったよ」
「よかった……」
ほっとしてから、お兄ちゃんの笑顔が少し曇っていることに気がついた。
冷蔵庫を見たのだから、チョコが一つしかないのも知っているだろう。だから、私が告白しようとしていることもお兄ちゃんはわかっているのかもしれない。お兄ちゃんはそういう人だ。でもきっと、それは私が自分で伝えなくちゃいけない。
少しぼうっとした頭でなんとか考えて、口を開く。
「お兄ちゃん、私ね……」
「……なあ明菜」
遮るようにして、お兄ちゃんが名前を呼んだ。
「なあに?」
「昔みたいにさ、『正信お兄ちゃん』って呼んでいいと思うぞ」
ああ、やっぱりお兄ちゃんはすごいなぁと思う。でもその笑顔はいつもと同じで、変わらないでいてくれるんだとわかって、それにとても安心した。
「えっと……」
でも、お兄ちゃんは一つだけ私のことをわかっていない。
「私ね、もう、『お兄ちゃん』はつけたくないんだ」
私の言葉に目を見開いたお兄ちゃんは、やがて小さく息をつき、それからとびきりの笑顔を浮かべて、無言で私の頭を撫でてくれた。
それはほんの数秒の間だったけど、でも、懐かしさに胸が一杯になった。
外から聞き慣れた足音が響き、玄関のチャイムが鳴り響く。