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午後1時30分・情報処理室 《兄》


 剣を振り回すたびに人間が弾き飛ばされていく。「三百人斬り」と画面中央に赤字で表示され、ヘッドフォンの中で歓声の効果音が響く。

「敵将、討ち取ったりぃ!」

 続いて画面下に現れた表示文そのままに、背後で良介が叫んだ。ひときわ大きな効果音が流れ、画面中央にステージクリアの文字が走る。

 ヘッドフォンを外してコリをほぐすように首を回し、それから深呼吸を一つ。伸びをしながら立ち上がり、体を軽くひねった勢いで、背中合わせの席でガッツポーズを取る友人の頭をはたく。

「相談があったんじゃねぇのかよっ!」

 振り返った良介は、理解できないと言わんばかりの表情を浮かべていた。そんな様子を見下ろしながら、ついさっきまで心配していた自分は一体何だったのだろうかと思い悩む。

「お前ちょっとそこに正座しろ」

「断る!」

 胸を張る姿に思わず手刀を振り下ろすが、キャスター付きの椅子を後ろに転がして避けられた。

「あのなぁ」

 良介は地面を蹴ってさらに距離をとると、人差し指を立てた。

「お前は一つ勘違いをしている」

「ああん?」

「俺は『話がある』とは言ったが、『相談がある』とは言って無い」

 天井を見上げて教室でのことを思い返す。

「……確かに」

 気勢をそがれたせいでどっと疲れがでた。椅子に腰を落とし、窓際まで下がった友人と向かい合う。

「それじゃ、その『話』ってのは何だよ」

 用件はわからなくなったが、違和感まで嘘ということは無いだろう。そこは長い付き合いだ。

 良介は口元に拳をあててしばらく考え込んでいたかと思うと、静かに口を開く。

「明日って何の日か知ってるか?」

 バレンタインだ。今更の話だがそれでピンときた。

「……ははぁ、明菜からチョコを貰えるか探りをいれようってハラか。去年は受験だってんで無かったからな」

 当然義理チョコではあるが、毎年貰っていたので去年は相当ショックだったらしい。

 しかし良介の固い表情はそのままだった。どうも違うようだ。

「バレンタインだろ?」

 確認すると、良介はすぐに頷いた。

「ああ、バレンタインだ」

 しかしそれきりまた黙り込んでしまう。いつもと違う会話のテンポに、どうも調子が狂う。

「ああもう、だからそれがどうしたんだよ」

 思わず声を荒げると、良介が真剣な顔で言った。

「バレンタインってさ、女が男に告白する日だろ?」

「海外だと男から女にプレゼントするらしいぞ」

「まあどっちでもいいんだよ、それは」

 体の前で箱を横にどかすようなジェスチャーをする。どうやら余計な茶々は入れない方が良いらしい。

「チョコを贈るのはチョコ会社が始めたことだとか、バレンタイン牧師がどうとか、まあそんなのは正直どうでもいいんだよ」

 それをいつも言うのはお前だ、と心の中で返す。

「始まりはともかく、今はっきりしているのはさ、普段じゃ中々言えないことを、イベントに乗じて言おう……って言ったら身も蓋も無いけど、背中を押してくれる日なわけじゃん?」

「……そうだな」

「だからさ、バレンタインってのは……勇気を持って想いを伝える日。前に進む日だと思うんだよな」

「うん」

「それで思ったわけだよ」

 頷くと、良介がまっすぐとこちらを見つめてくる。

「お前も、そろそろシスコンを卒業したらどうだ」

「散々もったいぶって結局それかよ」

 どうやらさっきの話と繋がっていたらしい。

「いや、重要だと思うぜ? 俺たちももう高二で、明菜ちゃんは高一。カドのところじゃないけど、兄離れ、妹離れしなきゃいけないと思うんだよな」

「よそはよそ、うちはうちだと思うけどな」

 思わず反論する。二十歳を過ぎても父親と風呂に入る娘がいるように、いつまでも仲の良い兄妹がいたって問題は無いはずだ。

「明菜ちゃんってさ、ツッキーのこと好きじゃん」

「そうだな」

「ツッキーも明菜ちゃんのこと好きだろ? たぶん」

「そうだな」

「……顔、顔」

「おっと」

 平静なつもりが顔がこわばっていたようだ。頬をつねって緊張をほぐすと、良介が苦笑する。

「でもさ、二人の関係って全然進んでないだろ」

「進んでないな」

 一番近いだけによくわかる。歯がゆくもあり嬉しくもあるのは、複雑な兄心というやつだ。

「あれってやっぱり、お前の影響あるんじゃないかなと思ってさ」

「俺の影響ねぇ」

「まあ、ツッキーのことは詳しくないから、俺にはその辺の微妙なところはよくわからないけどさ」

 良介はそこまで言うと、言葉を止めて息を吐いた。

「俺の話はそれだけだ。三人にとってはお節介なのかもしれないけどさ、お前に一番肩入れする友人としては、そんなことを考えたりもしてるわけよ」

「そうか。……ありがとう」

 自然と頭を深く下げる。

「……おいおい、長いって」

 しばらくそのままでいると、良介が慌てた声を出した。思わず苦笑しながら、良い友人を持ったとしみじみ思う。

「なんつーか、前に進もうぜ」

 顔を上げると、良介が恥ずかしそうに鼻の頭をかきながら言った。

「そうだな……。しかしなんだ」

「なんだよ?」

 西日のせいか、見返してくる良介の顔は少し赤い。

「シチュ的には、女子とやりたい会話だな」

「ほっとけ。そういう星回りだ」

 苦笑とともに、良介が元の席に戻ってくる。

「青春くさい話はこれまでだ。久しぶりなんだからもう少し付き合えよ」

「おうよ」

 再び背中合わせの席に戻り、ヘッドフォンをする。

 一時停止中だったゲーム画面には次のステージ開始の文が表示され、再びゲームの世界へと突入する。

 二ヶ月のブランクなど気にならないほどに体が動きを覚えている。目で見た状況に、頭が考えるよりも早く指が反応する。瞬く間に敵を切り伏せ、次のステージへと進んで行く。ゲームの中の話とはいえ、戦友とのコンビネーションはぴったりだ。

「腕は鈍ってねぇな」

「誰にモノを言ってるよ」

 背中越しに言葉を交わしたかと思うと、後は阿吽の呼吸でゲームを進めていく。

 窓の外をふと見やり、オレンジ色に染まり始めた太陽の光に目を細める。

 時がたっても変わらない関係もあるし、変えなければいけない関係もある。では自分はどうするべきか。

 最愛の妹と、大切な親友の顔が脳裏に浮かんで消えた。

「ま、それはともかく。今は目の前の敵に集中集中」

「あたりめーだ。いくぜラストステージ」

 友の声に気合を入れ直し、ゲーム画面に向き直る。

 自分がするべきことなど、とうに答えはでていた。


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