表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/8

午後0時45分・2年2組教室 《兄》


 ホームルームが終わり、教室がざわめき始める。

 今日の帰りの予定を話しあう女子あり、連れ立って帰る男子あり。いつもどおりと言えばいつもどおりの光景だが、半日授業という特別さだけでなく、明日のイベントを控えて浮き足立っているようにも感じる。

 クラスメイトたちの賑やかさには流されず、カバンを持って立ち上がる。椅子から手を離して歩き出そうとしたところで、背中を盛大にはたかれた。

「よっ! なに気取ってんだよシスコン!」

 衝撃で前に二、三歩踏み出してから、ゆっくりと後ろを振り返る。

「リョースケぇ、人聞きの悪いこと言うなよな」

 クラスメイトたちの視線を感じながら犯人を睨むが、丸顔の悪友は歯を見せて笑ったままだ。

「悪いも何もその通りだろうが」

「バカ野郎、俺はフツーに兄として妹を愛してるだけだ!」

「普通の兄ならそういうことを真顔で言わねーよ。なぁカド」

「まったくだ。イズミの神経は理解できん!」

 話を振られた友人が、離れた席で首を横に振る。

門倉(かどくら)には同情するが、小さい頃は可愛かったってオマエもこの前こぼしてただろうが」

「そりゃ小さい頃はな。中学を卒業したら言わ……」

「うちの妹は高校生になっても可愛いんだよ」

 言葉を被せると、門倉の笑顔がひきつった。

「……うちの沙希(さき)の天使の笑顔見て惚れんなよ?」

「ほう。うちの明菜(あきな)が世界一だって教えてやるよ」

「……やめんかシスコンども。生徒手帳に妹の写真入れてる時点で二人ともキモイわ」

 勢いに乗ったところで今度は頭を小突かれた。

 冷静に教室内に視線を走らせれば、クラスメイトたちが呆れた顔を向けている。門倉と顔を見合わせ、どちらからともなく胸ポケットに伸ばしていた手をひっこめた。

「ちっ、今日のところは引き分けにしておいてやる」

 門倉が舌打ちとともにきびすを返す。

「ああ。明日のチョコの大きさで勝負だ」

「! 舌かんで死んでしまえっ!」

 追い討ちをかけると鬼のような形相で睨まれた。門倉妹は中学に入って兄を避けるようになったそうで、奴はここ何年もチョコを貰っていないのだ。

「……いい加減ひくって」

 門倉が教室をでていった後で、良介(りょうすけ)がつぶやいた。

「それで、何の用だよ」

 振り向いて尋ねると、呆れ顔の良介は表情をくるりと変え、視線を泳がせ始める。

「ああ、えーと……今日ツッキーは?」

「部活に出るって言ってた。……っていうかなんだツッキーって」

 初めて聞いた呼び方に思わず眉をひそめる。それに、呼ばれた本人も『ツッキー』という柄ではない。

「いやだって、ツキシロって呼びにくくてさ。『正信(まさのぶ)』って名前で呼ぶほど仲良く無いし」

「小学校から一緒なのにな」

「同じクラスの時もあったけど、一緒に遊んだことは無いんだよ実は」

 目尻を下げて困ったように笑う。

「まあ、基本的に人見知りだからなアイツは」

 両者とも付き合いは長く深いが、性格は正反対だ。

 兄弟のように育った親友の月代正信(つきしろまさのぶ)は、小さい頃に両親を事故で亡くしている。最近になって人並みに表情を変えるようになったが、中学二年くらいまでは静かというより暗い印象の強い少年だった。

「それで正信に用事か?」

 すぐに首を横に振って否定される。

「いや、用があるのはお前にだけだ。……たまには部活に出ろよってお誘い」

 そういえば前に顔を出したのは二学期の期末テスト前だった。二年生になってから数えても片手に満たない。

「回りくどいな。その本心は?」

「……ちょっと話したいことがある」

 柄にも無く神妙な顔でそんなことを言う。悩みとは縁の無さそうなお調子者だから、かえってこれは一大事かもしれない。何を迷うことも無かった。

「わかった。……と、部活? 帰りどっか寄るんじゃダメなのか?」

「部のキャビネットの鍵、俺が預かってんだよ。一年生は来るだろうから、休むわけにもいかないだろ。……げっ、もうこんな時間か」

 教室の前方を見て渋い顔になる。つられるように黒板の上を見ると、備え付けの時計はまもなく一時を差そうとしていた。

「了解。購買で昼メシ二人分買ってから行くよ。パンでいいよな?」

「サンキュー、予算は三百円でよろしく。……じゃあ先行ってるから」

 言うが早いか、良介は慌てて教室を出て行った。

《登場人物メモ》

 いずみ 武明たけあき・・・・明菜の兄。妹の写真を生徒手帳に入れている。

菊地きくち 良介りょうすけ・・・武明の悪友。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ