表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/8

午後0時35分・1年5組教室 《妹》


「あーきな、帰ろっ」

「わぁっ」

 目の前に急に現れた顔に思わず大きな声が出た。

 それが友達のエリちゃんだとわかるのと同時に、教室のざわめきが耳に入ってくる。

「『わぁっ』……て、なぁにぼうっとしちゃって」

 机の前にしゃがんで顔だけを出していたエリちゃんが、呆れたように笑った。

「だって、いきなり顔だすんだもん……」

 唇をとがらせると、エリちゃんは「ほっ」と勢いのあるかけ声とともに立ち上がる。

「なに言ってんのよ。さっきから呼んでるのに反応しなかったのはどこの誰?」

 腰に手を当てて言う顔は呆れた表情のままだ。

そんなにぼうっとしていたのだろうかと黒板の上の時計を見ると、お昼休みになってから五分がたっていた。

 お弁当を出そうと机の脇にかけたカバンに手を伸ばして、はたと気づく。

「……あ、今日って半日授業だっけ」

 今日から三日間は三年生が学年末テストなので、二年生と一年生の授業も半日で終わりだった。

「だから帰ろって言ってるんでしょーが」

 エリちゃんが左手にさげたカバンを持ち上げる。

「授業の最後にHRも一緒にやって挨拶までしたのに、全部おぼえてないでしょ」

「う……うん」

 エリちゃんの言葉に教室を見回せば、もう半分くらいは帰ってしまっているようだった。ごめんなさい先生、と心の中でつぶやく。

 ちょっと考え事をしていただけのつもりなのに、随分と時間がたってしまっていたみたいだった。ちょっと恥ずかしい。

「ごめんごめん、今片付けるね」

 慌てて教科書とノートをカバンにしまい、席を立つ。まだ残っている友達に挨拶をして廊下に出る。

ロッカーを開けてマフラーを取り出したところで、反対側からエリちゃんが顔を寄せてきた。

「……それで、何か考え事?」

 にんまりとしている口元を見れば、何を考えているのかはすぐに想像がついた。

「べ・つ・に」

 一語一語を強調して、でもできるだけ小さな声で返す。

「またまたぁ」

 エリちゃんの声は聞こえないフリをしてマフラーを巻く。コートに袖を通して、ボタンを一つずつ留めていく。

「今年は、月代(つきしろ)先輩にチョコあげるのよね?」

 ボタンの穴が一個あまった。エリちゃんには悟られないように、もう一度ボタンを留め直す。

「……なんのこと?」

「あのね、バレンタイン前日に悩むことなんて他に無いでしょうが」

「……ちがうもん」

 否定の言葉を口にする。もちろんチョコのことを悩んでいるのだけど、精一杯の強がりだった。

「昔は『お兄ちゃんたち大好き』って堂々と二人に渡してたのに。いつからこんな強情になったのかしらねー」

 わざとらしい声に睨むと、エリちゃんは顔を明後日の方向に向けた。

「そんなの小さい頃の話でしょ」

 ロッカーの鍵をしめ、そのままため息をひとつ。

 幼稚園の頃に感じていた『好き』は今でも変わらない。でも、今は『好き』という言葉にもバレンタインのチョコにも、特別な意味があることを知っている。高校生にもなって、昔と同じようにはできなかった。

「義理チョコも友チョコもあるし、家族にチョコをあげるだけでしょ。そんなに気にすること無いと思うけど」

「そういうわけにはいかないの」

「意味なんて気にしなくても、(いずみ)先輩も月代先輩も喜んでくれると思うわよ?」

 エリちゃんが唇を尖らせる。

 お兄ちゃんが喜ぶのはわかる。それも満面の笑みだ。では、月代先輩はどんな顔をするだろう。どう思うだろう。それが想像できなくて、怖かった。

「それじゃ、私がチョコあげようかな。月代先輩に」

「……えっ」

 思わず振り向くと、エリちゃんはいたずらっぽく目を細めていた。やられた、と思う間もなくその口元が笑みを作る。

「わっかりやすい反応」

「やめてよそういうの」

 非難の声とともにカバンをぶつけようとすると、エリちゃんはわざとらしく大きく一歩飛びのいた。

「すぐムキになるんだから」

「そんなことっ……」

 言い返そうとして、おかしそうに笑う顔に言葉を止める。このままじゃ思うつぼだ。

 深呼吸を一回。

 心を落ち着けて、話題を切り替える。

「……そうだ、図書室寄っていい?」

「どうぞ仰せのままに」

 まだいじわるモードのままのエリちゃんを無視して廊下を歩き始める。すぐに、エリちゃんの「やれやれね」という大きな声が聞こえた。



《登場人物メモ》

 いずみ 明菜あきな・・・主役。

川崎かわさき 恵利えり・・・明菜の親友。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ