花と真紀子の再会
一時間後、高機動車で駆け付けてきた2名の隊員は、真紀子の目から見えても、他の隊員達とは少し雰囲気が異なっていた。
一見しただけでは、どこにでも居るような人物に見えるが、何かが違う。
改めて二人の隊員を見る。
石橋と名乗った隊員は片腕を吊っていた。
実は花を救助しようとした時に脱臼してしまい、応急処置だけで戦闘を続けていたのだという。
二人共に、戦闘服のあちこちは破れ、顔にも何カ所か絆創膏が貼ってあった。
自己紹介した二人は、「八木花さんのお母様でいらっしゃいますね?」と真紀子に尋ねた。
「そうです。」
真紀子が答えると、二人は別の天幕へ真紀子を連れ出した。
3人だけになると、まず石橋と白神は真紀子が抱えた花の遺骨に深々と礼をした。
二人は改めて自己紹介をし、真紀子の足を止めたことを詫びた。
「そうまでしたのは、私たちが娘様の最後に立ち会ったからです。
私達は、花さんの最後のご様子をお母さまにお伝えする義務があります。
それに当時の現場記録を、私達のヘルメットに装着していたカメラが記録しておりました。そのデータをお母さまにお渡しするためです。」
「ああ・・・・。」
真紀子は言葉にならない。
それこそが、せめてそれだけでもと求めながら、あきらめつつあったものだからだ。
二人は事の経緯を説明した。
彼らは、「少々特殊な任務」をしており、中国の工作員に騙された花のような学生の動きを、追っていたのだという。
中国は弾道ミサイルを呼び寄せる、危険極まりない機能をもったスマホを学生に持たせて、自衛隊の部隊を写メで撮影させていた。
そして、画像を確認すると学生もろとも、弾道ミサイルで攻撃する計画だったのだ。
真紀子は、初めて花が死んだ理由を知る。
中国側の企みに気付いた石橋と白神達は、死力と尽くして学生達の身柄を拘束し、スマホを取り上げていった。澤崎の呼びかけもあった。
だが、花だけが自首もせず、中々捕まえることもできず、攻撃までに身柄の確保が間に合わなかったのだと説明した。
「娘様の花さんを何とか助けようと微力を尽くしましたが、力不足でした。」
「私達にもう少し力があれば、何とか元気な花さんを八木さんに会わせてあげることが出来たはずなのです。」
そして二人は、「申し訳ありませんでした。」と揃って頭を下げる。
真紀子は恐縮した。
「いえ、そんな。あの子は私から見ても、頑固な子でしたから。
皆さんに途方もないご迷惑をかけましたし、頑固に自分の間違いを認めなかったでしょう。
最後の最後にになって、私に助けを求めてきたくらいです。本当に馬鹿な子でした・・。
それでも私には・・・。」
「いいえ。そうではないのです。」
「え?」
「攻撃を受けたことで、花さんは最後の最後で、何と言いますか、そうですね。「目を覚まして」おられました。
そして、お母さまに会いたいと仰っていたのです。
画像をご確認頂ければ、お分かり頂けると思います。」
「それは・・、本当ですか!?」
そう言うと、石橋は真紀子に渡すつもりだった、USBメモリに入っている画像を持参したノートPCで再生しようとする。
「花さんのお体は傷ついていますから、その部分は編集しています。それで少し時間がかかってしまいました。
お渡しするデータには編集を加えていない、所謂「生データ」もあります。
お気持ちのご準備はよろしいですか?」
白神はそう尋ねる。
肉親が死にゆく動画をこれから見せるというのだ。しかもそのデータを手渡したいという。
そもそも真紀子がそれを望むかどうかの意思確認が、常識的には必要だっただろう。だが、二人の特殊部隊員は敢えてそれを省いた。
真紀子が藁にもすがる思いで、花の最後の様子を知りたがっていることを知っていたからだ。
問われるまでもなく、真紀子には「視る一択」だった。
簡易な机にノートPCを載せ、パイプ椅子に真紀子を着席させる。
「それでは始めます。」
動画の最初は動きが激しかった。
奥の方に立っている人影が花だということだったが、真紀子にも分からなかった。
伏せるようにという呼びかけとともに、画像が激しく乱れ、閃光と轟音が響いた。
二人は、いったん動画を止める。
改めて申し訳ありせんと言ってきた。
我々は、ここまで花さんに接近出来ていたのです。本当にあと少しだったんです、と。
次に画面が切り替わる。
真紀子は口を両手で覆う。
数日前の花の姿が映っていた。1年ぶりの少し成長した花。だが、その表情は苦痛に満ち、傷ついていた。
画面に向かって真紀子は身を乗り出す。
出来るものなら、画面と時空を超えて、娘を助けようとするかのように。
だが手は伸ばせない。その両手は現実の花をしっかりと抱きしめたままだった。
画面は石橋視点だという。白神が花に手当をしてくれていた。彼は准看護士の資格をも持っているという。
しばらくすると、花が覚醒した。だが。
「ダメ・・・。お願い。お母さんに伝えて。
お母さんの言ってたとおりだった。ごめんなさいって。
会いたいよ・・。痛いよ・・。
自衛隊の人達にもごめんなさいって・・。こんなつもりじゃ・・。」
石橋達は手当を続けながら、花を励ましていた。だが、花が水を飲みたいと言った時、石橋は白神を見た。彼は首を振った。
この時、二人の隊員は花の死が避けられないため、苦痛を緩和することに決めたのだと、真紀子には分かった。
(・・・!)
画面の中で、石橋が何かを花の体に注射した。即効性のある強力な鎮痛剤とのことだった。
花の表情が和らいでいく。
最後に水を飲ませてもらった花は、母を呼ぶと意識を失った。
それが最後だった。
石橋が動画を止める。この後、心肺蘇生を行ったものの、甲斐なく花は息を引き取ったということだった。
正直に言えば、真紀子はこれまでの人生で自衛隊員という存在を意識してこなかった。
どちらかと言えば、防衛費を減らして税金を下げたり、介護職員の処遇改善手当を増やしてほしいと思っていたくらいだった。
だが、この時、彼女は国民と他ならぬ花を守るために死力を尽くした二人の隊員に触れて、生まれて初めてその存在に感謝している。
「ありがとうございます。うまく言えないですけど、本当にありがとうございます。
馬鹿な娘なのに、こんなに優しく手当してもらって、楽に逝かせて頂いて。最後に水まで・・・。」
「何より、最後に娘の心が中国から、私のところに帰ってきていたことが分かって・・・。」
後は言葉にならなかった。
本当に馬鹿な子!あんなに言ったじゃない!・・・ごめん花!助けてあげられなくて!
沖縄なんかに行かせるんじゃなかった!お母さんを許して・・・!会いたかった!会いたかったよ!!
天幕から3人が出てきたことを確認したディスパッチャー役の隊員は、真紀子を元の天幕に案内しつつ、何気なく特戦らしい2人に目をやると、ギョッとした。
(まじかよ。特戦の隊員が哭いてるぜ・・。)
最後に石橋と白神は、知りたいことが後から出て来たら、千葉県の習志野駐屯地に連絡して欲しいと真紀子に伝えた。
彼女は何度も礼を言った後、1時間半遅れで夜間飛行を行うオスプレイに便乗し、北熊本駐屯地を経由して深夜に松戸駐屯地まで辿り着いた。
真紀子は駐屯地からタクシーで東京へ帰るつもりだったが、自衛隊はわざわざ部屋を提供して真紀子を駐屯地で休ませると、翌朝業務車2号を出して真紀子と花を自宅へ送り届けたのだった。
玄関に入ると、真紀子は花に「お帰り花」と言って、また涙を流した。
2025年4月5日 20:45 宮古島
防衛大臣は、宮古戦闘団司令部に増設された天幕で寝泊まりしている。
明日は午前中に石垣島を、午後には与那国島を視察する予定だった。合間に東京と連絡をとりながら。
正直眠れなかった。今日1日で多くの悲劇を見聞きしすぎたためだ。
爆弾の直撃を受け、多くの民間人が死傷したシェルターの現場。
そこで生き残った幼女を引き取った家族の訴え。預けるつもりでいた児童養護施設に、深刻な疑義が生じたらしかった。(帰京したら、厚生労働省に照会してみよう。)
そのまま爆撃と地上戦で被害を受けた島を視察し、午後は部隊を激励して回った。
伊良部大橋を渡ることが出来ないので、下地島にはヘリで行き来している。
合間で民生支援の一環として、斎場の運営を支援していた部隊を視察した際は、遺族同士のトラブルを仲裁する場面もあった。
いくつになっても活力に溢れている彼女だったが、さすがに疲労を覚えている。
肉体的な疲労以上に、精神的に堪えていた。
天幕の外の空気を吸いたくなった彼女は、外に出る。
そして彼女は私物のスマホで自分の家族ではなく、元マネージャーの私設秘書に電話をかけた。
彼は機密上の問題で、防衛省の中までは入れないことが多かった。最近はさらに別行動が増えている。防衛省の外での行動に同行したり、事務所を預かることが多かった。今回も留守番だ。
「公設秘書の方々は、私ほど気が利かなくて困っているんじゃないですか?」が最近の彼の口癖だった。
防衛大臣の夫は現役の芸能人だ。
個性の強い芸能人同士の家庭は、離婚に至る例が多かったが、この二人の場合はかなり円満な関係といって良かった。
それには、この秘書の存在が大きかった。夫婦喧嘩や親子喧嘩等のトラブルがあるたびに、彼女が元マネージャーに愚痴と相談を持ち掛けるからだ。
元マネージャーは大臣夫婦を若い頃から良く知っていたから、客観的な感想と「あくまで私がそう思うだけなんですけど、こうしたらどうです?」と提案を行うこともある。
おかげで防衛大臣の家庭内での衝突は、適度なガス抜きに収まり続け、尾を引くことが無かった。
そんな彼に、遅い時間にごめんなさいと断りつつ、防衛大臣は電話を入れたのだ。
とりとめなく、機密に触れない程度に今日の出来事を順番に話していく。
彼女には珍しく、話の内容にはまとまりが無かった。
ひとしきり聞いた後で、元マネージャーであり、私設秘書は
「はいはい。まだ旦那さんに話せる程、心の整理がついてないんですね?それでも誰かに聞いて欲しいってことでしょ?偉い偉い。
女の涙を武器にしてるって言われるのが嫌だったんでしょー。
よくいままで我慢しましたね。さすがです。もういいですよ。誰にも言いませんから。私に泣き言でも何でも言ってください。遠慮なく吐き出しなさいな。」
と言った。
それを聞いた彼女は、少女のように泣き出した。




