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ワイドショー

中国から提案のあった停戦の申し出を、日米台は受け入れた。


台湾は化学兵器まで使用された金門島、馬祖島の奪回を強く主張したが、それが不可能に近いことは誰よりも良く分かっていた。

あまりにも中国本土に近すぎる。


仮に金門島を奪回したければ、当然中国側は隣接する泉州、廈門アモイ、漳州を拠点として、頑強に抵抗するだろう。

金門島の奪回作戦は、隣接する地域からの激しい攻撃で妨害されることになる。

故に、前提として泉州、廈門、漳州に対して、徹底的な攻撃を加えて制圧する必要がある。

極端な話、それらの地域に上陸して占領した後でなければ、一度奪われてしまった金門島を奪回することは難しい。


中国本土の民間空港どころか航空基地まで攻撃するのにも、実際にはギリギリの決断だった米国が、それほどの規模で中国本土を攻撃することはあり得ない。

核兵器まで使った、本格的な米中の全面戦争になりかねないからだ。

かといって、台湾単独で奪回作戦を行うだけの戦力は無い。

海軍と空軍に回復に10年はかかる損害を受けたのは台湾も中国同様だったし、開戦当初の戦力があったとしても、金門島の奪回にはまだ戦力が足りないのだ。


台湾としては、渋々ながら「金門島、馬祖島を奪われただけで済んだ」という煮え湯を飲み込むしかなかった。



結局4日の夜間には偶発的なものを除いて、戦闘行為は発生しなかった。




2025年4月5日 05:30 那覇基地 


那覇基地に多用途支援機U4で降り立ったのは防衛大臣だった。


停戦を双方が正式には受諾していない状況下で、防衛大臣が那覇に飛び込んで来たのは、本人だけでなく、随行員や、ろくな防御手段を持たないU4のパイロッや、同乗したマスコミの人間をも危険にさらす行為として、後に批判を浴びることになる。


だが、それ以上に「美魔女」である彼女が沈痛な表情を浮かべながら、危険がまだまだ残る沖縄に現状把握のために、いち早く文字通り飛んで来たという事実の方が重要だった。


U4には、在京のマスコミも乗り込んでおり、沖縄に到着すると、彼女は彼等をそのまま引き連れて視察を行った。

沖縄本島だけでなく、宮古、石垣、与那国までも、中国軍の武装解除が完了していないにもかかわらず、危険を冒して自衛隊ヘリを乗り継いで赴いた。


宮古島では、この惨劇を招いた責任を問う住民に罵倒される場面もあった。

それは記録として残り、彼女にとっても反論しようもなく、ただただ傾聴するしかない時間だった。


だが、それでも彼女は一刻も早く現地の声を自分の耳で聴き、自分の目で視ることを希望していた。批判や罵倒に曝されることは覚悟の上だった。


今このタイミングで、現地の声をありのままに聴いたという事実が、後に効いてくるということを彼女は理解していた。


2025年4月5日 12:30 東京


真紀子が退職し、勝部が今も働く施設は運営に支障が生じていた。

真紀子をはじめ、戦争の前後で多数スタッフが退職、あるいは疎開のために休職してしまっていたからだ。

入居者も家族が迎えに来て疎開した例もあったが、少数だった。


スタッフだけでなく、入居者の食事の材料、リネン類、消耗品の納品にも混乱が続いている。

このため、施設のサービスは必要最低限とせざるを得ず、レクリエーションは全面中止。入浴や居室清掃のサービスは一時的に回数を減らす措置が続いていた。


夜勤が忙しいことに変わりは無かったが、日勤は場合によっては楽だ。


勝部は昼休憩を摂っている。

戦争になったら、通信ケーブルが通してある地下の「とう道」や、米国との海底ケーブルが中国軍や工作員に破壊されるため、インターネットは使用できなくなるという説もあったが、今のところ問題なく使用出来ている。

勝部には気になる情報があった。


TVによれば、中国との戦争は停戦になったということだったので、ひとまず安心していた。

早速、防衛大臣が現地視察に飛んで行ったらしい。

だが沖縄本島と宮古島では、民間人にも多数の死傷者が出ているらしかった。

沖縄県知事が建設に反対、遅延させたことでシェルターが不足している上に、国民保護訓練にも非協力的な姿勢を貫いてきたところへ、ミサイル攻撃や爆撃が行われたからだ。

先島諸島に至っては、中国軍に上陸されて地上戦が激しく行われた。


地上戦が行われたのは、与那国も石垣も宮古も同じだった。だが、住民の全島避難行われた与那国と、早い段階で自衛隊が地上戦を優位に進めていた石垣は、民間人の犠牲が比較的少なかった。

宮古での戦況が他と違って比較的苦しいものになり、犠牲者が増えた原因について、一つの憶測が拡散しつつあった。


中国側の情報空間で日本の「ジャンヌ・ダルク」「聖女」と呼ばれる女学生の存在だった。

彼女は宮古島で、場所を変えながら陸上自衛隊の地対空ミサイルの写真三枚を中国のSNSにアップ。

中国軍はこの情報を元に、自衛隊の地対空ミサイルの位置を特定し、弾道ミサイルで撃破することに成功したというのだ。

この投稿を最後に彼女の音信は途絶えており、死亡説も流れていた。


中国側は、我が身を呈して中国の攻撃に協力した彼女を絶賛していた。


この情報を中国SNSのウォッチャーが発見して、一つの仮説を付け加えて拡散させていた。

この中国側の情報が正しいなら、彼女の行動の結果、陸上自衛隊の地対空ミサイルが、開戦と同時に大損害を受けた。

さらにこの結果、宮古島の戦況は厳しいものになり、民間人の犠牲が拡大することになったのではないか?


問題の女学生とは花のことらしく、既に個人情報を特定されていた。

彼女に対しては、この仮説に賛同する人間達から「売国奴」「即時処刑」と罵詈雑言が浴びせられている。

花だけでなく、母子家庭であることまでもが暴露されると、真紀子にまで非難が及んでいた。

「これだから母子家庭は」「母親にも責任とらせろ。極刑至当」等の遠慮の無い罵倒が並ぶ。

勝部にはここまで見るのが限界だった。

事情を知る者には、もはや見るに堪えない。


彼は、真紀子が必死に娘の目を覚まさせ、中国の手先連中から取り返そうとしたことを知っている。

花自身は確信犯で中国に協力していたわけでも無いことも。

だが、そうした事実を叩いている連中に提示したところで、聞く耳など持たない。

それに確信犯では無いとはいえ、花が真紀子やSNSでの忠告を無視して、中国に加担してしまったことは事実なのだ。

鎮火するのを待つしかないだろう。


勝部は真紀子にSNSを見ないように警告した。

娘を失った母が見るには、あまりに酷だった。早く止めておかないと、娘の足跡を少しでも調べようとした真紀子が、冷酷な投稿を見てしまうことは容易に想像できた。

何せ、彼女はただ待っている状態のはずだから、時間は有り余っているはずなのだ。


真紀子からは了解した旨、返信があった。

伊丹駐屯地から自衛隊機で宮古島に行けることになったらしい。


SNSと言えば、沖縄県知事をはじめ政府への不満を拗らせて、中国寄りの言動を繰り返してきた連中は、中国の武力行使という現実の前に、自分達のこれまでの言動の誤りを認めたかというと、まったくそうでは無かった。


むしろ、現実を目にして必死に言い訳を開始していた。あくまで平和を求めた自分達の理念そのものは間違っていなかったと、頑なだった。

あるいは中国の侵攻を正当化しようと必死だ。


死ななければ治らないレベルの頑迷さと言えた。

だが、そもそもここで誤りを認めることが出来るようなら、とっくに自分達の主張のおかしさに気付くことが出来ただろう。

それすらできない彼等の大半は、自分のプライドを守りながら、今後の日本社会で生き延びていく手段を必死で考えようとしていた。


だが、そもそも彼等の大半は、受けた指摘を素直に認めることも、同様に、過ちを素直に認めることも出来ないのだ。

一言で言うなら、コミュニケーション能力が欠如していると言えた。そのくせプライドだけはやたらと高いと来る。

彼等はつまるところ、大抵の人間にとっては、一緒に仕事をしたくないような難儀な性格なのだ。

日本でなくても、どこの国であろうと社会で生きていくことは元から困難だろう。


主義主張に関係無く、常に多数派とは逆の思考をすることがクールだと信じ込んでいるような、所謂「逆張り」思考の連中については言うまでも無く、懲りずに中国を擁護し、日米台を非難していた。


意外にもSONの若者達は、比較的若いゆえに頭がまだ柔らかく、現実を目にして考えを改めつつあった。

彼等が渡されていた中国製スマホは大部分が破壊されていたが、残っていた物も証拠隠滅のために、遠隔操作でデータが消失していた。

中国製スマホだけでなく、彼等の個人スマホすら、インストールさせられていた中国製アプリによって、殆どのデータを消されていた。


SONメンバーの生き残りが、中国に利用されていたと気付いたのは、これらスマホの異変に気付いた瞬間が最も多かった。

ここ数年の彼等の活動記録は綺麗に消失していた。

メンバー間とのやりとりも、メンバー同士で撮った記念写真もだった。

彼等は自分にとってかけがえのない思い出だと思っていたものが、中国にとっては取るに足らないもので、むしろ邪魔なものとしてあっさりと、綺麗さっぱり消滅させられたのだと知った時、ようやくにも使い捨てにされたことを思い知ったのだ。


とは言え、彼等はスマホを失い、身柄を拘束されていたから、スマホの復旧が出来ておらず、まだ事の重大さに気付いていない。

以前、繰り返し指摘されても「ネトウヨのたわごと」と鼻で笑ってきた、「自分達の活動が『平和活動』でも何でもなく、『外患誘致罪』に該当する危険な行為」であったことに気付かされるのは、これからだ。

彼等は外患誘致罪の法定刑はただ一つ「死刑」しか無いことすら、理解してはいなかった。


沖縄独立に賛成まで行い、中国軍の攻撃を支援した彼等が、今後どうやって日本社会で生きていくかの選択は、大きく2分されることになる。


2025年4月5日 12:45 東京 某テレビ局内


防衛政策研究室長はスマホを操作して、ネットで情報を拾っていた。

本業の合間を縫って、テレビに出演し、国民に情勢を分かり易く説明するのも重要な仕事だ。

彼は13時から放送予定のワイドショーに出演することになっている。

台本の確認と発言内容については、打ち合わせが済んでいた。

あの国家安全保障会議から、ちょうど1年になる。


情報はまだまだ精査しなければならないが、戦闘は信じられない程の早いペースで展開し、その結果は悪くないと思った。

何しろ僅か3日間の戦闘で、中国の海空軍主力を壊滅させ、領土を守り切っている。

戦闘の推移は自分が予想していたより、遥かに楽な展開になった。

正直もっと苦戦すると思っていたが、中国側の誤った選択が相次いだらしく、日米台の受けた損害は事前の予測より遥かに低いレベルに留まった。


戦場では勝ったと言って良いだろう。


それでも陸海空各自衛隊は装備に防衛予算にして3年~5年分の損害を受けている。

SM3やPAC3といった弾道弾迎撃ミサイルは、ほぼ全弾撃ち尽くした。

PAC2や、03式といった地対空ミサイルや、対艦ミサイルも同様だ。

軽く5兆円分は装備を失っただろう。

自衛隊及び民間の死傷者の集計はまだ終わっていないが、沖縄本島でのミサイル攻撃と爆撃による犠牲を中心に、5千人を超えそうだ。


戦後の情勢を安定化させるためには、これらの損害の補填を行いつつ、南西諸島の防衛態勢を再構築する必要がある。

南西諸島は民間空港も壊滅的な被害を受けていることだし、必要な予算は莫大になるだろう。

その扱いを巡っては、今後の主要な政治の争点になることは間違い無い。

中国との経済協力は殆どリセットと言っても良い状態に陥るかもしれない。

戦後の日本経済への影響は想像も出来なかった。


しかし、中国側が勝ち目の無い戦争を早々に打ち切ったのは少し意外だった。

どうやら、あらかじめコンティンジェンシープランを用意してあったらしい。

そのおかげで助かった面もある。散発的な潜水艦や巡航ミサイル、ドローンによる攻撃であったとしても、だらだらと日本周辺で戦闘を続けられては、日本の経済活動への影響が長期化してしまうところだ。

(どうなるかな・・・。)



戦争をきっかけに、1年前の軍事評論家とブロガー暗殺事件以来、沈黙傾向にあった安全保障関連の言論空間は活性化しつつあった。

この事態への責任について、政府への総括と反省を求める声も強まっている。

だが、それ以上に所謂「左翼」「リベラル」への批判が強まっていた。

彼等の主張する「平和」とやらが、利敵行為でしかなかったことは、今やはっきりしたからだ。彼等自身は決して認めることは無かったが。

彼は冷ややかに思った。

(彼等はかつて、第2次大戦終結後の職業軍人達と、創設からずっと自衛隊員達に理不尽なまでに非難を浴びせ、苦哀を味あわせてきた。だが今度は自分達の番というわけだ。

彼等のことだから、被害者ヅラはするのだろうが。

日本は民主主義国家だから、彼等に対しても言論の自由と人権は保障される。

だが、かつてのように何かにつけて自衛隊駐屯地に押しかけて、抗議活動を行うような真似は、もう出来ないだろう。その点だけはスッキリするな。)


「それにしても・・・。」

独り言と共に、彼は思いをさらに巡らせる。


何にせよ、これで長く続いてきた日本の戦後は、ようやく終わる。

憲法9条の改正に文句をつけ辛い情勢になった。少なくとも自衛隊の存在を明記することは、確実に行えるだろう。

日本とドイツは長く続いた世界史における「悪役」「加害者」としての立場を、それぞれロシアと中国に引き渡すことができる。

これらの戦後の情勢が果たして、日本にとって吉と出るか、凶と出るかは、今後の政治家と彼等を選択した国民の判断に委ねられるだろう。


そこで選択を誤り、無闇に戦争に関わることで無用の犠牲が生まれ、その果てに日本の国力が衰退するようなことがあれば、今回の勝利は空しいものになる。

日本人の覚悟と見識が問われるのは、むしろ呪縛が消えるこれからなのだ。


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