召喚命令
2025年4月4日 18:30 上海
中央軍事委員会から先島の部隊に対する降伏と、台湾方面の作戦一時停止。それに張に対する召喚が、封書命令によって長征作戦司令部に伝えられた。
命令を運んできたのは、胡の副官だ。
命令を受け取った張は青ざめていた。
力なく、沖縄方面の残存部隊に対する降伏と、台湾方面の作成停止および防御態勢への移行を命ずる。
司令部内にはその様子を見て、「ざまあみろ」という空気が流れていた。
胡はその様子を無表情に見ている。
5分後、司令部からヘリポートに通じる廊下を張は副官と衛兵を伴って歩いていた。
そこへ高級士官用休憩室から出てきた胡と出くわす。
「総司令。少しいいか?」
「急ぐのだ。」
「直ぐに済む。」
そういうと胡は目配せをした。
「副官。衛兵と共に3分だけ外してくれ。」
廊下で張と胡は二人きりになる。
「演技が下手だな。総司令。何だあのわざとらしい青い顔は。」
「何のことか分からないが、君に言われたくないなあ。」
「貴官は恐ろしい男だな。この結末が最初から分かっていたのか?」
「何を言っているのか分からない。」
「何故AIを使った作戦指揮システムを使わなかった?」
「最初に説明しただろう。あれは試作段階で、実戦には耐えられない。」
「本当か?」
「本当だ。」
「・・貴官が突然頑迷で無能な総司令になったおかげで、西欧の人間が言うところの「ヘイト」は、中央軍事委員会に向くはずだったものが、貴官に集中している。
だが、貴官がそこまでする意味はあったのか?皆愚かではない。少し考えれば気付く。」
「なんのことか分からないし、滅多なことを言うものではない。
せっかくの「告げ口」が台無しになりかねんぞ。
まあ、体裁を作っておけば、将兵の無駄死にを中央軍事委員会と国家主席が救った、という話にしやすい。
あえてそういう美談を表向きだけでも信じた方が、今後は出世し易くなるかもな。
君から戦闘機旅団を中央軍事委員会が取り上げたのが敗因の一つ、などと考えているよりも。」
「そしてお互い、部下の犠牲と敗北に対する責任が残ったというわけだ。」
「敗北?それを決めるのは我々ではない。」
「何?」
「もういいか?」
「これが最後だ。貴官のことは嫌いだ。だが、このまま北京で粛清。ということにならず、帰ってこれたら一杯どうだ?」
「なんだ、急に?気持ちわるいな・・・。考えておこう。」
それだけいうと、張は外していた部下を呼び戻し、ヘリに乗り込んで北京に向けて出発していった。
張の真意を確認した胡は、張の背中に敬礼を送っていた。
張は、北京郊外の地下耐核シェルターに出頭した。
前回とは別の施設だ。
中央軍事委員会は、厳重に防護されたシェルター複数を常に移動している。
(とうとう粛正か)
張はそう思う。だが、恐怖は感じなかった。
政治的な制約で作戦が捻じ曲げられる中で、これだけの兵力を動かし、打てるだけの手をうち、日米台にそれなりの損害を与えることは出来たのだ。
台湾も先島諸島も奪取することは出来ず、尖閣も澎湖島も奪回されるのだろうが満足だ。
中国の歴史は自分を無能な指揮官と記録するだろうが、まあ構わない。
会議室に通された張を迎えたのは、意外なことに国家主席ただ一人だった。
衛兵が退室すると、二人きりになる。
国家主席が声をかける。相変わらず、軍人に対しては口調は丁寧だ。
「かけて下さい。」
前置きは無かった。
「あなたから戦況を聞きたいのです。正直に。取り繕う必要は無ありません。」
張は最初からそのつもりだった。要点を伝える。
沖縄、台湾本島、澎湖島の占領は絶望的であること。
その理由は、本土の航空基地を弾道弾攻撃で叩かれたため、空軍の活動が著しく阻害されたのに対して、米空軍はフィリピンと韓国の基地を聖域化していること。
そもそも作戦開始当初、沖縄と日本本土に対する空爆、北朝鮮を巻き込んだミサイル攻撃が期待外れな結果に終わったことで、航空優勢を失っていること。
敵はこのスキをついて、様々な手段を用いて対艦ミサイルの攻撃を繰り返し、沖縄方面、台湾周辺の中国艦隊に壊滅的な損害を与えたこと。
このため、各地に着上陸した陸軍、海軍陸戦隊は孤立して補給を断たれ、これ以上の作戦の継続が不可能であることだった。
さらに言うなら、米軍が集結する前に奇襲的に台湾を奪取する構想が崩壊しており、長征作戦開始時点で米軍の展開を許していたことが、根本的に影響している。
「戦局を逆転することは可能ですか?」
国家主席の問いに、遠慮なく答える。
「極めて難しく思われます。フィリピン、韓国の米軍基地への弾道弾攻撃を行い、J20を集中投入する等して、一時的に航空優勢は取り戻すことも可能でしょうが、輸送船とこれを護衛すべき艦艇が最早ありません。
北海艦隊と南海艦隊に残している艦艇を根こそぎ投入しても、まだ足りませんし、そもそも戦力の移動を敵に妨害されるでしょう。」
「分かりました。それでは今回受けた損害を回復するのに、どのくらいの年月が必要ですか?」
「陸海空それにロケット、航天各軍において事情が異なります。
もっとも、損害が軽いのは陸軍です。2年もあれば。
空軍はやや深刻です。1000機以上を失っておりますが、年に300機程度を生産すれば、5年程度で。海軍とロケット軍は、艦艇と弾道弾の再生産に10年はかかるでしょう。航天軍の状況はまだ不明です。」
「それは我が国の経済が、このまま推移すればの話です。」
「申し訳ありません。小官は軍人です。政治、経済には理解が及びません。」
「だが、よく正直に話してくれました。我が軍は確かに大きな損害を受けましたが、10年程耐え忍べば、元通りです。
それで、金門、馬祖は占領と確保はできるのですか?」
「はい。金門、馬祖両島は間もなく完全に占領できますし、確保は確実です。
米帝と台湾が仮に奪回を試みたならば、今度は我々が濃密な各種ミサイルで敵を迎え撃ち、撃滅します。一度我々が抑えた以上、米帝でも奪回は不可能に近いと考えます。」
「よろしい。ならば我々の勝利です。」




