表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/99

胡の賭け

2025年4月4日 0:00 沖縄諸島


日付が変わった。台湾の戦況は中国側にとって比較的順調だったが、沖縄方面では急速に悪化している。

中国側としては深夜に入ったことで一息でもつければ、というところだったが、日米の作戦行動は夜間も活発だった。


相変わらず中国軍は航空支援を試みてはいたが、散発的かつゲリラ的なもので、島の奪取には絶望的に少ない投射量だった。空輸による上陸部隊、降下部隊への補給もより厳しくなっている。


先島の沖合に居座っていた、船団の護衛艦055級等からの対空ミサイルの心配がなくなり、F35等に護衛されて、日米の大型輸送ヘリによる地対空ミサイルの補給が行われたからだ。


沖縄に最も近いにもかかわらず、無人機が運用できる短い滑走路しか有していないため、未だLRHWにも巡航ミサイルにも攻撃されていなかった岱山基地から、偵察のためBZK-005を数機が発進した。


BZK-005は、中高度での運用を前提にした機体だが、超低空で接近を試みる。

しかし、それでも先島諸島の手前50キロであっさり撃墜されてしまった。

故に、中国側は一時残弾が枯渇したか、撃破により沈黙したと見られていた日米の対空ミサイルが、復活したことを確認していた。

あるいはF35か、F22が上空に滞空しているかのどちらかだ。

実態はその両方だったが。


先島の各島に上陸、降下した中国軍部隊は諦めずに、空港、港湾の確保を目指したが、航空支援が得られないため急速に状況が悪化していた。

それどころか宮古島には、岩国から飛来した米軍機がSDBやJDAM、JSOWといった誘導爆弾による航空支援を継続して行うようになっていた。

これにより、比較的順調だった宮古島の中国軍の作戦は一挙に難しいものになっていた。


石垣島には、沖縄からのF35Bが、与那国には「アメリカ」のF35Bが航空支援を行っていた。

(「かが」飛行隊は、母艦に対地攻撃兵器を搭載する機能が無いため、CAPか直掩に徹していた。「かが」が対地攻撃兵器を搭載して、F35Bの完全な運用能力を獲得するには、さらなる改装が必要で、それはまだ先の話だったのだ。)

両島の中国軍部隊は動揺している。彼等は、初日にあれほど投入された友軍機がまるで現れず、逆に米軍機に一方的に爆撃された事実をもって、航空優勢が敵中にあると理解した。


空爆が終わると今度は、F35やドローンによる観測で射撃諸元を受けとった、日米地上部隊からの砲迫射撃が行われた。


夜間戦闘でこれだけ戦況が悪化するのだから、夜明けになればさらに厳しくなる。

しかも夜間戦闘に必須の暗視装置等の装備に必要とされるバッテリーも、このまま補給が無ければ明日以降は事欠くだろう。


だが、彼等の上級部隊は、いや、張は先島上陸部隊に降伏を許可しなかった。

かといって、これといった支援もせず、できるだけ自衛隊と米軍を拘束することだけを命じている。


上級部隊から持久を命じられた先島上陸部隊は命令を無視して降伏などしなかった。

自分達のスコップだけで構築した塹壕や、手近な家屋。そして奪取した陣地に拠って、なおも守備を試みている。


これは思いの他効果があった。彼等が立て籠もった家屋に、逃げ遅れた住民が取り残されていないか、慎重に確認をおこなった後でなければ、日米側は攻撃を行うことが出来ないからだ。


もはや沖縄周辺の海上優勢、制空権は事実上日米の手中にあり、状況の改善を受けて海上自衛隊は、先島諸島への増援と補給を計画した。

だが、それを行うには先島諸島周辺海域に潜伏しているはずの、中国の潜水艦を掃討する必要があったのだ。


潜水艦のやっかいな所で、未だに何隻の敵潜水艦が潜伏しているか掴めていない。


一方で、中国側も生き残っている自軍の潜水艦の動向を把握しきれていない。

日米の対潜掃討を躱すために、着底した上で、完全無線封止を行っているからだ。

彼等は、なんとか「アメリカ」「かが」だけでも潜水艦で攻撃しようとしていたが、その試みは上手くいっていない。


日米は佐世保で弾薬と燃料の補給を終えた、MDグループの残存艦を中心に、対潜・水上打撃グループを編成すると、沖縄の制海権を完全なものにすべく行動を開始した。

PFI船、第一輸送隊も、増援部隊と補給物資の積み込みを行い、護衛を伴って、沖縄に向かおうとしている。

「ニミッツ」CSGも台湾に接近しつつあった。


2025年4月4日 2:32 尖閣諸島


尖閣諸島周辺から移動して、与那国上陸船団が滞留させていた、最後の上陸部隊を受け取った海上民兵部隊は、深夜に与那国島に接近を試みた。


だが、与那国島まで100キロまで接近したところで、彼等は「アメリカ」のF35BのLJDAM、「かが」のSH60Kが搭載する、ヘルファイアミサイルによる攻撃で阻止されてしまった。


空軍からも海軍からも支援を与えられていない海上民兵は、撃沈された漁船の救助を行うと、作戦を中止。一部の部隊を尖閣周辺海域に残し、中国沿岸部に撤退していった。

こうして、先島に対する中国軍増援の希望は完全に消滅したのだ。


そして夜明けと共に、彼等が懸念している通りに戦闘は再び活発になり、日米の圧迫はより強烈になるはずだった。


2025年4月4日 4:10 上海


胡中将は作戦開始以来、僅かな休息を摂るだけで、不眠不休で航空作戦の全般指揮を行っていたが、3日に急速に戦況が悪化したことで極度の挫折感と疲労を覚えていた。


張は沖縄方面の戦況が一挙に悪化した現状でも、非情なまでに作戦の継続を命じていた。

だが、胡を始めとした統合司令部の人間には、その方針には疑義がある。

これ以上、孤立した先島諸島の上陸部隊に戦闘を継続させたところで、日米の戦力を大して拘束できるとは思えなかった。


救助も増援も、弾薬の補給も不可能に近いなら、現地の部隊に降伏を命ずるべきだと、統合後方部を構成する各軍司令部は頭では理解している。

だが、ここでも面子の問題が邪魔をした。各軍はお互いに、自らが最初に「降伏」を口にするのを嫌がった。

他の軍が最初に提案したのなら、それに乗る気でいたのだ。


各軍の面子を保つための、無意味な腹の探りあいの中で時間が浪費され、その間にも先島諸島の部隊は、小銃弾にも医薬品にすらも事欠く状況に陥っている。


ようやく沖縄方面の航空作戦の中止と、現地部隊の降伏を張に進言することを各軍司令部に持ち掛けたのは、胡だった。

普段の彼なら、各軍司令部がお互い自縄自縛に陥っているこの状況でも、断固として空軍

だが、心理的に挫折した彼はこの状況に嫌気が差してきており、陸軍と海軍に話を切り出し、話をとりまとめ、陸海軍の代表を伴って張に意見具申を行ったのだ。


2025年4月4日 5:30 上海


張中将は仮眠を終えたところだった。

元々は仕事に没頭すると寝食を忘れて没頭する質だったが、最近は加齢と共に無理が効かなくなっており、意識して食事と睡眠を摂るように心掛けている。


指揮所に戻り、自分の席に座った彼は各軍の指揮官に取り囲まれた。

「何だ?」

胡が前振りを行った。

「司令が休んでいる間に、新たな損害が発生している。第72集団軍は夜間も戦闘を継続して北上を続けている。

その支援を行うべく、夜間爆撃を行った空軍1個旅団が壊滅した。

まったくの奇襲だったそうだ。米軍か日本軍が、F35を台湾上空に滞空させているのかもしれない。」

「それは分かった。で、本題は?」

「自分の不手際だ。空軍には想定を遥かに上回る損害が出ている。損害に構わず作戦を推進したが、それでも、もはや沖縄の航空優勢の獲得は困難だ・・。

海軍もまた大きな犠牲を払い、海上輸送の目途が立たない。」

「それで。何が言いたい?」


後を受けて、沖縄方面の水陸両用作戦を指揮している王陸軍少将が発言した。

もっとも彼は数時間前に拝命したばかりだった。

前任者が沖縄沖で乗艦だった075級を撃沈され、消息不明となっていたがために、陸戦隊勤務が長く、長征作戦司令部附だった王が、急遽臨時で兼務することになっている。

かつて彼の部下だった者達の多数が未だ先島で戦闘中だ。


「これ以上、先島諸島の作戦を継続することは無意味です。増援も補給の希望も無くなったいま、残存する部隊に投降するように命じて頂きたい。」


胡と王の進言を聞いた張は、しばらく考えてから答えた。

「・・・ダメだ。中央軍事委員会は島の確保、あるいは敵の拘束を厳命している。」

それを聞いた王が激昂する。

「何を言ってるんだ貴様は!私の部下を皆殺しにする気か!!」

言うが早いか、王は階級差を無視して(年齢は王の方が上だったが)、張に掴みかかった。

胡達が慌てて二人を引き離す。


胡には張は大して動揺もしていないように見えた。あくまで冷徹に言い放つ。

「王少将、君は部下に過剰な思い入れがあるようだな。

あくまで軍と将兵は、国家と党と人民の願いを実現するために存在するのだ。優先順位を違えてはいけない。」


その後も、他の指揮官が激しく突き上げたが、張は頑なに先島上陸部隊の投降を認めなかった。


仕方なく引き下がった胡だったが、不可解な気分だった。

張のことは大嫌いで、彼を理解しようなどという気持ちは微塵も無い。

だが、柔軟な思考の持ち主で物分かりの良かった張が、戦況が苦しくなり出した途端に頑固になってしまった。

(奴は何を考えている?戦況がよほど有利な時しか能力が出せない程度の人物だったのか?いや、そうではないとしたら?)


胡は張が何を考えているのか、いくつか推論を立てた。その上で、自分がどう行動すべきか考えを巡らせる。

(考えすぎか。失敗したら、今度こそ自分のキャリアは終わる。

だが、このままでも沖縄の航空優勢を奪回され、そこで大損害を出した自分の将来は厳しい。

他の軍司令官との競争どころか、空軍部内でいつ足元をすくわれるか、知れたものでは無い。

このまま台湾まで戦況が悪化した場合に備える意味でも、賭けてみる価値はあるか?)


彼は小休止を摂ると言って、副官を伴って離席。いったん自室に戻った。

そこで副官に命じた。直ちに北京に飛んで、中央軍事委員会に張の頭越しで、胡とコネクションのある委員に先島上陸部隊の降伏を進言するようにと。


それを聞いた副官は驚いた。胡はつい先日似たようなことをして、自身の立場と戦況を悪化させたばかりだったからだ。

言葉を選んで懸念を伝えようとする副官を制して、胡は言った。

「貴様の言いたいことは分かる。先日のことがあるからな。そこは分かった上でのことだ。頼む。行ってくれ。」



李と部下が分析した通り、沖縄の戦況を安定させた米軍は、台湾への支援攻撃に本格的に乗り出していた。


沖縄の制空権は、「アメリカ」「かが」の展開と、嘉手納、那覇の応急修理により、常時CAPが実施できるまでになっており、日米が掌握していた。

先島諸島への航空支援も、航空自衛隊単独で十分に行えるほどだ。上陸および降下した中国軍部隊は、補給を絶たれて急速に弱体化しつつあり、夜明けと共に事実上の掃討戦が開始されている。


再び応急修理を行った嘉手納と普天間、岩国、在韓米軍基地、フィリピンの空軍基地から作戦可能な機体は、F22、F35だけで300機に達していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ