陽動
接近を続ける中国側上陸船団に対して、各島に配置された陸上自衛隊の地対艦ミサイル、12式改部隊は船団が400キロ圏内に迫った段階で、それぞれ2回の斉射を行った。
だが、その結果は自衛隊側の期待を大きく裏切るものだった。
合計で150発もの対艦ミサイルを発射したのにもかかわらず、中国側の10隻もの防空艦が放つ、HHQ-9A、HHQ-16B対空ミサイルにことごとく撃墜されてしまい、何の戦果も挙げることが出来なかったのだ。
さらに船団が200キロまで接近すると、本州から増援された12式と、米軍のNMESISが200発を発射した。
だがしかし、12式改同様ステルス性を持たない12式は、やはり比較的容易に中国の防空ミサイルに迎撃されていく。
一方で、2波合計約50発が発射されたNMESISは、ステルス性を持っていたため、12式に紛れて中国艦隊に接近。艦隊の外園に位置していた、054型フリゲート2隻を撃沈した。
12式、12式改の各中隊による攻撃は、ことごとく迎撃されてしまったものの、目に見えにくい戦果として、中国側に対空ミサイル700発を消費することを強要していた。
これは中国側の防空艦が装備する、中距離以上の対空ミサイルの8割以上に、消耗を強要したことを意味していた。
とはいえ、偵察任務のF35Aが観測した結果は護衛艦2隻のみの撃沈であって、肝心の揚陸艦の損害は確認できなったから、各中隊の隊員達は悔しがった。
2回の斉射で彼らのミサイルは撃ち尽くしたからだ。
中国側は戦闘爆撃隊だけでなく、ドローン爆撃隊も送り込んでいた。
彼等は12式とNMESISによる上陸船団への攻撃を予想しており、これを防ぐために岱山基地と船団から対レーダータイプを含む、徘徊型自爆ドローンや、中国本土から飛行できるほどの大型ドローン多数を発進させて、対艦ミサイル部隊を駆り出そうとしていた。
だが、それらの大半は03式以下の対空ミサイルや87式自走高射機関砲、そしてレーザーで撃墜される。
あるいはNEWSによる妨害電波で海上に墜落してしまい、日米の対艦ミサイルのレーダーだけでも破壊するという、最低限の目標も達成出来なかった。
自衛隊の防空組織だけでも厄介なのに、海兵隊のMADIS、MRICといった防空システムまでが加わっていた。
2025年4月3日 07:50 先島諸島沖
F35A装備の301飛行隊主力は、中国の爆撃隊が離脱するのを確認すると、先島諸島海域に進入した。
彼等の任務は船団攻撃である以上、航空戦に巻き込まれる可能性を考慮し、戦闘が終わるのを待っていたのだ。
彼等は中国側に探知されることなく、上陸船団から160キロ程離れた位置から、24発の対艦ミサイルJSMを発射することに成功した。これまでの交戦距離からすると至近距離と言える。
艦隊上空にはJ20と交代してCAPを実施していたJ11の2個大隊が居たが、301飛行隊の直掩についていた302飛行隊のF35Aに一方的に攻撃され、16機中11機を撃墜されて離脱した。
護衛機が撃墜されたことで警戒していたものの、ステルスミサイルであるJSMを中国側が探知したのは、距離50キロまで迫ってからだった。
護衛艦群は残り150発を切っていた対空ミサイルをさらに60発発射したものの、全てを迎撃しきれず2隻の052A型が被弾した。
ダメージコントロールの思想に徹底さを欠く中国艦艇は被弾に弱く、発生した火災を消し止められず、最終的に2隻ともに沈没することになる。
2025年4月3日 同時刻 九州沖
築城を発進した201飛行隊のパイロット達は、緊張していた。
本人達は決して認めないが、かれらのF15では中国のJ20どころか、J11やJ10に対してさえ分が悪いことを知っていたからだ。
レーダーの探知距離こそひけを取らないが、データリンクも無く、セントラルコンピューターも骨董品といって良く、レーダー情報がパイロットに伝わるのに多少時間を要し、戦況認識能力に劣る。
さらにレーダー誘導方式のミサイルはAAM4Bが搭載できず、セミアクティブ誘導方式の旧式化したAIM7Fしか搭載できない。
彼等の愛機は下手をすると護衛対象である、重い対艦ミサイルと大型の増槽を搭載しているF2よりも対空戦闘能力が劣るかもしれなかった。
F2は2発の対艦ミサイルASM3Aに加え、自衛用にAAM4BとAAM5を2発ずつ搭載していたからだ。
同じF15Jでも改、それにJSIと比較すると、まったく別の機体と言える程能力が落ちる。
201飛行隊の装備するF15Jは、Pre-MSIPと呼ばれるバージョンで、外見こそF15改、JSIと大きな差異は無い。
しかし、内部については後者には、F15Jの後期型として生産された段階で「デジタル・データバス」と呼ばれる配線が施してある。
この「デジタル・データバス」のおかげで、後期生産型は新世代の装備に対応することができ、F15JからF15改、JSIへと大きく能力を向上させる改造を施すことが可能だった。
「デジタル・データバス」を実装しておらず、AAM4といった新たな装備に対応できないF15は、急速に陳腐化してしまっているのが現実なのだ。
ならば、初期に生産されたF15J Pre-MSIPに対しても、「デジタル・データバス」を追加すれば延命はできるだろう。
だが、そのためには機体をほぼ作り直しと言える程の工数、すなわち費用が必要とされた。冷戦後の予算規模の航空自衛隊においては、現実的な話ではなかったのだ。
よって、F15J Pre-MSIPについては、ほぼ能力向上されることなく据え置かれていた。
だが、機体の性能が劣っていようと、それでも勝てる方法を模索するのが戦闘機パイロットというものだ。
201飛行隊は敵機を撃墜するのではなく、囮役を買って出ることで、上陸船団上空の直掩機を引き寄せ、対艦攻撃作戦そのものを成功させようとしていた。
そして今、201飛行隊は築城を出撃して尖閣諸島方面に、高度6000メートルでこれ見よがしに進撃している。
レーダーも積極的に使用しているが、実際にはF35Aの索敵データを元に、地上要撃管制=GCIとAWACSの音声による管制を受けてもいる
目標となる第2船団上空のCAPは、人民解放空軍第109旅団の主力2個大隊が行っていた。
中国空軍の戦闘機旅団は通常、4機編成で中隊を、中隊2個で大隊を編成する。
さらに大隊3個で24機の旅団を編成していた。
通常は2個大隊で作戦を行い、残り1個大隊は予備とされることが多い。
今回のレギュラーの2個大隊のうち1個大隊は、ベテランパイロットの潘少佐が指揮を執っていた。
ウイグル自治区の昌吉から展開してきた第109旅団は、平時は内陸に展開する部隊なだけあって、洋上航法の訓練をあまりしていなかった。
そのため、今回の作戦における主任務は、本来は上海上空のCAP、本土を攻撃された場合の迎撃、バックアップとされていた。
だが、任務は大きく変更された。弾道弾、巡航ミサイル攻撃で、戦闘機部隊のローテーションに大きな混乱が生じたのだ。
本来は上海上空のCAPを交替するために離陸したばかりだった藩達が、急遽船団の直掩に駆り出されることになっている。
潘少佐の大隊は、J20の大隊と交代して第2船団の周囲を周回している。本来は引き続きJ20の2個大隊が引き継ぐはずが、彼等は滑走路を破壊されて発進出来なくなっていたためだ。
北斗も使えないので、昔ながらの航法と、上海のGCIコントロールが頼りなのだが、いざとなれば妨害電波で支援が途切れることを覚悟しなければならない。
中国内陸ウイグルの砂で、痛みがちなエンジンを抱えての洋上飛行。
しかも本土からの救難機ヘリは当てにできない距離。船団も自分達の任務があるから、万一潘少佐の大隊にトラブルが発生しても、救助は望み薄だった。
それでも、細かく飛行チャートをチェックしながら、第2大隊長の潘少佐は思っている。こんなことで手一杯になるようでは、戦闘機パイロットの価値は無いと。
中国本土への爆撃にせよ、船団への攻撃にせよ、今の混乱した状況は敵にとってのチャンスだ。かならず敵は現れると彼は予測していた。
すると、電子戦画面に反応が現れる。セントラルコンピューターは、逆探知の反応はF15のAPG63レーダーのものだと判定していた。
F15JSIのAPG82や、F15改のAPG63V1では無い。
潘少佐は、8機の大隊を集結させつつ、目標に機首を向けて状況を考えていた。自分のレーダーで目標を探知する。
距離は400キロ。高度は6000メートル。
直ちに第一大隊を率いている旅団長に敵機発見を報告する。
高度から考えても、旧式のF15らしいことから考えても、これは囮だと潘は考えた。
このまま正面から戦ったところで、相手に勝ち目は無い。
互角に戦うつもりなら、せめてこちらのレーダーを掻い潜ろうと、低空から接近するなり、派手に妨害電波を放つなりするはずだった。
第2中隊に指示をだす。
「低空をルックダウンで捜索しろ。こいつらは囮に違いない。F2が接近してくるはずだ。第1中隊はIRSTでステルス機の接近を警戒せよ。」
潘はF15が陽動であると見抜き、F2かF35が忍び寄って来ることを警戒していた。
同時に上海に向けて、増援を要請するように旅団長に進言する。
間に合わないだろうが、どの道交戦して燃料と弾薬を消費した後では船団護衛任務は果たせないから、交代の旅団を呼んでおく必要はあるのだ。
上海とのデータリンクを中継するKJ500Hが、敵のステルスによる早期警戒機狩りを警戒して、殆ど本土上空から出てこないか、そもそも離陸していなため、こちらから戦況を連絡する必要もあった。
データリンクが確立していれば、潘が行った増援要請はこちらから行わずとも、司令部が決定して連絡してきたはずなのだ。
数の上では互角のはずだったが、潘達の2個大隊が正面から接近していくと、敵はお互いの距離が200キロになる直前で急旋回を行って反転。つまり逃げ出した。
(やはり・・・。)
あっさりと逃げ出した敵の対応を見て、潘少佐は正面のF15が囮であるとの確信を強めた。
案の定、低空を索敵していた部下から報告が入る。
「低空に多数の敵機を探知!おそらくF2!船団に向かっています!」
「何機だ?」
「8機です!」
(もっといるはずだ)
潘の読みはあたった。とにかく、F15との交戦を中止して反転。船団攻撃のF2の追尾にかかる。
アフターバーナーを使用して追いすがるが、F2は超低空を高速で飛行しており、しかも少数に分かれてあちこちから接近しているらしい。
中国が長年恐れていた、F2による超低空対艦飽和攻撃だ。
接近する度に新たな反応が低空に出現する。全機撃墜は難しいかもしれないが、とにかく1機でも多くF2を撃墜するつもりだった。
PL15の射程に入る直前に、F2は妨害電波を放射した。
撃退したF15も妨害電波を放っていたが、F2のものの方が強力だ。ロックオンできそうだったF2に対する、レーダー追尾が出来なくなる。
もっと距離を詰めないとPL15で攻撃できない。
さらに接近して、なんとかPL15で再度ロックオンしようとする直前、F2の反応が停止すると同時に、自機のロックオン警報が鳴った。
目標にしていたF2が、反撃してきたのだ。距離が詰まってから反航戦になったので、F2のAAM4Bの射程内に入ってしまっている。
(こしゃくな)
潘は受けて立つ。ASM3Aと増槽を投棄して反撃してきたF2は8機だった。
戦況表示パネルを確認すると、反撃せずにそのまま低空を突撃していくF2は、対艦ミサイルを搭載しての超低空飛行にもかかわらず、垂直旋回かそれに近いロールレートの急旋回まで行っているらしい。
急激に変針して潘達の追尾を躱そうとしていた。
(おそらくは対艦ミサイルと大型燃料タンクを搭載した重い機体なのに、海面すれすれで垂直旋回だと?なんて奴らだ。腕がいいな。
背後を取れている今のうちに、1機でも多く墜とさないとやっかいだが、正面での敵をまずはどうにかしないと)
8機のJ11Bは、同数のF2とPL15で正面から撃ち合い、お互いに2機を撃墜した。
空中に緊急脱出した敵味方のパイロットのパラシュートが開くのを潘は確認する。
そうしている間にも、残りのF2は船団に接近しているはずだった。
「敵が多すぎる!」潘少佐は胸を焦がされるような思いを味わった。正面のF2を蹴散らし、さらなる追撃に入ろうとした時、後方警戒装置が作動する。
後ろにいつの間にか201飛行隊が迫っていた。小賢しくも、F2と交戦している間に引き返してきたらしい。




