米帝の力
2025年4月3日 03:00
先島諸島に向かう中国の上陸部隊の先鋒は、行程の半ばを超えていた。損害は一切発生していない。
後続している低速の上陸船団も、無傷のまま続いている。
あと2時間もすれば、先島諸島に対する爆撃が開始され、これをもって上陸作戦が開始される。
上海の指揮所では胡中将が笑みを浮かべていた。
(予想外の損害は発生したが、島さえ取ってしまえば我々の勝ちだ。)
その時、地下指揮所に不吉な警報が鳴り響く。
対空監視担当部署が騒がしい。
「沿岸部に未確認飛行物体を確認。・・・速い!弾道弾・・いや、これは極超音速兵器の攻撃です!侵攻方向は…上海方面!」
「今更だと!?」
胡は驚愕する。
米軍が彼等の極超音速兵器LRWH「ダークイーグル」を日本に空輸していたのは知っていた。
国際法上、既に中国側が日米台に攻撃を行っている以上、その基地を攻撃することは「自衛行為」として認められる。
だが、国家主席は米国に対し中国本土を攻撃した場合、無制限の全面戦争に突入するだろうと、核使用を匂わせて抑止を図っていたのだ。
米軍は国家主席の警告を受け入れ、中国本土への攻撃を思い留まっていたのではなかったのか?
胡の慌てぶりを見ていた張は冷ややかに思った。
(大方、日本の決断が遅れて、米軍の足を引っ張った程度の話だろう。国家主席の脅しは最初から効いていなかったのだ)
口に出しはしない。自殺行為だった。
張は間に合わないと思いつつ、迎撃を命じた。
「SAM旅団に迎撃させろ。」
中国の装備している対空ミサイルに、弾道弾迎撃能力は殆ど無い。
だが、弾道弾攻撃をしてくるということは、米軍が巡航ミサイル攻撃をためらう理由は無いはずだった。
おそらく後からやってくるであろう、巡航ミサイルだけでも防がなければ。
胡がボケっとしていたので、張は空軍に指示を出す。
「空軍を直ちに発進させろ。空中退避だ。地上でやられるぞ。」
張の考えた通りだった。
九州の日出生台演習場、関東の富士演習場、北海道の矢臼別演習場に配置された、米軍の「決戦兵器」LRWH「ダークイーグル」は、48発の極超音速弾を発射したのだ。
それに加え、米陸軍の地上発射型トマホーク「タイフォン」1個中隊、海兵沿岸連隊のLRF中隊からも地上発射型トマホークが発射された。
さらに日本周辺の米艦隊が装備しているトマホーク巡航ミサイルが発射される。
それだけに留まらず沖縄近海に配置されていた、オハイオ級潜水艦「オハイオ」「ミシガン」、バージニア級潜水艦2隻がタイミングを合わせて、600基もの潜水艦発射式のトマホークを発射したのだ。
目標は中国沿岸のレーダーサイト、中国空軍基地だった。
上海の西にある、蕪湖鳩江基地はJ20とAWACSの基地で、沖縄方面では最重要の空軍拠点だった。
空襲警報が発令されたが、LRWHの着弾までに離陸できたのは、アラート任務のJ11が4機だけだ。
基地周辺にはロシア製のS300、S400、国産のHQ9、22といった対空ミサイルが配置され、厳重な防空網を組織していたが、極超音速ミサイル攻撃にはなす術が無い。
それでも放たれた、無数の対空ミサイルを「ダークイーグル」はあっさりすり抜けた。
2発の弾頭が相次いで着弾し、炸薬と衝撃波によって、滑走路とエプロンの中央部にそれぞれ巨大な穴を穿つ。
2個大隊16機のJ20が既に船団護衛に出撃済だったが、交代の機体を出すことができなくなってしまったのだ。
蕪湖鳩江基地だけでなく、米軍は最新の衛星情報に基づき、AEW機、制空戦闘機の基地を選択して弾道弾攻撃を行い、東部戦区の15カ所もの空軍基地を一撃で無力化した。
那覇や嘉手納がそうであったように、応急修理はされるだろう。
だが、大威力の極超音速弾頭の直撃であることと、中国空軍の基地部隊は、日米ほど基地が攻撃されることを想定していないため、復旧に時間がかかりそうだった。
弾道弾攻撃と同時に、中国側の早期警戒機KJ2000や沿岸レーダー、艦隊が断続的に中国大陸に向かって、超低空飛行中のトマホークの群を捉えた。
トマホークを発射した部隊、艦艇は様々だったから、方向も数もばらばらだった。
緊急発進したJ11や、地対空ミサイルは迎撃を行ったが、彼等のミサイルは日米の対空ミサイル程、巡航ミサイル迎撃に力を入れているわけでは無かったから、その阻止率は高くなかった。
それでも、100発のトマホークを撃墜したものの、長大な中国沿岸部に張り巡らされたレーダーサイトが、次々と撃破されていった。
上海北部から台州にかけては、実に約70基ものレーダーサイトが存在したが、そのうちの約50機が破壊されてしまったのだ。
地上レーダー網がズタズタにされた後に、本命のトマホーク群が侵入を始める。
かれらは海岸線に進入すると、GPSに誘導されて中国の地形に潜り込んだ。
そこからさらに迂回コースを取ることで、中国側の迎撃網から完全に消え失せてしまう。
結果、5カ所の航空基地に平均20発のトマホークが着弾した。
オハイオ級の放った300発は、台湾を支援するため、台州の沿岸を突破してから大きく迂回する。
そして、背後から福建省の陸軍集結地点、物資集積所、港湾を攻撃し、甚大な被害を与えた。
張が出した、中国空軍に対する空中退避命令から、なし崩しにその日の爆撃が始まった。
さらにハワイから、B1B爆撃機24機が、グアムを発進したF35Aの護衛と空中給油受けつつ、7000キロを飛行して来た。
彼等は台湾東側を封鎖のため、バシー海峡を遊弋していた中国艦隊に向けて、1機あたり24発、編隊合計で約500発ものLRASM対艦ミサイルを発射した。
800キロ彼方から放たれたLRASMの発射諸元は、台湾東岸の台湾軍からもたらされたデータに頼っている。
一方の中国軍は、レーダーの探知距離圏外で、B1Bの接近に気付かない。
中国軍はこのような事態を最も恐れており、グアム近海へ機動部隊を派遣したのは、ハワイからのB52、B1Bによる長距離対艦攻撃を阻止するためでもあった。
だが、彼等は初日で早々と海底に消えており、B1Bの接近を阻止できるものは存在しなかった。
バシー海峡を遊弋していたのは、中国海軍の駆逐艦、フリゲート艦群。055級4隻、052D級6隻、054級13隻、053H級9隻だった。
彼等は、台湾の東側に退避した、台湾の高価値目標に対する攻撃を行っている。
そこからさらに、先島諸島の自衛隊と米軍の対艦ミサイル部隊の沈黙を確認次第、北上して台湾東岸を完全に封鎖する作戦を与えられていた。
しかし彼等は北上する前に、3日夜明けと共にLRASMによる攻撃を受けたのだ。
その結果、7隻を撃沈されたが、それでも彼等は損害にめげず、バシー海峡に留まって、先島諸島の制圧を待ち続けた。
つまり、先島占領が成立しなければ、台湾東側の封鎖が困難であるという前提で、中国海軍は行動していたのだ。
1年前の国家安全保障会議における、防衛政策研究室長の予測通りだった。
一方、空中退避に成功した中国軍機は大混乱に陥っている。
攻撃の準備が整わないうちであり、なまじ大規模な戦力を集結させていたため、各部隊の空中集合にも苦労した。
さらには最寄の滑走路の殆どが被害を受けたため、着陸して出撃準備を完全に整えることが出来ない。
結局帰投する基地は後で指示するから、という前提で、沖縄への攻撃任務を割り当てられていた部隊は、そのまま攻撃に向かうことになった。
その間にも燃料は消費しているのというのに、空中給油機の投入は昨日の悲劇的な大損害のために禁止されている。
一部のJ11部隊は、離陸できなくなったJ20部隊に代わって、急遽船団護衛につくことになった。
緊急の空中退避からの空中集合と、攻撃隊の再編成を同時に行うことになり、地上からの管制は大変な作業となる。
KJ2000が支援を行っても、なお十分では無かった。
初日の緻密な計画と違い、中国本土上空で散り散りになった中国軍機が、集結して進撃を開始するまでには、かなり時間を割くことになった。
その様子はやはり斉州島とフィリピン上空に滞空した、E3が捉えており、日米が迎撃態勢を整えるには十分な時間を与えることになる。
沖縄本島に向かう攻撃部隊こそ陣容に変更は無かったが、先島方面の攻撃部隊は250機の予定が、半減どころではなく100機まで減少していた。
さらに同時に離陸する予定だった、KJ500Hも離陸できなくなっていたため、早期警戒と指揮管制も得ることが出来ない。




