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沖縄・台湾侵攻2025 Easy Mode  作者: しののめ八雲
1年前 まだ日常と言えた頃
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張少将

同時刻 北京


中華人民共和国人民解放軍は、よく言われるように国民国家の軍隊では無い。あくまで中国共産党の私兵集団だった。


歴代の指導者達は過去の帝国が民衆の反乱で、いとも簡単に滅んでいった事実を熟知している。米国よりも自国民を恐れている程だった。

何と言っても世界有数の軍隊を保持していながら、治安維持組織の予算の方が軍の予算を上回っている。

大幅に人員を削減された陸軍の人間が武装警察に転向したという事実はあったにせよ、中国共産党の指導者達が本当は何を恐れているのかが伺い知れる。


近年の人民解放軍は屈辱的な第三次台湾海峡危機を契機に、米軍に質的な面で追いつこうと非常な努力を重ねてきている。

殆どの先進国が軍事予算を縮小する中、急速な経済成長を背景に潤沢な予算を与えられ続けていた。

これによって米軍が対テロ戦争で消耗し、正規軍同志の戦争への努力が以前ほど傾けられなくなっているのを尻目に、急速に差を縮めてきたのだ。


湾岸戦争での教訓により、人民解放軍は軍事テクノロジー優越の重要性を良く認識していた。ゆえに、軍民一体となって軍事技術を民生技術と一体化させ、発展させるとともに、経済の循環にも寄与していた。

競争相手が米軍である以上、追いつき、追い越すのは簡単なことでも、一朝一夕で実現できるものではなかった。だが、国家の意思に基づき莫大な予算を与えられ続けた結果、かつては旧式装備に泣かされて来た人民解放軍は、いまや夢の軍隊を手にしつつあった。

独裁国家の為せる技でもあっただろう。日本にはとても無理な話ではある。


2014年のクリミア危機では、ロシアのハイブリッド戦にも大いに学んでいた。

戦わずして勝つのは中国の指導者達の多いに好むところだ。


創設当初は陸軍のみだった人民解放軍は、今や世界有数の空軍、海軍、そしてロケット軍を有している。

それだけでは無い。

米軍との宇宙領域での覇権を争うべく、米軍の宇宙軍に相当する航天軍が組織され、電子戦やサイバー戦を行う情報支援部隊を編成していた。

このうちサイバー戦を行う部隊は、人民解放軍参謀本部第3部の指揮下にあった。


諜報を行うのは、人民解放軍参謀本部第2部の指揮下にある組織だった。

その中でも対日諜報戦を行う部門の指揮は、諜報戦とサイバー戦の双方に詳しい張少将が努めている。


張少将は今年39歳。

将官としては非常に若いが、肥満と度のきつい眼鏡のせいで実年齢より老けて見える。


そして彼は国家主席の覚えがめでたい。

他の軍人であれば嫉妬を覚える程だったが、本人が望んでのことではなかった。

そもそも彼は出世どころか軍人を志望してさえは居なかったのだ。


張は陸軍士官の息子として誕生した。父は当然のごとく幼い頃から彼を陸軍軍人にするつもりだった。

だが、成長した若き張青年は父親の意に反して、米国かフランスの大学への留学を望んだ。

厳格で母にも自分にも冷たい父への反発と、西側世界の自由と先端技術研究への憧れがあったのだ。


当然のごとく父は激怒した。

自分の後継者が欧米の技術を学ぶのはまだしも、自由主義に染まろうとするなど、党への裏切りに等しい。


結局のところ、学費がどうにもならず父に強引に陸軍士官学校に入学させられた。

嫌々ながらも体育を除いた成績は優秀で、任官後は父の引きもあり順当に出世していった。


しかし、彼は海外留学を完全に諦めたわけではなかった。

張が27歳の時、新たに就任した国家主席によって軍の綱紀粛正が行われた。その時彼は、中将だった実の父を不正蓄財で告発したのだ。

彼にしてみれば父への復讐と、軍から抜ける一石二鳥の手段だった。

不祥事を起こした将軍の息子にして、実の親を売り渡した人間は陸軍に居場所が無いはずだからだ。


これで晴れて軍を辞めて海外留学が可能になる。年齢的にも最後の機会だとも思った。

ところが結果は思わぬ物だった。

一介の大尉を、国家主席が手ずから激賞したのだ。

国家主席は自身の求める行動を、肉親を犠牲にしてまで実行した張を若き士官の模範とした。

さらに張を少佐に昇進させて参謀本部第2部に転属させると、張中将に連座する陸軍士官達を軍から排除する工作に参加させた。

しかも2年の勤務後に国防技術大学か、中国最高峰の精華大学への入学まで約束したのだ。


張は欧米への留学に憧れがあるとは言っても、愛国心が無いわけではない。

生まれ育った祖国を心から愛していたし、かつて祖国を侵略した諸外国、とりわけ日本は嫌っていた。


清廉さを売りにしていた国家主席に期待する面もあった。

その彼にここまでされては、無下に軍を辞めることが出来なかったのだ。


父は不正蓄財のために築いた人脈を、張に引き継ぐつもりで情報を共有しつつあった。父なりの親心だったのだが息子には全く響いておらず、見事に裏切られていた。

自分で思っていたよりも遥かに情報、諜報分野での才能を示した張少佐は、父の築いた人脈を遠慮なく告発して軍の汚職対策に多大な成果を上げた。これを手土産に晴れて精華大学に進学し、国内最先端の情報通信技術を学び、研究する機会を得た。

卒業すると、彼はサイバー戦と軍事ITのエキスパートとなるべく、今度は参謀本部3部に配属された。

その後は2部と3部行き来している。

その間の実績もかなりのものだ。


少将になった頃には、張は解放軍部内でも屈指の嫌われ者になっていた。

当然だ。

出世競争の激しい軍部にあって、軍大学を出ていないのに将官だった。

父親のコネで陸軍士官になったようなものなのに陸軍と父親を裏切り、その後も国家主席に逆らう動きのある軍人の監視と粛清を行ってきた。

国家主席の覚えが妙に良いせいで、中国人学生憧れの的である精華大学にまで編入学を果たしている。

実は士官学校ではなく、精華大学に入学したかった士官達にとっては妬ましい。

それでいて本人には、出世に対する意欲がほとんど無いように見える。


出世競争に鎬を削る他の士官には気に入らないにも程があり、やっかみを受けるのも当然だった。


極めつけだったのは何度目かの3部勤務の時に、東部戦区の図上演習に参加した時のことだった。

人民解放軍の大規模改編により新たに編成されて間もない東部戦区は、有事には台湾、日本に対する作戦を担当する人民解放軍最重要の戦区だった。陸、海、空軍の最精鋭部隊を指揮下に収め、その司令部には各軍の最優秀を自認する指揮官、参謀達が名を連ねている。


その時の図上演習では、東部戦区司令部の選抜メンバーが台湾進攻を行い、同じく東部戦区の対抗チームは台湾防衛を担当していた。

選抜メンバー達は2か月の攻防戦の末、米軍の来援部隊をも撃破して中国側が勝利を納めるという理想的な結果を出した。

演習の経過を聞きつけ、台湾武力統一を悲願とする国家主席もわざわざ見学に訪れる程だった。


東部戦区スタッフ同士の演習が終わった後に、今度は張少将がリーダーを務める参謀本部第3部選抜メンバーが、台湾防衛を担当する形で追加の演習が行われた。

3部側は、あえて張少将をはじめ軍大学校卒業者でもなければ、部隊指揮の実務経験も乏しいメンバーが集められていた。


本来であれば、余興レベルの話で東部戦区が短時間で勝利判定を得ていたはずだった。

だが、東部戦区側は思わぬ苦戦を強いられた。

3部側は彼等が主導し、精華大学と軍科学技術大学が共同で開発した、AIを用いた作戦指揮補助システムを使用していたのだ。

これによって、作戦指揮と部隊運用のノウハウについては、素人同然である技術畑の青年士官主体の3部スタッフが、将来の台湾進攻作戦総指揮官候補のエリート達と互角以上に渡り合った。


時間切れで打ち切りとなり決着は着かなかったが、国家主席を前にして東部戦区のエリート達の面子は丸つぶれとなる。

(演習の総責任者である統裁官の孫連合参謀部長は面白そうな顔をしていた。)

勿論、張の本音はいい加減鬱陶しくなってきていた他の軍人達からのやっかみへの意趣返しだった。

それに気づかれないわけもなく、再び2部に復帰を命ぜられると共に、エリート軍人の存在意義をあらゆる意味で脅かす者として、歩く病原菌のように嫌われるに至っていた。

表向き人民解放軍はAIを重視することになってはいたが、大抵の上級士官は新しい技術をそこまで受け入れている訳ではなかった。


だが国家主席をはじめ、中央軍事委員会は張の開発したAIを高く評価した。

彼らにしてみれば軍人をいざと言う時に切り捨て易くなるからだった。

有能だが党や国家主席の意に沿わない軍人が存在した場合、AIに代役を任せることで、その首を切るというわけだ。


国家主席が自分の仕事を高く評価した背景を理解した張は、内心ヒヤリとしていた。

実は第三部は試験的に、国家に貢献するための軍のあり方もAIに考えさせていたのだ。


AIの回答は、直ちに軍と警察機構を縮小し、予算と人員を医療介護分野と社会保険の拡充に振り向けなければ民衆の不満が加速度的に高まる。

出来ればクーデターを起こしてでも共産党を解体し、政治態勢を民主共和政に移行し、言論を自由化する方が人民の幸福度は圧倒的に高まり、中国を真に偉大な国にするというものだった。


張と部下達は賢明だったので、この結果を隠蔽した。もちろん国家主席以下、共産党の重鎮に報告などしていない。

以後のAI研究はハイブリッド戦を含めた軍事分野に限らせ、政治分野は封印していた。

下手をすると、自分達自身の首を絞めることになりかねないからだ。


中国人民解放軍の中にあって、やりたい放題という存在の張は独自の情報網までも構築しており、中央軍事委員会が何か大きな軍事行動を決意したらしいことを掴んでいた。


そして今日彼は、政治工作部長に秘密命令を受けた。

その内容は、1年以内に日本国内の親中勢力を強化、扇動し、日本の世論を混乱させるとともに、沖縄独立勢力が実際に沖縄の分離独立を宣言する形にまで持ち込め、というものだった。

命令は張が独自に入手していた情報を裏付けていた。

大きな策謀を任され緊張はしたものの、この時点での彼は、あらかじめ準備を進めていたこともあり、まだ他人事気分と言って良かった。


一年後、自分の両肩にとんでもない重責がかかるとは想像もしていない。



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