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煉獄の島

沖縄本島には約145万の人々が住んでいる。


この1週間で、不完全な避難計画にも関わらず、数十万の人間が本州に避難している。

とはいえ、離島からの避難者を含めて、未だに約100万人の民間人が逃げ遅れた状態だった。

計画的に本州のフェリーや旅客機を投入すれば、もっと多くの人を避難させることが出来たかもしれない。


だが、その計画の具体化は、事実上1年の準備期間があったはずが、中国側のハイブリッド戦による政局混乱の影響を受け、進んでいなかったのだ。

その状況下、国内の旅客機を政府負担で沖縄と本州各地を往復する便を、大幅に増便する措置が実現したのは奇跡に近かった。

だが、それでも140万人の避難には足りない。(この状況で真紀子と澤崎が、それぞれ本州便の席を得ることが出来たのは、幸運、真紀子にとっては不運以外の何物でもなかった。)


逃げ遅れた人々は、2つのグループに大別出来た。避難する意思はあったが、間に合わなかった人々と、最初から避難する必要を感じ無かった人々だ。


未だに沖縄からの避難を行わない、あるいは行えない人々は、さらに様々なグループに分類することが出来た。

消防、警察、行政の関係者。

そもそも情報を見ても、避難すべきかどうか、自分で判断できない人々。彼等は、知り合いの大部分が避難しはじめたなら、自分もそうしようと考えてしまうような人々で、新垣の両親もそうだった。

離島から直接九州や本州に避難する便が無く、取り敢えず沖縄本島に避難してきた人々(彼等は本島の人々の危機感の無さに驚いた)。

真紀子のように、仕事を優先してしまった人。

逆張り思考の人間。

未だに自国よりも中国を信頼してしまうような思考回路で、絶対に戦争にならないと考えているような人間。

避難しようとしているが、やはり飛行機やフェリーに乗れなかった人々。彼等は妥協案として、沖縄本島北部に疎開を試みていた。

高齢や障害で移動が困難な人。かれらと運命を共にすることを選んだ、その家族。

積極的に中国の侵略に手を貸そうとする者。

その他、抱えている事情は様々だったが、中国軍との交戦に伴う付帯被害は、彼等の上に平等に、そして無慈悲に降りかかっていった。


本州への避難が手遅れになり、戦禍が頭上に降りかかってきた以上、彼等はシェルターや地下、頑丈な建物に避難し、あるいは伏せ、可能な限りの遮蔽物を利用して生存確率を上げるべきだっただろう。

だが、そういった行動には、ある程度の周知と訓練が必要だった。訓練無しに急に出来るものでは無い。


それにもかかわらず、沖縄県知事は緊張を煽るだけとして、一貫して国民保護訓練を徹頭徹尾ボイコットし、シェルター建設に許可を与えずに来たのだ。

彼は23年の秋にガザで起きた事態を目にしても、同じように中国軍によって、沖縄の市街が吹き飛ばされる日が来るかもしれないとは想像もしなかった。

ついに中国による沖縄爆撃が現実となった今この時も、彼は政府と米国への不平不満を拗らせた結果として、むやみやたらと中国に好意的かつ、無警戒な態度を頑なに守っている。


その結果、弾道弾攻撃を皮切りに、人口密集地に被害が及び出した時、居室内で立って外の様子をスマホで撮影していたり、屋外を徒歩や車で移動している人が多数居た。

彼等は、自分や家族、友人知人が犠牲になって、初めて政府の言う「国民保護訓練」の意義と重要性を思い知ったのだ。だが、その代償はあまりにも高すぎた。

同時に、あって当たり前に思っていた民族自前の「国家」=「日本」と、「自衛隊」「日米同盟」の有難みを、失いかけた今になって急速に感じつつある。


F22に奇襲されて大損害を出したJ16の旅団群のうち、もっとも深刻な被害を出したのは、東部戦区に所属する第7旅団と第78旅団所属機だった。

彼等に与えられた任務は、那覇基地、嘉手納基地の滑走路にダメ押しの爆撃を加え、燃料タンクに弾薬庫、管制設備、格納庫、各種車両を吹き飛ばして、基地機能を停止させること。

そのために2個旅団から、それぞれ予備の1個大隊を拘置し、残り2個大隊ずつ、合計4個大隊32機で滑空誘導爆弾による集中爆撃を行う作戦が立てられた。


だが、2個旅団のJ16は最優先でF22の集中攻撃を受けた結果、壊滅状態に陥っており、既にその目論見は崩れている。


計画された通りに作戦が進展していないことは、混乱しつつも、生き残ったパイロット達には理解出来ていた。

このため、辛うじて生き残った両旅団の大隊長、中隊長は、これ以上の損害を被る前に任務を果たそうとする。

彼等は、防空制圧が効果を発揮する、しないにかかわらず、最大射程に達した段階で抱えていた滑空誘導爆弾の一斉投下を命ずると、反転離脱と上海方面への帰投を宣言したのだった。


その結果は、既にスタンドオフ兵器により始まり、沖縄で繰り返されることになる悲劇の典型だった。

北斗による誘導が行われないために、明後日の方向に誘導兵器群が着弾するのだ。

そして運が悪ければ、それは人口密集地に着弾することになる。


例外的に、第7旅団に所属する徐上尉の指揮する中隊は、独断で北斗による誘導をアテにせず、目視による精密爆撃を敢行しようとしている。


F22からの攻撃を受けた時、徐上尉は素早く指揮下の中隊に緊急回避機動を命じた。

さらに同時にチャフとフレアをばら撒き、妨害電波も放出し、スプリットS機動を行って、海面すれすれへの急降下に入る。

彼の判断は功を奏し、徐の中隊は例外的に4機ともに生存していた。

彼は第7旅団のパイロット達の中でも、抜きんでた操縦技術と判断力を持っており、その能力を存分に発揮して危地を切り抜けたのだ。


第7旅団は旅団長を含め、9機を撃墜されていたが、生き残った第2大隊長は残存機に対して直ちにLS6滑空誘導爆弾を投下するように命じてきた。

そのためには徐達は上昇に移る必要があったが、徐は低空飛行を続ける。

後席員の衛中尉は、一向に上昇に移ろうとしない機長に疑問を持った。

「上尉?上昇しないのですか?」

徐はその疑問に直接答えなかった。

「衛星航法装置はどうだ?」

「北斗の誘導は相変わらずダメです。」

「・・・妨害かキツイか、衛星がやられたんだろう。北斗はブラックアウトだ。ということは、このまま誘導爆弾を投下したところで、目標に誘導されるとは思えん。」

「では?」

「衛星誘導をカットしろ。無駄だ。通常の爆撃で行く。緩降下爆撃で那覇基地をやるんだ。」


徐が予想した通り最大射程で放たれたLS6は、精密に誘導されることなく大半が沖縄周辺に海に落下し、陸地に到達しそうになったものの内には、対空ミサイルで迎撃された爆弾すらあった。

だが、ちょうど先行する旅団による防空制圧とタイミングが重なったことで、迎撃しきれずに陸地に着弾したものが続出する。

それらは本来の目標である嘉手納や那覇の敷地内に着弾したものは一発も無く、市街地を吹き飛ばすだけの結果となった。


独断で低空侵攻を決めた徐上尉は、さらに中隊各機を単機で散開させ、那覇市の南側へ迂回してから、北上する進路を取らせている。

そのコースだと、知念分屯基地の地対空ミサイルの射程内に飛び込むことになるが、おそらく配置は変更しているだろうし、どの道那覇基地上空へ突っ込むのだから、いずれどこかで地対空ミサイルの射程に入ることになる。


彼等に気付いた時、日米の地対空ミサイル群は既に再装填を一部終えていた。

防空制圧に紛れて、巧妙に那覇基地へと超低空から突っ込もうとする徐達にも、再装填を終えた対空ミサイルが放たれる。


徐の機体に比べ、わずかに高い高度を飛行していた2機が相次いで海上で撃墜されたが、徐を含めた残り2機は海岸線を超えた。

そのまま地形に紛れて、那覇基地に南東方向から接近してゆき、降下爆撃を行うべく衛中尉の指示するタイミングで急上昇に入る。

さらに一瞬背面になってから降下に移ると、徐は目論見通りに目標の那覇基地をIRSTで確認することが出来た。


その時、徐の東の方向で火の玉が出現した。生き残っていた最後の部下にミサイルが命中し、空中爆発したのだ。

このままだと徐が撃墜されるのも時間の問題だが、あと少しで爆弾を投下出来る。

徐は必死に上下左右に機体を振って、ロックオンをかわし、チャフとフレアを撒きつつ機体を突進させる。

「上尉!急がないと!」

「分かっている!もう少しだ!我慢しろ!ミサイルを警戒するんだ!」

「左後方!7時からミサイル!!」

「!!!」


回避行動は間に合わず、後方から接近してきた11式の至近弾によって、徐と衛のJ16は被弾した。

直ちに墜落はしなかったが、エンジンと燃料タンクに被弾。警告灯は真っ赤に染まり、機体は警報と合成音声で脱出を指示している。

「衛!お前だけ先に行け!俺はコイツを何とか那覇基地に突っ込ませる!」

「了解!ご武運を!」

そう言うと、衛は瞬時に徐の決意を理解して、キャノピーを飛ばさず、キャノピースルー・ベイルアウトを行って脱出していった。


後席員の脱出を確認すると、徐は決死の覚悟で那覇基地に突進を続ける。


だが。


両翼が振動を起こした。

「フラッターだと!?」

被弾により強度の低下した彼の機体は、設計限界速度の遥か手前の速度にもかかわらず、異常振動を起こしたのだ。一刻も早く速度を下げないと、致命的な構造破壊が生じる。

徐は素早くエンジンを絞り、エアブレーキを展開した。


間に合わなかった。


異常振動が始まっても、数秒は時間的な余裕があるはずが、被弾の影響と重装備のせいでカタログスペックよりも短い時間で空中分解が生じたのだ。


徐のJ16の左翼が根元からちぎれ飛び、右方向への回復不能なスピンに陥る。

「!!?」

こうなってはどうにもならない。

凄まじいGにより、徐はスロットルとスティックから手を引きはがされた。

脱出装置に手を伸ばすなど、夢物語だ。墜落までには徐は失神していた。


4発のLS6誘導爆弾と、自衛用の短射程空対空ミサイル、それに大量の航空燃料を搭載していた徐の機体。

それは左翼とそれ以外の二つに分解した状態で、那覇基地の東の豊見城市内に墜落。

それぞれ大爆発と大火災を引き起こした。

そしてそこには無防備な状態で、未だ多数の住民が残っていたのだ。


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