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猛追

橋本は緊急の指示を出す。

「全機!後方からミサイル!バーナ・オン!EPAWWSが作動しているかチェック!皆落ち着けよ!距離はあるから振り切れる!」

アミーゴフライトは燃料消費を急増させる代わりに、エンジン出力を爆発的に増大させるアフターバーナーを点火。電子戦装置のEPAWWSは自動的作動した。

敵のPL15は最良の条件で、200キロもの射程を持つ恐るべき長射程ミサイルだ。

しかし、この距離と位置関係ならアフターバーナーを緊急使用して、マッハ2以上の高速で逃げれば、追いつかれる前にPL15は燃料切れ且つ、運動エネルギー切れになるはずだった。

橋本は自分の判断に自信はあったが、電子戦パネル上で接近してくるミサイルの反応を見つめるのは、冷たい手で心臓をわし掴みにされているような気分だ。

橋本達の機体が音速を突破し、周囲に轟音が響き渡る。


さらにAWACSを呼び出す。

「メーデー!メーデー!後方から中国軍機に攻撃されている!レーダーに反応が無い!おそらく敵機はJ20!アミーゴ2は援護を要請する!」

「了解。巡航ミサイル迎撃は中止。そのまま退避せよ。我々も沖縄本島の南に退避しつつあり。アミーゴフライトも続け、沖縄のSAM(対空ミサイル)を盾にして戦え。」

「了解!」


久米島レーダーサイトは、あきらめるしかなかった。


「援護機は?アメちゃんのラプターは?」

「だめだ。アミーゴの他フライトも、エルダーも退避行動中。アメちゃんは、敵の後続を狙ってる。

とにかく敵を地対空ミサイルの射程内に誘いこめ。低空へダイブして逃げろ。」

「クソ!」

AWACSの要撃管制指揮官は、自衛隊機は全て逃げていて、助けに来れる味方はいないと言っていた。

頼みの綱の、アメリカ軍のF22「ラプター」戦闘機もどこかに行ってるらしい。

同じステルス戦闘機であり、世界最強の戦闘機であるF22なら、J20に対して互角以上に戦えるはずなのに。


致し方ないとはいえ、第9航空団は巡航ミサイルの迎撃でレーダーを発振して位置をさらした上、アミーゴ2と3のように追尾に移ったところで、中国軍機に後方から一方的に攻撃されつつある。

数的にも圧倒的不利な状況で、どのフライトも他を援護する余裕は無かった。

日本のAWACSであるE767に搭乗している要撃管制指揮官は、中国側が巡航ミサイルを囮にして、後方から攻撃してくる可能性に気づいてはいた。

だが、レーダー上では中国軍機の接近には、まだ時間的余裕があるように見えたため、巡航ミサイル迎撃を続行していたのだ。

しかし、実際にはJ20の旅団がステルス性能を発揮して、はるか前方に進出しており、不意を突かれた第9航空団の各フライトは危険な状態に陥っている。



EPAWWSを装備しているアミーゴ2、3はまだ恵まれていると言って良かった。

この高価な最新鋭電子戦装置は米国での生産ラインも限られていたため、2年前に日本のF15JSIに搭載が始まったばかりで、飛行開発実験団以外の実戦部隊ではアミーゴ=204飛行隊の24機にしか装備されていなかった。


その数分後、久米島レーダーサイトには7発の巡航ミサイルが着弾し、レーダーサイトは完全に破壊されて沈黙した。


EPAWWSは持ち前の高い処理能力を発揮して、未知のPL15の電波を解析に成功すると対抗するための妨害電波を設定、放射した。

従来型の電子戦装置では、一度脅威となる電波を地上で解析して、脅威となる電波と妨害電波のパターンを、電子戦装置のデータベースに格納する作業を実施した後からでないと、即効性のある妨害はできなかった。


電子戦パネル上から、ミサイルの表示が消えた。PL15の燃料が切れたか、EPAWWSの妨害が成功したらしい。

だが、まだ警報は止まらない。今度はJ20本体の物と思しきレーダーが、危険な程距離を詰めてきている。

(しつこい連中だな)


圧倒的に不利な状況は続いていた。橋本と彼等のフライトの窮地は続いている。


アミーゴ2、3を追尾しているのは16機のJ20。その隊長は、中部戦区第56旅団に所属する柳少佐だった。

彼は総飛行時間4000時間以上。今までJ7、SU27、J11、そしてJ20を乗りこなしてきた、中国空軍最高レベルの戦闘機パイロットだ。

年齢は50歳近い。40歳前後で一線から引退することが殆どのファイターパイロットの世界では、異例の「高齢者」だった。それほどに中国空軍部内で一目置かれる技量を持っていたのだ。

彼は、戦闘機乗りは常に冷静さと、積極性を併せ持つべきと考えていた。だが、今この瞬間の彼は、いささか興奮に支配されつつある。

全軍の先鋒を務め、長年の宿敵と見なしてきた日本のF15を、世界で初めて撃墜できるチャンスを手にしようとしているからだ。


柳が新人戦闘機パイロットとしてJ7を飛ばしていた頃、日本は自国のF15を、アジア最強の戦闘機と喧伝して恥じなかった。アメリカから恵んでもらった代物にもかかわらずだ。だが渋々ながら、柳もその事実を認めざるを得なかった。

J7では、F15と比較して運動性能も劣る上、レーダーは比較も空しいほど貧弱だった。

武装も機銃と短射程のミサイルしか無く、レーダー誘導方式の長射程ミサイルを持つF15とは、総合的な戦闘能力において話にもならなかった。


だが、今の柳はJ20という、米軍以外では唯一実戦で使えるステルス戦闘機を与えられている。

アビオニクスの洗練具合では、噂に聞くF35やF22には劣ると感じる部分もあったが、もはや、あれほど恐れていた日本のF15など、敵では無いという絶対的な自信を持つに至っていた。


今、柳は彼自身と中国空軍の悲願を達成しつつある。

彼が率いるのは、嘉手納のF22に対抗するため、優先的に上海方面の基地に配備された200機のJ20。

そこから、さらに沖縄攻撃第1波の先鋒として選抜された、9個大隊72機のうちの2個大隊、16機だった。


彼等には未だ数が圧倒的に不足している、空中給油機の支援まで与えられていた。

もともと台湾空軍を主な敵として考えてきた中国空軍では、上海方面から沖縄方面への長距離侵攻を支援するための、早期警戒機や空中給油機の配備は、最近になって本格的に始まったばかりで、数が十分では無いのだ。


柳は、巡航ミサイルを追いかける形で久米島方向から沖縄に接近する途中、迎撃を行うF15JSIのレーダーを逆探知することに成功した。

さらに、空中給油機より前進した位置に滞空している早期警戒機KJ500が、柳達の前方に存在するアミーゴ2、3を捕捉し、中国国産のデータリンクJIDSを通じて瞬時に伝えてきた。

作戦通り、日本軍機は沖縄に迫る巡行ミサイルを追尾して、自分達に背中をさらしている。


彼は逆探知を避けてステルス性を完璧にするため、切っていた自機のレーダーを作動させた。前方で格好の獲物となっているF15を探知、即座にロックオンをかける。

後方から追尾する形での攻撃では、射撃距離50キロは遠すぎるとも感じたが、柳は敢えてPL15を撃った。

日本軍機との距離をさらに詰める間に沖縄本島に接近すると、他の敵機やイージス艦から妨害を受けるかもしれないと考えたからだ。


だが、日本軍機は柳の期待に反して直ぐに攻撃に気づき、全速で逃げ出した。

J20はF22やF35と違って、超音速巡航までは実現していない。

超音速巡航を実現するための強力な世界最高峰のWS15エンジンは、2年前に開発が完了したものの、初期不良が相次いだこともあり、柳の56旅団の機体は従来型のWS10エンジンのままだった。

柳は迷わずアフターバーナーの使用を全機に命じて、追撃に移る。


柳達が攻撃したことで、日本軍機は巡航ミサイルの迎撃はあきらめ、久米島レーダーサイトの攻撃は成功した。

これで、柳は最低限の任務は果たしたが、彼は本能的にアミーゴフライトを追尾し続ける。

順調に敵を追いかけていたPL15は、ある程度敵に接近したところで、突然目標を見失って、ことごとく失中した。

射程はまだまだあったはずだった。どうやら敵は何らかの方法でPL15を妨害することに成功したらしい。おそらくはECM(電子対抗手段)だろう。


だが、柳は諦めない。なおも沖縄に向かって追撃を続行する。レーダーでもデータリンク上でも、新たな敵は現れていないが、部下も含めて敵ステルス機の出現を警戒して目視での警戒を怠たらない。

その時、他のJ20部隊が高らかに日本のF15の撃墜を宣言してきた。

EPAWWSを装備していない、304飛行隊のF15改が逃げきれずに次々と撃墜されたのだ。


柳は悔しさを味わったものの、自分の獲物に集中する。

沖縄本島上空まで逃げ込まれると、特に後方のステルス性能に不安のあるJ20は、敵の対空ミサイルに攻撃される可能性があった。

だが沖縄本島までは、まだ距離がある。柳は目の前の敵機を逃がすつもりは無い。


柳は残燃料を気にしながら追撃を続行していた。

アフターバーナーを使用しているから、燃料は急速に減っている。だが、上海と沖縄の中間点に進出した空中給油機と合流できれば、帰投に必要な燃料は給油してもらえるはずだった。

柳はその判断に基づき、積極的に追撃を続けている。


電子戦装置は、敵の捜索レーダーの電波を盛んに検知しているが、おそらく敵に発見はされていない。

J20のステルス形状が、捜索レーダーの電波を受信器に返さず、あらぬ方向に捻じ曲げているのだ。

その証拠に、広範囲に電波をばら撒く捜索レーダーと違い、捜索レーダーが見つけた目標に向けて、的を絞って電波を発信する照準レーダー(射撃管制レーダー)の電波は一切検知していない。

沖縄が見え始めた時も、正面からの敵の射撃管制レーダーには捕捉されていなかった。


だが、突然後方から捕捉される。

敵艦隊の射撃管制レーダーだった。J20は後方のステルス性に、弱点があると言われていたが、柳にとって腹立たしいことに、それは事実だったことが証明された。


しかも敵艦隊には、まだミサイルが残っていたらしい。ミサイルは数発だけだが、柳の編隊に向かってくる。

柳は罵りを漏らし、アミーゴフライトの追撃を打ち切り、大隊全機に回避を命じる。

「くそっ。悪運の強いやつめ!」


海上にいたのは、弾道ミサイル迎撃と巡航ミサイル迎撃で、対空ミサイルをかなり消費した、BMD グループだった。

護衛艦「ひゅうが」が、上空を通過した柳達をFCS3レーダーで探知と追尾に成功。最後に残っていたESSMを発射したのだ。


攻撃された柳は、敢えてミサイルに正面を向けてレーダー反射面積を最小とし、妨害電波とチャフ(細かく切ったアルミ箔。レーダーの電波を反射し、探知を妨害する)を散布してESSMを全弾回避する。

発射されたESSMは4発だけだった。

一時はどうなるかと思ったが、柳は正面のJ20のステルス性能に自信を持った。

艦対空ミサイルを回避できるなら、大抵の対空ミサイルは回避可能と判断できるからだ。


橋本は友軍艦艇の援護によって、辛くもJ20の攻撃から逃れることが出来た。

残っている武装はAAM5が三発と、機銃だけだったが超低空飛行を行って、敵のレーダーを躱しながら反撃しようと考えた。

だが、AWACSの指揮官は、204、304飛行隊各機に残っている燃料と残弾を報告させた。

そして、AAM4やAIM120を全弾射耗したフライトに対しては、燃料に余裕のあるうちに、宮崎県の新田原基地への退避を命じてきた。沖縄の飛行場への着陸はどこもダメらしい。


橋本は屈辱にまみれた。巡航ミサイル多数を撃墜したとはいえ、J20に一方的に追い回されただけで終わってしまったのだ。那覇市街を吹き飛ばされた復讐も出来なかった。

それはともかく落ち着いたら、援護してくれた海自に礼を言わないといけないなと思った。


橋本達の窮地を救った「ひゅうが」は、海上自衛隊で「いずも」型に次ぐサイズの大型護衛艦だ。

巨体に空母のような甲板を備え、充実した指揮能力とヘリコプター運用能力を誇っている。

指揮能力を活かし、実際に艦隊の指揮を担当する艦=旗艦になることも多い。


だが、橋本は自分を助けてくれた「ひゅうが」に迫る運命に気付いていない。


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