殺意
2025年4月2日 04:15 沖縄県
最終的に日米の迎撃ミサイルを掻い潜った弾道弾は、28発だった。
28発のうち12発は、基地の空きスペースや、海上にはレーダーリフレクターが設置されており、地上からは妨害電波に幻惑されて目標から外れる。
さらに市街には、弾道弾だけでなく、両軍のミサイルの破片、作動不良の迎撃ミサイルが降り注いだ。
最終的に日米の基地には、那覇に9発、嘉手納に7発が着弾した。
那覇への9発は、5発が第一、第二滑走路を結ぶ誘導路と、2本の滑走路に大穴を開けた。
エプロン地区に着弾した4発は、1発が大型格納庫に着弾。CAPに酷使されて整備中だったF15改を2機破壊した。
アラート待機用シェルター1基にも直撃が出て、これを完全に破壊したものの、これは空だった。
さらに1発が、退避が間に合わなかった、陸自のCH47ヘリ数機を吹き飛ばす。
最後の1発は、北側の民間エリアに着弾。駐機していたB777旅客機を、直撃して破壊した。
那覇空港は北の攻撃予告の期日、12時間前に閉鎖されていたから、B777は無人だったのが幸いだった。
飛散した破片は、さらに近くに駐機していたB767旅客機2機の燃料タンクに穴を空けて、2機とも炎上させた。空港職員の安全確保を優先した結果、燃料を抜きとる時間が無かったため、3機共に派手に燃え上がる。
この様子はいち早くマスコミのカメラマンが捉えた。弾道弾に引き千切られて、燃える民間旅客機の画像は衝撃的な速報として、中国国家主席の演説の映像とセットで、日本と世界を駆け巡った。
「信じられません!!!日本が!沖縄の那覇空港が攻撃されています。旅客機が大きな火災を起こしています!皆さん、近くの頑丈な建物に避難して下さい。私も避難します・・!」
那覇空港から離れた住宅地にも、数カ所の着弾があった。
アミーゴ2の4人のパイロットが目撃したのは、これらの結果生じた火災だった。
この光景を目撃した彼等は、自分の心に信じられない程の殺意が、中国軍に対して沸き上がるのを感じた。
「「「「殺す」」」」
嘉手納に着弾した7発は、1発が数基のパトリオットのランチャーを破壊し、滑走路2本に2カ所ずつの大穴を開けた。残り2発は、広大な嘉手納基地の敷地に散発的に命中。あまり被害をもたらさなかった。
早速、日米の基地部隊が素早く滑走路の補修に取り掛かろうとしたが、那覇、嘉手納には新たな脅威が迫っていた。
中国軍の空中発射型極超音速ミサイルと、巡航ミサイルが、空中と海上から発射されたからだ。
2025年4月2日 04:22 那覇市上空
上空から見て、基地と市街に火災が発生しているのを確認したアミーゴ2は、発生個所の概略を報告すると、AWACSから新たな指示を受けた。
中国大陸から、航空機と巡航ミサイルらしき反応が急速に接近中。
増設された戦況表示ディスプレイにデータリンクを通じて、AWACSが探知した目標が表示されている。
アミーゴ2は、警報を受けて緊急発進したアミーゴ3と空中集合すると、久米島に向かう。
二つのフライトのマスリーダーは橋本だった。
巡航ミサイルの群が、久米島のレーダーサイトを狙っており、彼等2個フライトに迎撃が下令される。
彼等は、燃える那覇を後にした。
8機を率いる橋本はプレス・トウ・トークボタンを押下すると、無線で型通りの言葉を述べた。
「いよいよ本番だ。落ち着いて訓練通りにやれ。」
戦闘機パイロットは、空中ではどんな場合でも淡々と話すように訓練される。
ロボットアニメの主人公のように、何か起きる度にコクピットで叫んでいては、パイロットにとって何よりも重要な、冷静さを失うばかりだからだ。
この時の彼の声も「昼飯でも食いにいくか」程度の熱量だった。
だが、内心は沸き上がる衝動を必死に抑えていたのだ。橋本は意識的に深い呼吸を繰り返す。
2025年4月2日 04:00 本州
一方、予告通りに北朝鮮も攻撃を開始した。半島から発射されたミサイルは52発で、うち正常に飛翔したものは41発だった。
それぞれ、4~5発ずつが、主に在日米軍の飛行場を目指していく。
だが、まず日本海に展開していた海上自衛隊のイージス艦2隻に、35発が迎撃された。
さらに太平洋側に展開していた米軍のイージス艦4隻の迎撃により、残り全てが破壊される。
日本本土に着弾したものは1発もない。
その後、さらに巡航ミサイルが50発程度発射されたが、緊急発進した小松第6航空団のF15改が、AAM4B中距離空対空ミサイルで全て撃破する。
それで、終わりだった。
首相官邸も防衛省も、中国の猛烈な第1撃に比べれば、散発的な北朝鮮による弾道弾と巡航ミサイル攻撃に拍子抜けしたが、第2波への警戒を続けた。
彼らは、北朝鮮側が、中国に対するひねくれた思惑と、長年継続した威嚇行為による残弾不足から、中朝首脳会談での密約より遥かに小規模な攻撃しか行うつもりが無いことに気づいていない。
北朝鮮としては、日本本土に実害が出ないのであれば、経済制裁も日米による報復も限定的なものに留まるという目論見があった上、約束は果たしたのだから、中国に見返りを要求できることに変わりは無いのだ。
北朝鮮なりの打算に基づいた行動だった。
日本に対する第一撃は、北朝鮮の思惑と中国側の衛星沈黙、日米が展開させた史上最大規模の弾道弾迎撃態勢により、那覇飛行場が大損害を受け、嘉手納飛行場も2本の滑走路が使用不能という被害をもたらしたものの、壊滅的という程では無い。
1日あれば、応急的な修復作業で復旧可能な程度だった。
中国側にとしては大威力の弾道弾攻撃により、両飛行場を月面に変えて、復旧の見込みが立たない程破壊してしまうつもりだったから、不本意な結果と言っていい。
だが、台湾ではこうはいかなかった。
彼等もPAC3を買い増しし、国産の天弓3対空ミサイルの配備を急速に進めていたものの、迎撃ミサイルの絶対量はそれでもなお、あまりに少なかったからだ。
中国からの距離が近いため北斗の誘導無しでも、それなりの精度で多数の弾道弾が着弾したこともあり、遥かに被害は深刻だった。
第1撃の500発のうち、作動不良と迎撃により約100発が失われた。
だが、残り約400発の弾道弾は、台湾各地に降り注いだのだ。
中国が狙ったのは、台北の総統府と立法院、軍の指揮通信中枢、台湾空軍の主要航空基地、花蓮、台南。
だが宇宙戦が始まった時点で、米軍から警告されていた台湾軍は、戦闘機部隊の大半を空中退避させている。
台湾軍の場合、中国との距離が近すぎて、撃たれる前に滞空しておく必要があった。
花蓮基地は、山をくりぬいた強固なシェルターに地中貫通弾頭が命中したが、貫通には至らなかった。だが、隣接する民間滑走路も含め、滑走路と誘導路、燃料タンクや管制設備に甚大な損害を受けた。
台南、水上両基地はより甚大な損害を受けている。
滑走路はどう考えても3日は使用できそうにない。
2025年4月2日 04:15 大阪 上本町
フリーランスのプログラマーである谷啓二は、この朝Jアラートに叩き起こされた大勢の日本人の一人だった。
Jアラートの指示に従って、近くの地下鉄谷町九丁目駅に避難しようかと思っていると、電源をつけっぱなしでスリープ状態だった作業用PCが、赤い光を放っていることに気付いた。
何気なく目をやると、モニター一杯に中国の国旗「五星紅旗」が映し出されていた。
「これマ?サイバー攻撃ってヤツ?」
つぶやいた谷はPCを触るが、うんともすんとも言わない。再起動しても「五星紅旗」を映すばかりだった。
彼のPCは中国製だった。中国製PCにはウイルスが仕込んであるという話は、都市伝説だと思っていたが、どうやら本当だったらしい。
「まあ、サイバー攻撃なら不可効力だよな・・・。納期遅らせてくれるかなあ。ってか、復旧できんのかよコレ?」
とはいうものの、クラウドに退避しておいた成果物を早めに回収しようと考えている。
外付けの記憶装置も中国製だったから、自宅のバックアップも信用できない。
この時点で時間とともに、日本全国に中国側のサイバー攻撃による、システム障害の波は広がりつつあった。
谷がTVをつけると、那覇空港が炎上していた。
「嘘やん・・・。こら逃げなアカンかあ?」
外に出ると早朝なのに人通りが多い。皆駅の方向へ向かっていた。
大阪メトロ谷町九丁目駅の入口では警察と駅員が入口を開放して、「入って!入って!」「中に避難して下さい!」とスピーカーで叫んでいた。
構内に入った谷は、スマホで情報を得ようとしながら、箕面の実家と連絡をつけようとするが繋がらない。電話は通じないし、メッセージアプリも反応が無い。SNSもパンク気味だ。
こんな時だというのに、しっかりと某球団の縦縞キャップを被った(全然知らない)おっさんが話かけてきた。
「兄ちゃん電話繋がらんやろ?えらいこっちゃやで。こんなん阪神淡路の時以来や。あの地震も、もう30年も昔の話になってもうたなあ。」
28歳の谷にはイマイチ共感できず、愛想笑いを浮かべて(変なん捕まってもうた、と思いながらも)某球団の開幕スタートダッシュに話題を切り替えた。大阪では大抵の場合、初対面の人間相手の会話でも某球団の話題でなんとかなる。
会話をしながら朝イチで日本橋に走って、中古でいいからPCを確保しようと考えていた。多分、中国の部品を使っていないPCの争奪戦が起きるはずだ。PC難民になったら仕事にならない。無論そもそもの話として、生きていればの話だとは思う。
ネット上では北や中国から、核や化学弾頭を撃たれる可能性も広がりつつあったのだ。
(頼むぜ・・。)
谷は普段意識してこなかった、自衛隊に心の内で初めてエールを送った。




