宇宙戦争
戦況ディスプレイの表示に変化が無くなった。まるでフリーズしたかのようだ。
航天軍の士官が、オペレーターに問いかける。
「どうした?」
「衛星群からの通信が受信できません。米軍による妨害電波の可能性があります。
あまり長時間の妨害電波放射やレーザー照射は行えませんから、そのうち状況は判明します。攻撃に少し遅れが出るかもしれません。
この間に、目標の衛星は位置を変えるでしょう。
いずれにせよ、米軍や西側の衛星を台湾上空から締め出すことには成功しています。」
だがその頃、実際に衛星を管制している北京の航天軍飛行管理センターは、悪夢に襲われていた。
上海の司令部にリンクしている宇宙空間の戦況データよりも、詳細な状況が分かっていたからだった。
彼等は想像を絶する事態に襲われていたのだ。
作戦開始当初、彼等が衛星に攻撃を開始させると、日本やアメリカの衛星は位置を変えたり妨害電波を放射して、攻撃から逃れようと試みた。
それに対して、航天軍のオペレーター達は巧みに妨害を回避しつつ、日米の衛星を追い詰め、主力のHPM攻撃衛星の射程に収めつつあった。
だがその時、全くのノーマークだった、民間の通信衛星コンステレーションの無数の衛星が、突然機動を開始。群れをなして中国側の衛星を取り囲み始めたのだ。
事態を察した航天軍のオペレーターは、接近する衛星に対して攻撃を開始したが、あまりに数が多すぎた。
自軍の衛星と、米側の衛星のシンボルが重なっていく。
「自爆攻撃か?」
双方の衛星のシンボルや信号は消失しなかった。だが、反応は重なりあったまま、衛星軌道を外れて大気圏に降下を始めた。
中国側の衛星は、攻撃衛星共々無害な通信衛星を装っていた衛星に、次々と地表へと引きずり込まれて行った。
「あのペテン師が!」
航天軍の司令官は事態を理解して罵り声をあげた。
中国側の衛星群に一斉に攻撃を開始した、通信衛星コンステレーションを運営している民間企業の経営者は、世界的にも有名な人物だった(張中将のあこがれの人物でもある)。
一筋縄ではいかない性格の彼は、自社の衛星コンステレーションには軍事利用できる余地は無いと、常日頃から公言していた。
だが実際には、軍が後から補償して会社の運営にも金を出してくれるのなら「1000基ぐらいなら使っていいよ」と、アメリカ宇宙軍に自社の衛星運用をオーバーライドする権限とソフトを与えていたのだった。
自社の衛星に、他の衛星にまとわりついて、強制的に軌道を変更してしまう機能を組み込んだ上で。
航天軍は米側の攻撃衛星は10基以下。他には妨害電波を放射する機能がある衛星だけ。攻撃目標の衛星は軍民、欧州のものも含めて300基以下と見積もっていたのに、2000基の低軌道衛星に逆襲されてしまっていた。米側の民間衛星コンステレーションに、積極的な攻撃機能が実装済なのは計算外だった。
台湾海峡に住む人々は、この日突然、夜空に無数の流れ星が通り過ぎるのを目撃した。
その画像はすぐさま画像投稿サイトにアップされた。
素直に流れ星と受け取った者もいたが、台湾海峡での緊張を鑑みて、破壊された衛星が大量に落下しているのではないか?という意見を述べた者も多かった。そしてそれは事実だった。
双方の妨害電波、衛星の位置変更と喪失により、地上では民間の衛星通信、カーナビ、スマホの位置情報アプリに一斉に不具合が生じていた。
流れ星の動画と、位置情報系アプリに異変の発生。これらの事象から「戦争が始まった」と直感した者は、警告をネットに流し始めた。
衛星コンステレーションは比較的低い軌道を縄張りにしていたから、最も高い高度に位置する一部の「北斗」の衛星にまでは、手の出しようが無いはずだった。
だが、これまた衛星コンステレーションを運営する会社は、アメリカ軍に委託されて、アメリカ上空に攻撃衛星を自社のロケットで打ち上げていた。
アメリカ軍が自前で打ち上げた物を含めると、高度3万6千キロの静止軌道にも、攻撃衛星15基を投入しアメリカ上空に待機させてあったのだ。
アメリカのGPS衛星や、EUのガリレオ衛星を攻撃しようとしていた中国の攻撃衛星は、アメリカ側のレーザー照射で真っ先に無力化された。
続いて北斗の衛星が次々と無力化されると、航天軍はバックアップの衛星を送り込もうとした。だが、待ち構えていた米軍の衛星に、やはり無力化されてしまう。
航天軍側は、生き残っている衛星を台湾上空から退避させ、周辺で待機させるしかなかった。
史上初の宇宙戦は、米側の圧勝に終わったのだ。
中国版GPSの北斗と、中国製衛星コンステレーションのネットワークが、台湾と太平洋上空から締め出されたことは衛星通信や、衛星軌道からの偵察が不可能になっただけではない。
対艦弾道ミサイルを始めとした中国側のスタンドオフ兵器の精密誘導が、極めて難しくなったことをも意味する。
航天軍司令部は何が起きたかを理解していた。だが、事実をそのまま上海に報告するつもりは無かった。彼等にも面子がある。作戦開始後わずか2時間で、史上初の宇宙戦争に完全敗北した、などと言えるわけが無かったのだ。
航天軍司令部は結論した。真実を上海に報告するのは、他の軍が航天軍を上回るヘマをしでかした後にすると。
2025年4月1日 2:15 宮古島
花は一人で明かりも使わず、静かに新たな待機場所を得ようとゴルフ場周辺を歩いている。
不意に何かを感じた彼女は、夜空を見上げた。
次々と流れ星が流れている。
花は無邪気に綺麗だな、と思った。目的を一瞬忘れて、動画を撮ろうとさえしている。
(あっ、そういえば2年生になったんだ。)
戦争が始まったとは、想像もしていなかった。
上海の指揮所では、航天軍士官が張達に言い訳をしていた。
米側の予想を上回る宇宙空間での妨害電波の放射に苦労しつつも、こちらも妨害電波を放射。このため、お互いの妨害電波で宇宙空間の戦況が確認しにくくなっており、北斗の運用にも障害が一時的に出ていると、もっともらしく説明する。
衛星画像も、米軍が何らかの方法で妨害を行ったらしく入手できないが、米軍の衛星を制圧しつつあり、戦況は航天軍の優位と言っていた。
ロケット軍司令部は思案した。どうやら宇宙軍は、史上初の宇宙戦争で勝利を収めたと主張しているものの、実際には上手く行ってないらしい。
北斗や軍事衛星群が機能停止しているのではないかと、ロケット軍以外の各軍は疑っていたが、肝心の航天軍が認めないし、独自に検証する方法も無かった。
上海の指揮所の各軍のスタッフにも、北京の各軍の司令部にも、早くも動揺が広がった。
宇宙の状況が判明するまで、作戦開始の延期を張に進言する軍もあった。
だが張は何事も無かったかのように、予定通り実行することを命じた。
米軍流の衛星を使った、スマートな作戦を夢見ていた各軍の上層部は動揺している。だが、張にしてみれば、元から損害を度外視した現代の人海戦術を実行するつもりなのだから、衛星は使えれば幸運程度にしか思っていない。
どの道、国家主席も中央軍事委員会も、今更作戦中止を命じるわけが無いのだ。
張は続けてロケット軍に攻撃開始を命じた。
目標は勿論、台湾と沖縄の空軍基地と司令部だった。




