緊急展開
2025年3月28日
陸上自衛隊主力部隊の移動も始まっている。北熊本の第42即応機動連隊は先遣中隊を見送ると、主力は鹿児島港に移動した。
そこで方面隊直轄の支援隊、通信隊、それに西部方面対舟艇対戦車隊と第8高射特科大隊、368施設中隊、第5地対艦ミサイル連隊第1中隊、さらには第12普通科連隊と第43普通科連隊から抽出された、重迫撃砲2個中隊と合流。
その後、PFI船の「ナッチャンworld」「はくおう」それに海上自衛隊が差し出した「かが」に分乗。30ノットの高速で、与那国に向かって海上輸送の途についた。
高速道路を使用しての陸上自衛隊各部隊の移動には、8時間の遅延が生じていた。
浜名湖橋爆破事件を受けて、検問の強化と、自衛隊に随伴する警察の手配、移動途上の橋梁やトンネルに対する不審物の点検に時間がかかってしまっていたのだ。
テロ攻撃を受けて、公安は遠慮なく中国の工作員に対する摘発を開始した。
これに対して、中国側は中華系住民の不当な弾圧だとして、日本に対する攻撃の正当化に使うつもりでいた。
他、増強されたPFI船や輸送艦に分乗し、日本全国から即応機動連隊と、その支援部隊を
中心とする増援が続々と先島諸島を目指していった。
中国が最初にどこをどの程度の強度で狙うのか未だに不明な上に、北のミサイル攻撃への警戒と、輸送船団護衛、それに「アメリカ」ESGへの救援で、海上自衛隊は分散を強いられている状況だった。
やはり、戦力を集中しての海上打撃によって、中国の上陸を阻止するのは厳しいかもしれなかった。
少なくとも海上輸送を完了し、「アメリカ」遠征打撃群と合流して、まとまった水上打撃部隊を編成すること無しに、中途半端な戦力を東シナ海に展開させることは、わざわざ中国軍に有利な状態で奇襲してくれと言っているようなもので、自殺行為であると考えられている。
おまけに米軍の空母打撃群は、ニミッツのグループがグアムに向かっている最中で、日本近海には一つも居ない状況だった。
一見消極的にも思える海上自衛隊の動きの例外は、潜水艦隊ともがみ型だった。
潜水艦隊は、東シナ海で中国軍を待ち伏せするため、入念に検討されてきたポイントに慎重に進出すると、そこで着底して息を潜めていた。
もがみ型各艦は、輸送終了後、離島の港を機雷で封鎖すべく待機している。
さらに2隻のもがみ型が海保の巡視船数隻と共に、決死の覚悟で尖閣諸島周辺海域における警戒監視を続けていた。
彼等の撤収のタイミングは、最も難しい判断になるだろう。
2025年3月29日 13:00 北京
張は早々と奇襲の構想が崩れていくのを認めていた。
国家主席主導で、世界規模での陽動作戦を行ったにもかかわらず、米軍は自身の戦力を対応させようとしていない。
殆ど同盟国に対応を任せている。そもそも、これから動く北朝鮮を除けば、動いたと言えるのはロシアだけだった。
極東のロシア軍は陽動を始めていたが、もともと配属されていた陸軍部隊や、海軍歩兵部隊がウクライナで壊滅していた。
このため、海空軍が活動しても地上部隊の集結が無いため、日本軍は安心して北海道や東北の地上部隊や支援部隊を南西に向けて南下させはじめている。
ロシアの陽動が効果をあげないどころか、北朝鮮への対応と称して、米軍の増援が横田や岩国、グアム、ハワイ、アラスカ、韓国、フィリピンに展開しようとしていた。
世界に散らばる米海軍も太平洋に向かっている。
太平洋で警戒している潜水艦によれば、米原潜も西にむかっているようだ。偵察衛星は太平洋上の米軍艦艇が、台湾周辺に向かっているのを観測していた。
こちらの機動艦隊は、3つの空母グループが偽装進路を解いて合流したところだ。
このままだと、第2次大戦以来の空母機動部隊決戦ということになりそうだった。
つまり結局は、中国政治指導部が友好国に対して行った働きかけは、期待した程米軍の戦力を引き付けていなかったのだ。
こちらの意図を見抜かれているのは明白だった。
人民解放軍の移動は、通常の演習や災害救助訓練および、台湾の挑発行為への対応であると外務省報道官が連呼し、日米台の「過剰反応」を繰り返し非難していた。
それにもかかわらず、かれらは迎撃態勢を整えようとしている。このままでは戦術レベルの奇襲すら実現しなくなる危険があった。
米軍と日本軍の体制が整わないうちに、一挙に台湾と先島諸島を攻め落とす構想だったが、そう都合良くはいかないらしい。
張は各軍の上級指揮官から、まだ部隊の移動と集結は完了していないが、作戦開始を早めるべき、との意見具申を相次いで受けていた。
だが、中央軍事委員会は自分達の決めた大方針が崩れたことを、認めないだろうと張は思っている。
2025年3月30日 21:05 宮古島
SON宮古島班の面々は、ゲストハウスで疲れ切った表情を浮かべていた。
連日、自衛隊や米軍の移動に抗議しようと試みたが、まるで上手くいかず、徒労に終わっていたからだ。
原因は警備にあたる警察が、これまでとは次元の違う、断固とした対応で近寄らせなかったからだった。
SONの若者は血相を変えて、阻止線を張る警察官達に罵声を浴びせたり、「今彼等を止めないと戦争になっちゃうんだよ?わからないの?家族を戦争から守りたくないの?」と説得を試みたが、無駄だった。
せめてドローンで上空から様子を探ろうとしたが、SONが持ち込んだドローン4機は、次々と操縦不能になって帰ってこなかった。
後で知ったが、国会で野党の猛反対にもかかわらず、与党は時限立法を次々と強行採決で成立させていた。
その中には、自衛隊の展開予定地域や移動中の様子をインターネットに投稿することや、付近にドローンを飛行させることを禁止するものがあったのだ。
警察はこれを根拠に彼等を強硬に排除してきたし、機動隊は新たに装備した、三菱重工が開発したばかりの対ドローンレーザーシステムで、ドローンを焼き落としたのだった。
欧米系のSNSも、彼等への支持が薄れ始めているように感じられた。
気落ちするメンバーを花は元気付けていた。ならば中華系SNSで真実を広めれば良い。
宮古島では島民が避難を開始したことで、物資の流通が混乱していた。おかげで食料品が手に入りにくくなっている。
しかも物資の手配は李の担当だったが、なぜか急に連絡が付き難くなっていた。
食料もだったが、失ったドローンを手配する必要もある。
困った宮古島班の面々を代表し、花が澤崎に連絡すると、李は各島に散らばったメンバーへの手配で手いっぱいになっているらしい。
実際には、浜名湖橋爆破事件以降に公安の活動が厳しくなったため、拠点の中華料理屋を撤収し、位置を頻繁に変えつつ電話連絡を控えているためだったが。
澤崎は食料やドローンは、自分が手配すると言った。
「八木さん、お母さんとは仲直りしたの?」
「いえ、まだです。でもこれは母を守るためでもありますから。これが終わったら、母も私達の活動をきっと理解してくれます。そうなったら晴れて里帰りします。」
「そう・・・。仲直り出来るといいね。」
その澤崎の態度に花は違和感を感じた。
(なんだろう。澤崎さんは親離れを奨めていたはずなのに。親離れと、仲直りは別ってことかな?)
澤崎は電話を切る。花達は先島の島々が独立するようなことがあっても、当たり前のように「日本」と行き来できると思っていた。
もう家族と会えないかもしれない、という発想は彼等にはない。
「バカが・・。」
澤崎は顔を押さえる。酷く疲れた気がしていた。
澤崎との電話を終えると、花は出発前に母からの手紙がポストに入っていたのを思いだした。
大事なやり取りは殆どメールやアプリを通して行っていたから、ポストの郵便はたまにしか確認していない。
さらに今時、手紙を出してくる人間が居ると思わなかったから、手紙はしばらくポストに滞留していたようだった。下宿を急いで出発した時、花はポストをチェックすることに辛うじて思い至り、見つけた手紙を一応バックパックに入れてあったのだった。
内容に想像が付く気がして読むのが億劫だったが、今は時間も余っているので読んでみた。
「あ・・・。」
花は怒るかもしれないが、29日から31日まで那覇に来るわね。とあった。
母に待ちぼうけを食らわせたようだ。さすがに悪いことをしたと思う。
前回の電話での大喧嘩も、今から思えば言い過ぎだったし、未だに着信拒否しているのもやり過ぎだと思った。
ここで活動している以上、母に会いに行きようもなかったが、せめて一言でも謝罪の電話を入れて帰らすか、沖縄観光でもさせようかと迷っていると、久米から電話が入った。
「八木さん夜遅くにごめんなさいね。そちらはどう?」
「厳しいですね・・・。」
「こちらもよ。さっきのニュース見た?」
「いえ。何かありました?」
「まずいわよ。自衛隊の出動に抗議する人だけでなく、激励に集まろうとする人が増えてるんですって。
とんでもない話だわ。私達が気づかないうちに、政府の洗脳が進行していたのかしら?
こうなったら、あなた達のような真実に気づいている若者が頼りよ。SONさんも、残念ながら離脱した人がいるみたいだけど?」
「ええ、逃げちゃった人は一杯居ます。けど、半端な人はこっちも願い下げです。」
「えらいわね。とにかく、もう時間が無いから私達も前田先生を立てて、最後の手段に出るわ。」
「いよいよなんですね!」
「そのために、お宅の小田君が石垣島で一肌脱いでくれるわ。あまりやりたくないけど、ボートを使った自作自演ってヤツ。
まあ、右翼や政府はもっと汚いことを山ほどしてるんだから、このくらいバチはあたらないわ!」
久米との電話に続いて、次々とメンバーが話しかけてきたので、花は母への電話のことをすっかり忘れてしまった。
「花ちゃん。花ちゃん。SNSで軍事に詳しい人からアドバイスだよ。」
「どんなー?」
「うーん。移動する自衛隊に近づけないなら、手分けして彼等が移動しそうな場所で、待ち伏せするのがいいんだって。自衛隊って、一カ所に留まらずに、いっつも居場所変えるんだって。」
「なるほどねー。やり方変えてそれで行こうか。」
「あと、こーいう装備の写真をアップしたら深刻さが伝わるってさ。」
「ふーん。82式指揮通信車?あーなるほどね。」
「次はこれ。」
「えーと、でんしせんシステムニュース?アイドルみたいな名前だね。次はさんしきちたいくうゆうどうだん?それから、じゅうにしきちたいかんゆうどうだん?あとは米軍のねめしすたいかんミサイル?」
「要はこいつらがレアキャラで、写真アップされるだけでも、自衛隊には痛いみたい。」
「ふーん。となると、次はどこに来るかだね。」
花はゲストハウスの机に地図を広げる。
「さすが八木さん、こんなおっきな地図用意してたんだ。」
「任せてよ。ちなみに去年の夏、宮古島に来た時に自衛隊が訓練していた場所がここだよ。似たような場所をピックアップして、皆で手分けして網張れば、どっかに引っかかるんじゃないかなあ。」
「なるほど。最悪、野宿とかもすることになるかもね。うーん。きつそー。」
「皆ここは覚悟決めて行こう。僕たちが平和を守るんだ。」
「そうだ!がんばろうぜ!」
勿論「軍事に詳しい人」は、人民解放軍情報支援部隊の人間だった。
彼らは支給された中国製スマホの高性能に感謝していた。
通信を行う際の出力が高く、自分のスマホだと電波が届きにくいような離島地域でも、余裕で通信が出来る。そもそも2年前に構築が開始された、中国版スターリンクとすら契約してあった。
だが、彼等はその意味に気づいていない。




