新司令官
2025年2月14日 9:00 北京
中国国家主席は憮然としていた。
首相、外相と手分けして行った外交が殆ど期待外れに終わったからだ。
今、彼の執務室には自身と首相、外相他数名の側近と秘書官だけが居り、1か月近い外交の成果、その振り返りを行っていた。空気は重苦しい。
世界に米国を恨んでいる国々は多い。中国に覇権が移るのなら、今まで金をばら撒いてきた国も含め、中国に乗って利益を得ようとする国々は多いはずだった。
こういった国々をまとめあげ、侵攻開始後に米国が企むであろう中国への制裁発動を妨害。
作戦が成功するまでの間、疑似的なブロック経済圏を作り上げておき、制裁が効果を発揮する前に台湾と沖縄の一部を占領してしまう目論見だった。
だが、その期待は見事に裏切られた。
ロシアが約束より早く攻勢をかけて失敗し、戦争そのものの敗北が必至であるという現実は、冷戦終結後の平和から目覚めた欧米に監視された世界において、力による現状変更を行うことの難しさを各国に認識させていたのだ。
今更ロシアの真似をしようなどという無茶の巻き添えで、欧米に制裁されるのはごめん被る。協力するとすれば、それは中国が本当にアメリカに勝利できることを証明してから、というわけだった。
確かに世界にアメリカを嫌っている国、恨んでいる国は山ほど存在していた。
だが、だからといって中国が信用されているわけでも、新たな覇権国家として期待されているわけでも無かったのだ。
今までの経済協力には感謝はするが、だからといって中国と心中する義理までは各国には無い。
外相が訪問したロシアと北朝鮮両国の協力の意思を確認できたのが、殆ど唯一の成果だ。
このままだと侵攻を開始した場合に、ロシアがウクライナに侵攻した時と同様、国際的に孤立してしまい時間の経過は中国にとって不利となる。
つまりは軍部に大見得切って約束した、中国に有利な国際政治環境の実現は失敗に終わったのだ。
長征計画統合司令部は、中国首脳が計画への国際的な支持をある程度取り付ける前提で、孫上将のプランより短期化されたとはいえ、まだ比較的長期間の作戦計画を立てている。
その前提が崩れた以上、長征計画はより短期的なものに修正されねばならなかった。
(国家主席は若い頃に政治士官として陸軍に勤務した経験から、軍の作戦への一定の理解があった。)
だが、その原因は中国首脳による外交の失敗にあるという事実は、彼等の面子が認めない。
政治が失敗したのでは無く、軍部の計画に問題があったことにする必要があった。
勝利は軍部に政治が指導を行ったことにより、もたらされねばならないのだ。
国家主席は口を開いた。
「・・・劉上将を呼びたまえ。その後は張少将だ。」
5時間後、張少将は急に中央軍事委員会に呼び出された。
何事かと思う。対日工作は順調だった。間もなく1年かけて組織した、沖縄の親中派組織が県内で情報支援部隊の指揮の下、米軍、自衛隊、警察とトラブルを発生させる。
これを理由として沖縄の独立運動を加速させ、侵攻開始直前に親中派は日本に独立を宣言し、自衛隊と米軍の即時退去と、そして中国軍の進駐を求める段取りだった。
何か問題があったか、誰かが裏切っただろうか?
会議室の外で小一時間待たされると、劉上将が副官と副司令官を伴って出てきた。
劉上将はいかにも海軍士官、といった端正な容姿と雰囲気を纏っているが、内実は逆で自身の栄達と海軍の勢力拡大ばかり考えている強欲な人物だった。
その彼が悄然と油汗を浮かべながら力無く歩いている。
張の前を通り過ぎる時に一瞬睨みつけてくると、そのまま立ち去っていった。
敬礼で見送る。彼を始め、軍の高官に嫌われることには慣れていたから、今更気にもならなかったが様子がおかしかった。
(何があった?)
さらに1時間後、今度は張自身が青ざめた表情で会議室から退室してきた。
彼は中将に昇進の上、解任された劉上将に代わって統合司令官に任命されることを、国家主席から直々に告げられたのだ