1.
物心ついた時、なんとなくここは”違う”のだという薄っすらとした予感が湊にはあった。
まるで目に入るすべてが見えない膜に覆われているように触れ難く、近づき難く、その感触が曖昧としていて危うい現実感しかない。魚が地上では呼吸ができないように湊にとっては世の中がまさにそれだった。
都立の良くも悪くもない高校に通う幸崎湊は存在感がない。入学して2年目の春になってさえ持ち上がりのクラスメイトたちに名前を忘れられるし、毎朝の出席確認でさえ順番を飛ばされることがしばしばあった。
「えーっと…幸崎って奏汰の方じゃなくてもう一人?もう一人なんていたっけ?」
「幸崎 奏汰の”弟”だよ。幸崎…なんだったかな、とりあえずそいつにこのプリント渡しとけって数学の小山に言われて来たんだよ」
彼らに悪気がないことは分かっている。もうずっと湊の生活はそうなのだ。存在感がなく、気がついたら忘れられている。そのあたりに生えている小さな青い花をつける野草の方がそれでも存在を発しているだろうと自分自身でさえそう思う。
「それ、僕のことだよ。幸崎湊」
「ああーそうだそうだ、湊くんだ!ごめんね~もう2年目なのにね、なんで覚えられないんだろ」
「そうそう、幸崎湊!ほい、これ小山からのプリントな。こないだ渡し忘れた分だってさ」
「いいよ、気にしないで。どうもありがとう」
湊がプリントを受け取ると、二人はそのまま湊のことなど忘れたように次の話題へと移っていく。その話題は湊の戸籍上の兄に当たる3年の幸崎奏汰のことだった。
「奏汰先輩さあ、また試合で大活躍だったんだってな~」
「そうそう!もうあたしたち写真部に先輩の写真注文してあるんだ~かっこいいよねえ、サッカー部のエースで顔もイケメンで、性格も優しい…完璧ってあの人のためにある言葉だと思うわ」
「羨ましいなあ。俺も奏汰先輩の爪の垢でも飲んだらモテねえかなあ」
「やめなよ、きもい」
そんな会話を尻目に、湊は合皮の通学鞄に数学のプリントを仕舞い込むとさっさと二人の脇を通って教室を出る。放課後で賑わう廊下の人混みの間を息苦しく思いながら縫うように進み、疲れた足取りで昇降口に辿り着き靴を変える。湊の足のサイズは入学時から変わらない。対して兄の奏汰は入学してからぐんぐんと背が伸びて制服を一度買い替えているし、上履きや革靴は3度も4度も買い替えている。成長著しい奏汰と違い、湊は成長期が終わってしまったかのように身長も伸びなければ体重も変わらなかった。
「…はあー…」
外に出ると葉桜になった桜の木が風に吹かれて揺れていた。ただでさえ生きづらいと感じている湊だが、自然の中にいる時はいくらか心が休まる。ざあざあと風に吹かれて騒ぐ木の葉の音や風に吹かれて香る青草の香り、土手沿いを歩いている時の湿った水と芝生の香りを嗅いでいるの間が唯一心の安らぐ時間だった。
学校から家まで湊は徒歩で通学している。歩いて40分ほどの住宅街の一角に自宅があり、バスや電車でも通えるが、どちらも湊は苦手で徒歩で通学することを選んだ。自己主張をあまりしたことがなかったが、入学時に徒歩通学すると言った時に久々に何かを主張したな、と思ったのを覚えている。湊は病気がちで、体調が良い日が多くはないが両親はさして興味の無いように好きにしたらと言ってそれで話は終わりだった。幸い、一度も帰路途中に倒れたことはないので問題はない。
帰路は学校が面する大通りを歩いて河川敷の土手沿いをしばらく歩く。20分ほど土手沿いを歩くと小学校と林の間に小道があるので、そこに入ってまたしばらく歩き、銀杏の木立のトンネルが開けるとそこはもう自宅のある住宅街だった。湊は帰路の中でもこの林の中にある小さな池が好きだった。
「誰だよ、こんなところにゴミ捨てて…」
池の周りには春はアカネスミレやオオイヌノフグリ、コイワザクラなど小さな野草の花々が点々と咲き、水面では春の日差しがゆらゆらと穏やかに揺れている。美しく輝く水中には小魚が屈折した光を煌めきながら悠々と泳いでは、時折ぱしゃんと跳ねる。この池は林の奥まったところにあるからか、近所の小学生たちも訪れない。湊のちょっとした秘密基地だ。
しかし、今日は池の様子がいつもと違う。池の入り口におざなりに置かれた黒い物体を手に取った湊は思ったよりもずっしりとして、しっかりとした布地であることに驚いて誰かいるのかと顔を上げた。
「………誰」
池の淵に膝をついてなにやら水面を覗き込む男がいた。湊が手に取ったものはしっかりした布地のバッグなのかとも思ったがどうやら違う。一枚の布のようだった。それよりも池を覗き込む男の奇抜な格好に思わず湊は誰、などという失礼な物言いが口を突いて出てしまった。
「!何者だ!」
湊の声で存在に気づいた男は驚くほど早く身を翻し、その腰にぶら下げていた現代では早々お目にかかることのない長もの、剣を湊に向けた。
「わっ…!」
あまりに突然のことに、湊は思わず後ずさってそのまま尻もちをついてしまう。
「貴様、変わった服装だな。この辺りの住民か?」
「か、変わってるのはそっちでしょ…!っていうか剣!?」
「?何を言って…」
男がそう言いかけた時、轟音が空から響いて遠くを飛行機が飛んでいく。湊が住むこの地域には自衛隊基地もあるため時折こうして大きな音を響かせるのだ。先程まで突きつけていた剣のように緊張感のある声で湊に詰め寄っていた男は間の抜けた声でつぶやく。
「ここは一体………どこだ…?」
男はリーバイという名前で、違う世界から来たのだと言う。まるで信じられない話だが、この平和な日本で本物の剣を持っていることやリーバイのマント(湊がバッグだと思って持っていたものは彼が脱ぎ捨てたマントだった)、彼自身の服装や持ち物(干し肉や干し葡萄の他には見たこともない国のコインを持っていた)を見る限り、彼の話を信じざるを得なかった。
「おそらく私が飛び込んだ泉がこのニホンとやらと繋がっていたのだろう。失せ物探しの泉は求める者を導いてくれると言うから、私の探し人はおそらくここの近くにいるはずだ」
先程は剣を向けて済まなかった、とリーバイは湊に誠実に謝罪してくれ、少なくとも彼自身が悪者ではないことは分かったため、湊は腰を落ち着けて彼の事情を聞いていた。
「その、リーバイさんの探している人ってどんな人なんですか?」
「セオドアという名前のユニコーンを探している。この辺りにユニコーンの目撃情報などはあるか?」
「ユニコーンって…白い馬に角が生えた…?あの…?」
子どもの頃に見た朝のアニメ番組で見たような記憶はあるが、あくまで空想上の生き物であって日本に存在するはずがない。
「それは本性の姿だ。彼らも普段は人型で過ごしている」
「ちょ、ちょっと待ってください。あの、がっかりさせたくて言うわけではないんですけど、この世界ではユニコーンは空想上の生き物です。現実にはいない…と思います…」
思わず尻すぼみになった湊の語尾と共に、リーバイの眉根もしおしおと下がっていく。彼には悪いがそれに付随して剣を持っていると捕まること、その出で立ちではまともに話を聞いてくれる人などそうそういないだろうことやこの世界のことを彼に話してやった。
「きっとこの世界のユニコーンたちは人に紛れて暮らしているのだろう。失せ物探しの泉に間違いなどあるはずがない」
「そもそもどうしてそのユニコーンを探しているんですか?」
「テオドアはユニコーンの中でも特殊で、神の愛娘とも言われている。我が国の代々の伝統で皇帝は神の愛娘と結婚することで国を平和にしてきたが、当代の娘が彷徨いの嵐に巻き込まれていなくなってしまったんだ。神の愛娘がいなければ不浄を浄化することができず、いずれ我が国は没してしまう」
彼の言う失せ物探しの泉とやらがどれだけの効果を発揮するのか湊には疑わしいが、リーバイに諦める気はないらしい。国が危ういと言われてその命運を託されているのだから当然かもしれないが、それでも湊にとっては荒唐無稽な話だった。
「つまり、リーバイさんは王様からの命令でそのテオドアを探しているってこと?」
「ああ。祖国では他の部隊も総出で探しているが、失せ物探しの泉は森の奥深くにあり危険も伴う。それで俺が来ることになったんだが…」
まさか飛ばされた先がこんなにも違う世界だとは思わなかった、と言いたげに口ごもったあと、一つ咳払いをしてともかく、と彼は話を続けた。
「どちらにせよ、失せ物を見つけない限りこの泉を使って帰ることはできない。ミナト殿、もしよければユニコーン探しを手伝ってはもらえないだろうか?君の話を聞く限り、この国で私が自由に動き回るには誰かの助けが必要そうだ」
「手伝うのは良いですが…どうやって見つけるんですか?人と見た目は変わらないんですよね?」
ユニコーンとやらを見つけないとリーバイも祖国に帰ることができないというのなら手伝わないわけにはいかない。少なくとも、湊の良心はそこで見捨てられるほど落ちぶれてはいなかった。しかしリーバイの服装では現代の街を歩き回ることなど到底不可能だ。服装だけなら兄の奏汰の服を拝借してくれば問題ないが、すでに日は落ちかけている。未成年である湊には門限があるのだ。今日これから家に戻ってまたこの池に戻ってくることはできないし、奏汰もすぐに帰ってくるから服をこっそり借りることなど不可能だろう。けれどリーバイは今すぐにでも探しに行ってほしいとでも言いたげな雰囲気だ。
「これだ」
どうやってユニコーンを見つけるのかと問う湊にリーバイは懐から一つのペンダントを取り出した。美しい白銀のチェーンの先にぶら下がっていたのは驚くほど透き通った”水晶”だった。春の柔らかな夕陽を吸収し、不思議なことに屈折しないままスッとまっすぐに通り抜ける不思議な”水晶”だった。
「先代の神の愛娘の涙で、国宝だ。本来なら俺のような身分の者が持たされるなど有り得ないのだが…準備ができるまでこれを君に託そう。どうかこれで神の愛娘を見つけてくれないだろうか」
湊は貴重は水晶を預かり、リーバイには2日後に洋服を持ってくるからそれまでこの池から動かないことを約束させて一度帰路についた。リーバイの説明だと、この石は近くに神の愛娘がいるとほんのりと発光して熱くなるのだという。
「ただいま、お母さん」
「あら今日は遅かったのね。奏汰ももうすぐ帰ってくるから手を洗って着替えてきなさい」
帰宅すると湊とはあまり似ていない母がすでにキッチンで夕食の支度をしており、声をかけると振り返りもせずに冷たくそう返ってきた。いつもより近寄ってから彼女に声をかけてみたが、胸元の宝石は冷たいままだ。どうやら彼女は人間のようだった。
ポケットに手を突っ込んで水晶の変化を確かめると、湊はいつも通り自分には興味がない様子の母に小さくため息を吐きながら自室に戻って着替える。そうしている間にも玄関から「ただいまー!腹減ったー!」と元気な兄の声が聞こえてきて、嬉しそうに出迎える母の声も届き湊はまたずぅんとした気分になった。母は奏汰のことは可愛がるが、湊のことはちっとも可愛がってはくれないのだ。確かに、湊は病気がちで奏汰のように運動神経が良いわけではない。けれどその代わりずっと勉強を頑張ってきて、中学の頃から今まで学年首位を落としたことなどない。けれど母や父に褒めてもらえた記憶など一度としてなかったし、帰宅を迎えてもらったことなど勿論なかった。
「お、湊もおかえり!今日の夕飯は生姜焼きだぜ!」
「ただいま。良かったね、奏汰生姜焼き好きだもんね」
「おふくろの生姜焼き旨いよな~、湊、俺のご飯大盛りって言っといて」
兄である奏汰はそれなりに弟である湊を可愛がってくれている。家族であるから本来当たり前だが、気さくに話しかけるし、厳しい母親に怒られた湊を昔から慰めてくれるのは奏汰だけだった。そして、肉が苦手な湊の代わりに時折母親の目を盗んで代わりに食べてくれるのも奏汰だった。(そして代わりに奏汰の野菜を食べるのは湊の役だ)
「あ、ねえ奏汰。今日演劇部の子が奏汰の服を貸してほしいって言ってたんだけど、適当に見繕って貸してもいいかな?」
「ん?おーいいぜ。適当に持ってけよ」
部屋に引っ込む奏汰を呼び止めて、すかさず湊は奏汰から言質を取り、なんとかリーバイに貸し出す服を確保した。今日は奏汰の機嫌が良くて助かった。彼は機嫌が悪い日は湊のことを無視するし、それどころかストレス発散に意地悪をしてくる時があるのだ。それは些細なことだが、湊が肉を残そうとしているだとか体調が悪そうだとか決まって母親が不機嫌になるように仕向けてくるのである。そうなってくるともう湊には家のどこにも居場所がなくて、ただただ嵐が通り過ぎるのを待つ小鳥のようにじっとしている他なかった。惨めだったし、父にも見てみぬフリをされて悲しかったが、湊にはそれらをどうすることもできない。ただただじっと身を小さく縮こまらせて耐えるほかないのだ。それが湊にとっての日常だった。
翌朝、湊は奏汰から借りた服を持っていつもより早めに家を出た。今日も食卓には湊の嫌いなソーセージが上がっており、それを食べるのに苦心しながらもなんとか飲み込んだ。母は我がままに厳しく、昔から肉が嫌いな湊のことを叱ってばかりいた。そのため、中学に上がる頃には湊も諦めて黙って嫌いな肉をなんとか食べることで家庭と己の心の平和を守る方に注力している。ここ数年は奏汰がまさに成長期で朝昼晩と肉を欲するので、特に湊にとっては苦しい食生活が続いていたが、母も父も奏汰も気にすることなどない。そんなことにいちいち悲しんでいても疲れるだけなので、湊は気にしないようにしながら今日も小さな声で「行ってきます」と玄関で呟いて自宅を後にした。
「リーバイさんおはようございます」
「おはよう、ミナト殿。一晩過ごしてみたが、この国は暖かくて過ごしやすいのだな」
学校に行く途中に昨日の池に寄って見ると、リーバイは林から様々なものを見つけてきて池の畔にすっかり生活できるよう基盤を整えているようだった。彼のサバイバル能力の高さに感嘆としながらも、湊は奏汰から借りてきた洋服をリーバイに手渡した。
「これ、僕の兄から服を借りてきました。これなら街を歩き回っていても不審に思われないと思います」
「ああ、本当にありがとう。助かるよ」
「今日、学校が終わったら街を案内しますね。水晶は……」
「良ければ君がそのまま持っていてくれ。学び舎に行くのであれば色々な人と接触するだろう?反応があればぜひ教えてくれ」
そう言ってリーバイは湊を送り出す。彼はこれから朝食になる野鳥を狩るのだという。現代でそうそう聞くことのない言葉になんだか湊は可笑しくなりながらも彼と一旦別れて学校に向かった。
今日の湊はリーバイが早く祖国に帰れるように、休み時間の度に学校のありとあらゆる場所を練り歩いた。休み時間は各階のトイレの周辺を重点的に歩いてみたり、昼休みは購買や女子たちが集まる屋上で昼食を取ってみたりしたが、リーバイの言うような反応は一向に訪れることはなかった。
(これ本当にリーバイさんの言う力があるのかな?)
そう思って時折取り出して日に当ててみるが、やはり光は屈折もしないでまっすぐに石をスッと通り抜ける。不思議な石だった。普通のならガラスや宝石を通った光は屈折するはずなのだ。そして昨夜一晩眺めて気づいたことだが、時折思い出したように淡く発光するのもこの石の不思議なところだった。やはりリーバイの言う通り、近くにユニコーンがいるのだろうか。
午後も休み時間のたびにトイレに行ったり、職員室に行ったりしてみたが相変わらずこの透明な宝石は沈黙するばかりだ。薄暗いところで見るとごくたまに発光はしているようだがいくら握ってみても熱は持っていない。
今日は放課後にリーバイと共に街に出てみる予定なので、授業が終わり次第早々に湊は学校を出て、足早に池に向かった。
「ミナト殿、おかえりなさい。学び舎は終わったのか?」
「はい。リーバイさんさえ良ければこれから…それと明日は学校が休みなので一日お付き合いできますよ」
「そうか、それは助かる!ぜひよろしく頼む」
それから湊はリーバイと共に小学校前でバスに乗り、このあたりで一番人通りの多い私営鉄道の駅前へと向かった。
金曜日の夕方の駅前はすでに学生たちとこれから帰路につく大人たちでごった返しており、何度か人混みに流されそうになった湊をリーバイが捕まえてくれた。こうして他の人たちと比べて改めて思ったが、やはりリーバイはかなり恵まれた身体つきをしている。駅前にごった返す人たちより頭一つ分飛び出ているし、肩幅は立派で流れていく人の川は彼を避けるようにして流れていく。背格好が女子生徒と対して変わらず存在感の薄い湊などここに来るまでに何度も肩をぶつけられてはよろめいているので、彼が羨ましい限りだった。
「どうですか?なにか反応はありますか?」
ひとまず駅前のカフェでテイクアウトしたコーヒーをリーバイに渡し、自分は紅茶を啜りながら湊は聞く。
「うーむ…芳しくないな」
「しばらくここで立っていてもいいと思いますが…」
「しかしそれだとミナト殿が大変だろう。その小さい身体ではこの人混みにいるだけでも疲れてしまわないか?」
「リーバイさんよりは慣れているので大丈夫ですよ。…でも、よければ明日は少し静かなところだと嬉しいです…」
久々に他人に気遣ってもらえて、ここで卑屈になるのも相手に失礼だと思い、湊は小さな声でそうお願いすると、リーバイはにっこりと笑って頷いた。
「ははは、もちろんだとも」
そうして2人で笑っていた時だった。すぐ近くからキキーッと甲高い音と共に何かと何かがぶつかるドンッという鈍い音が響いた。
湊とリーバイが驚いて振り返ると、駅前の横断歩道で自転車に乗った男子高校生と車が衝突事故を起こしたようだった。
「うわ、事故だ」
そう呟いて足早に通りすがっていく女子高生の声にリーバイはいち早く反応した。
「大丈夫か!」
湊にコーヒーを託し、鉄柵を悠々と飛び越えたリーバイは倒れる男子高校生をすぐさま介抱した。一方、事故を起こした運転手は慌てふためいて車から転がり出てきて警察に電話している。
「あ…」
血の匂いだ。湊がそう思ったのとほぼ同時にリーバイは運転手から渡されたタオルで倒れた高校生の足を抑えていた。やはり怪我をしていたようだった。
湊は何故だかこういったことに酷く敏感だった。昔から血に触れたり血を見たりすると昏倒したり体調を悪くしてしまう。そのため、リーバイのことを手伝いたくても今は見ていることしかできなかった。
(卑怯なやつだと思うかな…)
せっかく自分を気にかけてくれる人が現れたというのに、自分の体質のせいで嫌われてしまうだろうか。そんな不安に駆られながらも、風に乗って漂ってくる血の匂いに湊の足はそこで凍りついたように動けなかった。
「ミナト殿、お待たせして申し訳ない」
そうしているうちに運転手が通報した警察と救急車が到着し、お役御免となったリーバイが戻ってきた。
「あっ…!ちょっと待って…!」
「どうした?顔が真っ青だ」
「ちが、血が苦手なんです…っ…」
リーバイが戻ってきてからより近くでむわりと血の匂いが濃く香って、いよいよ湊は吐き戻しそうな勢いだった。これ以上近づかれたら立っていられなさそうだ。
「!そうか、すまない、すぐ洗ってこよう」
ええと手洗い場は…という慌てた様子のリーバイに湊はなんとか吐かないように堪えながらトイレを指差す。
それから湊の体調が落ち着くまで駅前から少し離れた公園に移動することになった。
「すみません…リーバイさんはすぐに手助けに行ったのに…」
「気にしないでくれ。俺は職業柄こういうのに慣れているだけだし、誰にでも得手不得手はあるものだ。それにしても、君はまるでユニコーンみたいな体質なのだな。何故石は反応しないのだろう?」
そういって冗談ぽく笑うリーバイが先程手助けに行けないどころか体調を悪くしてしまったことに罪悪感を感じている湊をフォローしてくれようとしていることに気づいて湊も一緒になって笑った。
「ふふふっやめてくださいよ、僕は普通の人間ですって」
「ははは。君がユニコーンだったら俺の任務も終わったのになあ」
家族も冷たく、友人もいない湊にとってリーバイは年こそ離れているものの一緒にいると心地よい友人となり始めていた。