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「ようザネリ。どうしたそんなに息を切らして。またお上にばれそうになったのか。」
「やあヤカラ。そうだよ、今日は本当にやばかった。殺されるところだったよ。」
俺は冗談めいていった。
「本当に気をつけろよ。多分お前さん、最近特に派手に動きすぎているから捕まっちまえばあれこれ難癖つけてほんとうに死刑にされちまうぜ。」
「怖いこと言うなよ・・・」
「本心だよ。でも最近特にフワウルルは騒がしい気がするな。何かあるんだろうか。」
そういうとヤカラは小上がりから飛び降りた。悪友でありビジネスパートナーでもある彼は卓越した運動センスと洞察力でよく俺を助けてくれる。ヤカラと合流すると、なんとか生き抜いたことに安堵する。安堵すると人間自分の体の調子がわかるもので、その道理に従う限りに俺は腹が減るものである。
「何か食い物はあるか、ヤカラ。」
「ああ、この間市場でもらった干し肉と果物があるよ。喉も乾いているだろう、食うと良い。」
市場でもらったなんて嘘ばかり。まあ誰がいつ聞いているかわからないからその方が良い。
俺はこの隠れ家の匂いが好きだ。ほっとするし、ここはあまりバレることもない。暗い部屋は安心して眠りにつける。入り組んだ家々の隙間を縫ってたどり着くこの空間に訪問者はいない。
「どうだい、それで今日は何か収穫があったのか。」
入り口を塞ぐようにヤカラは俺に訪ねてきた。俺はヤカラが『もらった』というリンゴがうまそうだと思い手に取り齧りながら我が身をベッドに投げた。
「結局なにも。仕事に行こうとしたら、不思議な少女を見かけてしまってね。ヤカラ知っているか。銀髪の美しい子、エマと名乗ったが、レドナの川の橋に座っていた。」
暗い天井の土壁はいよいよ剥がれ落ちそうだ。
「昨日俺がいった時はそんな子見なかったけどな。」
「それが不思議なんだよ、俺も見たことなかったんだが、彼女はあすこで暮らしていると言うんだ。そんなことあるか。俺たちはいつも仕事に行く時はあのレドナの川に架かる橋をいく。そして俺らはいつだって人が怖いから、目を皿のようにして周囲を窺っている。そんな俺たちがあんなに目立つ子を見落とすことがあるだろうか。」
「俺は見たことないからどんなにか目立つかは知らないがね。」
「そうだな、俺たちとは身分の違うような子だよ。」
俺はふざけた調子で言って退けた。
ヤカラは大笑いしてそのスマートな体を揺らした。部屋は暗く、入り口にたつヤカラの顔は逆光で見えない。そびえる高い鼻だけが辛うじて視界に浮かぶ。
「俺たちと他の人間はみんな身分が違うだろうな。俺たちが最底辺だ、今度その子に物乞いの仕方でも教えてやろうか。」
「そりゃ良いアイデアだな。でも家もメシもなんとかなるらしい。よくわからない子だよ。それに妙に落ち着いていて、なんというか。少女に思えないんだよな。」
「へえ、どちらにしてもザネリが人の話をするなんて珍しいな。だいたい人のことを金蔓かそれ以外か、くらいの認識でいるのにな。この間なんか金配る時あんなに美人から喜ばれてたじゃないか。彼女きっとザネリに気があるぜ。それなのに適当にあしらって。」
「あれはそんなものだろう。彼女の誘いに応えたところでリスクが増えるだけさ。それと、俺はちゃんと人を愛しているよ。下層住民に限るがね。上層住民はダメだ、世間体や金のことばかりだからな。」
りんごで口周りと手がベタベタする。何か拭くものはないかと周囲を探るが何もない。入り口の水瓶まで行くのが面倒なのでシーツで適当に拭って誤魔化した。
「そんなものかね。女の件については俺にはよくわからないがね。」
「ヤカラはプレイボーイすぎるんだよ。この間も・・・」
「ごめん!!」
不意に俺たち以外の声が響いた。