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「そうだよエマ。俺は義賊だ。お前はさっきこの出会いが大切なものになるようにと言ったが、きっと後悔するぜ。まあエマが望むなら、こうして出会ったのも何かの縁なことだし、欲しいものの一つくらい俺が盗ってきてやっても良いが。」
俺はこの時少しカッコつけたがエマに簡単にいなされた。
「それはすごいね、ザネリ。でも大丈夫。私は私で欲しいものを探すよ。私はそれに、こうやってフワウルルに生きる呼吸や、レドナの川を流れる音、どんよりしたこの空の詩、それらを見てたらとても心が満たされるからそれで十分だよ。私よりもザネリ、あなたの望むものを手に入れたら良い。ザネリはきっとどんな服装でもきっと似合うよ。」
エマはそう言いながらゆっくりと立ち上がり、スネとお尻あたりをはたいた。乾いた砂が舞う。
少女ながらスラリとして、肌は小刻みに震えるよう錯覚させるほど白く澄んでいる。
レドナの川より冷たい風が俺たちの隙間を滑る。銀色の髪は地上の雪を巻き上げたように輝き、エマの顔をその光の中に隠した。その顔が輝きに包まれた瞬間畏怖を覚える程に神々しく感じて、ああ彼女に仕えることができたらどんなにか幸せだったろうと思わせた。
エマは俺が出会ってきた誰よりも落ち着いていて、誰よりも達観していて、そして誰よりも美しい。その見た目以上に内面は醸成されたものだと知る。そして仮にエマが本当にここで生きてきたとして、この品格と感性が育まれることがあるのか。
「エマ、あなたが欲しいものってなんだ。俺じゃ手に入れられないものなのか。」
「うん、そうかも知れないしそうじゃないかも知れない。誰の家にもあるものだから。どこにあるかはわからないけど、」
「捕まえたぞ、ザネリ!!!」
突如怒声が頭を揺らしフワウルルの兵士たちが俺の両脇を掴んだ。脳も心臓も跳ね上がり、体は一気に凍えた。
しまった、と思った時には観衆は何事かと俺を囲い、兵士の興奮した荒い息遣いは俺の耳を撫でた。
「観念するんだな、ザネリ。ちょこまか動き回りやがって。お前が上層住民の資産を盗んであちこちにばら撒いているのはみんな知っているんだ。最近目立ちすぎだぜ。」
「下層エリアの住人たちに色々調子の良いことを言って配っているらしいな。え?話は聞いているんだぞ。正義のヒーローにでもなったつもりか。色々話を聞かせてもらおうか。」
油臭い息が頬にかかる。俺は思わず言い返した。
「なんだよ、お前らの稼いだ金なんか、俺らを低賃金でこき使って、俺らから税金だなんだって言っていろんなもの巻き上げて、そうでなければギャングやゴロツキと繋がって賄賂で私腹を肥やすようなことばっかりやっているじゃねえか。良いか、俺は富の再分配、てやつをやってるんだよ。お前らにはわからないかも知れないがね。さっさと離しやがれ!」
「なんだとこの!!」
兵士の腕に力がこもる。今にも体が裂けそうだ。流石に二人がかりきついか。
いやわからん、こいつらを出し抜いて生きていた俺だ。腕がちぎれようが、剣で首を刺されようが構うものか。
俺は全力で上半身を眼前の欄干に向かって前に投げ出した。兵士たちが逃すまいと後方に踏ん張る。そのタイミングですぐさま思い切り後ろ向きに石の欄干を蹴飛ばした。
彼らの重い鎧が幸いした。俺と彼らは後ろに盛大にひっくり返って天を仰いだ。暗く濁った空が目に映る。こうなれば身軽なのはこちらの方だ。捕まるより早く飛び起きてエマの隣まで滑り込んだ。乾いた砂は視界を覆うほど舞っている。わずかな視界でチラリとエマの方を見ると、少し驚いたような表情をしているに見える。
「ザネリも追われている身なんだね。」
「え?」
どういうことか聞きたいが、今はとりあえず逃げることを優先した。
「エマ、また会おう!」
俺は下層の街に走り出す。
「待て!!」
兵士が俺の後方でがなり叫ぶ。