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第17話 作戦会議

 司令官の身代わりとしてヒメルが連れて行かれてから数時間後。

 出張先で連絡を受けたユリスは、秘書のヘルミナと共に血相を変えて自宅に戻ってきた。

 だが娘のツルギが無事であることが分かると、いくらか落ち着きを取り戻したようだったので、スノウは事情を説明するため全員をユリスの書斎に集めた。


 司令官は他の者と同様に、ユリスにも自分やユリヤが魔女であることを打ち明けた。

 その後ですぐこの話をするのは少し酷であるとは思ったが、あまり時間も無い。スノウはさらに、ジールが魔女ルディアと密約を交わし、帝国と仕組まれた戦争を始めようとしていることを告げた。



「……おそらく、ジール総督の最終的な目標は軍事政権の樹立だろう。彼は今回も戦争に乗じてクーデターを起こそうと狙っているんだ」


 執務机に腰掛け、秀麗な眉を歪ませながらユリスは言った。


「今回もってどういう事だ?」


 スノウが問うと、ユリスは机上で組んだ両手に視線を落としながら話しだした。


「総督が今の地位を手に入れる事が出来たのは、帝国軍との戦争が激しかった時に、共軍内部で邪魔な人間を徹底的に排除していったからなんだ。そして現在の陸海空の部長たちは、総督の理想に賛同し、その粛清に加担した者たちだ……」


 それからふいっと顔を上げて、


「私を含めてね」


 と付け加えた。


「ユリスは、その粛清の中心メンバーだったから陸軍部長になれたの?」


 娘の言葉を受け、ユリスは少し眉を下げながら答える。


「ああ、そうだよ。各部長たちも私も、元々はジール総督が率いていた中隊に所属していた部下だった。粛清に加わった他の者たちも、ほとんどが同じ中隊の仲間たちだ……まあ、これらはあまり周知はされてはいないがね」


 つまり、現在の共和国軍上層部はジールの元部下が多く居るという事か。

 だからこそこれだけの長期間、総督の座に就いているのだ。


「なあ、やっさんは議員だろ? 議会でジールのおっさんを告発できないのか?」


 それまで腕を組んで黙っていたジェイスが、ユリスの机の前に置かれたソファーに座ったまま上半身を捻ってユリスを見返した。


「残念だが、今の段階では告発するだけの証拠がない。ジール総督が帝国側の人間と密通しているという証拠が無ければ、告発は難しいだろう。せめて帝国側と接触している痕跡でもあればいいが……」


 ユリスは執務机に両方の肘を付いて、白く長い指を交差させながら答えた。


「望みは薄いな。ジールが帝国側と頻繁に接触しているとは考えにくい。その為にわざわざこんなまわりくどい誘拐事件を仕組んでいるんだろうからな……」


 スノウがそう言うと、ジェイスはうーんと唸ってソファーに身体を埋めた。


「ジール総督のことだから、そう簡単に尻尾を掴ませてはくれないだろうね。狙うとすればもう一方……」

「もう一方って?」


 ジェイスの向かいに座って話を聞いていた司令官は、父親の顔を見上げて尋ねた。


「密約を交わした帝国側の証言があれば確固たる証拠になる」


 それはスノウも考えはしたが、しかしそれにはアルフ・アーウ国内に伝手がなければ到底成立しないのだ。


「まあ、その辺りは追々詰めて行くとしよう。それよりも、まずは君たちが安全な場所へ避難することの方が先決だ」

「安全な場所なんてどこにあるんだ?」


 もはやここも安全ではない。現にジールはこの邸宅でさえも乗り込んできた。現職議員の自宅を軍の特殊部隊が取り囲むなど問題にならないわけがないが、その際はおそらくスパイの捕獲を理由にするつもりだろう。


「確かに国内には無い。イルムガード以外の国に逃げるしかないだろう。心配ない。私が責任を持って準備をするよ。──ヘルミナ」

「はい先生」


 書斎の隅で控えていたヘルミナは優雅な仕草で頭を少し下げると、ユリスがそれ以上言わなくてもすべて心得ているのか、返事だけしてそのまま部屋を出て行った。




「さて、問題は勇敢にもたった一人で潜入任務についている君の部下の救出だね」


 ユリスはこちらに向き直ると、腕を組みながら言った。


「彼女がいまジール総督の公邸にいるというのは間違いないのかい?」

「それは……」


 その問いに対する明確な答えを持っていなかったスノウは、言い淀んで司令官の方を見た。

 すると司令官は自分の出番だとでも言うように、ぱっと表情を明るくした。


「大丈夫。ヒメルに掛けた魔術の気配を探れば場所はすぐに分かるよ。建物の配置も間取りも覚えてるから、公邸のどの部屋に居るかも分かる。ユリスが帰ってくる前にあたしたちで大体の計画は立てたんだ! こっちには凄腕の殺し屋が居るからね!」

「では、後の事はスノウ君に任せれば良いわけだね」

「そういうこと〜」


 ニコニコしながら頷き合う父と娘に、スノウは思わず眉間にシワを寄せた。

 だから、そんな簡単に言うんじゃない。


「確かに計画は立てたけどよぉ、いくらなんでも殺し屋二人だけなんて無謀じゃね? 仮にも司令長官公邸だろ? 警備員だって何人居るか分からねえし」


 一般的にはともかく、この家の住人の中においては良識人の括りに入るであろうジェイスが、もっともな事を言い出した。


「大丈夫だって。絶対上手くいく!」


 鼻息も荒く身を乗り出す司令官。

 その自信はどこから来るんだという不満は口に出す気にはならず、スノウはげんなりして長い息を吐き出した。それからお前も何か言えよ、と言いたげなジェイスの視線を無視して別の事を尋ねる。 


「司令官。総督の所に魔女が居る可能性はどのくらいあるのですか?」

「おい! そういうことじゃなくて!」


 ジェイスが何か喚いているが、スノウはもちろん問われた司令官も無視して答える。


「うーん、セシリアがルディアを封印した時の状態から考えると、本人が直接出向いてくるとは思えないらしいんだけど。でもセシリアもルディアと別れてから大分時間が経ってるし、相手がどんな状況なのか分からないんだって。だから、絶対いないとは言いきれない」

「だとしたら、やはりあなたは行かない方がいい。ルディアと鉢合わせするのは危険だ。救出に行くのは俺とシュウだけでいい。ユリス、あんたは俺たちがセイジョウを奪還した後、すぐにイルムガードを出国できるようにしておいてくれ」

「ああ。わかった。手配しよう」


 そう答えてユリスが笑みをこぼす。


「ああ、もう! お前ら無茶苦茶だな!」


 ジェイスが堪らず声を上げた。


「やっさんも何か言ってくれよ! こいつら本気で司令長官公邸に忍び込むつもりだぜ? 無茶苦茶だよ!」

「何だいジェイス君、今更気付いたのかい?」

「え? いや……え?」

「我々は最初から無茶苦茶なんだよ」


 それ以上何も言えなかったのか、ジェイスは黙った。







「ホントにやるつもり?」


 サンルームの椅子に逆向きに座りながらシュウは言った。

 しかめ面を絵に描いたような顔で、椅子の背もたれの上に肘を付き、顎を乗せている。

 スノウは普段と変わらぬ冷静な表情で、テーブルに置いた薄手の黒いネックウォーマーを手に取ると、筒状になったそれを頭からかぶり再び顔を出した。


「やるさ。それしかないだろ」


 そう言いながら首の回りでもたついた布を整える。

 防寒用ではない。潜入する際に口元を覆う為のものだ。


「お前だって、素人の女に借りを作ったままでは居心地が悪いって言ってたじゃないか」

「そりゃあ言ったけど……」

「心配ない。俺とお前で行けば大抵の所には入り込める」

「そりゃあそうかもしれないけど──!」


 はっきりしないシュウの態度に、スノウは皮手袋に指を挿し込みながら眉を寄せた。


「何だ。まだ何かあるのか? またタダ働きになるのが不満なのか?」

「違うよ! 僕が心配してるのはその後のことさ! どうするつもりなの? あの下っ端軍人を無事に助け出せたとしても、その後は? 共軍を敵にまわして、もうこの国にはいられない。村に連れてくの? あっちがどうなってるかも分からないんだよッ!?」


 シュウの言うとおり、仲間との連絡は途絶えたままで、ゴルダ村の状況は一切分からない。そこが絶対に安全だという保障も何もない。


「セイジョウを助け出した後のことはユリスが何とかすると言っている。何か考えがあるんだろう。あいつに任せる。ほとぼりが冷めるまでしばらく身を隠して、村には落ち着いてから帰ればいい。向こうにはソールがいるんだ。大丈夫さ」


 なんとも心許ない計画である。

 それは自分でも分かっていた。だが同時に、何とかなりそうな気もしていた。

 ユリスが全面的な援助を申し出てくれたというのが大きいが、司令官が魔女だということを自覚し、セシリアとユリヤという二人の魔女と協力できるようになったということも、自分の中では大きい。

 三人寄れば何とやらで、あの三人はあれで良いようにバランスが取れている気がして、何だかんだで事がうまく運ぶのではと思えてしまうのだ。


「あの政治家が隠れる場所を提供してくれんの? でもそれってつまり、僕たちにしばらくあの下っ端の面倒を見ろってことでしょッ?」

「セイジョウだけじゃない。司令官とジェイスも一緒だ」

「ええッ?」


 ユリスにしてみたらむしろそちらの方が重要なのだ。


「何で僕らがお姫様と料理人まで面倒見なきゃいけないの?」

「それは仕方ない。かわりに俺たちは大手を振ってこの国から脱出することができる。それに司令官と行動を共にしている限り、ユリスも援助は惜しまないはずだ」


 要するに司令官とジェイスを国外に亡命させるための護衛役だ。

 依頼は受けないと一度は断ったものの、結局ユリスの希望どおりになったという訳だ。

 どのみちこうなるのだったら、素直に最初から報酬額の交渉をしておけば良かったとさえ思ってしまう。


「……はあ、いつになったら村に帰れるんだろ」


 遠くを見るような目でシュウは溜め息を吐いている。

 スノウはふと手を止めて、書斎の扉の方に視線をやった。

 シュウに入り用なものを調達させている間、あの部屋で今後のことについて作戦会議のようなものが行われていたのだが、今その室内には司令官とユリスだけが残っている。

 彼女自身が父親と二人だけで話がしたいと願い出たのだ。

 せっかくの機会だ。後悔しないように話したいことをすべて吐き出せばいい。

 今夜故国を出奔したら、次はいつ帰ってこられるか分からないのだから。


「それより、ちゃんと準備は出来たんだろうな」

「もちろん。これでいいでしょ?」


 シュウはビニール袋から買ってきたばかりの物をガサガサと取り出した。


「本当にこれで大丈夫か?」

「大丈夫だって。僕これで平気だったもん」


 まあ、使った本人が言うのだからそうなのだろう。スノウはとりあえず納得して懐にそれを仕舞う。

 白い防塵用マスク。

 ガスを吸引しないようにとシュウに用意させた物だった。








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