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第15話 身代わり

 司令官とジールが乗った黒塗りの高級車を、スノウはやり場のない気持ちで見送った。

 特殊部隊の気配を感じながら、玄関先で動けずにいると、屋敷のまわりの包囲が解かれるまでは動く事ができない──。ヒメルはそんなことを言って家の中に戻った。




「どうしたんだよヒメル。何か変だぞ?」


 さすがにジェイスも彼女の異変に気付いて心配そうに尋ねる。

 どうも様子がおかしい。それはスノウも感じていた。しかし問い掛けられたヒメルは質問には答えずに、こちらに背を向けたまま黙っている。


「セイジョウ? 司令官から何か聞いているのか?」


 エントランスホールの中央、吹き抜けの天井から吊り下げられたシャンデリアの真下に立ったヒメルは、スノウの問いにゆっくりと振り返った。

 その顔を見て、スノウは息を飲んだ。


「──ッ!?」


 本来の色ではない赤茶色に染められた髪も、やけにスカート丈の短いメイド服も、間違いなくヒメルなのだ。だが、今は顔だけが司令官のそれに変わっている。

 その姿はまるで、ぴったりと合わせられた合成写真のようで、本来の彼女の姿からすればかなり奇妙に見えた。


 どういうことだ。

 いつから彼女は司令官だった?

 自室に戻った時に服を取り替えたのか。

 いや、そんなはずはない。あんな短時間で髪色まで替わるのはおかしいし、何より自室から出てきた後もちゃんと顔を確認して会話もしていた。先程までは確かにヒメルだったはずだ。

 訳が分からない。


 口を開けたまま声が出ないスノウの凝望に、さっきまでヒメル今は司令官の少女は、少し照れるように頭をポリポリとかいた。


「……全部話すと長くなっちゃうんだけど、結論から言うとね、さっき総督に連れて行かれたのが本物のヒメルなの」

「だっ、だけどさっき見送った時は間違いなくツルギだったぞッ?」 


 困惑するジェイス。ジェイスだけではない。シュウも、もちろんスノウも、皆一様に状況がつかめずに困惑している。


「スノウなら分かるでしょ? 今までだってたくさん、不思議な事があったはず……」


 そう言って神妙な顔をする少女。

 スノウの頭の中に一瞬一人の女性の姿が浮かんだ。


(──まさか、セシリア? 彼女の力なのか?)


 もしそうだとしたら。


「あなたは、知っているんですか? 自分が、魔女であることを……」


 そう問い掛けた時に見せた彼女の少し困ったような笑顔を、スノウは呆然と見つめた。







「総督は、すぐにでも手に入れた獲物を帝国に引き渡したいと思うはずなんだよね……」


 ソファーに腰掛けた司令官は腕を組んで言った。

 彼女の言う獲物とは、ジールが連れて行ったヒメルのことだろう。ジール本人は司令官だと思っているのだが。


「確かに。ガンデルクの一件で失敗している総督としては、これ以上時間は掛けたくないはず。早ければ今夜にでも帝国側と何らかの接触をはかる可能性が高い。裏を返せば──」


 司令官と同じように腕を組みながら、反対側のソファーに掛けたスノウは呟く。


「こっちにとっては敵の情報を手に入れる絶好のチャンスって訳か!」


 ぱちんと指を鳴らして、一人掛け用のソファーに掛けたジェイスが明るく言った。


「うん。でも本当にあたしが行って身体を奪われちゃったら大変だから、ヒメルに身代わりになってもらったの。あたしとヒメル、背格好が一緒だから、魔術で少し姿を変えるだけでいいからってセシリアがやってくれたんだ……」


 司令官の言う通り、敵の情報を得る為とは言え、いきなり敵陣に彼女自身が乗り込むのは危険すぎる。

 ジールは司令官を手中に収めて思い通りに事が進んでいると思っているはずだから、油断して警戒が緩んだ今が隙をつく絶好のタイミングではある。


「すげえな。その、セシリアって言う魔女は。魔術で何でも出来るんだな!」

「何でもって訳じゃないよ。本人も万能ではないって言ってたし。あたしが身体を貸さない限りは魔術自体使えないんだ」


 興奮気味に言うジェイスを抑えるように、司令官は冷静に答えた。



 ユリスが外出先から戻ってくるのを待つ間、司令官は全員をリビングに集めて事の顛末を語り始めた。

 自身が魔女であること。その為に帝国にいるという魔女に身体を狙われていること。ユリヤも同じ理由で狙われていたこと。そしてそれらの始まりであるセシリアとルディアという魔女の存在。

 それはスノウがセシリアから聞いていた話とほぼ同じだった。


「でもさぁ、魔女なんて、そんなものホントにいるの? 正直信じられないんだけど。スノウは信じてるの?」


 納得がいかないような表情でシュウが問う。

 シュウはソファーには座らずに、スノウの掛けたソファーの斜め後ろに立ったまま話に割って入ってきた。

 チラッと後ろを見やり、スノウが答える。


「俺は信じるさ。騎士だからな」

「キシ?」


 顔をしかめるシュウの疑問には答えずに、スノウは続ける。


「お前だって信じない訳にはいかないだろ。さっきの状況をどう説明する? 自分の目を疑う事になるぞ?」

「それはそうだけど……」


 まだ釈然としないのか、シュウはそれだけ言って黙った。


「確かに信じられねえ話だよな。でも……ユリヤさんが死ななきゃならなかったのも、それが原因なんだよな……」


 幼い頃に国を追われ、ユリヤと共に暮らしていたというジェイスは悔しそうに唇を噛んだ。


「そうするしか方法が無かったってユリヤは言ってた……」


 悲しそうに俯きながら司令官が言う。どのように意思の疎通をはかっているのかは分からないが、彼女はユリヤとも会話が出来ているらしい。


「ところで司令官。セイジョウの救出は今夜決行するのですか?」


 スノウは意識的に感情を抑えながら少女に問い掛けた。時間的な余裕はそれほどない。


「うん。早い方がいいよ。あたしたちが入れ替わってるっていうのは普通の人間には分からないとは思うけど、ルディア本人にはすぐに分かっちゃうと思う。正体がバレたら、ヒメルの身が危ないもん」

「けどツルギ、ヒメルがどこに連れて行かれたのか分かるのか?」

「分かるよ。総督だったらあたしを公邸に連れていくはず。何度か行ったことあるから間取りも分かるし」

「はッ? ってことは、お前まさか司令長官公邸に忍び込むつもりかッ?」


 動揺したのか組んでいた足をほどき、ジェイスは身を乗り出した。

 

 司令長官公邸。

 軍のトップである総督に与えられた邸宅だ。

 しかし、公邸ともなれば当然警備も厳しい。たいした装備もなく忍び込むのは不可能に近いだろう。

 困難が容易に想像できるスノウが険しい顔をしていると、その胸中を知ってか知らずか司令官は屈託のない笑顔をこちらに見せて言った。


「それでね、殺し屋(あなたたち)の力が必要なの!」


 祈るように胸の前で手を組んではいるが、顔付きはまるで何かを楽しむようなニッコリとした笑い顔。


 彼女が何を言いたいのかは分かる。このメンバーの中で誰が一番適任かと聞かれたら自分とシュウ以外にはいないだろう。

 それは分かるのだが、そんな簡単には言わないで欲しい。


「ええ〜マジでぇ〜?」


 スノウの後ろでシュウが心底嫌そうな顔をしながらうめいた。

 スノウも気持ちは同じだ。

 だが今までの経験上、少女の性格が分かってるスノウには、何を言っても少女の考えが覆らない事も知っている。

 それ故に、盛大な溜め息をつく事しか出来なかった。




 ◇◆◇




 ヒメルは黒塗りの車を降りると、目の前にそびえる白壁の立派な洋館を見上げた。

 高級ホテルのようなこの建物はジール総督のお宅なんだろうか。


「とりあえず今日のところはここに泊まるといい。さあ中へ──」


 そう言うと総督はヒメルの背中を支えながら建物の中に誘導した。


 中もすごく豪華な造りで、ユリス氏の屋敷も立派だったがこれはその比ではない。


(偉い人ってこんな所に住めるんだなあ……)


 そんなことを考えながらヒメルが惚け顔で立ち尽くしていると、総督は不審げに言った。


「ツルギ君? どうかしたかね?」

「えッ? いいえ、何でもありません! すごく立派なお宅だなと思って……」


 自分がいまハインロット大佐の姿をしている事を思い出し、ヒメルは慌てて取り繕った。


「何を言っているんだ。この公邸には何度も来ているだろう?」

「あっ、いや、久しぶりだったので。相変わらず素敵だなと──!」


 しまった。ちょっと苦しいだろうか。


 笑顔の裏で冷や汗を流しながらヒメルは総督の顔色をうかがった。総督は少し怪訝な表情はしたものの、気付かない様子でこちらへ来なさいと先を歩き出した。


(良かった~。いきなりバレたらどうしようかと思った!)


 総督の後ろでそっと汗を拭いながら、ヒメルは安堵の息を吐いた。




「ここでしばらく休んでいたまえ」


 そう言って案内された部屋はそれほど広くはない応接室で、ソファーとテーブルがあるだけのこじんまりとした部屋だった。

 多分、偉い人のお付きの人とかの控え室なんかに使われる部屋なんだろう。とは言っても置かれたソファーセットは重厚な感じだし、絨毯はふかふか。カーテンも生地が厚くてドレープがたっぷり入っている。十分に贅を尽くした部屋だった。

 その部屋に一人残されたヒメルは、とりあえず荷物を部屋の隅に置いてソファーに腰掛けた。


(ここまではまあまあ順調かな……)


 と、一息付いたもののすぐに気を引き締める。

 自分に課せられた使命は敵情の解明だ。何としてでも総督から有益な情報を聞き出さなくてはならない。

 でも正直なところ、本当にこれは現実なのか、今でも分からなくなる。


 ハインロット邸を出立する前、司令官の部屋で彼女から自分が魔女だと打ち明けられた時は、この人頭がおかしくなったんじゃないかと思って本気で心配になった。

 でも目の前で不思議な技を見せられ、信じるより他になかったのだ。

 そう言えば司令官は魔法ではなく『魔術』と言っていたけど、何が違うのかよく分からない。


 その後、司令官の身体を借りて現れたユリヤと名乗る女性は、ヒメルに魔女について話してくれた。

 彼女はユリス氏の妹で、既に亡くなった人らしい。幽霊みたいなものだ。

 その人の話では、魔女には死と言うものが無いのだという。身体は無くても魂は生き続ける事が出来るというのだ。

 

 でもそれって良いことなんだろうか。


 日本人である自分の感覚からすれば、つまり死んでもいつまでも成仏できないってことと同じなんじゃないかと思ってしまう。

 決して幸せな事ではない気がするのだ。


(……司令官も魔女ってことは、やっぱり司令官の魂も生き続けるってことなのかなぁ)


 心配したところで余計なお世話なのかも知れないけれど、そんな考えがヒメルの頭をもたげた。


 いやいや、今はそんなことを考えている場合ではない。


 ヒメルは顔を上げてあたりを見回した。


 ここで休んでいろとは言われたけれど、総督は戻ってくるのだろうか。それとも部屋を出て探しに行くべきだろうか。


 どうしようか迷っていると、突然、部屋のドアが開いて、誰かが入ってきた。


「やあ、どうも」


 手をヒラヒラさせながら軽い口調で挨拶をするその人物は、まるで馴染みの仲間に偶然会ったかのようににっこりと笑った。


 確かにかつて同僚ではあった。しかし、決して仲間ではない。


「──……スエサキ軍曹ッ!」


 司令官を誘拐しようとした人物。

 トーマ・スエサキだった。






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