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第11話 総督の企み

 客間のソファーに腰掛けたジールは、無駄に威風堂々としていて、こちらが圧倒されてしまいそうだった。

 現にヒメルは間違いなくあてられている。お茶を出す時の手が小刻みに震えていたから。

 まあ彼女でなくても、いきなり共和国軍の司令長官が現れたら一介の軍人としては緊張するだろう。

 隠し小窓越しに客間の中の様子をのぞきながらスノウは思った。

 この小窓は客間側から見ると何の変哲もない絵で隠されていて、書斎側から気付かれずに室内の様子を伺う事ができるというなかなか悪趣味な小窓だ。この屋敷にはこんな仕掛けが幾つかあると、先ほどジェイスから聞いた。


 ジール・マクシミリアンという人物に関して言えば、スノウは今まで静止画では何度か見たことがあるが、実際に本人を目の前にするのは初めてだった。

 軍人としての最上級の階級章と数々の勲章が着いた軍服姿のイメージしか無かったが、今は普通のスーツ姿で、斜め後ろに厳格そうな男性秘書を一人控えさせ、まるでやり手の会社社長といった雰囲気だ。しかし他人の家を訪ねるには少し時間が早い。もしかしたら出勤する前なのだろうか。


「ジールのおっさん、こんな朝っぱらから何しに来たんだ?」


 腕を組んだジェイスが首を傾げながら言った。そのかたわらに立つ同じく訝しげな顔の司令官と視線を合わせる。


「ユリスに用があるみたいだってさっきヒメルが言ってたけど……」

「だったら何で連絡もせずにこんな朝早くに来るんだよ」

「総督は忙しい方だから……」


 妙にジールを庇うように司令官は言った。彼女の総督に対する印象は今も決して悪いわけではないらしい。士官学校に入ったのもジールの薦めだったとユリスが言っていたから、彼女の中では色々と面倒を見てくれる親切なおじさんという位置付けなのかもしれない。


「もしかして、お前を連れ戻しに来たんじゃないのか?」

「ええ〜? 総督があたしの為にわざわざ?」

「私もそう思います。ジール総督はユリス氏ではなく寧ろあなたに用があるのでは?」


 少々不本意ではあったが、スノウはジェイスの意見に同意し険しい表情で言った。


 総督側が何かしらアクションを起こすかもしれないことはある程度予想していたが、総督本人がみずから現れるとはスノウ自身も想定していなかった。


「総督、やっぱ怒ってるのかな。今のあたし、完ペキ職務放棄だし……」


(自覚あったのか……)


 多少おどおどしながら言う彼女の言葉に、スノウは思わず緊張感の抜けた事を考えてしまった。


 自覚していたとて、共和国軍に戻るつもりも無いことは、言葉の感じからして読み取れた。


「怒ってたって、お前がおっさんの前に出ていく訳にはいかねえだろ。何だかんだ言いくるめられて連れて行かれるぞ?」


 確かにジェイスの言うとおり、今ここで司令官がジールの前に出ていくのは危険だ。しかし、こうも真っ正面から来られてしまっては対応が難しい。完全にあちらのペースに飲み込まれる形になってしまった。

 それをわかった上での早朝攻撃なのだろう。


「ったく、せめてやっさんが居てくれりゃあ口八丁で誤魔化せるんだが……。どうする? 何とかヒメルに時間稼がせて、裏から逃げるか?」


 そう提起されたジェイスの発案はしかし、検討される前に実行不能になった。


「あ、こんな所にいた。スノウ〜」


 二日酔いの身体を重たそうに引きずりながら、シュウが書斎に現れたのだ。そして続け様に驚きの事態を告げた。


「どういうこと? 何か外の様子がおかしいんだけど」

「おかしい? どうおかしいんだ?」


 スノウが問うと、頭痛がするのか頭を押さえながらシュウは答える。


「妙に殺気立った奴等に囲まれてるよ? この家」

「──ッ!?」


 気だるげな少年以外の全員が目をみはった。


(しまった! 既に先手を打たれたか──!)


 スノウは胸中で舌打ちをした。


「……敵の数は分かるか?」


 しかしそれ以上に取り乱す事なく落ち着いた様子で尋ねた。対するシュウも決してうろたえる事はない。こういう時こそ冷静さを失ったら終りだと言うことを、口に出さずとも互いに分かっているのだ。


「うーん、はっきりとは分からないけど……結構な数だね。突破するのは骨が折れるかも……」


 どうやら完全に包囲されているらしい。


「マジかよッ! やべえじゃねえか!」


 青い顔をしながらジェイスが驚愕の声を上げる。司令官は不安げな表情のまま言葉もない。

 どちらかと言うとこれが普通の人間の反応だろうとスノウは思った。


「どうしようスノウ……」


 弱々しい表情で、司令官は仔犬のような瞳を投げ掛けて来る。


 この少女は分かっていてやっているのだろうか。こんな顔をされて、それでもなおそれを突き放すことなど、余程の人間でない限りできないということを……。


 スノウは溜め息を一つしてからおもむろに口を開いた。


「いくらなんでも、外の連中がこの家の敷地内にいきなり踏み込んで来ることはないでしょう。どのような意図があるのか分かりませんが、ここは一度総督と直接対面して話をしてみた方がいい。その上で、今日のところはお引き取り願うのが最善策ではないかと」

「……そうだね、確かに」


 神妙な顔付きで少女が頷く。


「仮にあなたを連れ戻しに来たのだとしても、ユリス氏が不在している今、我々だけでは決断できません」

「分かった。じゃあたしがッ──!」

「ただし──」


 今にも飛び出して行きそうな少女を制するように、スノウは彼女の両肩に手を置いた。


「総督の所へは私が行きます。あなたはここにいてください」

「で、でも──!」

「総督の狙いはあなただ。いくらここが現職議員の自宅とは言え、手荒な手段に出ないとは言い切れません。決してこの部屋からは出ないでください──ジェイス! 司令官を頼んだぞ」


 唐突に名を呼ばれたジェイスは一瞬慌てたが、すぐに納得し「わかった」と返事をした。それを確認してから、スノウは司令官から離れ、客間へ向かおうと書斎の扉に足を向ける。

 シュウの脇を通り抜ける間際、奴が不満げな視線をじとっと向けてきた。

 その闇色の目は、また面倒な事に首を突っ込んで──という思いを如実に表している。


「一人で行くつもり?」

「ああ。ぞろぞろ付いて来ても、意味が無いだろ?」


 ふっと鼻で笑いながら答えると、シュウは諦めたように溜め息を吐いた。


「あの女の為になんでそこまでするのって、聞いてもいい?」

「……聞いたって答えは出ないぞ。俺だってわからん」

「……じゃやめとく」


 ぶすっとした表情ではあるが、妙に聞き分けの良いシュウの肩をスノウはぽんと叩く。


「お前は念のため退路を確保しておいてくれ……」


 了解したかどうかの確認はしないまま、そう言って部屋を出た。




 客間に向かう途中、エントランスホールで所在なさげにうろうろと歩き回るヒメルに会った。


「ああ、副官!」


 こちらに気付くと心配そうな表情で駆け寄って来る。


「ご苦労だったなセイジョウ。お前はもういいぞ」

「え? 副官はどうされるのですか?」

「総督と少し話をして来る」

「ええっ? でも総督はユリス氏と──!」

「いや、本来の目的は司令官だろう。おそらく総督はユリスがいないのを分かっていて来ているんだ」

「そんな! やっぱり、司令官を連れ戻す為に?」


 スノウが頷いて答えに代えると、ヒメルは少し考える仕草をしてから顔を上げた。


「私も同行させてください!」


 部下の意外な申し出に、スノウは眉を寄せた。

 付いてきたところでどうするつもりなのだろうか。まさか事態が好転するとでも思っているのか。


「役に立てるかどうか分かりません。でも、私も知りたいんです。司令官が何故、スエサキ軍曹みたいな人に狙われるのか──!」


 そう訴えるヒメルの真剣な表情から、それが単なる好奇心からくる感情ではないようにスノウには思えた。純粋に司令官の身を案じているのだ。それにここまで巻き込まれている彼女を、今さら部外者だと突き放すのはあまりにも可哀想な気がした。こちらから積極的に教えることはしなくても、その場に居合わせる事ぐらいは許しても良いのではないか。


「勝手にしろ。ただし、邪魔はするなよ」

「はい! ありがとうございます!」


 ぱっと、ヒメルが表情を明るくした。スノウはそれを見て少し口を緩めて息を吐くと、再び顔に活を入れて客間の扉に向かう。


 また、面倒なことになったな……。


 シュウにまで呆れられてしまったが、確かにそのとおりだとスノウ自身も思った。





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