7.
魔女の森には、たくさんの罠や幻影がかけられている。普通の人間には家を認識することも出来ない。
その家の前にようやく帰り着いて、リリアムはホッとしながら玄関の扉を開けた。
「ただいまー」
「あんた、本当に大変なことをしてくれたね」
早速お小言だ。リリアムは言い返した。
「ムカついたら蹴って呪いをかけろって魔女殿が言ったんじゃん」
「あれは呪いじゃない、予言だよ。よりによって、あんなことを……」
「どっちでも同じようなもんでしょ。それより、この惑星って何て名前か知ってる? 天動説とか地動説とか」
話を遮ると、イヴリンはガチギレた。
「それより、じゃないよ! あんたは国の未来を変えるようなことを予言したんだ。どれくらいの精度なんだい? 変えられそうな未来かどうか分かるかい」
「え、呪いのつもりだったから、もう解けないと思うんだけど」
いったん発動した呪いは解けない。昔話でもお約束だ。
すると、イヴリンはため息を吐いた。
「緩和か、呪いが解ける条件もある筈だよ」
おとぎ話でも、死の呪いを他の魔女が眠りに緩和するとか、発動した呪いを愛があれば解けるとか、そういうのあったなあと思い出す。
「じゃあ調べとく。正直、何言ったかあまり覚えてないけど」
「宣託の力が、あんたにも生まれたのかねえ。それならリリィ、お前はもうここを出て行かなくちゃいけない」
「えっ!」
いつかは出て行ってやろうとは思っていたが、それは今ではなかった。
まだまだ何も分かっていないしヒヨッコなのだ。もうちょっと常識を学んだり、強くなってから独り立ちしたい。
しかし、イヴリンは首を横に振った。
「一つの森に、魔女は二人は居られないんだよ」
「何その、一つの巣箱に女王蜂は一匹みたいな理論。まだ全然、半人前なのに……」
でも、どうせは出て行くつもりだったのだ。それなら、好きなところにいって何とかお金儲けをして一人で暮らすように頑張ろう。どこに住もうかな。別の国に行ってみてもいいし。
リリアムは自由へ羽ばたこうとするとしたが、たちまちその思考は断ち切られた。
「私の別宅があるから、そこを貸してあげよう。まだ稼げない身なんだ、格安で住まわせてやるよ」
「格安っていくら」
「また今度決めておくから、返せるようになったらまとめて支払うといいよ」
「………………」
金で縛り付けて奉公させる気だ。
まあ多分こっちの方が長生きするだろうし、いざとなったら踏み倒せばいいだろう。
そういえば、王妃も宝石をくれた。これは高価な物なんだろうか。
さっき貰った指輪を、荷物入れにしている精霊界から取り出す。
机の上に置くと、イヴリンが怪訝な表情をした。
「ん、なんだいその妙な魔力の石は」
「王妃に貰った。やっぱ魔力こもってるんだ。高く売れるかなあ」
イヴリンの眉が跳ね上がった。絶対譲らないし自分の物にするから、という意味で言ったのだが魔女は予想外の反応をした。
「王妃と会ってきたのかい」
「え。イヴリンが会えって言ったんじゃないの」
「言ってないね」
「そんな感じのことを言われたんだけど」
「正確に何て言われたか思い出しな。やつらはわざと持って回った口をきいて誤解させるんだ」
イヴリンの表情は厳しいままだ。王妃と政敵なのだろうか。
リリアムは一生懸命思い出そうとした。
確か、馬車の中でイヴリンの許可がないと、と言ったら騎士のどっちかが答えたのだ。
「魔女殿の許可は得てる、みたいなこと言ってたけど」
「私はそんな許可、出しちゃいない」
「なんだっけ」
本当に忘れた。
イヴリンが何やらぶつぶつ呟くと、手元に手紙がスッと現れた。
「これか。リリィを呼び出して会っても構わないか、と王妃名義の手紙が王宮の魔女の間に来ていた。どうせ、お伺いは立ててるとかなんとか言ったんだろう。届けるつもりもない手紙に書いて伺うなんて、性質の悪い」
「えっ、王宮に魔女の間とかあるの?」
国と繋がってる魔女なのか。専用の部屋があるなんて、国王と知り合いっぽかったから何か関係があるのだろう。だから王妃と仲が良くないのかもしれない。
それにしても、このイイヴリンの魔術だ。リリアムのように精霊界を渡ったり使えない筈なのに、別の場所、しかも王宮の部屋から手紙だけをここに転移させている。一体どんな魔術を構築して使ったのか、リリアムにはまるで分からない。流石の見事な魔術だ。まだまだ、この魔女には敵わない。
そんなことを思っていると、イライラと言われる。
「そんなことはいいんだよ。それで、何の話だったんだい」
「えーと、勇者救助の旅のメンバーに、騎士と魔術師を加えたいって」
「正確な言い回しを思い出すんだよ。そんな風にお願いはしない筈だ」
そう言われてみれば、そうだったような気がする。
「ご提案がある、とかオススメの面子です、みたいなこと言ってた」
「それで、あんたはどう返事したんだい」
「別にいいんじゃない? って」
「この馬鹿!」
なんでそんなキレてんの。
リリアムには訳が分からない。
「そんなこと言われたってさー。逃げ帰ってイヴリンの迷惑になってもダメと思ってわざわざ言って話を聞いたんだけど」
「タダで言うこと聞いてやる悪魔がどこに居る。取引の代償は命だって言ってやりな」
「ふーん、あれ取引だったんだ」
魔女の家のリビングで、ソファに座ってごろごろ始めたリリアムは適当な相槌をうった。
そんなリリアムに、イヴリンは呆れかえっている。
「いいかい、救助のメンバーはルドガー殿下が選ぶルドガー直属の部下のみ。手柄も全部ルドガーの物だ。それを王妃の手先が入るってことだ。あの女狐、どこまで……」
「でも、騎士の方は元は勇者の担当騎士って言ってたよ。ほら、初めて行った時に案内した、ガタイがいい方の騎士」
「クラレッドだね。ふむ、そっちを取り込んだか」
「あと、魔術師は女の子だったし。女子一人くらい居てもいいじゃん」
イヴリンは何やら考え込んでから口を開いた。
「だが、王妃の密偵だよ。何に利用されるかは分かってるがね。ラスティン殿下の後押しだよ」
「え、ラスティン殿下ってあの魂が輝いてる子? 三男だったよね。次男はいいの?」
「お前がラスティンの魂について、皆の前で真実を明かしちまったからだろうねえ」
「……? ふーん、じゃあみんな勇者はもう死んでると思ってるんだ。私も、もう死にかけかなーとは思ってたけど」
リリアムの指摘に、イヴリンは首を横に振った。
「それはまだ分からない。でも、先のことを考えて動くのが政ってもんだ」
「政をおろそかにしすぎで、助かるもんも助からないようにしてると思うけどね。動き悪すぎ」
「またお前は分かったような口を。リリィ、あんたがルドガーの旅を成功させるんだよ!」
「そんな重要なこと、淫魔一匹に期待しないでほしいんだけど」
まあ王宮の選りすぐりの騎士と魔術師が旅に出るのだ。なるようになるだろう。
「それで、その代わりに指輪をせしめたのかい」
「ううん、これは夢を繋いでほしいって言われたから借りてきた」
「それも何の代償も得ないで安請け合いしたのかい! 大馬鹿!」
「指輪はくれるって言ってたし。というか、じゃあイヴリンは魔女としてなんか代償を得て引き受けてるわけ? 私は何の利益も貰えないのに言われるまま夢を繋いでるんだけど?」
指摘すると、宣託の魔女は曖昧な笑みを浮かべた。
「さっき言ってた、星がどうとかって話も王妃がしたのかい」
誤魔化すつもりだ。
むくれながら文句を言う。
「嫌な思いをしてまで働いてたのに、何も貰えず同じようにしたら馬鹿扱いされて。はー、やってらんない。意欲が失せるわー」
「星のこと、調べといてやるよ。昔に誰かが何か言っていたような、おぼろげな記憶があるねえ」
「じゃあよろしく。新しい家、家具も綺麗なのを付けてね。あっ、遠距離移動の呪文も教えてほしい! あと私の呼符、一枚作って。あの騎士か誰かに渡さなきゃ」
いつもは何かを頼むと面倒くさそうなイヴリンだが、今回は快く引き受けてくれた。
「分かった、分かったよ。ただ、王妃の手先には本当に気を付けるんだよ。何をしでかすか分からない」
「うーん、大丈夫じゃないかなあ。あの女の子、多分オタクなんだよね」
「オタク……?」
「魔術とか知識のマニア……熱狂者と思う。何か珍しいこと教えたら、あっさり寝返りそう」
「ふむ……」
「あと、第二王子付のチャラい騎士も王妃のとこに居たんだけど。なんか派閥とかあるならそっちの方がヤバくない?」
イヴリンは眉間に指を当てて言った。
「ちゃらい騎士、というのはフェルノーかい」
「そう、そんな名前のナンパ男」
「おおかた、面白そうだからクラレッドとつるんだんだろうが。一応、気をつけてはおくべきかねえ」
「まあ私は、洞窟についてから呼び出してもらうだけだから。余裕でしょ」
そんな見通しが甘い言い分が現実になる筈がない。
「今は流れに身を任せるべきかね」
ダイニングテーブルに座るイヴリンのつぶやきは、新居の生活を夢想するリリアムの耳に届かなかった。




