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4.


 宿に戻り、リリアムの泊まる部屋に入るとそこにはイヴリンが居た。

 顔を見るなり文句を言ってくる。


「リリィ、大変なことをしてくれたねえ」

「仕方ないでしょ。あんな悪口言われて黙ってられないし。それに直接文句を言えって言ったの、魔女殿でしょ」


 リリアムの反論に、魔女は呆れたように言う。


「大勢の前で騒ぎを起こすのが良くないって、子供でも分かるだろう? しかも、魔法を使うなんて」

「使ったのは向こうだし。じゃあ何? 向こうが魔法を使ってきてもこっちは飛び蹴りででも応戦しろって言うの」


 プロレスじゃないんだから。そう言うとイヴリンは少し笑った。


「それはいい。次からは蹴ってやりな」

「次はないね。っていうか! 向こうが先に悪口言って魔法使ってきたじゃん。大勢の前で、一方的に。そんなことされても、こっちはただひたすら我慢して黙って耐えてろってこと?」


 そんな仕事、やりたくもないし今すぐ辞めてもいいんですけど。

 折れないリリアムに、イヴリンは諭す口調になる。


「いいかい、リリィ。あの無駄とも思える話し合いも、全て意味があるんだ。王が全てを決めて押し付けると、たとえ臣下でも反発はする。だから各々に意見を言わせ、それから方向性を決めて結論付けるんだ」

「それ、私が聞いてる意味ある? 時間の無駄でしょ」

「長らく生きる淫魔が、何を急ぐんだい」


 そういうことじゃないのだ。論点がズレている。

 まだまじないが効いているだろうから、素早く不満点をまとめる。


「話が終わってから、夢を繋ぐ時に呼んでくれても良かったでしょ。私があの場に居るから、余計な攻撃をされた」

「それくら大したことないだろう。しょせん、人の言うことだ。何の力もない」

「つまり、イヴリンはあの人たちのやり方にこっちが合わせるべきだって言ってるわけね」


 バイト先に現れたクレーマーに対処するどころか、そっちに同調してバイトに暴言を吐いた店長を思い出す。客だけを優先し、働いている人のケアはしないとんだブラック職場だ。

 果たして、イヴリンはさも当然だと頷いた。


「そりゃそうだろ。話が終わってからいちいちお前を呼ぶ? なんでそんな手間を私がかけなきゃいけないんだい」

「私の意欲が低下するから」


 それにつきる。

 戦いは戦士の士気によって決まるといっても過言ではない。配下の士気を高めたまま戦うのがいい上官なのだ。イヴリンのやり方では味方の士気が下がり戦果は挙げられない。

 全て前世の漫画の知識だが。

 今のリリアムの士気はだだ下がりもいいところだった。


「意欲ぅ? 淫魔に意欲を説かれてもねぇ」

「仕事を頼むなら、ちゃんと働きやすい環境にして。このままだとやる気も出ない。実際、働く気ゼロだし。何か頼まれても失敗するかもね」

「うるさいねえ、全く。はいはい、じゃあ明日は話が終わってから呼んでやるよ」

「明日? 明日も何かあんの?


 明日はてっきり帰れると思っていたのに、まだ仕事があるとは。うんざりする。

 どうせ、ロクなことじゃないだろう。

 嫌な顔をしたが、イヴリンは平気でいつも通りの笑みを浮かべていた。


「明日は陛下の家族とお茶会だよ」

「お茶会って、私はお茶も飲めないんだけど」

「黙って立ってるだけでいい」

「本当に? 立ってるだけでいいのね? ロイヤルファミリーの前に出ても、私は何も出来ないし言えないからね?」


 礼儀作法など何一つ習ってない淫魔だ。

 分かっている、とばかりにイヴリンは手を振った。


「そんなこと、誰もお前に求めちゃいないよ」


 うるさい、と言わんばかりの態度をした後イヴリンの姿はフッと消えた。自分の部屋に戻ったのだろう。

 イヴリンは宿で二部屋取ってくれたので、一人ずつ個室で眠れる。それは嬉しい。

 リリアムはいそいそと部屋に戻って本屋で買った本を読み始めたのだった。




 翌日、いつ呼び出されてもいいように支度をして部屋で過ごす。勿論今日も、仮面とフードだ。昨日買った服はまだ着ずにダサい古着のままだ。

 イヴリンはリリアムを呼び出す魔法陣が描かれた呼符を持っている。呼符に魔力を注がれたら、空間転移でその場に移動出来る。

 待っていると、程なくして呼び出された。

 今度はどんなことになるのやら。そう思いながら魔力の渦に身を任せる。


 到着したのは、庭園だった。

 ガーデンパーティーの場に呼び出されたらしい。みんな、庭にセッティングされたテーブルに着いている。なるほど、お茶会だ。

 イヴリンのほかには、昨日見た国王。その隣にいかにも身分が高そうな貴婦人。多分王妃だろう。そして、二人の青年と一人の少女。王子と王女か。


 見た瞬間、肌がぴりつくのが感じられた。

 教会から歌が漏れ聞こえるような。いや、それ以上に危険な。

 まるで聖女が退魔の祈りをささげているような不穏な気配。

 何がこれほど危険な空気を醸し出しているのだろう。

 リリアムは王族たちを眺めた。その瞬間、目が焼け付くように痛んだ。


「ぎゃんっ!」

「……? どうしたんだい、リリアム」

「眩しいっ! これはダメ、ほんとヤバい。そこの人、魂が輝いてる!」

「魂が、輝いている……? 光の因子かい?」


 リリアムは後ずさって少しでも遠くに離れようとした。近くに居ては危険すぎる。


「光の因子かどうかは分からないけど、多分魂が神に祝福されてる。光の神子とかかも? 近づいたら死ぬ!」

「その魂は、どこにあるんだい」

「そのテーブルの右から二人目の人!」


 周囲はざわついた。

 ロイヤルファミリー以外にも、当然護衛やら従者やらが周囲に配置されている。

 リリアムが示したのは、第三王子ラスティンだった。



 とりあえずその場はイヴリンが何やらまじないをかけてリリアムを落ち着かせた。


「対光の防御結界だよ。これでマシになったかい?」

「あ、ほんとだ。マシになってる」

「驚かせるんじゃないよ、現れるなり騒がしい」

「驚いたのはこっちだよ! そういうことは先に言っといて!」


 つい文句を言うが、スルーされた。


「それで、魂が祝福されているのはそちらのラスティン殿下で間違いないんだね?」


 イヴリンが言うと、右から二人目の青年、いや少年だろうか。年の頃は十六、七の彼が立ち上がって礼をしてくれた。

 淫魔に礼をしてくれるなんて、いい子に決まっている。見かけもキラキラ系の王子といった感じだ。アルバルト王子にも良く似ている。

 ただ、近づいたら昇天してしまうが。

 本当にシャレにならない。


「そうだけど。見えないの」

「普通の人間には魂は見えないんだよ、リリィ。ただ、そう言われてみれば光の力は感じるねえ。魔法力ではない、何か……」


 普通の人間ではないイヴリンも、何かは感じ取れるらしい。

 ラスティンが口を開いた。


「あの、僕は光魔法は全然得意じゃなくて、魔法もあんまりなんですけど、それって強くなれるってことですか?」

「ラスティン、直接魔女や淫魔となぞ話すな」


 ぴしゃりと言ったのはその隣にいる、少し年上の青年だ。きっと、第二王子だろう。

 彼を認めて、リリアムはおや? と思った。

 第二王子だけ、テイストが違う。

 王も王妃も、ラスティンも王女も、皆眩いプラチナブロンドに麗しい容貌だ。

 第二王子は、髪もダークブロンドで濃い色だし目つきが鋭く、なんだか悪人顔だ。

 みにくいアヒルの子か?


 魂を見つめても、特になんてことはないは普通の人間だ。

 第一王子は実力あり器が大きそうな勇者。第三王子は神に祝福された魂の持ち主。

 第二王子は「じゃない方王子」だな。

 そう思うが、じゃない方王子は尊大な態度でこちらを見下している。

 ラスティンはその制止に首を横に振った。


「強くなれるなら、僕はアルバルト兄さまを救いに行きたいです! 早く兄さまをお助けしたい」

「わたくしも! ねえねえ、淫魔さん。わたくしの魂は? 何か力はない?」


 末っ子王女まで声をかけてきた。

 淫魔に魂の鑑定を頼むなど、よっぽど豪胆か何も考えていないかだ。魂を取られたらどうするつもりなんだ。

 ちらりとイヴリンを見ると、頷いている。鑑定してやれということだろう。


 しかし、特になんてことのない普通の魂だ。王族だからといって、高貴な魂を持っているとか、そういうことはない。まあ、ラスティンほどの魂の持ち主は滅多にいない。

 昨日、謁見の間に居た時も王都をうろついた時も、これほどの魂の持ち主は居なかった。

 リリアムは正直に述べた。


「特には何も……」

「そう……」


 可愛らしい少女が、見るからに落ち込んで俯いてしまった。

 仕方なく、他に何か言えることはないかと目をこらす。


「光と土、二重属性のようですね。土の精霊がとても喜んでいます」

「でも、土でしょう」


 不満そうな口ぶりだった。属性でも上下があるのだろうか。土の身分は下なのか。


「光と土だと豊穣が約束されています」

「そうよ、シーニャ。豊穣は皆を豊かにする素晴らしい能力なのよ」


 王妃が優しく声をかけると、シーニャはニコっと笑った。可愛らしい素直な少女のようだ。

 それを鼻で笑ったのは、やはり「じゃない方王子」だった。


「フン、くだらん」


 見れば、第二王子の周りには闇の精霊が多い。

 この人だけ貰われっ子なのだろうか。一人だけ異色の王子だ。

 そう思っていると、国王がイヴリンに視線を送り、二人が頷きあう。

 そしてイヴリンが口を開いた。


「今日の仕事は他でもない。王妃さまがたを、アルバルト殿下の元に連れていっておくれ」

「えっ!」


 リリアムが驚いた声を出したので、魔女も不審げに眉をひそめる。


「何も変わったことをしろと言ってるんじゃない、いつも通りにやればいいだけさ」

「この時間だよ? 勇者はおそらく寝てない。起きてる人には夢を繋げられないし」

「昨日も同じ時間だっただろう」


 何を言っているんだ、という風なイヴリンにリリアムは丁寧に教えてあげる。


「あのね、こっちが繋ぎたい時に向こうが都合よく寝てくれる訳ないでしょ? ちゃんと事前に、この日時に誰を連れていくって前もってアポ取ってんの! あ、アポって予約のことね。だから前もってどうするか教えといてって言ったのに」

「いいから黙っておやり」


 まあ試してみるのはいい。

 リリアムは意識をダイブさせ、アルバルトの夢を探した。だが、どこにも見つからない。


「……やっぱり起きているみたい。今は無理」

「今すぐ、アルバルト殿下を眠らせることは?」

「魔女殿がやれば?」


 イヴリンが睨みつけたが、リリアムは気にしなかった。

 何故昨日のうちに言っておかないのか。昨日は何もせずに立っているだけでいいって言ったくせに何なんだ。指示出しが下手くそすぎる。


 魔女は個人の能力が高くても、人の上に立つべき存在ではないと確信した。無能上司すぎる。

 王妃さまを始めラスティン、シーニャは見るからにガッカリしていた。


「わたくし、アルバルトお兄さまに会えないの?」


 仕方なく、イヴリンに声をかける。


「どうすんの」


 答えたのは、じゃない方王子だった。


「いいや、茶番はもう結構。母上、ラスティンたちを連れてお戻りを。このような下等な悪魔を御前にのさばらせる訳には参りません」

「えっ、ルドガーお兄さまは?」


 怖いもの知らずなのか、シーニャ姫がそう聞いた。きっとこのお姫さまは兄がみにくいアヒルの子でも気にしないのだろう。

 一方、ルドガーと呼ばれた感じの悪そうな王子は護衛たちに手を挙げ合図をしてから言った。


「俺はこの淫魔を尋問する」


 護衛たちは国王とルドガーを除く三人をそれぞれ促して王宮内に戻らせる。

 ガーデン内には国王、ルドガー王子、イヴリン、そしてリリアムが残っていた。

 帰りたい。

 リリアムは猛烈に思った。

 そんな配慮もないルドガーが、偉そうに口を開いた。


「さて、淫魔よ。昨日は大変なことをしてくれたな」


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